【3行要約】・キラキラしたキャリアに憧れる気持ちは誰にでもあるものの、その裏には見えない泥くささが存在し、多くの人がその現実とのギャップに悩んでいます。
・哲学者の谷川嘉浩氏と文芸評論家の三宅香帆氏の対談では、著名人の習慣を真似る「ライフハック系」の情報が、本当の自分に合った選択肢を見えなくする危険性を指摘。
・自分の特性や感覚に気づくには、自身の微細な感情の動きに注目し、必ずしも仕事に「自分らしさ」を求めなくてもよいと提案しています。
前回の記事はこちら キラキラしたキャリアへの憧れを刺激する“ライフハック系の功罪”
谷川嘉浩氏(以下、谷川):さっきの質問にあった「キャリアと聞くと、世の中ではキラキラして見えるけれど、実際はもっと泥くさいものでは?」という点についてなんですが……。
やっぱり、キラキラに惹かれる気持ちって、人間の中に確実にあると思うんですよね。それって、なかなか手放せないものじゃないかと。
三宅香帆(以下、三宅):キラキラ道からは脱出できない?
谷川:例えば「お金がもっと欲しい」とか「承認されたい」っていう気持ちって、今は落ち着いていても、ふとした時にまた湧いてくる気がするんです。そういう意味では、「キラキラに惹かれる心」って、完全に消せるものではないんじゃないかと思っていて。そのあたり、どう感じます?
三宅:いや、ほんとそうだと思いますよ。キラキラしたキャリアを送れるなら、そりゃあ送りたいですよね(笑)。
谷川:そうそう(笑)。
三宅:もちろんキラキラだけを味わえたら最高ですけど。
ただ、現実には“キラキラ”を本当に味わおうとするなら、“泥くささ”抜きでは成り立たない。だからキラキラしている人のインタビューとか、言葉とかだけ見て「キラキラしてるなー」と感じるだけでは済まないわけで、やってみて初めて「あ、こんなに大変なんだ」と気づくくらいでちょうどいいのかもしれません。
谷川:今その話をしながら思ったんですが……キラキラしたものに憧れる気持ちをうまく刺激する“ライフハック系”や“自己啓発”ってありますよね。「天才の習慣を真似しよう」みたいな。
三宅:Web記事でもよく見るし、本でもたくさん出てますよね。
谷川:あれって、けっこう罪作りだなと思っていて。というのも、そういう習慣を真似すること自体は全然泥くさくないじゃないですか。
三宅:(笑)。まあでも、習慣として例えば「早起きしましょう」とかは、できるならしたほうがいいんじゃないですか。
谷川:まあ、それはそうかも(笑)。
著名人の習慣の“良い使い方”
三宅:ちなみに、どういう習慣が“罪作り”だと思います?
谷川:うーん、例えばですけど、「ジェフ・ベゾスの成功の秘訣、5つの習慣」みたいな記事があるとして。それを全部実践したところで、私たちはAmazonを作れるわけでもなければ、Amazonで働けるわけでもないかもしれないし、ましてやAmazonと肩を並べるような企業を興せるわけでもない。
それでも「キラキラに近づけたような気持ち」にさせてくれるところがあって……。そういうところが、ちょっと罪作りだなって思うんですよね。
三宅:でも確かに難しいなと思うのが……例えば、ベゾスに憧れて、「自分も日本版Amazonを作ろう」とゴールを設定して、そこから「何が必要か」を考えるっていうのは、私は普通に“良いルート”なんじゃないかと思っていて。
ただ一方で、「ベゾスの5つの習慣を真似すれば自分もAmazonを作れる」「日本版Amazonを作れるはずだ」と思い込んでしまうのは、確かにちょっと違うなという感じがします。
でも、たとえ本気で日本版Amazonを作りたい人だったとしても、「ベゾスが早起きしているなら、自分も早起きしよう」と思う瞬間って、ある種の一時的なドーピングみたいなものとしては機能する気がするんですよね。だからその境目がけっこう難しいなと思います。
谷川:ああ、テンションを上げるために読んでる、みたいな側面もありますよね。小説を読んで気分を高めるのと似ているというか。
キラキラの光で見えなくなる“本当の選択肢”
三宅:この間、友だちと似たような話をしたことを思い出したんですけど、例えば美容の分野でも、「石原さとみがこれをやってる」とか、定期的に話題になりますよね。
谷川:ありますね(笑)。
三宅:「それって意味あるの?」と思う時もあるけど、でも「石原さとみが運動をがんばっている」と聞くと、「じゃあ自分も運動がんばろうかな」と思ったりする。一時的なモチベーションアップとしては、すごく自然な話ですよね。
谷川:それはすごくわかります。
三宅:でも一方で、例えば「石原さとみが赤い服を着ていたから、自分も赤い服を着ればイケてるんじゃないか?」と真似するのは……本当は青のほうが似合う人だったら、その魅力を損なってしまうかもしれない。つまり赤い服だけを真似することで、逆に自分らしさが薄れてしまう可能性もある。
だから、テンションを上げる目的でそういう情報を使うのはいいと思うんです。でもそれによって、自分にとっての本当の選択肢を狭めてしまっているなら、ちょっともったいないですよね。自分に合った選択ができなくなってしまっているから。
谷川:なるほど。キラキラの光が強すぎて、周りの選択肢が見えなくなるような感じですね。
三宅:そうそう。キャリアで言えば、もしかしたら自分には転職のほうが合っているかもしれないのに、起業というキラキラに惹かれて起業してしまうようなことがある。キラキラして見えるものだけに引っ張られて、本来見えるはずの選択肢が見えなくなっている。そういう意味だと“罪作り”だなって思いますね。
なぜ就活の自己分析で“自分らしさ”が見えないのか?
谷川:なんか今日の対話でずっと続いているパターンに今気づいたんですけど……結局、「キャリアってどうなったらいいのか」とか「どう理解すべきか」という以前に、私たちはそれなりに自分の特性を自覚しながら話している気がするんですよね。
三宅:それはある。
谷川:さっきの「この服が似合う」っていう話も、つまり自分の性質をある程度わかっているからこそ選べているってことですよね。だから結局、自分の性質がわかっていれば、どういう決断をしてもそんなに怖くないという話をずっとしてきたのかもしれないなと、ふと思ったんです。
三宅:おもしろい。それで言うと、就活の時「自己分析」とかありますよね。でもあれで、自分の特性って本当に見つけられたかというと……なかなかそうでもなかった気がして。
谷川:そうですね。
三宅:じゃあ実際、自分の特性って、私たちはどうやって理解してきたんでしょうね? やっぱり「やってみてわかる」という話なんですかね。「これ、自分に合わないな」とか「これ嫌いだな」とか。
谷川:私はけっこう「やってみて」の積み重ねが大きい気がします。服も、着てみて「なんか違うな」って一発でわかることもありますし。
三宅:でも、「似合わない」と気づけるの、実はけっこう高等技術じゃないですか?
谷川:ああ……慣れの問題もあるかもしれないですけど、言われてみれば、自分ひとりで気づくのは難しいことかもしれませんね。
自分の感情や感覚の動きに気づきづらい理由
三宅:「この服、なんかしっくりこない」とか、「この会社にはもういられない」とか、さっきの「数学の授業が無理だと思った」とか。感情が大切なのかな。
谷川:たぶんですけど、私たちは感じることを抑圧しているから気づきにくくなってるんじゃないですかね。例えば、「本当にこれを着たかったんだっけ?」「本当にこれを欲しかったんだっけ?」っていう小さな気持ちに、あまり目を向けてないというか。
つまり、もしも自分の世界の中に“キラキラ”と“バイオレンス”しか存在しなかったら、そのあまりに強烈なコントラストのなかでは、「この記事、ちょっと好きかも」とか、「この赤より、こっちの赤のほうが好き」とか、そういう微細な心の動きって、見えづらくなって当然だと思うんです。
大音量のライブハウスで、繊細な音が鳴っても聴き取れないのと同じで、私たち、強い刺激に慣れすぎているのかもしれません。
三宅:確かにね。
谷川:だから、「似合う・似合わない」みたいな、自分のちょっとした感覚の動きにも、気づきにくくなっているんじゃないかなって思ったんです。
自分らしさは仕事に求めなくてもいい
三宅:あと今すごく思ったのは、流行とか、「みんながやっている」ものとか、そういう他人の行動が似合う・似合わないを、わからなくさせますね。例えば、みんなが選んでいるキャリア、流行っているキャリアがあるじゃないですか。
谷川:ロールモデル的なことですよね。身近な人が選びがちなもの。服だったり、キャリアだったり。
三宅:そう。流行は似合わなくても、なんとなくそれっぽくはなる。でも本当は自分に合っていないのに、みんながやっているから「いいのかな?」って思っちゃうことってある気がしていて。もちろん、それでうまくいく場合もあるけど、後から「違ったな」と後悔することもある。
谷川:なるほど。つまり、共同体の中で「これがいい」とされている服やキャリアを、なんとなく納得させられて着ているだけかもしれないってことですよね。
三宅:うん。でも、みんながやっているっていうのは安心材料でもあるから、別に「みんなと違う道を行け」って言いたいわけではないんですけど。
谷川:(笑)。それはもちろん。
三宅:ちょっと立ち止まって、「これって本当に自分に合ってるのかな?」とか「自分の特性と合ってるかな?」とか考える時間があるといいかもなって思いました。
谷川:あと、最後にちょっと補足しておくと、「仕事じゃなくてもいい」っていうのは心から強調させてください。仕事は型にはまって、趣味は型にはまらないとか、それでいい気がするんですよね。全部オリジナルで行こうなんて思わなくてよくて。そもそも社会って、1人で営むもんじゃないから。
三宅:それは本当、大変すぎる(笑)。
谷川:だから、ある程度は割り切ってもいいのかなって思います。