【3行要約】
・キャリア選択において多くの人が「ロールモデル」を追い求めますが、実際には予想と違う道に進むことで自分らしい選択ができることも。
・哲学者の谷川嘉浩氏は「つまみ食い」的にさまざまな分野を試し、文芸評論家の三宅香帆氏は「将来後悔するかも」という不安を抱えながらもフリーランスを選びました。
・後悔を恐れず「嫌なもの」を経験した上で避け、「健全な後悔」を受け入れる姿勢が、自分に合ったキャリア構築の鍵となるかもしれません。
身近なロールモデルとは違うキャリア選択
谷川嘉浩氏(以下、谷川):でも、それ(
三宅氏のキャリアの“揺れ”)がすごくおもしろくて。前半って、すごく“ありそうな転職”の話じゃないですか。エンタメ業界とか出版とか、そういう方向に行くみたいな。
三宅香帆氏(以下、三宅):「自分のやりがいが持てるところへ」みたいなね。
谷川:そうそうそう。その兼業のかたちって、めっちゃ“あり得る三宅さん”って感じなんだけど、そこに行かなかったのがすごくおもしろいなと思って。
例えば、リクルートの先輩たちがそのぐらいの年齢で転職してたりとか、似た業界に行っていたりとか、いかにもありそうなルートですよね。つまり、わりと“身近なロールモデル”をベースに考えた進路という感じがしますけど。
でも「書き手専業になる」「フリーランスになる」っていうのは、それとはまったく違う考え方じゃないですか。キャリアの話になると、つい“ロールモデル”って言葉が出がちだけど。
三宅:そうですね。
谷川:もちろん、ロールモデルがあることで未来の想像がしやすくなるから、それはそれでいいと思うんですけど、三宅さんの選択は「そうじゃない」っていうのが、個人的にはすごくおもしろいと思いました。
三宅:逆に谷川さんは、ロールモデルというか、「こういう哲学者になりたい」と思って大学を選んだりしたんですか?
谷川:してないんですよ(笑)。
三宅:なんで哲学者に?
谷川:いや、そもそも哲学者になろうと思ってなれる人って、いるんですかね? それに、私は文学部じゃなくて、総合人間学部っていう、「何だそれ?」みたいな学部にいたんです。
三宅:「総合人間学部」、わかりづらい。
谷川:そう。京大にある学部で、哲学だけじゃなくて何でもできるっていうところなんですよ。私は学部生の頃、だいぶイキっていたので、「すべての学問をやってやろう」と思って、数学の授業を受けていたんです。
三宅:すごい! 理系で入ったんですか?
谷川:いや、文系で入りました。数学が得意だったから、「いけるんちゃうか」と思って、理学部の数学の授業を受けていたんですよ。でも「やっぱ違うな」と思ったり。あと、当時、高校生や学部1回生の目線だと、“役に立ちそうな学問”っていうと、経済学とかじゃないですか。
三宅:わかります。経済学とか、経営学とか。
谷川:でも、実際に授業を受けてみると、おもしろくなかったんですよね。
興味のある分野は“間違っている前提”で動いてみる
三宅:それ、すごくいい体験ですよね。「うわ、おもしろくない」って、やってみて初めてわかるし、大事だと思います。
谷川:そうそうそう。でも、そんなにおもしろいと思えなかった経済学や経営学の中でも、おもしろいと思えたのは、やっぱり理論の議論とか思想の議論だったんですよね。
で、いろんな学問をつまみ食いしていく中で、結局、「自分はどうやら理論的なものとか思想的なものに興味があるらしい」とわかってきて。それで「あぁ、じゃあ哲学に行こうかな」って思ったんです。だから、ロールモデルがあったというより、「これは違うかも」って感じながら、決めていった感じですね。
で、ここでみなさんにヒントになるかもしれないと思うのは、“予想は間違っている前提で動いていた”ということなんです。
三宅:それはどういう意味ですか?
谷川:高校生が想像する心理学って、例えばメンタリストDaiGoみたいなイメージがあるじゃないですか。
三宅:(笑)。人の心を読めるみたいな。
谷川:そうそう。目を見て「あなたが選んだトランプはこれですね」って当てるような(笑)。でも実際の心理学って、そんなことはやらないんですよね。だから、「自分が想像しているジャンルの姿は、たぶん間違っているだろう」って前提で、なんでもやってみようと。そうやって予想に固執せず選んでいったら、結果的に哲学が残った、みたいな感じです。
三宅:でも、学部で哲学に進むのと、そこから大学院に行って研究者になるって、けっこうハードル高い溝がある気がしますよね。
谷川:おっしゃるとおりです。
三宅:そのあたりは、どうだったんですか?
谷川:いや、正直それは「なんとなく」だったんですよ(笑)。当時の私は、いかにもサブカルっぽい生活をしていて。就職するなら出版業界かな、みたいな気持ちで就活もしていました。
三宅:就職しようと思ってた時期があったんですね。
谷川:ありました。でも、卒論を書き始めた時に、自分の理想とする文章に、まったく自分の文章が届いていないと感じたんです。見かけは饒舌だけど、内容が上滑りしているというか。自分が言いたいことを、まったく言えていないなって。
それって、たぶん頭の中にある理想を言語化するスキルが、まだ追いついていなかったんですよね。で、「このまま会社に入ったら、きっと自分はくすぶるんじゃないか」と思って、進学することにしたんです。
何者にも包摂されない職業の代表
三宅:えっ、それはつまり、「くすぶらないために」「書く技術を上げるために」進学を選んだってことですか?
谷川:そうなんです。でも、進学した当初は、就活をもう1回することも一応考えていたんですよ。
三宅:大学院に進んだ時?
谷川:はい。でも修士って2年しかないじゃないですか。だから、1年経つともう就活なんですよね。で、研究に夢中になってたら、「あっ、ヤベぇ。受けたい企業のエントリー終わってる」ってなって(笑)、「まあ、いいか」って。
だからロールモデルがあったわけじゃなくて、ちょっと流れで決まっていった感じなんです。
なのにこんなやくざなことをやっているというか、「哲学者やってます」と言ってるのって、なんかこう……変な感じなんですよね、自分でも(笑)。
三宅:谷川さんの中では、哲学者って「やくざな選択肢」だったんですか?
谷川:やくざ選択肢ですよ(笑)。まず、大学院に行くって時点でやくざ選択肢ですし。正社員でもないし、会社に入るわけでもないし。組織に巻かれていくような感じでもない。何者にも包摂されない人の代表格が、私の中では「僧侶」と「哲学者」なんですよね。
流されてキャリアを決めたのに後悔がない理由
三宅:事前にいただいたご質問でも、「後悔をしないためにどうしたらいいか?」と来てます。

ご質問の趣旨としては、「昇進、転職、異動、進学など、ある程度自分の意思でキャリアチェンジが可能な場合に、どんなことを検討した上で、変える・変えないを選べば、後悔の少ない進路にできるのか?」というものなんですけど。
谷川さんはさっき、「流されて決めた」っておっしゃってましたよね。でも今のところ、後悔はなさそうな印象があって。なぜですか?
谷川:そうなんですよ。たぶん、「嫌なものを避けてきた」っていうのが、けっこう大きい気がします。
三宅:おもしろいですね。
谷川:なんだろうな。でも、嫌なものを一度経験したからこそ、避けられるっていう面もあると思っていて。
三宅:例えば?
谷川:ご飯で言うと、「食わず嫌い」ってちょっと変じゃないですか。「まず食べてみたら?」って思う。もちろん、無理に食べる必要はないんですけど、食べてみると「こういうところが嫌なんだな」とか、「意外といける」とか、「この調理法は苦手だな」とか、具体的にわかるじゃないですか。
そうすると、「ここまではいけるけど、積極的には食べたくないな」とか、判断がはっきりしますよね。そういう感覚って、けっこう多くの人が持ってると思うんです。それってキャリアとか、自分がチャレンジしてみたいことにも当てはまると思っていて。でも、そういうことをやらない人が多いのは、不思議だなって感じるんです。
例えば、私の場合は学問にチャレンジするってことなんですけど、「数学、とりあえずやってみようかな」って始めてみたら、「あっ、これは無理だ」って気づく(笑)。いやほんと、大学の数学ってめちゃくちゃ難しいんですよ。「内容が難しい」というより、「興味を持つこと自体が難しい」っていう。
三宅:確かに。でも、例えば「就職してみて、社会を経験してみる」という方向もあるじゃないですか。
谷川:はい。
三宅:そこはつまみ食いしなくてもよかったんですか? 一応、就活を通してつまみ食いは完了、みたいな感じ?
谷川:いやいや、これからまたつまむこともあるんじゃないですかね。わかんないですけど(笑)。
三宅:なるほどね。
「将来、後悔するかもな」という不安は健全
谷川:でも、三宅さんの場合はどうですか? 結果的に「後悔の少ない進路だった」と言えると思いますか?
三宅:うーん……私、「老後に後悔するかも」って、ずっと思ってますね。
谷川:老後? 80歳の三宅香帆が、現在の三宅香帆を……?
三宅:そうそう。というか、60歳以降とか、「老後は自分どうするんだろうな」って、ずっと不安。
例えば、会社を辞めたことに10年後後悔するかも、みたいなことはあまり思わないんですけど。でもフリーランスって基本的に、60歳とか70歳になった時の保障がないじゃないですか。
谷川:そうですよね。もう貯金とか運用とか、自力でやるしかないですし。
三宅:だから、「将来、後悔するかもな」という前提を引き換えに、今“楽しい”を選んじゃった、みたいな感覚はずっとあるんです。そういう意味で言うと、「後悔の少ない進路を選んだ」というよりは、「後悔するかもな」と思いながら、選んでる感じはありますね。
谷川:でも、あらかじめそう思って選んでいるっていうのは、なんか「健全だな」と思いました。というか、私たちって、物語がわりと好きじゃないですか?
三宅:うんうん。
谷川:で、物語って、だいたい後悔するキャラクターが出てくるじゃないですか。
三宅:おもしろい、確かに。
谷川:だから、事前にいただいた「後悔の少ない進路を選ぶには?」という問いに対して、「積極的に後悔しない道を選ぼう」っていうキャラの物語って、あまり見たことがない気がしていて。もちろん、そういう人もいるとは思うんですけど。
“健全な後悔”という新しい捉え方
谷川:それに、私は後悔そのものを、そんなに悪いものだと思っていない可能性もあるんですよね。この質問者の方と、後悔という言葉の定義がちょっと違うかもしれないと思いました。
三宅:後悔の定義って、どういう意味ですか?
谷川:例えば、「ちょっとあれはな……」って思うようなこととか。黒歴史ってありますよね。「あの本は出したけど、もうちょっと読み返せないわ」とか。
三宅:黒歴史ね、いっぱいある(笑)。
谷川:それって、後悔と言えば後悔だけど、「あの時はあれがベストだったな」とも思う。だからネガティブではあるけど、「引き受けたくないほどではない」というか。
三宅:「しょうがなかったよな」って。
谷川:そうそうそう。そういう、“健全な後悔”みたいなものは、あるんじゃないかと思ってます。
三宅:おもしろいですね。確かに、後悔って今はすごくネガティブなものと捉えられがちだけど、実は「健全な後悔」ってありますよね。
「まぁ、しょうがなかったな。今となってはポジティブとは言えないけど、自分にとって必要だった」とか。そういうタイプの後悔って、誰にでもあるなって、私も思います。
谷川:そうそう。