【3行要約】
・転職や独立の理由を語る時、私たちは「筋の通った物語」を作りますが、実際の決断はもっと曖昧なものです。
・文芸評論家の三宅香帆氏は「本が読めなくなった」という理由でリクルートを退社。好きな作家たちが兼業していないことにも気づきました。
・キャリアの岐路に立った時は表面的な理由だけでなく、自分の欲求や違和感に耳を傾けてみることが重要です。
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
林広恵氏(以下、林):さっそく、対談セッションに入っていきたいと思います。
今日の大テーマに掲げているのが、「なぜキャリアを問い直すのに、哲学と物語が必要なのか」。哲学は谷川さんのご専門で、物語とか文芸は三宅さんということで、いただいたご質問にも触れながら、ぜひよろしくお願いします。
谷川嘉浩氏(以下、谷川):では、さっそく始めたいと思うんですけど、哲学者とかって、「なぜ?」って言われる職業のたぶん代表格で。この間お坊さんとしゃべっていたら、お坊さんも同じぐらい「なぜ?」って聞かれるらしいんですけど。
三宅香帆氏(以下、三宅):ほぉ。
谷川:親がお坊さんだったらね、「あぁ」ってなるんですけど。
三宅:確かに、確かに。
谷川:自らお坊さんになった人は「なぜ?」ってめっちゃ聞かれるらしくて、「一緒だね」って言っていたんです。
三宅さんもそうですよね。肩書的に文芸評論家とか書評家とかを名乗っていたと思うんですけど、たぶん「なぜ?」って言われる機会が多かったと思うんですよね。だからこそ、いろいろ聞かれてもきたと思うんです。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の冒頭とかで、キャリアを変更した理由みたいなことも、ちょろっと書いてはったじゃないですか。「本を読めなくなったから」みたいな。
三宅:そうなんですよ。私はリクルートっていう会社で働いていて、その時に、兼業で本を書く仕事とかをやっていたので、本を読む必要があったのに、会社にいると本が読めないってことに気づいたんですよね。
谷川:(笑)
三宅:軽いエッセイなら読めるんですよ。現代の小説も読めるんですけど、大学の時に好きだった古典とか海外文学が本当に読めなくなりました。
谷川:『古事記』みたいなものとか、和歌とかはちょっときつい、みたいな。
三宅:そうそうそう。あと人文書とか、がっつりしたのがぜんぜん読めない。それでもいい気がしていたんですけど。ある日、ふと、「もう嫌だ」と(笑)。「本をゆっくり読みたいから、会社を辞めて休みたいな」っていう気持ちになって、会社を辞めたという経緯があります。
でもその時は、副業の仕事で連載も少しずつ始まっていたので、書き物業でいったんやってみようかなと。20代のうちだったら、「何ともならなかったらもう1回就職できるかな?」と思って、辞めたところもありましたね。
転職理由や創業ストーリーは“でき過ぎた話”に聞こえるもの
谷川:そのへんの決断のニュアンスについて聞きたくて。
というのも、ビジネスパーソンが知っているかもしれない用語だと、「センスメイキング」っていうんですけど。つまり「こうだ」という意味が通るストーリーを作ってしゃべる。自分のキャリアはこうです、みたいなことを語るのって、私たちめっちゃ得意じゃないですか?
三宅:そういう職業ですからね。
谷川:そう。
三宅:まことしやかに、それっぽくしゃべるっていうことが、もう大学の仕事の大半を占めていました。
谷川:でも、これに騙されてはいけないんですよ(笑)。
三宅:(笑)
谷川:これは別に私たちだけじゃなくて、たぶん経営者とかも、「自分たちの会社がなぜこういうことをやっているのか?」っていうことを、とうとうとしゃべるし、スタートアップとかのコンテストでも、「我々はなぜこのビジネスをここで展開しようと思って、このプロダクトを作っているのか」っていうことを、とうとうと語るわけですけど。
でも、あらかじめそんなことを考えていたわけがないんですよね。このへんの「あらかじめ考えてない」感の実例を、三宅さんから聞きたいんです。
話がさっそくそれちゃうんですけど、私がこういう話をする時に思い浮かべてしまうのが、糸井重里さんがバルミューダの社長の寺尾玄さんとしゃべっている「ほぼ日」の対談記事です。
三宅:バルミューダっていうと、すごくいい電子レンジとか、すごくいいパンを焼くトースターを作っている……。
谷川:そうそうそう。焼き上がると、ちょっとメロディアスな音がする(笑)。
三宅:(笑)。高級家電の会社ですよね。
谷川:そうそうそう。で、「そんな自分たちがなぜ急に扇風機を作ったのか」みたいなことを、めっちゃいいストーリーで語るんですけど。糸井重里がすごいのは、「それはあまりにもでき過ぎたストーリーですね」って返すんですよね。
で、「そうなんです」って言って、そこからまたちょっと陰影のあるストーリーを聞いていくっていう流れがあって。まさにそれを再現する、じゃないですけど、ちょっとそういうことを聞きたいなと思います。
面接で「御社に行きたいかどうか自信がないです」とは言えない
谷川:具体的にまず聞きたいのは、ある日ふと「あっ、もう無理かも」って思って(リクルートを)辞めて、1回書き物に絞ってみようって話をされましたけど、それってたぶん、最終的な決断のタイミングだったと思うんですよね。
「もうこの仕事を続けるんじゃなくて、書き物に絞ろう」っていう、最終決断の瞬間。キャリアっていうと、どうしてもそこにフォーカスしがちじゃないですか。
というか、自分の人生の一大事だから、決断の瞬間のことばっかり考えちゃう。でも実は、その決断の意味をもうちょっと広げて考えると、悩んでいる時間も、すでに決断の一部じゃないかと思うんです。
つまり、「どっちの道に進もうか?」って、左に右に体を揺らしている状態。キャリアって道筋だから、たぶんそういう揺れている時間も決断に含めていいんじゃないかなと思っていて。その最終的な決断に至るまでの“揺れ”みたいなものを聞いてみたいなと。
三宅:さっきの谷川さんの話にも少し絡むんですけど、例えば転職の面接とか、私たちだったら絵本のインタビューを受けるとか、そういう、人前で自分の人生をプレゼンテーションする時の物語がありますよね。
谷川:はいはいはい。
三宅:転職って、むしろそれがうまくできないと、活動そのものがうまくいかない気が私はしていて。
谷川:そうですよね(笑)。「御社に行きたいかどうか自信がないです」とか言えないですよね(笑)。
三宅:「ふと衝動的に行きたくなりました」とかも言えないじゃないですか。「こういうことを学びたくて」「こういうキャリアをたどってきたから、こういう転職をしたいんです」と物語をつくらないといけない。
谷川:そうですよね。整理して、物語を作る。
三宅:私たちの仕事で言うと、インタビューで「なんでこの本を書こうと思ったんですか?」って、最初に必ず聞かれるんですよ。
谷川:めっちゃ聞かれる。
三宅:で、それっぽく答えると、すごくインタビュアーの方も喜んでくれる。「なんか気になったんですよね」みたいな返事じゃなくて、自分の人生に基づいた、その先にあるテーマだと、より切実さが伝わるし、記事としても成立しやすいんですよね。だから、人にプレゼンテーションする時には、外に向かって発する物語って必要だと思うんです。
「本を書く自分」と「働く自分」の分裂に気づいた瞬間
三宅:一方で、自分の中で心の動きとして決断する時。さっき谷川さんが言っていたように、悩んでいる時間があって、そこから最終的な決断に至るというプロセスは、もうちょっと確かに“うねうね”している。自分の場合は、やっぱりとにかく疲れていたんですよね(笑)。
谷川:(笑)。リクルートって、2年ぐらいいたんでしたっけ?
三宅:3年半いましたね。で、3年ぐらい経ったところで、「普通に転職しようかな」って、まず思ったんですよ。というのも私はWebマーケの部署にいたんです。広告やCMを作って、その効果を数値で追いかける、めっちゃ数字を扱う仕事。
そういう部署にいると、自分の中で「本を書く自分」と「リクルートにいる自分」が、すごく分裂してくる感覚があって。最初は、分裂してもいいと思っていたんですけど、でも1日のうち、4時間くらいを“書き物業”に使って、8〜10時間を“リクルートの人格”で過ごすって、なんか「非効率では?」と感じるようになってしまった。
谷川:それはつまり、書き物の自分をもっと大きくしたい、みたいな?
三宅:そうですね……というか、「こっちのほうが自分っぽいな」という感覚が、だんだん強くなってきて。3年ぐらいやってみて、「ああ、やっぱりリクルートの自分って、なぜか“皮を被っている”感あるな」と思うようになったんです。
谷川:なるほど。そこにアンバランスさを感じて、バランスを取れる企業が、どこかにあるんじゃないかと。
三宅:そう。エンタメ系の会社に転職しようかな、って思ったんですよ。出版社でもいいし。
谷川:なるほど。重なり得る仕事領域として。
三宅:そうそうそう。作家さんのプロデュースをやっている会社とか、文化系のイベントをやっている会社とか。あるいは、別に出版じゃなくても、コンテンツを作っている会社だったらいいかなって。そういうエンタメ系の仕事だったら、リクルート出身でも行けそうな雰囲気があったんですよ。テレ東に転職した先輩とかも職場にいたし。
谷川:リクルートは、転職文化がある会社ですもんね。
三宅:そうそう。だから、「エンタメ方面の転職でもいいかな」って、ぼんやり思ってたんですけど。とはいえ自分の人生を考えた時に、「あれ? 例えばドラマに関わるとかも楽しそうな気はするけど……ほんとにやりたいんだっけ?」って思って。「ん? やっぱり本のほうが好きっぽいな」っていうのに気づいたんです。
谷川:なるほど。
好きな作家のキャリアを見て気づいたこと
三宅:その時に気づいたのが、自分が読んできた作家みたいな本を書きたいな、という欲望だった。
谷川:そういえば以前お話しした時、村上春樹の展示を見て、年表と自分を重ねて見てたみたいな話をされてましたよね。
三宅:ああ、そうそう。重ねるのはおこがましいですけど、年表を見たりしました。
谷川:「えっ、村上春樹、この時期にこれ書いてたのかよ」みたいな。
三宅:そういうことですね。で、村上春樹に限らず、批評家とか小説家とか、いろんな人たちに対して、「こういう人たちみたいな本を書きたいな」って思った時に、ふと気づいたんですよ。「誰も兼業してないな」って(笑)。
谷川:確かに(笑)。村上春樹も最初は店やってたけど、辞めてますしね。
三宅:そう。恩田陸も会社辞めてるし、氷室冴子も辞めてるし。「あ、田辺聖子も……みんな兼業やってないわ!」みたいな(笑)。
谷川:「私の大好きな作家たちは……」、なるほど。
三宅:「あれ?」って思って。で、ちゃんとした本を書くには、読む時間、つまりインプットの時間がぜんぜん足りないなっていうのも、すごく感じていて。 「もうちょっと時間かけて、本を読んで本を書きたいな」と、しみじみ思うようになったんです。
谷川:なるほど。
三宅:「時間をかけて本を書きたい」っていうのは、つまり「ちゃんと本を読みたい」っていうことなんですよね。例えば書評を書くとしても、目の前の本だけじゃなくて、関連する本を読むとか。そういう勉強の時間が全然なかったんですよ。やっぱり、そういう時間がないと、いいものが書けないよなって思って。
谷川:兼業で書評するとなると、目の前の本をこなすだけでも、けっこう大変そう。
三宅:そうなんです。「さばくだけ感」をやめたかったんですよね。
谷川:なるほど。
三宅:当時ちょうど27歳くらいだったんですよね。だから、「本をがっつり読んで書く期間」が1〜2年あっても、まだ29とか30歳。それなら、「その後で転職しようと思えばできるかな」と思って、辞めたところもありました。
谷川:なるほど。いや、なんかおもしろい。
三宅:めっちゃうねうねしていて。これはインタビューでは、やっぱり話せないですよね(笑)。
谷川:確かに(笑)。