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『弱さ考』著者 井上慎平(全6記事)

今は誰も次の目標を見つけられていない“下げの時代” 書籍のヒット作からみる時代の潮目

【3行要約】
・「ブランドではなく無印、良品」という思想から生まれた無印良品の30年の歴史と哲学が詰まった書籍『MUJI 無印良品』が、現代のビジネスパーソンに新たな視点を提供しています。
・編集者の井上慎平氏は「自分たちが持っているものを思想としてプロダクトに乗せる」という無印良品の姿勢に価値を見出し、現代のビジネスへの示唆を語ります。
・井上氏は「希望を灯す」ことが難しくなった現代において、成長一辺倒ではない新しい目標や価値観を見出すことが、次の時代のビジネスには不可欠だと主張しています。

立ち上げ当初からの歴史が詰まった『MUJI 無印良品』

工藤拓真氏(以下、工藤):本日のゲストは、『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』著者で編集者でもある井上(慎平)さんに来ていただいてます。井上さん、引き続きよろしくお願いします。

井上慎平氏(以下、井上):よろしくお願いします。

工藤:「『弱さ考』は谷崎文学だったって」話を第1回の終わりにしたわけなんですけども。

井上:うれしい。もう1回言ってほしい~。

工藤:(笑)。「『弱さ考』は谷崎文学だった」というところが第1話の結論でした。2冊目、ドデカ本をぜひご紹介いただければと思います。

井上:このドデカ本。いや、よくこんな本作ったなっていう本なんですけど、『MUJI 無印良品』。無印良品の中の人がけっこういろいろな立場から書いているんですよね。

ボードメンバーとかデザイナーとか経営者、今のMUJIに連なる広告であったり、初めてのショップであったりのビジュアルも豊富に……。すごくよくできた社史みたいな感じかなと。

工藤:そうですね。30周年とか、そういうのもあるみたいですよね。

井上:これを選んだ理由的なことは、それこそ最初に少しお話ししたかな。社会によってやっぱり文化って違う。

少なくとも言えるのは、相手の得意なところで戦ってもしょうがないじゃないですか。すごく雑な言い方で言うと、何かアメリカ的なものがあるとして、アメリカっぽく似せることでアメリカを超えることはできないじゃないですか。

それを国という単位で括るかどうかは別として、「自分たちが持っているもの、自分たちが勝負できるものはなんだろう」みたいなことをすごく忠実にやっているのが無印良品だなぁと思う。

というか、無印は先ほど言った日本的な感性を忠実に再現しすぎていて逆に金字塔というか、ちょっと遠い話に感じてしまうかもしれないんですけど。

そうではなくて、自分たちがビジネスとかを何かしようとする時に、別に日本という文脈だけじゃなくていいし、「自分たちが持っているものを思想としてプロダクトとかに乗せていくならどうなるだろう」という問いを自分たちで持ってこの本を見てもらったら、すごく得るものが多いんじゃないかなって感じますね。

工藤:いわゆるブランドとしてのMUJIって、1980年代の消費社会のブランド、とにかくブランド物が高く売れて、物もめちゃくちゃ売れてるバブル時代に、アンチテーゼで「いや、ブランドじゃないでしょ、ノーブランドでしょ。印ないでしょ、無印でしょ。そのほうがいいものでしょ、良品でしょ」ということで無印良品とドンって出ていって。

僕ら後から見る人間からしたらきれいすぎる物語みたいに見えるけど、立ち上げた時にすごい思想を持ってデザイナーとか経営者の方とかが、侃侃諤諤の議論をして、えいやで作ってきた歴史みたいなものがこの本の中にわーって濃縮されているから、ちょっと圧倒されますよね。

井上:そうなんですね。両方あるんですよね。初期からそういう消費社会に対してのアンチテーゼみたいなエッセンス。まさに先ほどの『陰翳礼讃』にも通じるような価値観をビジネスに乗っけてきたようなことに驚くし、一方で初期の広告とかも載っているんですよ。

工藤:はい。

井上:今みたいなすごく洗練されたMUJIというよりは、「わけあって安い」みたいなことが前面に出ている。

最初からブランドのストーリーとして固まっているというよりは、そこを軸に30年経った今振り返ると、こんな価値観、世界観ができていたみたいな。いくらでも書き換えていけるんだな、みたいな柔軟さも感じられますよね。

書籍編集者にはいろいろなパターンの人がいる

工藤:なるほど。ちなみに編集者として本を作るみたいなことって、ある種1個の作品を作る。そういう時も、今の流れに対してのアンチテーゼとか、あるいは「みんなはそう言うけれどそうじゃなくてさ」とか。そういうところとかって本作りにはあるのかなと想像したりするんですけど。

今おっしゃっていただいた、ブランド作りに『MUJI 無印良品I』とかはいい参考書になりそうだって話は、編集者の目線で見るとどう映るんですか。

井上:あー……。今の質問は自分が本を作る時というよりは、この『MUJI 無印良品』という本を編集者的な目線で眺めた時っていう? 

工藤:どちらかというと前者ですかね。自分が本を作る時。

井上:そっちのほうが答えやすいですね。でも編集者、特に書籍編集者っていろいろなパターンの人がいて、いろいろな正解があって。僕の知ってるビジネス書の文脈で言うと、今、世の中の人が何を思ってるかというニーズに対してめちゃくちゃ寄り添っていく、マーケットイン的なビジネス書の作り方がすごく得意な人もいるんですよね。

僕はどちらかというと、それに対するアンチテーゼ的な。『弱さ考』自体がまさにそうなってると思うんですけれども、価値観の打ち出しみたいなことをすることのほうが得意。逆にマーケットインがあまりできないタイプです。

マーケットインじゃないからといって、アーティストではないので。「プロダクトアウトだ」と言って自分の好きなものを打ち出すというよりは、例えば先ほどの「『陰翳礼讃』って5ページでいいじゃん」みたいな風潮がある時に、「いや、このボヤボヤの95パーセントって、けっこう世の中にとって大事じゃない?」みたいな。

それは別にコミュニケーションに関しても言えるようなことで。コミュニケーションをいかに短く効率的にするかみたいなことを世間が雰囲気として感じてる時に、「でもそれに対して、実は逆のところにこそ大事なものが眠ってるよね」みたいなことを……。

僕自身はコミュニケーション本を出したことはないですけど、僕はそういうボールの投げ方をしていくタイプの編集者ですね。

世の中の変化にはムラがある

工藤:その先で生まれるものって、当たりもあれば外れもあればとか、いろいろあるとは思うんですけど、とはいえ「これが価値になるんじゃないか」って、マーケットインのほうは計りやすいじゃないですか。「今、こういう流れだな。ということは何人ぐらい買ってくれそうだな」と。まさにそれがマーケットが見えている、市場が見えているってことだと思うんです。

だけど、そうじゃないコンセプトから入って、裏かいてドンみたいなのって、どういう思いで作られるんですか。本を作るって意味では、それこそ冒頭であった数字の世界を無視できないわけじゃないですか。

井上:そうですね。世の中の変化ってけっこうムラがあるんですよね。

工藤:ムラ。

井上:わかりやすく言うと、実質的にはもう変わっているんだが、政治の制度だけが追いついていないみたいなものって、すごくわかりやすい。実態のほうが早く変わるんですよ。

工藤:はい。

井上:それに対して、まだそこを表現する言葉がなかったりっていう、古くなっているが故に溜まっているマグマみたいなものを……。マグマっていう表現がいいかわかりませんが、それを解放するみたいなかたちで本を作ってきたというイメージはあるんです。

急に旗の振り方が少し難しくなってきた

井上:ただそれこそ、図らずも『弱さ考』もそうかもしれないですが、やはりここ1年~2年ぐらい、急に「この変化の先に明るいものがあるじゃないか」「こっちでしょ」っていうような旗の振り方が少し難しくなってきたかなって。

僕は「書籍編集者として年何冊も作る」みたいなところから今いったん退いているんですけれど、今やってたらどういうふうに作るかな、ちょっと難しいだろうなっていう時代の潮目を感じますね。

工藤:へえ、そうなんだ。それはどういうことなんですか。「こういう旗の下においで~」「希望を灯した、希望を見てね~」って今まで言っていたのが、この1~2年はそう言っても……。

井上:今、希望を灯そうって言ってくれたのは、僕がNewsPicksパブリッシングを創刊する時に、創刊宣言文みたいなかたちで、2019年に書いた文のタイトルなんです。

その時は、「困難な時でも、それこそ日本の課題をいろいろ解決していけば、明るい未来があるじゃん」っていうかざし方だった。

2021年に『パーパス 「意義化」する経済とその先』っていう本を出しました。パーパスという今となってはもう使い擦られてしまったような言葉ですけど、その時はまだそんなにだったので。

パーパスというものを前面に打ち出していけば社会が良くなるみたいな、ソーシャルグッド的な方向に少し風潮が変わり、今で言うと、「そもそもそのビジネスがうまくいくみたいなことってすごく大事なんだけど、そこだけでいいんだっけ」みたいな。ビジネス書そのものを問い直す方向でしか、違った角度からの光の当て方ができないみたいなことを感じてますね。

次の目標を誰も見つけられていない“下げの時代”

井上:流れで言うと、斎藤幸平さんが出てきたあたりから……。これは確かラジオで箕輪厚介さんが言ってらっしゃったのかな。僕のオリジナルではないですけど。その後、三宅香帆さんも要は「働きすぎじゃん」「半身で働くっていいじゃん」っていう提案の本じゃないですか。

工藤:脱成長しーの……。

井上:そうそう。

工藤:働くの100もやめーの、みたいな。

井上:「社会的に脱成長だよね」「個人的にも働くのは半分だよね」みたいな。今ってスポット・スポットでは、いわゆるビジネスっぽいビジネス書のヒットはたくさん出てるんですけど、「社会全体の中で芯食ったヒットだなぁ」みたいなのは、そういう本に流れが変わってきてますよね。

工藤:おもしろい。それは井上さんのこの編集者人生の中では体験していないというか、そういう時代なんだって感じなんですか? 

井上:経験してないですね。それこそ今出てきた、同じ時代を戦った箕輪厚介さんとか、アッパーに個人でどんどん成り上がっていこうぜみたいな1つのムーブメントをあの人が作った側面もあるし、時代があの人のプレイスタイルに合ってたっていう言い方もできる。

工藤:そうですね。

井上:でもご本人は感覚がすごく鋭いから、「もう俺の時代はいったん終わった」っていうかたちで、アッパーな本の作り方はいったんやめたじゃないですか。

そこから「下げの時代だ」ってご本人も言っていて。たぶんそれを言い出したのが3~4年前なんですが、下げ止まってない感じはまだありますね。

工藤:下げ止まっていないね。

井上:下げの時代だって。次の目標を誰も見つけられていない感じはありますね。

工藤:なるほど。だからおっしゃっていたみたいに、芯食うみたいな文脈で、「これが時代を象徴してるなぁ」みたいなヒット作で言うと、商売の中心みたいなことじゃない、ちょっと違うところになる。

井上:そうですね。斎藤さん、三宅さんみたいな。

工藤:そういう流れがあるってことなんですね。

井上:そうですね。

工藤:なるほど。

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