【3行要約】
・ビジネス現場のルールと日本的感性にはギャップがあり、それが人々を苦しめている可能性があります。
・『弱さ考』の井上慎平氏は、日本には陰りや歴史を美として取り入れる文化があると指摘。
・ビジネスのストーリーやブランディングに日本的感性を活かす新たな視点を提案しています。
ブランド作りに役立った・影響を与えた3冊の教科書
工藤拓真氏(以下、工藤):この番組の恒例としてやらせていただいている「ブランド作りに役立った、あるいは影響を与えた教科書を3つ教えてください」という話を井上さんにもさせていただいていて、3冊挙げていただいておりまして。当然ながら3冊目はもうプロモーションなので、『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』が入ってくるわけなんですが、ちょっと3冊教えていただいてもいいですか。
井上慎平氏(以下、井上):わかりました。じゃあ3冊のタイトルを……。
工藤:そうですね。タイトルと著者ぐらいをさくっと。
井上:これ、けっこう悩んだんですよ。ブランディングというところで僕が語れることは、ビジネスの具体と近づけることはそんなにないかなという気が実はしていて。
それよりももうちょっと、今回の『弱さ考』を通じて考えたことに引きつけて、抽象的なところで語ったほうが……。具体的なところは他の方に紹介してもらえるだろうなと思ったので、けっこう意外なところかもしれないんですけど。
1冊目は谷崎潤一郎さん、さんというのもアレですが……。『陰翳礼讃』。
工藤:来ましたね。
井上:そうですね。漢字を言おうと思ったけど、それはいいや。
工藤:口頭で言うのめちゃくちゃむずかしいっすね(笑)。
井上:そうですね。
工藤:エイがむずすぎる。
井上:谷崎潤一郎さんの『陰翳礼讃』が1冊目。
2冊目が、たぶんタイトルとしては『MUJI 無印良品』。大文字でMUJI、ムジ。無印良品。ここまでがタイトルかな。めちゃくちゃでかい本なんですよ。
工藤:そうですね。でかい。
井上:でかい。5,000円ぐらいする大型本なんですが、これが2冊目。
3冊目が『弱さ考』という順番でいかせてもらえればなと思っています。
「日本的感性」と「ビジネス現場でのルール」のギャップ
工藤:ありがとうございます。なぜ『陰翳礼讃』から始まるんですか。
井上:前提として、僕が『弱さ考』の中で考えたことでもあるんです。
当たり前ですが、僕らって社会の中で育ってるじゃないですか。具体的に言うと、学校の中で育ち、その前にまず日本という国で生まれ、学校を通過して社会に出ていくわけです。
僕らって、すごくその社会の影響を受けるんですよね。僕らはたまたま同い年ですが、生まれたところはぜんぜん違って、文化圏も違う中で、そういう中で人と人の差異が生まれてくると思うんです。
やはり日本的な感性についてもう1回フラットに考えてみることが必要だなと思った。そこで育まれた文化と、ビジネスの現場でのルールとか、そういったところとのギャップが人を苦しめてるんじゃないかなというのが『弱さ考』で考えたことで。
日本的感性みたいなことを学ぶ時に、一番すっと入ってきたなぁというのが、僕にとっては谷崎さんの『陰翳礼讃』でしたね。
工藤:へえ。
歴史を感じさせるような質感が今はどんどん失われている
井上:具体例を元に話してみてもいいですか。
工藤:もちろん。
井上:真っ向から、のっけからビジネスと反対の方向にいく話なんですけど。
工藤:いきましょう(笑)。
井上:時代がすごく激動していた時代に書かれたものですけど。あえて今風のビジネス用語で言うと、最近、課題解決のほうにいきすぎてないかみたいなことをボヤボヤ言ってるんですよ。
工藤:言ってますね。本当にめちゃくちゃボヤボヤな本ですよね。
井上:最初から最後までボヤボヤしてるんですけど。
工藤:(笑)。
井上:でも、それが今もこれだけ読まれているということは、今現在も僕らはボヤボヤ思っているんですよね。
「なんか象徴的やなぁ」と思ったので言うと、厠、トイレの話で。すごく雑に言いますよ。谷崎潤一郎に怒られるかもしれないぐらいざっくり言うと、西洋の人は、トイレってもう不潔やから、もうピカピカに明るく……。明るくというのは電灯でピカッて照らして、隅々までごしごし擦って、まったく曇りがないようにして。厠なので、それこそ排泄とかあるわけですが、それが一切見えないように、クリーンな環境、陰のない環境を作ろうとする。
でも日本家屋はそういう発想でできていなくって。掃き清めるということはするんだけれども、だいたいの場合、一番遠いところにひっそりとある。あえて電気をつけるようなこともせず、そこをそのまま置いておく、「あのかたちがよかったのじゃ」というようなことを言っていて。
「明るさですべてをくまなく照らして、課題的なものを全部取り除いてしまうんだ」という西洋の感覚に対して、「日本ってそうじゃないよね」みたいなことをずっと言っているんですよね。
具体的な例を足すと、日本家屋って瓦で続いた庇があるじゃないですか。あれがすごく奥のほうまであって。西洋は最低限、逆にいかに日光を取り入れるかみたいなことを考えた作りの建物になっている。
日本はそこに障子があって、まず庇の時点でかなり光を取り入れない作りになっているのに、中にさらに障子があって。でもそれをど真ん中から透かしてみたら、そこにほんのり見える明るさ、明るさを通して見える陰りみたいなものにその美を感じるということが我々の文化だよねみたいなことを……。「まぁでもしゃあないんだけどさ」って言いながら、ボヤボヤ言っているというところ。
いったん最後までお話ししてしまうと、シンプルにやはり明るいものより陰のあるもの。あとは、新しいものよりも“なれ“って書いてありますが、“なれ“って言ったら手垢というか、ちょっと歴史を感じさせるような質感とか、要は歴史のあるものを好んできたよねと。それが今はどんどん失われてしまっているよということをひたすら伝えていて。
あえて目の前にあるものを課題として解決してなくしてしまうのではなくて、それを美のかたちに取り入れてしまうというような目で見ると、すごくおもしろい本です。
この2025年の日本に、古き良き日本を全部がっと戻してこうぜっていう話ではないんです。今あるものに対して、何か谷崎潤一郎が言ったような歴史的なもの、それとも陰り的なもの、エッセンスとかあるいはブランドのストーリーに入れ込んでみてもおもしろいのかな、みたいな示唆は得られるなぁと。
工藤:なるほど。おもしろいですね。ありがとうございます。
答えを出そうとしたら『陰翳礼讃』は5ページぐらいでいい
工藤:今要約してくれた、ぎゅっておっしゃっていただいたこともそうだし、『弱さ考』をあらためて読んだ上で、谷崎(さんの言っていることを)考えると、先ほどのボヤボヤ具合みたいなものって、ある種「まぁいっか」「知らんけど」みたいなニュアンスが、この本ではけっこう多いじゃないですか。
井上:はい。
工藤:それがなんか救いな気もしていて。西洋VS東洋みたいに切って、「だから東洋だよ!」「だから陰が大事だよ!」みたいな感じでもなく。
なんかそれこそトイレのくだりも「なんか言うて、けど洋式トイレ便利だなぁ」「なんか洋式トイレでいいよなぁ……まぁ……」みたいなことをずっと言っていて(笑)。
しかもなんか最後まで結論は出なかったり、「いや、なんなら洋風に軍配上がった?」ぐらいな感じの終わり方もしてたりして。
だからおっしゃってたみたいに、古きものを讃えるとか、陰に可能性を見出すということなんだけれど、思考、考え方の形式が「AじゃなくてB!」みたいな。僕とかクリエイターとかデザイナーの人たちが教科書本を渡される時って、どちらかというと対西洋に対しての東洋美みたいな感じで言われちゃうんだけど、本文読むと、このグダグダ感とか「まぁいっか」感みたいなのが、なんか人間っぽいなというか。チャーミングに映るなということで、勝手に僕は『弱さ考』にそれを感じたというか。
井上:(笑)。
工藤:なんか似てるっていう。「『まぁいっか』みたいなこと言ってる!」みたいなのとか。
井上:うれしい。そうなんですよね。答えを出そうとしたら、『陰翳礼讃』って5ページぐらいでいいんですよね。
工藤:確かにそうですよね!(笑)
井上:そもそもこのライティングスタイルというか、別に解決にもならないし代案も出さないのであれば、その部分カットしろよっていうのが……。
工藤:確かに!(笑)
井上:非常にビジネス的な考え方じゃないですか。
工藤:うん。確かに。
井上:95パーセントはそれ以外の部分でできていて。でもなんかそのプロセス、結局最後は谷崎潤一郎も「なんやかんや言って、あったかい西洋の機械使うのいいよね」とか言っている。
工藤:(笑)。
井上:「なんやってん?」っていう。でもそこに至るまでのプロセスみたいなものがビジネスの世界ではあまり許されないからこそ、こういうところで読み物として読むとか、そういう文章、思考、言葉があっていいんだなぁみたいなところも含めての良さですよね。
工藤:本当にそうですよね。後で詳しく聞きたいんですが、僕、告白すると……。井上さんにイラッとされちゃうかもしれないですけど。
6章あたりとかで、僕、一瞬井上さんが嫌いになったんですよ。
井上:あ、マジっすか。
工藤:(笑)。「なんかもういいよ、めっちゃ理論武装ちゃんとしてんじゃん」「ふざけんなよ」と思って。
井上:(笑)。
工藤:けど、最終章でやはり大好きになったというか。「いや、そうよな。いやぁ、井上さん。やっぱ井上さんや!」となって。こんなものも込みで『陰翳礼讃』的なものもあったなという意味で。
井上:そうですね。谷崎的にはなりきれなかった6章ということですね。
工藤:(笑)。
井上:ビビって、工藤さんみたいな人につっつかれるのが怖いので。
工藤:(笑)。すみません。リスナーの方を置いていってないかだけがとても心配ですが。
井上:完全に置いてってました。
工藤:大丈夫です。ありがとうございます。じゃあ次回は『MUJI』の話から始めてもいいですか。
井上:ぜひ。
工藤:お時間もよろしいようなので、1回幕引きしたいと思いますが、次週もまたお越しいただければと思います。今日のゲストは、『弱さ考』著者の井上さんでした。井上さん、ありがとうございました。
井上:ありがとうございました。