日本のグローバル競争力ランキングは右肩下がり。その背後にある要因を分析し、直観や主観を重視したイノベーションの重要性に迫る、多摩大学大学院のMBA特別公開講座「イノベーションと直観の科学」。本記事では、MBA名誉教授の徳岡晃一郎氏が、GoogleやAppleなどイノベーションを起こす企業の共通点や、50代で会社のお荷物にならないためにやっておくべき行動について語ります。
イノベーターに求められる「四方よし」とは
徳岡晃一郎氏(以下、徳岡):先ほど、ものづくりで勝ってきた日本の強みが悪さをしたと言いましたけども、日本の文化的な三方よしってありますよね。近江商人の美徳で「自分よし・顧客よし・世間よし」で、自分の利益ばかりじゃないよと言ってきたんです。
ただ、このことは言葉を換えれば、「みんなが現在のいいことに最適化する」ことにもなっちゃうわけですよね。

今の時代を考えてみると、四方よしが重要です。未来よしまで考えて、視野に入れないとまずいんじゃないか。現在にちょっと痛みを持ったとしてもね、未来に向けて考えて投資する。それがすごく大事になります。全部はできないですからね、やっぱり何かを犠牲にして次を狙っていくことも大事になります。
そういう意味でも、そこに明るさを求めないといけないですから、ビジョンがものすごく大事になると思いますね。自分の10年後のビジョンは何だ、自分の定年後、第二の人生に向けてのビジョンは何だ。
あるいは、日本の将来人口が5,000万人になっちゃう。その途中に当然、1億人を割る時があるわけです。その時に自分は何歳で、今の会社でどんな貢献ができるんだろうかと、しっかり悩み抜く。問題意識を持つことが大事です。そこで明るい未来を描いて挑戦していく生き方をする必要が出てくるのかなと。
それでもバイアスがありますから、目の前の今の忙しさにかまけて、みんな満足しちゃうんですよね。なので、自分なりの覚悟をどう持つかっていうことになると思います。

企業経営で言えば、今の勝負に勝つための競争戦略も重要なんですけども、成長戦略が大事なわけですよね。未来を見ていかないと足をすくわれます。これは戦略論をやったら必ず出てくるコンセプトなわけですけど、我々はこちら側(成長戦略)に自分の時間をかけていかないと、企業も良くならないし、自分の人生も尻すぼみになっちゃいます。


イメージとしては、競争戦略だけをやっていると、その未来からバックキャストしてきた人に負けちゃうよねと。今がんばる(図内では従来型の掃除機)っていうのもあるんだけども、ぜんぜん違う発想(図内でロボット型の掃除機)で来た人には負けちゃうよねと。
なのでぜひ、ビジョンを考えていただきたい。これは企業のビジョンですけども、自社でご自身がキャリアを積む時の10年後、あるいは自分が80歳になった時とか。どこかのタイミングでのビジョンを考えてほしいと思います。
楽天、Honda、UNIQLOの共通点

徳岡:その時に、どれだけ未来を見るかがすごく大事なんですね。これ(楽天、Honda、星野リゾート、UNIQLO、MOTHERHOUSEのビジョン)、けっこういいキャッチコピー的なビジョンだと思うんですけども。これを次のページと比較してみてほしいんですけども。こういう(グローバル企業の壮大な)ビジョンもあるわけです。
これを見ていただくと、(前のスライドと)ちょっとニュアンスが違うと思うんですよね。院生のみなさんにも分析してもらうんですけど、端的に言えば、未来を具体的に描いてるってことですよね。

未来をとことん考え抜くというのはこういうことです。だから「すごい人になりたい」「ナンバーワンになりたい」というのもいいけど、世の中にどういうインパクトを与えるかまでを考えないと、ビジョンも曖昧になっちゃいますよね。
ここでテクノロジー、夢、グローバルと、大きな考えが大事になってきます。経営の観点から言うと、こういった日常の目標(売上、利益、成長など)にはちゃんと応えていかないといけない。

一方で、状況や競争条件も変わるので、どんどん新しいところに対応していかないといけない。これ(売上や利益)は予定調和的にやって、これ(経営革新や成長戦略)は変化に対応しますと。
それに対して、いやいや、ただ変化に対応しているだけじゃだめで、新しい世の中をどう作るのかが、今はより求められている。これは今日の冒頭からの時代認識でおわかりいただけたと思うんですけども。
ここ(こういう世の中を作ろうという水色のゾーン)をイノベーターシップと言います。こちら側(売上XX億円などの黄緑色のゾーン)はマネジメントで、これ(こういう会社にしようなどの黄色のゾーン)がリーダーシップと言います。
そう分けて考えると、こういったこと(目の前の目標)を勉強するのも足腰としては大事なんだけど、目線はこっち(未来)にいかないとねっていうことです。独断と偏見ですけども、当てはめてみたらば、こういった人たち(スティーブ・ジョブズなどの未来創造者)がいて、世の中を切り開いてると思うんですね。

(海外の)ITの人たちが目立ちますが、日本にもいらっしゃる(孫正義、桜井博志、堀木エリ子、山口絵理子)。ぜひこういった世の中、未来に対しての思いを持ってもらう。そういった志、視点を持ってもらうのが、このイノベーターシップで現実を変革する思いと実践知です。
変革しない限りはそのまま行っちゃいます。経路依存性(過去の経緯や歴史によって決められた仕組みや出来事にしばられる現象)とかいろいろなバイアスがかかって、どうしてもはみ出せない。
なので、あらためて大人として次の世代に対してどういう責任を果たせるかを考えながら、自分のキャリアを作っていくことが大事かなと思いますね。
熱い思いとしたたかな実践知で現実を変えていく。そんな力量をつけようというのが、我々多摩大学大学院のコンセプトであります。
イノベーターに求められる5つの力

徳岡:私は「イノベーターシップ」という授業も持ってるんですが、5つの力を提唱していまして。授業では1個ずつやっていきます。1つめが、未来を見る「未来構想力」。どうしたら時代を読んで未来を見る力がつくか。
それから2つめが「実践知」。教科書を読んだだけじゃ未来を変えられないし、いろいろな経験から学んで知恵がある人じゃないと、うまく乗り切れない。ルールでがんじがらめですから、そこをいかにかいくぐるかと。
3つめが「突破力」。方向性が決まったら変えていくこと。4つめが「パイ型ベース」で、いろいろな知識。(πという文字の中で)Iの字(を足に見立てて)、この二本足が幅広い専門性ですね。この上に乗っかっているのが教養ということでイメージしてるんですけども。こういうパイ型ベースを得ていないと、未来構想力も育ちません。
最後が、やっぱり1人じゃ大きなことはできないので、場作り力が大事です。こんなことを考えていまして。私の授業は総論なので、これはざーっと並べていますけれど、多摩大学大学院の100講座がこの5つの力に紐づいてるので、ぜひ勉強してほしいと思います。
人生を考えてみると、常に学び直して、知を連続してアップデートしていかないといけません。縷々述べているように時代がどんどん変わっていきますから。

昔、大学を卒業して、22歳で勉強をストップしたままの人も多いわけですよね。でもそれじゃあ持たない。自分の知をどうやって常に高め続けるかっていうことを、もう1回思い出してほしい。
仕事がよくできている人は、たぶんやってるはずなんですね。20代で一生懸命勉強するから、30歳になって花開きます。でも、このままでもう大丈夫だっていう人は、いないですよね。たぶんこのままだと乗り遅れると思うから、いくら忙しくても、勉強するんです。経験を広げて(他部門に公募したり)、次の時代に合う自分に作り変えることで、がんばれる。それでこそ(40代の活躍という)ピークが来る。
時代を見る人は、このまま安住してたらまただめになるよねって思うので、いくら忙しくても(大学院に通うなど)勉強するんですよね。次のピークを作っていきます。
個人のキャリアでイノベーションを起こす方法
徳岡:今の日本の問題は、60歳定年だったので、50代になって何もやらない「上がりの人」が多いんです。そういった人たちは今、会社の中でお荷物状態になっていますよね。でも65歳まで働かないといけない。あるいは人生100年になったので、65歳以降も働かないといけない。でも50代で勉強してなければもう、力がないですよね。
なので50代になっても、またさらに勉強(副業、NPOなど)しますという波を作る。大学院はここに寄与してると思っています。そうしないと、この時代の人口減少、高齢化、テクノロジー、ポストコロナといった波を乗り切れないと思いますね。
仕事や企業のイノベーションも大事ですよね。でも、それと同時に人生のイノベーションも大事なんです。人生をイノベーションすることは、新しいことをして、自分に新しい血を入れることですから、仕事や企業のイノベーションにもつながっていく。これはもう表裏一体ですよね。

このイノベーションのモデルを「SECIモデル」(従業員の知識や技能の中から暗黙知を組織的に管理して、形式知化するための理論)っていうんです。これはつい先日亡くなられた、一橋大学の野中(郁次郎)先生の提唱したコンセプトなんですけど。私はSECIキャリアモデルって言っていますけども、人生のイノベーションモデルというものは(仕事、企業のイノベーションと)一緒に回ってると思うんですね。
なので、自分も改造する、企業でもイノベーションを起こす。そんな生き方をぜひ大学院で手に入れてほしいと思っています。
能力的に言うと、普通にMBAを学んだ場合は、この横軸(ビジネスの目標を必達する事項力の強さ)の問題解決能力が伸びます。でも多摩大学大学院に来たみなさんは、縦軸(自分のビジョン、夢、仕事の意味付けを高いレベルで考え、提言していく強さ)が伸びていきます。つまり両方伸びていく。こっち(横軸)の基礎科目もありますけど、世の中や自分自身について考えることを徹底的にやっているからです。
特に寺島実郎学長の授業もありますので、こっち(縦軸)を考えざるを得なくなる。ぜひみなさん、そういう状況に自分を追い込んでほしいですね。こちら側(横軸)は仕事していれば時間が取れるんですけど、こちら側(縦軸)は仕事をしていても時間が取れないので。あえて大学院で自分の時間を作ってほしいなと思っています。
全部足すと100以上のいろいろな授業があります。イノベーターシップを学んで幅を広げてほしいですね。
自分のビジョンを描く時に非常に重要なのが、自分は何を大事にしているか。自分の主観を丁寧に扱っているでしょうか。あるいはそれを封印していないかというのも大きいようです。