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なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 〜異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」〜(全5記事)

週3日働いて年収2,000万稼ぐ元印刷屋のおじさん 好きなことだけして楽に稼ぐ3つのパターン

趣味やスキルを活かした低投資・低成長・低関与の「そこそこに稼ぐ」ことを目指す起業スタイルに注目した「そこそこ起業(ライフスタイル企業家)」。本イベントでは、東京都立大学大学院経営学研究科准教授の高橋勅徳氏が登壇。今回は、好きなことだけして楽に稼ぐ3つのパターンについてお伝えします。

マーケティングや差別化も一切考えない

高橋勅徳氏:実際に、Lifestyle entrepreneurと僕たちが信じる人たちにインタビューしていくんですけど、「マーケティングとか、差別化なんて知らん。俺たちはただ、好きなこと、できることをやっているだけだ」と言われることがほとんどで、論文の内容としても、まだまだ体系化が進んでいません。

ここで引用している論文ではサーフィンの写真を出しているんですけど、サーフィンとかスキーとかマウンテンバイクとか、ライフスタイルスポーツといわれる分野を、ライフスタイル企業家から迫る研究は非常に多いんですね。

そういうところで、ショップやカフェをやりながら、サーフィンを楽しんで生きている人たちのインタビューをしているのが(Laura)Wallisたちの研究になります。

タイトルが非常にすばらしくて、「Just want to surf, make boards and party」というものです。「俺たちはただサーフィンがしたいだけ。ちょっとボートを作って、仲間と一緒にパーティーをする。そのために、このお店をやっている」と言う意味ですね。

そこにはマーケティングとか差別化ということは考えられていない。起業する時、あるいはビジネスモデルでもいいですが、それこそ起業の教科書みたいな本は今たくさん出ていますけど、そこで言われているようなことも一切考えていないということになります。

好きなことだけして生きていく3つのパターン

じゃあ、何も考えずに本能的にやっているだけかというと、実はそうじゃないのが、ライフスタイル企業家研究が目指していることです。彼らが好きなことだけやって生きていく工夫を、行動的な特徴、行為戦略として発見していく。この行為戦略のリストが、この10年くらいの間でたくさん溜まっていく中で、今、体系化が試みられています。

これは本にはあまり書いていないんですが、そのまとめ方を大ざっぱに分類すると、「引きこもり」「ハッキング」「立地」というものになり、私もつい3ヶ月前くらいから、こういう説明をさせていただくようになっています。

引きこもりの例は、みなさんが一番イメージしやすい話です。『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』ですと、第2章のマウンテンバイクの話、第3章の同人誌の話、第4章のコスプレイヤーの話とかが典型例になります。

この趣味のコミュニティに引きこもり、そこで成立するスモールスケールのビジネスを展開していくというのは、世界的にも注目されている「そこそこ起業」、Lifestyle entrepreneurshipのよくある行動パターンになり、行為戦略になります。



それは何かというと、先行して漫画とかアニメ、マウンテンバイク、サーフィンとかを楽しんでいる人たちの集団、コミュニティがあることにまず注目する。そのコミュニティを基盤にしながら、楽しむ姿を見つけて仲間を集め、仲間にサービスを提供していく形で起業していくスタイルです。

コミュニティの中での実績と信頼性が重要

ここで重要になるのはコミュニティの中での一定の実績と信頼性になります。「あの人は絵がうまい」「あの人はマウンテンバイクがやばい」という人が、コミュニティのメンバーに「どうしたらいいの?」と聞かれて、「この絵を描いてくれよ」、「私の自転車、改造してよ」と言われるようになって、ビジネスが始まっていきます。

マウンテンバイクだったら、「マウンテンバイクを整備したいんだけど、できなくて、どうしたらいい?」と相談を受けているうちに、お店を開くようになっていく。漫画オタクもコスプレイヤーも同じように、作家として自立していく。

そこで重要視されるのが「Performative」という概念です。趣味を楽しみ、分かち合う関係をいかに作り上げていくのか。その中で、ある種の喜びの交換、楽しさの交換として商いが成立していく。

仲間内で「あいつはやばい」と言われるレベルで食べていける

ここで誤解しちゃいけないのが、僕は本の中で「楽園に引きこもる」という書き方をしたんですけど。正確に言うと、楽園には引きこもっているんですが、完全に市場と関係のないところで引きこもっているかというと、実はそうじゃない。

彼らは企業や商業サービスとうまく付き合いながら、自分たちが楽しみながら経済的に自立可能な状態を、いかに作るのかということを一生懸命やっている。

実際、マウンテンバイクの例で取り上げさせていただいた富田さんという人も、マウンテンバイクメーカーの人と取引をしていますし、企業と付き合ってオリジナルグッズも作っています。

非常にセンシティブな画像なのでモザイクをかけさせていただいていますが。同人誌の作家の方も、コスプレイヤーの作家の方も、これは国際的な商業資本で作られているやつですけど、創作支援のプラットフォームを利用することで稼いでいます。このような商業的プラットフォームを利用しながら評判も確立して、「稼げる」という状態を作っているわけです。

そういう意味で、この引きこもりの例は、コミュニティというものがあり、その中で自分がいかに参加して仲間を作っていくかって視点を見た時に、商業的なプラットフォームの発達で、実は年々経済的な自立のハードルがすごく下がっているのではないかと思います。

それを特に感じるのが、僕の趣味の1つでもあるんですけど、ボディービルの世界なんかは、ちょっと筋肉があるかなくらいの人でも、プラットフォームを上手く活用してパーソナルトレーナーとしてある程度稼げるような状態になりつつある。

その意味では、趣味も極めていくんだけど、日本一や世界一になるんじゃなくて、仲間の中で「あいつはやばい」というレベルになるだけで、うまくやればご飯が食べていけるような状態が作れるというのが、現代の引きこもり戦略の例です。

週3日働いて年収2,000万円稼ぐ元印刷屋のおじさん

2つ目はハッキングの例で、『そこそこ起業』では第8章で書いた山の住人、僕のおじいちゃんの話ですね。第9章、歌舞伎町で会った変なおっちゃんの話。第12章、TikTokerの小説家の話も同じハッキングの実例であると思います。



詳しくは第9章の歌舞伎町の話をとりわけ読んでいただきたいなと思います。僕がたまたま飲み屋で会ったおじいちゃんが何をしている人だったかというと、町の中に小さな看板広告がありますよね。

もともと広告じゃなくて印刷屋をやっていたから、それを40歳くらいで辞めて、ああいう看板広告をやる仕事を始めたという人です。週3日くらいの簡単な打ち合わせだけで、実は年2,000万円稼いでいて、あとは飲み歩いているだけという怪しいおっさんに出会ったという話です。

僕はそこで何に感心したかっていうと、広告業の産業構造とか、テナント業の収益構造とか、市場のニーズとかを知り抜いた上で、臆面もなく広告代理店のビジネスモデルを模倣して、自分がそこそこ稼げるような状態を作り出している点です。

本に書こうかなと思って書かなかった、同じような起業をしていた人の例でいうと、元銀行マンで「そこそこ起業」をやっている人が、私がかつて出会った人にいます。

何をしているかというと、銀行の融資担当者は、融資をしたくなる基準を知り尽くしているんですよね。それは数字的な部分でも、ビジネスモデル的な部分であっても、あるいは心情的な情緒の部分でも知り尽くしていると。

その上で、形の上ではというか、本人が言うには「今までいろんな会社を困らせてきた罪滅ぼしで、自分の心が軽くなるような仕事がしたい」ということで、そこそこ起業を初めたのです。

いろんな中小企業の社長さんだったり、創業間もないベンチャーの人に「あの銀行のこの支店だったら、こういうスタイルでこういう内容のプレゼンをしてください」という融資のアドバイスをするコンサルビジネスをやっています。

だいたい週3回ぐらい、いろんなところで講演したり、相談を受けたりするかたちで、もう30年くらいご飯を食べている。けっこう稼いでいる人気の講師になっている方もいます。

差別化の発想を捨てた時に、楽に稼げる道が開ける

ここで注目しなくてはいけないのは、やっていることは、ただのコンサルビジネスだったり、小さな広告業だったりするんだけど、大企業に勝つとかシェアを奪うといった、ニッチとか差別化の発想を捨てた時に、楽に稼げる道がばっと開けていくことです。

僕は日本国内の事例として、山の住人で、市場とうまく付き合って山から売れるものだけバンバン売っていくうちの祖父であったり、歌舞伎町の怪しいおっさんであったり、TikTokerもそうなんですが、市場の仕組みを一部ハッキングするようなかたちで自分が快適に楽に稼げる状況を作っていく話を書きました。

これは実は、世界的にはITのノマドワーカーの部門で注目されていたりします。先ほど言った、ニュージーランドのマッセイ大学のSayersなんかが『The Global Garage』という本で「Home-based business in New Zealand」と書いているのが代表的な事例になります。

家族と暮らしながら、好きな釣りとか、トレッキングとか、マウンテンバイクとかをして、週に3日くらい、4時間、5時間、ちょこちょこってプログラミングを書いて生きている人たちがニュージーランドにはいっぱいいると。

それは、「ネットで世界の市場にうまくつながって、自分のプログラミングスキルを価値あるものに位置づけ直していくことで成立しているんだよ」という話が書かれていたりします。

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