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なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 〜異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」〜(全5記事)

マネーゲームの「手駒」にされる起業家たち 経営学者が指摘するエコシステムの落とし穴

趣味やスキルを活かした低投資・低成長・低関与の「そこそこに稼ぐ」ことを目指す起業スタイルに注目した「そこそこ起業(ライフスタイル企業家)」。本イベントでは、東京都立大学大学院経営学研究科准教授の高橋勅徳氏が登壇。今回は、エコシステムの落とし穴や幸せな働き方を実現する新しい起業スタイルについてお伝えします。

エコシステム内のマネーゲームの「手駒」にされる起業家たち

高橋勅徳氏:企業家を巡る悲しい落とし穴がなぜ生じるのかというと、近年の流行りのビジネス用語で言う「エコシステム」が原因になっています。

産業内のステークホルダーの集合体として形成されるエコシステムの中では、ある種のマネーゲームが行われている。そのマネーゲーム内の「手駒」として企業家はいるんだと。その結果、起業して不幸になる人達がたくさんいるということが、実は近年の企業家研究で言われている問題です。

もちろん、会社を立ち上げる時にどうしても資金が必要になってくる。お客さんを集めるためにも、お金を集めるためにも、エコシステムの内側で全力で企業家を演じなきゃいけない。みんなが求める手駒を全力で演じて、初めて企業家になれるというのが、ITやバイオなどのハイテクベンチャーの現実であったりします。

「果たしてそれは幸せなんですか?」と言われるようになったのが、近年の企業家研究です。僕が23歳の時に初めての研究計画を書いている時に、親父の研究をやらなきゃいけないと思っていたことが、まさに今、企業家研究で自分が専門としてやっている研究でも注目されるようになったのですね。

それがこの本で「そこそこ起業」というかたちで紹介させていただいている「Lifestyle entrepreneurship」という概念になります。



2000年代初頭に、主にオセアニア地域ですね、中心になるのはニュージーランドのマッセイ大学という大学に(Janet )Sayers(ジャネット・セイヤーズ)という女性の研究者がいらっしゃるんですが、その人たちが使い始めた用語になります。

オセアニア地域の経営学は非常にマイナーな存在なのですが、2010年頃になると、彼らが提案した新たな起業スタイルが非常に注目をされるようになって、2020年代の企業研究の新たなトレンドとして注目されるようになりました。

「Journal of Business Venturing」とか「Entrepreneurship & Regional Development」とか、けっこう一流どころの学術系のジャーナルにもLifestyle entrepreneurshipをテーマとして取り上げる論文が掲載されるようになってきています。

低投資・低成長・低関与の新しい起業スタイル

特徴としては、低投資・低成長・低関与で、自分が楽しいこと、好きなことをする。自分の家族と、大きく見ても友人・仲間くらいのところまでの生活の維持とか、楽しさの維持を目指して、元手をかけず、生計が成り立つ程度の稼ぎ。社会や国、会社、産業への貢献とか、雇用の拡大とかを一切考えずに、あくまで自分が楽しいと思える範囲のビジネスをやっていく起業スタイルが、ライフスタイル企業家の一般的なイメージです。

言うなれば、ライフスタイルを最優先として、会社に勤めるのではなく、起業という行動を選ぶ人って非常に幸せそうだよねと提案することを目的としているのが、ライフスタイル企業家という新しい概念になります。

そして、「こういう生き方ができるようになったら、もっと幸せな社会ができるんじゃないんですか?」というニュージーランドからの提案が、今世界に広がって、1つの起業のスタイルのトレンドになりつつあるわけです。

ちょっとだけ真面目な話をすると、このライフスタイル企業家という概念は、「企業家概念を定義し直す」という話につながってきます。先ほど例として2つ、学生ベンチャーと定年後のシニアベンチャーが陥ってしまう悲しい現実という話をさせていただいたと思います。



経営学という意味で、今まで議論していた企業家は果たしてどういう概念だったのかという見直しは、(John O.)Ogborとか(Farzad R.)Khanとか(Pascal )Dey and (Chris )Steyaertたちが、2000年前後に議論を始めています。

今までの「企業家」という概念は、イノベーションや社会変革と言ってきたんですけど、基本的には資本主義のエージェントであるということになります。特に新自由主義の拡大に貢献するかたちで起業する人たちのことを、我々は「企業家」と呼んできたのは、否定できな現実であると思います。

当然のことながら、いろんなところで問題になっていると思いますけど、新自由主義が拡大していくと、社会問題、貧富の差の拡大だったり、差別の問題だったりという構造的不利益が拡大していく。

それは、社会企業家であっても同じです。むしろ社会企業家というのは、市場メカニズムを利用して社会問題を解決していこうというアイデアを持っていましたし、それで一部解決するところはあった。

儲かる・儲からないではなく「楽しい」起業を

だけど同時に、社会企業家というヒーローによって、「社会問題そのもの、市場の問題そのものが覆い隠されているんだ」と問題提起したのが、OgborとかKhanとかDey and Steyaertたちであり、「企業家概念の定義し直す」という新しい研究課題につながっていきます。

本来みんなが期待していたような、このどん詰まった社会を変えてしまうパワーを持った人が、企業家という概念であったはずだから。この定義をし直そうという動きが出始めたのが、2010年くらいからなんですね。

その時に企業家の評価基準だったり、企業家がもたらすものは何なのかを考え直そうと言われるようになったのが、ウェルビーイングのような、経済的指標以外で起業行動を捉え直す考え方です。

起業によって儲かる・儲からないではなくて、「楽しい」ですね。「良く生きることができるようになったね」と人々が実感するようになると。人生を会社から自分に取り戻せるようになるという感覚とか。

「emancipatory」と言うんですが、解放と訳される概念を、企業家の新たな機能として指摘する研究も登場しています。僕はこの議論を展開したYanto( Chandra)論文が大好きなのですが、ここでは起業という手段を使ってイスラム系のテロリストが社会に復帰していくストーリーを書いているんですね。

構造的な不利益あるいは宗教的な格差の問題から、テロリストにならざるを得なかった人たちが、起業という手段を使って、社会の中に自分の居場所を作っていくという事例が描かれています。Yantoはこの事例から、起業は「支配から人々を開放する」機能を持っていることに注目して、より積極的に評価しなきゃいけないと主張しています。

同様にPadilla-Meléndezという人たちが書いているんですが、ボリビアの女性が社会の中で生きていく際のレジリエンスが、市場の中で屋台を出していくことで獲得されるという論文も発表されています。

ウェルビーイングと起業を結びつける試み

2020年代に入ってアントレプレナーシップとして捉え直していくにあたり、レジリエンスであったり、支配からの解放であったり、ウェルビーイングを起業と結びつけて議論しましょうという試みがあちこちで始まったのですね。

その時に、今までの企業家という手垢のついた概念から、新しい企業家という概念を定義し直すための動きとして大きく2つ出たのが、僕が注目している「Lifestyle entrepreneurship」と、これはたぶん「先住民企業家」と訳すべきなんですけど、「indigenous entrepreneurship」という概念となります。

これが誕生して、起業という行動を、個人の幸せを中心に捉え直して、世界に普及させていこうという動きが起こっています。実際、僕自身も彼らの論文を読んでいくうちに、「親父の研究をするんだったらこれや」というので、これをいかに広めていくのかを考えるようになりました。

その結果、みんなに「こういう生き方があるんだよ」と知ってもらうために、『そこそこ起業』という連載を始めて、幸運なことに本にまでたどり着きました。ライフスタイル企業家っていう研究は何を目指しているかというと、この概念を普及させて、言うなれば、「好きなことで起業して、会社に勤めなくてもそこそこ働いて、そこそこ稼いで、幸せに生きていける生き方があるんだよ。

そのためにはこういうことをしたらいいんだよ」と分析してみんなに広めて、人間の生き方やライフスタイルを変えていくことです。

そのために、僕が研究として何に取り組んでいるのかというと、ライフスタイル企業家の行為戦略の分析になります。企業戦略じゃなくて行為戦略。具体的な行為のレベルで、何に注目して、どう考えて、どういう行動をすれば、ライフスタイル起業がうまくいくのかを考えていこうという研究です。

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