趣味やスキルを活かした低投資・低成長・低関与の「そこそこに稼ぐ」ことを目指す起業スタイルに注目した「そこそこ起業(ライフスタイル企業家)」。本イベントでは、東京都立大学大学院経営学研究科准教授の高橋勅徳氏が登壇。今回は、気づいたら借金、倒産に陥る起業の落とし穴や、経営に「立派な動機」を求められることの怖さについて語られました。
経営学者が語る「そこそこ起業」のススメ
司会者:じゃあさっそく、高橋先生からお話をいただきたいと思います。高橋先生、よろしくお願いします。
高橋勅徳氏(以下、高橋):今日はお招きいただきありがとうございます。東京都立大学大学院経営学研究科で、経営学の准教授をさせていただいております、高橋勅徳と申します。まず30分くらい、2024年7月に出させていただいた新刊について、お話しさせていただけたらと思います。
自己紹介をしますと、神戸大学大学院で博士号を取った後にいくつかの大学を卒業して、2009年から今の東京都立大学、前の首都大学東京に赴任させていただいております。
たぶん私の名前で検索をして最初に出てくるのが「婚活」という話になります。『婚活戦略 :商品化する男女と市場の力学』という本で世を騒がせて、あちこちメディアに出させていただきましたので、そちらで記憶されている方がいらっしゃるかもしれません。
実は私の専門はベンチャー研究と、企業家研究と言われる分野です。ソーシャル・イノベーションの研究であったりベンチャーの研究で、2回ほど学会賞を頂いておりまして、この分野ではそこそこ名前の知れた研究者であったりします。
これまで『制度的企業家』とか『ソーシャル・イノベーションを理論化する 切り拓かれる社会企業家の新たな実践』という硬い研究書を書いてきたんですが、『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』以降は一般向けにも軟らかい本を書くようになりました。
そして今回、新刊で出させていただいた
『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』という本に注目していただき、この会にお呼ばれしてお話をさせていただく機会をいただきました。
なんで「そこそこ起業」という話を書いたのか、の話から始めたいと思います。実はこの本は、2022年に集英社の「よみタイ」というサイトで「エッセイを書いてみませんか?」という編集者のお誘いからスタートした本になります。
最初のほうは「婚活も絡めたエッセイを書きませんか?」という話だったんです。企業家研究の研究者として、婚活研究後に取り組もうとしていた研究プロジェクトで、ライフスタイル企業家という新概念があるのですが。それを一般向けに書いていくのはどうですか?」という提案をさせていただいて、実は『そこそこ起業』という連載が始まりました。
最初は『ゆる起業』という連載のタイトルでした。どこかが商標登録をしていたようで、いろんな諸般の事情でタイトルが変わったという、ちょっと嫌な経緯があるんですが、それは置いておきましょう(笑)。
経営学を学ぶうちに“ある違和感”に気づく
高橋:なんで『そこそこ起業』という本を書こうとしたのかというと、私は1999年から2018年くらいまでの約20年の間、経営学の研究者としてベンチャーの研究に取り組んできて、バイオベンチャーだったり、創薬系のベンチャーであったり、IT系のベンチャーであったり、いろんなベンチャー企業の調査をさせていただきました。
いわゆるベンチャーや企業家といった時に、みなさんが脳裏に浮かべるようなハイテク系のベンチャー企業の調査ですね。2010年代にはソーシャル・イノベーションの研究プロジェクトをスタートさせましたが、これも、みなさんが想像するような産業化されたソーシャルビジネスの研究であり、それが今まで僕が研究してきたことなんです。
他方で、『そこそこ起業』という本の最初の章でも書かせていただいているんですが、僕が経営学の研究者になろうとした時に、なんで企業家研究を選んだのかというと、会社を研究対象にすることへの違和感があったからです。
経営学を勉強し始めた時に1つ疑問に思ったのが、実は自営業と言われる、会社に勤めていない人で、自分で会社を起こし事業を作って生きている人って、国民のだいたい3割なんですよね。不思議なことに、彼らはほとんど経営学では捉えられていない。調査対象として取り上げられることもほとんどないと。
修士論文の研究計画を立てていくうちに、経営学の本で出てくる会社の話は、日本国内で勤めている人が一握りしかいない大きな上場企業の管理職の話ばっかりで、「なんか変だよね」と思うようになりました。これが企業家研究を手掛けたきっかけでした。
その時に念頭にあったのが、要は僕の父親の研究がしたかったということになります。僕の父親は大工だったので、「大工みたいな自営業の世界の研究って、いつかできたらな」とずっと考えていたんです。考えながら、それでもやはり研究の世界でも市場性があるので、注目されやすいのはIT、バイオ、創薬っていうわかりやすいベンチャー企業の研究になります。
そのほうが、いやらしい話をすると、学会誌に載りやすい。そういうものをまとめて本にする時にも、出版社を説得しやすい。というのもあって、「ずっと親父の研究をやりたいな」と思いながらも、学問の世界でウケるようなベンチャーの研究をし続けてきたのが、2019年くらいまでだったというわけです。
200人の経営者に聞いた「起業のきっかけ」
高橋:僕がそういう研究をやりながら、ふっと「なんか変な現象だな」と思って見ていたのが、今映っているスライドにあることなんですが。ここで映させていただいているのは中小企業庁主催のビジネスプランコンテストのロゴなんですけど。
こういうところに出てくる学生の企業家の卵が、ビジネスモデルを説明する前に動機を説明するんですよね。「これをやることで社会問題を解決していくんだ」とか。社会人が参加するようなビジネスプランコンテストになると、「こういうイノベーションをやることで、こういう拡大と経済成長に私は貢献するんだ」という立派なことを語らされている。
そもそもなんで起業したいのか、僕がそういう人たちに、通算200人くらいの人にインタビューして、動機を腑分けしていくと、要は「好きなことがやりたいから起業したんだ、会社を辞めたんだ」とか「そもそも会社に勤めるのが嫌だった」とかに集約されます。
学生から会社勤めをせずに、例えばフリーターやニートをやりながら起業した人に話を聞いていくと「働きたくなかった」と断言した人も居ました。「自分のペースでやりたいことだけやって、飯を食える状況になったらいいなと思って、気がついたら大きなベンチャー企業の社長になっちゃった」という人もいるんです。
腑分けしていくと、「働きたくない」とか「会社に勤めたくない」とか「好きなことだけしたい」というのが、もともとの起業の動機だったりする。
本音を隠して「立派なことを語らされる」経営者たち
高橋:例えば僕と個人的にインタビューをさせていただいて、仲良くなった後はそういう話をしてくれるんですけど、最初に会った時は絶対そんな話をしないんですよね。マスコミからのインタビューを受けている時も、本音を隠して立派なことを言うんです。
「立派なことを語らされる」というのは、実はけっこう怖いことでもあって。ビジネスプランコンテストで立派なことを語らされて、賞を獲ったりして、ベンチャーキャピタルやエンジェル(投資家)が付いたりします。
あるいは行政からの支援を受けられるようになっていく中で、「あの時、お前はこういうことを言ったよね」と約束させられて、責任と、あえて言ったら借入金というかたちの負債を背負わされてしまう。
気がついたら、自分のために起業したはずなのに、他人の利害のために働かされている状況になって、だんだん目が死んでいく人を、僕は今までたくさん見てきた。2024年で、研究者になって25年、26年目になりますけど、独特な虚ろな目をし始める人をたくさん見てきたんです。
それを考えた時に、うちの親父はどうだったかというと、最終的に死ぬまで1人親方で、会社組織を作らずに、自営業の社長として家を建て続けたんですけど、仕事を選んでいたんですよね。
それは何かというと、もちろん家族がご飯を食べられて、僕を大学に行かせるところまでは稼ぐということはきっちり考える。だけど、大工として建てていておもしろい家って、どうしてもあるんですよね。
できればそういう家を建てたいから自分は大工をやっているし、それを建てるのが楽しいというのが、ずっと彼の心のなかにありました。仕事を選びたいから、僕の親父は僕が中学校くらいの時に「会社を作らない」と言ったんですね。
「従業員を雇ったら、建てたくない家も建てなきゃいけなくなる。おもしろくない家も作らなきゃいけなくなる。そんなん嫌やから、1人でいくという選択をした」と。というのが非常に輝いて見えるようになったのが、この10年くらいの話です。そこであらためて、「親父の研究をちゃんとやらなきゃいけないな」と思うようになったと。
気づいたら借金、倒産して身ぐるみを剥がされる学生起業家
高橋:とりわけ先ほど言った、立派なことを言って、ステークホルダーの人に約束させられて、責任と負債を負わされる例として、ここで書かせていただいているんですけど。
東京都がユニコーン企業1,000社計画とか言っていて、東京都立大学でも大学生向けの起業講座みたいなものを開講されるようになって、私もちょっとそこに関わっているんですが。僕は必ず学生さんに、この2つの例を言います。
サークル感覚で、ちょっとお小遣いを稼ぐとか、ちょっと変わったバイトをしているくらいのつもりで学生ベンチャーをしていく。やっているうちに、ちょっとうまく事業が転がり始めると注目されて、マスコミとかに取り上げられたりするようになってくる。そうすると何が起こるかっていうと、「怖い大人」たちがたくさんやってくる。
それは先ほど言ったビジネスプランコンテストに集まってくるベンチャーキャピタルだったり、ファイナンス、銀行だったり、行政だったり。ニコニコと笑いながらすごく支援してくれる。
だけど、支援というのは同時に約束でもある。立派なことを、自分が思ってもいないことを、プランコンテストで勝つためだけにそれを言っちゃって、約束させられて、投資を受けて、そのお金だけじゃ足りないから、気がついたら銀行から借り入れもして借金を背負うことになる。
気がついたら、会社がうまくいかなくなって倒産して身ぐるみを剥がされて。立ち上げたビジネスそのものを、関係していた会社に丸ごと買収されて、自分は気がついたら無職の状態になってしまうと。
こういう挫折の果てに、ベンチャー界隈を渡り歩きながら、気がついたら自分も「怖い大人」の仲間入りをしてしまって、ある意味ベンチャーを志す若者を食い物にしていくような大人の1人になってしまう人も、僕はたくさん見てきたよと学生に話しています。
定年後の起業で陥りやすい罠
高橋:例2として、近年流行っているやつで言うと、定年後にスキルと人脈を活かして、年金プラスアルファで小遣い稼ぎになるような仕事を立ち上げて、社会貢献しながらボケ防止にもなるからいいよねと、シニア企業家を目指すことを考える事例を紹介します。
これは、実は大学の先生でもそういう人たちがけっこういるんです。「研究成果を活かした事業をやってみようか」と考えて、いろんな人に相談しているうちに、コンサルタントがすごくニコニコしながら寄ってきます。
彼らは専門家なので、ビジネスプランの立て方や会社の作り方とか、いろんなアドバイスをしてくれるのですが、事業計画を立てていくうちに、地域貢献や社会問題解決とかのお題目という大きなものを宣言させられてしまうのです。
学生と違って定年した後なので、社会的にけっこう立場も資産もある人が、コンサルタントから「立派なことをあなたができるんです」と言われたらその気になってしまって、誇大な事業を作成してしまうという、一種のトラップにハマるのですね。
当然のことながら、最初は本当に手持ちの資金をちょっと持ち出すくらいで始めようと思っていた事業だったのに、気がついたらそれじゃ足りないから、いろんなところから融資を引き出さなきゃいけない状況になる。
やはりこれも気がついたら、自宅は抵当に入れられて、退職金は底をついていて、それでも仕事はなんとか回っているかな、みたいな状態になったら幸せなほうなのですが、こういうことが実際にあちこちで起こっていたりします。