2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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田中泰延氏(以下、田中):この本(『伝えるための準備学』)の中でもおっしゃっていますが、「準備というのは自分を傷つけて、磨き上げていくことでもある」と。
古舘伊知郎氏(以下、古舘):10年前に行っていたメガネ屋さんがありまして、オブジェじゃなくてレプリカだって言っていたんだけど、真鍮のでっかい釜が飾られているんですよ。
「なんだこの釜みたいなものは」と前から気になっていて、「何ですか?」と聞いたら、「うちの工場はメガネで有名な福井の鯖江です。鯖江にはこれの本物があって、これはレプリカなんですよ」と。
「(一体これは)何なんですか?」と聞いたら、セルフレームってもともと石油から作るでしょ。べっ甲とか(みたいに)天然物じゃないから、石油由来で作っていく中で、セルフレームって塊で出来上がるらしいんですよ。
それを最終的に一本一本のメガネのフレームに成形していくじゃないですか。それをきれいに光っているようにするためには、この釜で無数に傷つけるんです。隣にもう1つ、さらに細かく傷つける釜があるんですよ。3段階あって、一つひとつ新たな釜に移し替えて、無数の傷をつけて磨いていくんですよ。「あぁ、そうか」と思って。
例えば女性がネイルをやすりで磨く時って、あれは傷つけているわけですよね。小さく小さく傷つけ続けると、それは光沢を帯びて光るわけです。(傷つけることで)磨き上げることになるんだと思った時、僕はメガネ屋さんで「無数に傷つけていくことが、結果として磨き上げることにつながっていくのかもしれない」と思って。
「準備で徹底的に傷つけたり、準備で泣き叫んでもいいんじゃないか? そうやってやっていくうちに、多少は磨かれるんじゃないの?」と、そのメガネ屋さんで思ったので、それを覚えておこうと思ったんですね。
田中:最悪の本番を想定することも、前日までぜんぜんダメなことも、(自分を磨き上げるために)1回傷つけることなんですね。
古舘:たぶん、追い込んで傷つけることだと思いますね。そうしないと、その反動が生まれないんじゃないかなと思うんですよね。
田中:もうね、これが本当になんかいいんですよ。もう……。
古舘:何がいいんですか?
(会場笑)
田中:もうね、この本は本当に「あぁ、そうやったらいいんだ」と思うことばっかりで。そんな中でいろいろと活躍の場を広げて……すみません、ものすごく段取りくさいですね。
古舘:いや、段取りですよ!
(会場笑)
田中:歌番組の司会、トーク番組とずっとやられた中で……。
古舘:いやぁ、若かったなぁ。
田中:古舘さん、僕が若い世代に「古舘さんの本を今度、うちの出版社で出すんだけど」と言ったら、「僕は『筋肉番付』『SASUKE』で育ちました」っていう人がすごく多いんですよ。
古舘:そうなんですか。昔なのにね。
田中:はい。
古舘:(スライドを指しながら)これ、『SASUKE』の第3ステージですね。緑山スタジオで、後ろにイントレという(足場を)組んだやつがそびえ立っていて、低く見えるけどこれがものすごく高いんですよ。そこに太い1本のロープがぶら下がっていて、アスリートたちが飛びつく。
ファイナルに残った人は第4ステージで1人で登っていくんですよ。転落しても大丈夫なように、安全装置としてハーネスをつけた状態で上がっていって、時間制限内に頂上に来てボタンをパーンと押すと、それでフィニッシュなんですよ。ものすごく高い。
僕は(実況中)クレーン車に乗っているんですよ。ハーネスこそつけていますが、たった1人で、高所恐怖症だったら耐えられないと思います。ズンズンズンズン登っている選手の横で、選手も(実況を)うるさいと思いますよね。
(会場笑)
古舘:「さぁ、登っている。これは腕で登っているのではない。両脚を挟み込んで、両脚の脚力、大腿四頭筋の筋肉によりまして、今、このふくらはぎの部分のヒラメ筋と、そしてもう1つの筋力が躍動しております! 脚で登っている、脚で登っている! 手は添えているだけだ!」とか(実況しながら)、横でずっとわーっと上がっていく。
僕はクレーンでたった1人。アスリートは1人ぼっち。2人ぼっちの状態になって上がっていくんですよ。しゃべっていなかったらめちゃ怖いですよ。
(会場笑)
古舘:遠くのほうに川崎の街明かりが見えたりして、ズンズン上がっていくんです。アスリートだったら、まだ怖さを軽減させる何かがあるんだと思うんだけど、僕はただしゃべっているだけでめちゃ怖かったです。そんなので、ずっとやっていたんだもの。これも準備していました。
古舘:作家の人に手伝ってもらいながらちゃんと資料を作って、出てきたアスリートの人のプロフィールも(事前に調べた)。例えば板橋のガソリンスタンドで店長をやっている人は、ガソリンスタンドのユニフォームで登っていったりするわけですよ。
「今、板橋のガソリンスタンドで、まさにエネルギーが満タンであります。しかもハイオクか」と、訳のわからないことを言っているんです。
(会場笑)
古舘:そういうことをクレーンでやっているわけですよ。一生懸命、準備をしていました。懐かしいな。
田中:なるほど。ここで古舘さんがおっしゃっているのは、さっきのアンドレ(・ザ・ジャイアント)もそうですが……いきなり今も板橋の話になりましたけど、話して記憶に残すためには、何か「違和」を残す。古舘さんは「違和感」とはおっしゃらないんです。
古舘:この前、ある時に「違和感を感じる」と言っちゃいましたよ。これは間違いですよね。
田中:「違和」を感じる。
古舘:はい。でしょう。
田中:違和になるもの、ちょっと変だなと思うものをいつも差し込んだり、それをすり替えたりして記憶に残していく。
古舘:俺、そんなこと言いました?
(会場笑)
田中:はい。ずっとおっしゃっていました。
古舘:そうですか。それ、俺じゃないんじゃないでしょうか?
(会場笑)
田中:いやいや(笑)。古舘さんです。
田中:例えば一緒にインタビューをさせていただいた時に、東京タワーに雪が降っていますと。その時、古舘さんも「これを『東京タワーに雪が降っている』というふうに表現してしまったら記憶に残らないけれども、『ここはニューヨークなんだ』」と(思って景色を見る)。
古舘:ふだんは普通の喫茶店で会ったりするんですが、その時は田中さんが奮発してくれて、貸しオフィスみたいな、超高層ビルの上のペントハウスみたいなすごいところで(インタビューを)やったんですよね。
田中:はい。
古舘:折しも、東京でものすごい雪が降りまして、もう雪景色なんですよ。それで、目の前にぬっと東京タワーがあるんですよね。その時にみんなが「あっ、東京タワーが雪だ」と騒いでいるから、「ちぇっ!」と思って。
(会場笑)
古舘:へそ曲がりだから。「みなさん、東京を東京として見て何がおもしろいんですか!?」って。「ここはこんな雪景色になった」という時に、真冬のニューヨークだと思ったら心は旅できるじゃないですか。
この東京タワーを何か(別の物に置き換える)といった時に、ニューヨークには東京タワーの代替物がないんですよ。さすがにここまで出かかったのは、大阪の通天閣です。
(会場笑)
古舘:新世界の通天閣じゃ、ぜんぜんニューヨークじゃなくなるじゃないですか。しょうがないから苦肉の策で、クライスラー・ビルとかほざいているんですよね。「クライスラー・ビルだと思ってくれ。あれは新宿のNTTビルがマネたんだ」と。
「こういう感じがクライスラー・ビルに似ているじゃないか。この先頭として見るべき(東京タワー頂上の尖った部分をクライスラー・ビルの頂上の尖った部分として見るべき)なんだ)」と。さっきの高塚光さんじゃないけど、そうやって目を細めてこの雪景色を眺めていると、真冬のマンハッタン島になるんだと。
古舘:そうすると、真冬のマンハッタン島からイメージが転じて、今度は「東京じゃありません。マンハッタンだ」と言って。
「大昔、かつてはこのマンハッタン、まだ無人島とおぼしき島でありました。イギリスの探検家ヘンリー・ハドソン率いる船団が東部に渡ってまいりました。その時、ネイティブアメリカンの酋長が登場いたしまして、『このマンハッタン島をどうしても征服して、欲しいのであったら、お前の持っている宝物のようなこの透明なガラス玉を見せろ』と言われて、この宝石とも言えないような大きなガラス玉1つと、マンハッタン島を交換したのであります」という、有名な歴史的な逸話があるんですよ。
それを覚えてどこかで準備したことがあるので、私はその一節をうなり飛ばしたんですね。「マンハッタン島だと思うでしょう?」と言うと、田中さんも「いやいや、あぁ、マンハッタンですね」と言っていました。
田中:マンハッタン(笑)。
(会場笑)
古舘:ああいう時は力業で、グラウンド技で、もう締め技しかない。だって今も思ったけど、内容的にあんまりおもしろくないのよ。
(会場笑)
田中:「東京の雪ですね」と言うだけじゃなくて、「これをみんなでマンハッタンとして見よう」という、その記憶に「違和」を挿入する。その違和が1つの完全な記憶になるんですよね。絶対に忘れられない。あそこで古舘さんが突然「ここがニューヨークだ」という実況を始めたことが、人の気持ちに残る。
古舘:「変だな」とか「なんかこれ、引っかかる」と思うことは、絶対に記憶したほうがいいですよね。そうすると、それは「冬眠明け」ぐらいな感じでまた動き出すんですよね。そこの、若干のずれた違和みたいなものを人は喜びますよね。
僕がこれを教わったのは、自分で世界一の整体師と名乗っている先生でした。僕は昔、椎間板ヘルニアの手術をやりましてね。もう腰が痛くて、脚が痛くて、椎間板ヘルニアで飛び出した椎間板が神経に当たっちゃって苦しんでいる時に、その整体の先生のところに行って少し楽になったことがあって。
「えぇ。俺、こんな動きしているんだ」と思ったら、その先生が「古舘さん、なかなか勘がいいですね」と言って。その整体師さんはボキボキやるカイロプラクティック系じゃなくて、気功とかを取り入れながら、うつ伏せに寝ている(患者の)腰や背中を軽く指圧するんですよ。
その時に「古舘さん、いい感度ですね。自分から動いてきますね」って言うから、意味がわからなかったんですよ。そうしたら、「私ら整体師もそうなんだけど、『ここが経絡だ、ここがいいツボなんだ、ここを刺激すれば絶対にいい感じに体が改善されるんだ』という東洋医学の考え方で軽く押している」と(言われて)。
強く押すとダメなんです。僕も凝り性で首がめっちゃ悪いので、頸椎ヘルニアで手もしびれていますし、胸鎖乳突筋とか前斜角筋とか、もうガッチガチなんです。たぶん石灰化していると思うんですよね。
自分もそういう持病があるのでわかるんですが、強いマッサージは、気持ちいいのはその時だけなんですよ。清涼飲料水を飲み干した後みたいな状態なんですね。
(会場笑)
古舘:スカッと爽やかなんだけど、それで終わりなんです。
古舘:その先生も言っていましたが、強く押すのはなぜダメかというと、気持ちいい反面、体がプロテクトするそうです。強さに対して防御する。やはり、肉体にも国家安全保障が働くんです。
(会場笑)
古舘:必ず、やられたらやり返そうとして反発するらしい。だからダメなんです。軽く、まだるっこしいぐらいに触れると、体が治そうとうごめき出す。これが1つ。
あと、さっき言ったツボや経絡でいうと、バッチリのツボを刺激して泰延さんの体を治してやろうと思った時に、0.何ミリかずらすんだって。そうすると、体が自主的に、本能的にずばりのストライクゾーンに入ってくる。
そういう自力を促したほうがいいんだ、甘やかしちゃいけない、(そうしないと)完全に深窓のご令嬢か、どぐされボンボンになってしまうと。
(会場笑)
古舘:先生はそんなことは言っていないですよ。僕の中で、どぐされボンボンになっちゃいけないと思ったんですよ。(指圧する箇所をずらされると)「先生、もうちょっと……」って感じじゃないですか。
だから、悪いところにつながるツボを刺激してほしいって、僕が無意識に動いたらしいんですよ。(先生は)「だから、ずらすんだ」と言ったんですよ。「違和」とか、ずらしって、すごく大事です。
古舘:アイルトン・セナを「音速の貴公子」だって自慢げに言いますが、あれは本当にヒット作の1つだと思うんですけど……アイルトン・セナがあまりにも貴公子然とした風貌なので、初めは「ハイスピードの貴公子」って(いうフレーズを)考えていて。
アイルトン・セナがテスト走行とか予選で戻ってきて、「もうちょっとタイムを上げたい」と言って、ホンダ(本田技研工業株式会社)のスタッフと口喧嘩をしているんですよ。
こうやってじーっと覗いていると、「冷静にならなきゃいけない」と思ってアイルトン・セナが紙コップでコーヒーを持ってきて、コーヒーを飲んで。
「スタッフと喧嘩してもしょうがないな、スタッフにも悪いし、少しでもマシンの調子を上げて明日の本番に臨みたい。自分ももっと改良しなきゃダメだ」といった時に、コーヒーを一口飲んで「プハー」って言った時の口元が、ジュリア・ロバーツに似ていたんですよ。
(会場笑)
古舘:それで、フジテレビのスタッフをつかまえちゃ「セナの口元ってジュリア・ロバーツに似ているよね?」と言っても、「何なんですか?」と誰も相手にしてくれない。
(会場笑)
古舘:私、ひとりぼっちですよ。だからまず俺は、みんなが乗ってくれないことに違和を感じた。「ジュリア・ロバーツは通用しないんだ。俺の脳内が『(セナの口元は)ジュリア・ロバーツの口元に似ている』と思っているだけで一般化しないんだ」と思ったんですよ。
その時に、「貴公子然としていることは間違いないのだから、ずらそう。『ハイスピードの貴公子』という、俺が思いついたアドリブじゃダメだ」と思ったんですよ。ハイスピードは当たり前でしょう? だったら思いきって、もっと猛然としたスピードで、嘘をついたほうがいいと思ったんですよ。そうやってずらして「音速」を持ってきたんですね。
「音速」って嘘じゃないですか。音速じゃないずらしがあったから、貴公子が映えたんだと思うんですよ。だから、僕はそこでちょっと快感を覚えちゃったんでしょうね。だから、やっぱり違和とかずらしは必要だなと思って。
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