2024.10.01
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2024年7月22日、古舘伊知郎氏の新刊『伝えるための準備学』が、ひろのぶと株式会社から刊行されました。刊行を記念したイベントでは田中泰延氏と対談し、古舘式の「準備学」について、そして本には収まり切らなかったエピソードなどを語りました。本記事では、古舘氏が「パワポの奴隷になっちゃいけない」と語る理由について、そのきっかけの1つとも言える“ある出来事”を明かします。
田中泰延氏(以下、田中):そして、この本(『伝えるための準備学』)の中で国宝が出土したと。
(会場笑)
田中:これは本当に出土です。
古舘伊知郎氏(以下、古舘):うれしい。国宝の出土と言われるのなんて、生まれて初めて。明日(2024年8月4日)、『安住紳一郎の日曜天国』にゲストで出てちょっとしゃべってきますが、今、彼はオリンピック(番組の総合司会)で忙しい時だと思うんですけどね。
この前、久々に会った時に言ったんですよ。「本当に昔、5年か6年前に呼んで以降、誰も俺を呼んでくれない。あれだけ(歴史の)長い、TBSラジオにとってドル箱番組、たまには俺を呼べ」と言ったんですよ。そしたら「嫌々呼んだんです」と。
(会場笑)
古舘:それで、国土級の物が出土したと。
田中:出土したと。その時の喜びもあって、ちょっとじゃあこれを(紹介します)。
この時の経緯としては、準備学の話を進めている中で、「準備学といえば、古舘さんがF1の時に準備していた動かぬ証拠が事務所にあるんです。大切に保管していたんです」ということで出していただいた(資料です)。
これに出会った時に、我々出版社のスタッフは「これはもう本の核になる」「大変な物を見せていただいた」と。
(資料を見る古舘氏の映像が再生される)
古舘:これ、回ってたんですか!? 隠し撮りじゃないですか!
(会場笑)
田中:隠し撮りじゃないです(笑)。
古舘:盗撮ですよ、盗撮! 一生懸命に説明していますから。
古舘:これはどこのサーキットだか忘れたけど、F1の中継資料のためのコースの見取り図を全部手書きでやっていましたよ。各ドライバーの経歴とか、キャッチフレーズで「ルネ・アルヌー 妖怪通せんぼジジイ」とか書いてあるんですよ。
(会場笑)
古舘:本当に書いているんです。でも、その時はおもしろかったですよ。本当に田中さんが興奮してくれて、「うわー! こんなの持ってきてくれてうれしいですよ!」と言っていて。
「これはポルトガルグランプリの時ですね! こんなに書いていたんだ! 古舘さんはアドリブでやっていたのかと思っていたけど、こういう舞台裏があったんですね! こういうのを手作りでやっているの!? ほら見てみろよ!」って、自分の会社の若い女性社員に「ほら、見てごらん! お宝だよ!」と言ったら、興味なさそうに「すごいですねー」と。
(会場笑)
田中:そんなことない(笑)!
古舘:(カメラ裏を指しながら)あそこにいるんですよ。あの女性が「すごいですねー」と、明らかなお付き合い。
(会場笑)
田中:いやいや。そこには当時聞いたフレーズが(書いてありました)。「スピードの青色申告 レイトンハウス・マーチ」。
(会場笑)
古舘:そんなことが書いてありました?
田中:はい。「走るドーバー海峡 ウィリアムズ・ルノー」。
古舘:なんでレイトンが青色申告かというと、ダブルミーニングで、1つはレイトンブルーというブルーのマシンであることと、オーナーが赤城(明)さんという方で、不動産のバブルで成り上がった人なので税金問題で揉めていた。
(会場笑)
古舘:あとで赤城さんに「あんなこと言わないで」って言われましたね。
(会場笑)
古舘:それで一応、「スピードの青色申告」と言っているわけです。
田中:ですから、我々が「国宝」と呼んでいる、この資料が出てきた時は……。
古舘:ちょっと恥ずかしいですよ。カンニングペーパーを出しているようなものですからね。
田中:でも、こうやって準備する。この本を手に取られた方ならわかると思いますが、中面だけでなくてカバーを外すと中に(資料の写真が)あるんですよ。装丁の上田豪さんが「これはめくった表紙にしようよ」ということで。
古舘:そうだそうだ。すごいですよ。これ、本当に一生懸命チマチマ書いているんですよ。最終的には自分の体にも書こうと思ったもん。
(会場笑)
田中:『耳なし芳一』じゃないですか!
古舘:耳なし芳一……俺が言う前に言わない!
(会場笑)
古舘:食い気味で入ってくるから。「戦う印象派絵画」とか、いろいろ言っていますよ。
(会場笑)
田中:おもしろい。
古舘:そんなことをやっていました。本番の仕事なんか一瞬で過ぎ去るので、準備の連続でした。
古舘:これは本の中にも盛られていることだから、ネタバレになるかもしれないけど、準備って面倒くさいじゃないですか。準備に大童というのは楽しい時もあるかもしれないけど、やっぱりつらいですよ。つらい極地に入ってくると、「まだ準備か。早く本番が来ないか」と。
「こんなことばかりチマチマ準備をやって寝られないよ。明日は本番なのに」とか思いながら、例えばモナコグランプリに行ったって、モンテカルロのカジノにも行ってみたいと思うし、母なる海の地中海からの潮風に当たれば、そういうところを散歩したくもなりますよ。でも、こういう準備ばかりをしているんです。もう嫌になっちゃうんですよ。
スタッフが飲み会とかに行って、「モナコにいいお店があってね」と言ったとしても、俺は寝る時間も惜しんで1人で準備をしているんですよ。だけどね、「つまんないな、辞めたいな」とピークが来ると、人間の脳や心って必ずリバウンドが起きるんですね。
それで、この「嫌だな、苦しいな、辞めたいな」ということが快感になってくるんですよ。それで、ずっと準備(の時間)でいてほしいみたいな。
(会場笑)
古舘:「ずっと準備でいてほしい。このまま目が覚めなければ」みたいな感じで、つらいことが楽しくなってくるの。スポーツアスリートとかは、筋トレであっても、ランニングマシンの走りであっても、有酸素運動のかなりのスピードで走り自分の体をいじめて追い込んでいく。
アスリートを取材するたびに昔から異口同音に言うのが、「途中から楽しくなってくるんですよ。止められなくなっちゃうんですよ。たぶん脳内麻薬が分泌しているんだと思う」と。
僕もまったく同じで、「準備というのもある種のスポーツかな?」と思うぐらい、「辞めたいなぁ、こんなもの投げ出したいなぁ」というピーク時に楽しくなってくるんですよね。だから、脳は必ず何かご褒美をくれるんですね。チマチマやっていることが、やがて止まらなくなってくるんです。そういうのもあって、準備をおすすめしたいなと思うんですよね。
古舘:どんなジャンルのお仕事でも、例えばどんな就職面接であっても、ちゃんと準備したことをうまく3分間の自己PRでこなそうと思うから、本番は絶対にいたずらが起きる。本番はイメージした自分になれるわけがないんですよね。
現実の3分間で自分を語る時、面接官のつまらなそうな表情を見ただけで、準備したものが崩れ去っていきますから。そんなふうに、自分の脳内で妄想として描いた理想のイメージどおりになるわけないんですよ。
だったら準備をするだけして、あとは本番の直前で準備は捨てたほうがいいということです。捨てて、「もういいや!」というふうにポンッといくと準備の残滓がありますから、準備の残滓をもとにして、3分間のちょうどいい感じになる可能性が出てくるんですよね。だからやはり、準備でもがいていたほうがいいし、大切なお作法は必ず本番直前で捨てることですね。
田中:なるほど。
古舘:捨てないと準備に取り殺される。準備どおりにいこうとして本番がギクシャクしますよね。非常に非効率的なプロセスなんだけど、それは捨てたほうがいい。
田中:僕も今日が本番ですから、「8.3(8月3日)が本番だ」とずっと思って、こうやってここまで来ていますから。
古舘:8.3ってプロレスチックですね。
(会場笑)
古舘:「6.2衝撃の蔵前」とかね。
田中:こうやってパワポを作るんだけど、古舘さん(曰く)「パワポの奴隷になっちゃいけない」ということで、これをめくる度に怒られるんじゃないかと思って。
(会場笑)
古舘:パワポをこれだけ入念に準備されると、どうしてもパワポどおりにいきたいという脳が働くんですよ。途中までパワポを利用しながら、途中からパワポを捨てるのも大事です。
古舘:パワポに支配されちゃいけないということには、もう1つ理由があるんですよ。忘れもしない。2013年の、ちょうど小保方(晴子)さんの「STAP細胞はあります」の頃です。
(会場笑)
古舘:2013年の時に解説の朝日新聞の人が「これ、パワポでね……」と言ったんですよ。その時に僕はつぶらな瞳で「パワポって何ですか?」と言ったんです。
報道番組のいわゆるニュースキャスターなので、バラエティで芸人さんがわざとボケているのとはわけが違う。ニュースキャスターが真顔で「パワポって何ですか?」と聞いたんです。これは格好の餌でしたね。
もう入れ食い状態でつつかれましたね。「ニュースキャスターを即辞めなさい」「即刻卒業しなさい」と、大変でした。だって俺、PowerPointって何だか知らなったんですから。
田中:それはボケたんじゃなくて?
古舘:本当に知らなかった。もう、3ヶ月ぐらい抗議が止まなかったですね。
会場:えー!
古舘:「パワポを知らない人間が政治経済を語っていいのか」と。営業マンとか、普通は(知っている)。だって僕は幻灯会で育ってますから、スライドしか知らない。
(会場笑)
古舘:私の物心がついてから小学校に上がる頃は、今から60年以上前でしょ? その頃は幻灯会があるからって幼稚園や学校に行って、暗がりでフィルム、幻灯を見ていたんですから。だからスライドで止まっていますよ。
パワポなんかでパッパッとプレゼンをやるなんて、やったことがないんだもん。ずっと『報ステ』に埋没して、スタッフと打ち合わせばかりやっていた。だから「パワポって何ですか?」と聞いちゃったのは、格好の材料。だからパワポが嫌いなんですよ。
(会場笑)
古舘:あんなに滅多打ちされて、僕のトラウマなんですよ。「すみませんでしたね」っていうことなんです。それからパワポというものを一生懸命覚えました。
田中:本来、古舘さんは暗がりのステージでたった1人、マイク1本で2時間15分しゃべられる方なので本当はパワポはいらないんですが、僕が心配で不安なのでやっちゃう。
古舘:いやいや、とんでもないです。もちろんいいですよ。ありがたいことです。
田中:そのあとに僕がすごく覚えているのは、1989年の(F1)開幕戦でご本人が大変な失敗をされたと。
古舘:大失敗。
田中:ただ、ちょうどその1年後の1990年の開幕戦では、見事に1年間実況もしながらいろいろと準備をされて、すばらしい実況でした。僕はこれを本当に生で聞いていましたから。
古舘:1990年ね。
田中:はい。
古舘:1年で私は生まれ変わりましたよね。いやぁ、これはすばらしい実況でしたよ。
(会場笑)
古舘:自分で興奮するぐらいびっくりしちゃった。自分に恋しちゃうぐらい、本当に抱きすくめてあげたいぐらい。ジャン・アレジと、確かアイルトン・セナの市街地コースでの凄まじいバトルをやって。あれは、まだ(ジャン・アレジ氏が)後藤久美子と結婚する前ですよね。
田中:前ですね!
(会場笑)
古舘:プロヴァンスの暴れん坊ですよね。ジャン・アレジという人はイタリア人なんですが、フランスのプロヴァンスの出身。コートダジュール、モナコ、ニースとか、南フランスのちょっと上のほうですよね。
ピーター・メイルの『南仏プロヴァンスの12か月』という本がありまして、プロヴァンスあたりに小さな小屋、別荘を持って暮らす生活が大流行していた頃なんですよ。
ジャン・アレジはプロヴァンスのアヴィニョン出身なので、「アヴィニョンの暴れん坊」とか言っていたんですが、「アヴィニョン、アヴィニョン」と言っていたら「ケーキ屋じゃないんだから」って誰かが言ったんですよ。
アヴィニョンといったらケーキ屋っぽい名前だなと思って、「プロヴァンス」の音がかっこいいと思って「プロヴァンスの暴れん坊」。それだけじゃつまらないと思って、暴れん坊とイメージして、その時に「プロヴァンスのハマコー」と言っているんですよ。
(会場笑)
古舘:これがまったくウケないんですよ。「ハマコーは木更津だ、馬鹿野郎ー!」という抗議電話(が来ました)。
(会場笑)
古舘:まったくウケなかった。でも、その時に、セナと新進気鋭キラ星の如く出てきたアレジの凄まじいバトルがありましたね。セナがブロック、そしてアレジが抜き去るのを覚えていますね。
田中:僕はこれを聞いて感動しまして。「どれだけ準備をして臨んだか」と、(書籍の中では)その話もずっと書いていただいて。
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