2024.12.03
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2024年7月22日、古舘伊知郎氏の新刊『伝えるための準備学』が、ひろのぶと株式会社から刊行されました。刊行を記念したイベントでは田中泰延氏と対談し、古舘式の「準備学」について、そして本には収まり切らなかったエピソードなどを語りました。本記事では、『ワールドプロレスリング』やF1の実況を務めていた当時の出来事を振り返ります。
田中泰延氏(以下、田中):(スライドを示しつつ)そして、この本当に衝撃的なプロレス時代。
古舘伊知郎氏(以下、古舘):うわぁ。衝撃といったら、山本小鉄さんも、東京スポーツの桜井康雄さんも、アントニオ猪木さんも、みんな死んじゃって。俺だけ生き残ってるじゃない。
(会場笑)
田中:この時代があって、本(『伝えるための準備学』)の中でアンドレ・ザ・ジャイアントの例を出されていますけれども。古舘さんは準備の一環として、観察して、妄想して、人じゃないものを擬人化する。これを「不埒な遊び」と表現されてました。
古舘:これも、全部が「準備」の中に入るんですよね。観察、妄想、擬人化、不埒な遊び。たぶんこのサイクルでやってきたんだなというのを、この本を出すに際してまとめることができましたね。
田中:もうお読みになった方もいらっしゃると思いますが、僕は何回聞いてもおかしいのが、アンドレ・ザ・ジャイアントの(喩えで)「帝国ホテルに一夜の宿を求め、ふと寝返りをうったところ、そこはホテルニューオータニだった」という(フレーズ)。本当に忘れられない(笑)。
(会場笑)
古舘:吹きながらしゃべってるあなたがおもしろいですよ(笑)。
田中:もう思い出すだけで吹いちゃう(笑)。
古舘:あまりにも大きいので喩えようと思って。アンドレ・ザ・ジャイアントのことをずっと観察・妄想してるうちに、「たぶん夜中に寝返りを打ったら、もう別のホテルに行ってんだろうな」と思って。
(会場笑)
田中:それが不埒ってことです。でも、その不埒なの(フレーズ)はアドリブで出たんじゃなくて、ずっと「アンドレはどういう生い立ちで、どれぐらいの体格で」ということを調べたり準備したりして、最後にそれが出てきた。
古舘:そうです。
古舘:(アンドレ・ザ・ジャイアントの)本名はアンドレ・レネ・ロシモフといって、ピレネー山脈の森林伐採業者、日本でいう木こりの家に生まれたと言われてるんですね。ほかの説もあるんですが。
そこで、アンドレ・ザ・ジャイアントは、ちっちゃい頃から自分が家族の中で一番小柄だと思ってた。おじいちゃんもおばあちゃんもみんな大きいんです。
歯の本数を比べると、普通の人より10本以上多い42本もあったというんですよ。めっちゃめちゃ桁外れな大きさなんだけど、周りがみんな大きかったので自分は小柄だと思っていた。周りはものすごい森林ですから、家族以外も自分より背が高いわけです。それがパリに出てきた。
(会場笑)
古舘:モンマルトルというパリの丘、よく画家が絵を描いてる観光名所ですけどね。
田中:風車がある。
古舘:見世物小屋の延長だと思うんですが、特設リングが組まれて、そこでリングに上がったんですよ。かつてのモンスター・ロシモフという名前になる前だから、ジェアン・フェレだと思うんだけど。
その時にどよめきが起きたんですよ。今、パリオリンピックをやっていますけど、小高い丘の上のリングに向かって、見てる人たちが「うわーっ」と言った。それが、「俺は、周りと比べたらこんなに大きいのか」と痛感した一瞬なんですよ。
ここまでは事実であって、僕はそこから妄想に入ったんです。リング場に佇んでいるアンドレ・ザ・ジャイアントが、ふと横を見ると、小高い丘からエッフェル塔が一望できる。エッフェル塔よりデカかったと自覚した、と。
(会場笑)
古舘:そういうことを実況の中で適当に言っていたんです。「エッフェル塔を見て己の大きさを確認したというアンドレ・ザ・ジャイアント。今、のっしのっしと人間山脈が入ってきた」と(実況を)やってたんです。
そういうことを外国人(アンドレ・ザ・ジャイアント)についている人たちが「お前のことを変なふうに言ってるよ」と言うから、俺はアンドレに嫌われたんですよ。
(会場笑)
古舘:2メートル23センチ・260キロの、こんな大きい顔のやつに、放送席で生中継をやってる時にネクタイを持たれてぐーっと締められて。「ネック・ハンギング・ツリー」って、ひょいっと俺の体を持ち上げるんですよ。いまだに夢に見るわ。本当に怖かったなぁ。
田中:とんでもない嘘を混ぜながらも、でも嘘と言われない不埒な遊び。そして最後には「人間山脈」、そして大好きな「一人民族大移動」というフレーズ(笑)。これにたどり着く。
(会場笑)
田中:僕は、僭越ながらずっと電通でコピーライターをやってたわけですが。
古舘:そうですよね。
田中:コピーを作る過程、出された結果、国民的な影響力。もう本当に(古舘さんは)不世出のコピーライターだとも思うんですよね。
古舘:うれしいなぁ(笑)。それで言うと、この「擬人化」が「一人民族大移動」ですよね。花道に入場する時に、際立つぐらいにあまりにも大きいので、どうしたらいいかっていうことで……。
「人間山脈」というキャッチフレーズはすでにあったので、どうすっかなといった時に、もはやこれは集団だと思って。擬人化の延長線上に「一人民族大移動」っていう、ゲルマン民族とアンドレを重ねたわけですよ。
最終的に不埒な遊びっていう一番下段にくると、今度は「一人民族大移動」もだんだんと飽きられてくるんですよ。(フレーズは)諸行無常で、必ず廃れていくわけです。次はどうしようかなと思った時に、「一人民族大移動」を超えるものが思いつかないんです。
しょうがないから不埒な遊びとして、「一人民族大移動」をもじって、「今、アンドレ・ザ・ジャイアントが入場してまいりました。1人というにはあまりにも大きすぎる、2人以上というには数字の辻褄が合わない!」と変なことを言って。
(会場拍手)
古舘:それを思い出しました。もうフレーズになってないんです。
田中:計算式がおかしいっていうね(笑)。
古舘:おかしい。俺がおかしいっちゅうね。
田中:いろんな擬人化をつぶさにこの中(書籍)に書いていただいて。「膝小僧」っていうおかしいのもありましたね。
古舘:髙田延彦ですね。「わがままな膝小僧」。
(会場笑)
田中:膝小僧がわがままなわけないんだけど(笑)。
古舘:ローキックから膝蹴りにつなげるうまい流れがあって。全盛期の髙田延彦のポンポンポンポンっていう繰り出し方が、もぐら叩き(のもぐら)が浮かんでは沈むように見えたんですよ。「わがままな膝小僧だなぁ」と思ったので、そのままやった。
そしたらある時……そうだ、猪木さんが引退する時だ。マイケルジャクソン超えで東京ドームに7万人ぐらい入って、札止めになった猪木さんの引退試合です。その実況を頼まれて、約束してたからやった。
その時に、テレ朝の実況の後輩だった辻よしなりに久々に会って、「もう猪木さんのパーティには出なくていいか。じゃあ辻、飲みに行くか」と言って、先輩後輩で楽しく2人で飲みに行ったんですよ。
そうしたら、辻よしなりが「これ、売れてんですよ」って「プロレスメンコ」ってのを出して、「俺が作ったフレーズがいっぱいあるから見てよ」と言うから見たんです。そうしたら1枚目が髙田延彦「わがままな膝小僧」。「これ(を考えたのは)俺だ!」って。
(会場笑)
古舘:「辻、これは俺が言ったんだろ。いや、大人げないことを言うつもりはないし、先輩風を吹かす気はさらさらないけど……」って言ったけど、吹かしてんですよ。
(会場笑)
古舘:そうしたら、辻も大したもんで、酔っ払って「いや(考えたのは)俺だと思いますよ」って。
(会場笑)
古舘:これが実態ですよ。
古舘:フレーズっていうのは幽霊みたいなもんで、マルシー(コピーライトマーク・著作権表示)がないんですよ。
村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』をそのままパクって書物で出したら大犯罪じゃないですか。でも、「わがままな」って言葉も「膝小僧」って言葉もあるわけです。
それを、今時の結婚みたいな変な言い方をすると「マリアージュ」させて俺が言ったんだけど、それを辻は自分が言ったと思ってるんですよ。
例えば「燃える闘魂」は、僕が実況を始めた時にはすでにあったから、自分(が考えたフレーズ)じゃないっていう自覚がありますよ。でも、詠み人知らず(のフレーズ)ってけっこう多いんですよ。
だから僕は「『わがままな膝小僧』は僕だ」って記憶だけで言ってるので、人の(フレーズ)を勝手に僕がパクってる可能性もあるんです。だからこそ、辻には文句をとことんは言えなかった。「わかった、お前(のフレーズ)でいいよ、もう」って折れました。
(会場笑)
古舘:たぶんそれを追及すると、背中に矢が刺さるんです。俺にだって絶対にそういうところがあったんだから、気づいてないんですよ。「アドリブなんてない」っていうのと同じで、「何がオリジナルか」なんてもうわからないんですよ。言葉はもともとあったものだからね。
田中:とはいえ古舘さんがオリジナルで考えた言葉がワーッと広がって、みんなが使うから「誰が作ったかわかんないけれども、このフレーズが好き」ということが起こる。これはすごいことですよね。日本語の1つになったってことですもんね。
古舘:本当ですか。でも、この頃の若い人はもう知りませんけどね。
田中:いやいや。たくさんあります。
田中:そして、フジテレビ(『F1グランプリ』時代)。
古舘:一応、時系列でやってくれているんですね。今気づきました。
(会場笑)
田中:一応やっています(笑)。F1時代。
古舘:今宮(純)さんも、もう亡くなりました。
田中:そう……ね。
古舘:俺は人殺しか!
(会場笑)
田中:別に古舘さんに責任はないんですが(笑)。つい最近、あんなにさわやかで元気な今宮さんが亡くなったんですが。
古舘:70歳で亡くなったんですね。F1の川井ちゃん(川井一仁氏)と今宮さんから、本当にイロハのイからいろいろとF1を教わりましたよ。
田中:この本の中で冒頭に取り上げましたが、初めての1989年のF1開幕戦でいきなり(アイルトン・)セナが接触して、その時に準備不足を痛感したというエピソードがありました。
古舘:はい。1989年から僕はフジテレビでF1の実況をやり始めました。モータースポーツとかF1をあまり知らないから、どこかで開き直っちゃって、ものすごく甘い考えなんだけど「俺のしゃべりで何とかなるかな」みたいな気持ちもあったと思います。準備不足のまま1989年、これはブラジルですか?
田中:ブラジルですね。
古舘:これは第1コーナーでセナが接触しましたっけ?
田中:はい。ベルガーと。
古舘:あぁ、そうだ。(ゲルハルト・)ベルガーとね。
田中:ベルガーと、(リカルド・)パトレーゼ。
古舘:ポールポジションはセナですもんね。
田中:セナですね。
古舘:それで、ベルガーと1コーナーのところで接触した。これがぜんぜん追えていないんですよね。あれはウォームアップランって言いました?
田中:はい。
古舘:ウォームアップランで、ネルソン・ピケ・サーキットを1周回るんですよ。
「ゆっくりと26台の選手たちが最終コーナーを立ち上がって今、所定の位置につこうとしております。26台のマシンが唸り始めました。咆哮、雄叫びを上げました。回転数は1万3,000回転まで鰻登りか。さぁ、オールクリアのサインが出た。グリーンフラッグが振られている。最後尾シグナルが赤から青に変わった! 第1コーナーに殺到する!」と言った時に、セナとベルガーがいきなり接触するんです。
それを森脇(基恭)さんに「接触してますよ!」と言われて、「接触しています!」って。後追いですよ。
(会場笑)
古舘:最低でしょ? スタートしていきなり実況アナ失格ですから。
古舘:恥ずかしくて、今はわざと外したんですが、その時に何を言っていたと思います? 準備したものを全部言おうとしているんですよ。
会場:あぁー。
古舘:「ポールポジション、アイルトン・セナ。さぁ、スタートしました! 第1コーナーに各マシンが殺到する! 五月雨を集めて早し最上川!」って言っているんですよ。
(会場笑)
古舘:それで、最上川の「もがみ……」あたりで、「接触してますよ!」って森脇さんに言われ、「接触しています」と。私の中で最上川が接触したんです。
(会場笑)
古舘:だから、あれは「大失敗の巻」ですよ。もう本当にわかっていないから。
真紅のマシンのフェラーリが、タイヤ交換でピットにやってくるんですよ。そうすると、前輪・後輪と担当があるピットクルーたちが、とにかくあっという間に新しいタイヤ、グリップの効くタイヤを設置し直して出て行くわけですよ。それでバーッと本コースに入って行くという時に、その大事なことがよくわかっていない。
Time is Moneyと言いますが、これは時は金なりと言いまして、早くここで時間を稼いで4本のタイヤを付け換えて出て行かないといった時に、慣れていないし、それ以上何を言ったらいいかわからなくなっているわけですよ。
それで、「やはり30分遅れると700円キャッシュバックがあるという、あのピザステーション、ピザの宅配にも似て、ここで長い時間がかかるとよくありません」とか、関係ないことを言っているんです。そしたらフジテレビに抗議電話が殺到で、「タイヤ交換にピザは関係ない!」と。
(会場笑)
古舘:「古舘、お前のトークショーじゃねえ!」「お前なんか即刻降りろ」と言われて。これがネット時代だったら大変ですよね。
田中:そうですね。
古舘:1989年だからいい時代ですよ。でも、抗議電話が殺到して、ものすごく反省しました。
古舘:ブラジル開幕戦はネルソン・ピケ・サーキットで、言ってみれば、めちゃくちゃな実況ですよ。僕も売れっ子でした。その足で、『夜のヒットスタジオ』でパリに行くんですよ。パリのシャイヨ宮という、エッフェル塔が見下ろせる広場から2時間の衛星生中継をして、人気の歌い手がいろんなところで歌を歌っているんですよ。
中森明菜や松田聖子が歌を歌って、ブラジルグランプリが終わると同じフジテレビの仕事で今度はブラジルからパリに渡って、それでパリで『夜ヒット』をやるという流れだったんです。ブラジルグランプリが大失敗の巻だったから、傷心でパリに着いたのを覚えていますね。
初めてのネルソン・ピケ・サーキットで朝から晩まで取材したりいろんなことをやっていて、不眠不休で余裕がなくて、傷心の思いでパリに着いた時に左の奥歯の虫歯が痛くなっちゃってね。それで、虫歯が痛いのを堪えて夜ヒットの司会をやっていましたね。
そこからは東京に戻ってきて反省して、本格的に遅ればせながらF1の準備に入るわけです。(F1の選手権が)始まってから準備に入りましたもん。
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