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スタジオジブリ鈴木敏夫さんから教わったヒットの秘訣(全2記事)

宮崎駿監督作品から学ぶ「ブランディング」の本質とは スタジオジブリ石井朋彦氏が語る、心を動かす“届け方”の秘訣

経営者、事業責任者、マーケターからPRパーソン、デザイナーまで、業界業種を問わず、企画職の誰もが頭を悩ます「ブランディング」をテーマに、じっくり向き合う音声番組『本音茶会じっくりブランディング学』。今回のゲストは、スタジオジブリ作品『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』などのプロデューサーを務めた、アニメーション映画プロデューサーの石井朋彦氏。第二部の前半となる本記事では、石井氏が影響を受けた書籍の内容をひもときながら、ものづくりの本質に迫ります。 ■音声コンテンツはこちら

優れた子ども向け作品は、大人も絶対に涙を流す

工藤拓真氏(以下、工藤):こんばんは。ブランディングディレクターの工藤拓真です。本日のゲストは、アニメーション映画プロデューサーの石井朋彦さんです。石井さん、引き続きよろしくお願いします。

石井朋彦氏(以下、石井):こちらこそ、よろしくお願いします。

工藤:ありがとうございます。『モモ』の話からの、宮崎(駿)さんのお話もいただきました。

石井:宮崎さんとミヒャエル・エンデは、たぶん魂が通じているんじゃないかなと思いながら見ているんですけどね。

工藤:『モモ』の話も、先ほどしていただいた話もそうですが、ファンタジーが持っている力とか、ファンタジーが当てる矛先は、結局は「子どもたちのために」というところがある。だけど、子どもたち向けに書いているから、逆に大人が見ると身につまされる部分がすごく詰まっていますよね。

石井:宮崎さんのすごくすてきなエピソードがあって。ある姉妹の妹に色紙を書いたんですね。その子がメインのものだったので。その後にお姉ちゃんの色紙を書く時に、ちょっと気合いを入れ直した感じがあるんですよ。

工藤:(笑)。ほうほう。

石井:どういうことかと言うと、「妹の色紙のほうがいいとお姉ちゃんが傷つく」と。だから、妹メインじゃない時の色紙だけど、お姉ちゃんにも本気で気持ちを込めて書かないとダメなんです。

工藤:すごいですね。

石井:つまり子ども向けだと思ってなくて、1人の人間を本当に喜ばせるために作っているんですね。結果、子どものほうが敏感にそれを感じるから。

工藤:そうか。受け取る側の感受性。

石井:そう。よく「子ども向け」とか「児童向け」とか言うじゃないですか。僕、本当にそれは良くないと思っていて。子ども向けに作られたもののほうが、実は真剣に作られているとさえ言えると思いますけどね。なぜかと言うとバレるから。

工藤:感受性が高くてすべてを見透かす存在に、全身全霊をかけていかないと見透かされちゃうんですね。

石井:だから、子ども向けで優れたものは、大人も絶対に涙を流すということだと思いますね。

工藤:なるほど。児童文学の秘密ってそういうことなんですね。

石井:だから「児童文学」という言葉は良くないですよね。

工藤:なるほどね、おもしろい。ありがとうございます。

芥川賞作家・開高健氏の傑作『新しい天体』

工藤:そんな石井さんの(自分のブランド作りに影響を与えた本の)1冊目が『モモ』でしたが、あと2冊あります。時系列でおうかがいするのもあれかもですが、人生で言うと次に出会っているのは開高(健)さんでいいんですか?

石井:開高健さんの『新しい天体』という本ですね。

工藤:これまた、すごくおもしろい本ですよね。

石井:おもしろいですね。これは開高健さんの傑作だと思います。開高健さんは芥川賞作家で、それこそ大江健三郎と世紀の対決で芥川賞を獲りました。でもその後、大江健三郎は芥川賞を獲って、ノーベル(文学)賞まで獲るわけですが、日本文学の巨匠の1人です。

工藤:そうですね。

石井:ただ、開高健という人は、文学に打ち込みすぎるがゆえに書けなくなってしまい、書くためのエネルギーを得るためにベトナムに行ったり、旅をしたり。あとは、とにかく食べて飲んで、「自分は求心力ではなく、遠心力で書く」と宣言して、日本の文学を変えました。

しかもサントリー(元・寿屋)の宣伝部にいたこともあり、コピーライターとして、いわゆるメディアや広告代理店と一緒に旅をしながら番組を作り、文学を送り出した。ある意味、今の我々が最も憧れること、おもしろいことを最初にやった方じゃないですか。『新しい天体』は、ちょっと僕もうろ覚えですが、いわゆる景気観察を命じられた役人が……。

工藤:官僚が、ですね。

石井:「時間が余ったから、日本中のうまいものを食ってこい」と言われて、本当に日本中のうまいものを食べる。それを開高健が、すさまじい語彙力と形容詞で「いかにうまいか」を書いた本です。

工藤:本当にうまそうに食べるんですよね。

石井:うまそうですよねぇ。

工藤:(笑)。

石井:本当にこれを読んでいると、途中でお腹が空いてしょうがないですよね。

工藤:本当。「なんだこれは?」というぐらい。

ブランディングやマーケティングの本質とは

石井:これから読む方のためにネタバレしないように言いますが、最後に「本当にうまいものは何か?」の答えが待っている。それは、僕らが日々摂取しているものなんです。

ちょっとこじつけですが、これそのものが、工藤さんの得意とするブランディング、プロモーション、マーケティングというか。主人公がいろいろと旅をし、旅する先々で食べながらいろんなことを考えるじゃないですか。僕ら読者は「これ、本当にうまそう」と胃袋を刺激されながら、だんだんこの主人公のように自分事としてそのことを捉えていきますよね。

工藤:そうですね。

石井:やはりブランディングやマーケティングは、「いかにお客さんに生理的に自分事化してもらえるか」ということが、すばらしい結果を出すことに結びつくと思うので。僕、本当に恥ずかしながらですが、『TRAIL』というYouTubeの番組を……ここでしゃべっていいのかな?

工藤:(笑)。はい、ぜひぜひ。

石井:あれを見た時に「これ、開高健の『オーパ!』じゃん!」と、本当に叫んだんですよ。

工藤:(笑)。

石井:(『地球イチ美味い酒』を飲みたいというコンセプトで)ディレクターさんと仲野太賀さんが旅をするんですが、ウイスキーとかサントリーのサの字も出てこないから、「うん? これは俺の勘違いかな?」と思って。

工藤:(笑)。

石井:でも、最後はおいしそうに酒を飲みますよね。

工藤:そうですね。

石井:「これを作った人は絶対に開高健を読んでいるに違いない」と思って、あの番組を何十回見たかわからない。

工藤:ありがとうございます。

石井:「現代でこれをやっている人たちがいるんだ」と。本当に恥ずかしながら、工藤さんと出会ってLINEがつながって「こういうの大好きなんですよ」と言ったら、「それ、僕です」って(笑)。

工藤:(笑)。

石井:あの瞬間に「やばい!」と思って。

工藤:読みとしては、僕は「これはどっちだ?」と。石井プロデューサーは大プロデューサーだから、僕を上げるためにあえて知らないふりをして送ってきたのに対して、「いや、これは伸るか反るか?」と。

石井:いや、完全に1ファンとして(送りました)。

工藤:(笑)。ありがとうございます。

石井氏が思う、宮崎駿監督作品のおもしろさ

石井:マーケティングやブランディングが、いわゆるマスを通して大量拡散する時代はもう終わっちゃったということだと思うんですよ。

若い人がSNSによって、それこそ隣は何をする人ぞというか、みんなが「いい」という共感したもの以外、もう手を出せない時代になった。僕らがやるべきブランディングやマーケティングとは、本当の体験価値を(提供すること)。

第1話で話しましたが、宮崎さんの言うように、食べるとか飛ぶとか感じるとか。全部フィジカルに直結するアニメーション的快感を次から次へと送り出すことによって、見ている人がお腹が空いたり、空を飛んだような気持ちになったり、一緒に泣いたり笑ったりすることが実はアニメーションであり、宮崎さんの作品のおもしろさだったりします。

工藤:なるほど。

石井:それがこれからのブランディングなんじゃないかなと思っていたので、『TRAIL』はすばらしかった。

工藤:(笑)。ありがとうございます。一緒に作った上出(遼平)さんも、この番組に出てもらって。

石井:そうですよね。上出さんの番組を拝聴しました。

工藤:上出さんは、まさに令和の開高健を目指してニューヨークまで行っちゃいましたからね。

石井:そうですよね。

工藤:(笑)。

石井:僕も写真を撮って文章を書いているのは、子どもの頃から開高健か沢木耕太郎か藤原新也になりたかったんですよ。

工藤:なるほど。

石井:だから『SWITCH』に原稿を書かせていただいた時には、「これで一歩、藤原新也と沢木耕太郎に近づいた」と。

工藤:(笑)。

石井:そんなことな気がしますけどね。

工藤:なるほど。

“体験していない体験を届ける”ことの難しさ

工藤:確かに、今おっしゃっていた「体験を届ける」って壮大な矛盾じゃないですか。だって、体験してないんだから。本当は体験しないと感じられないはずのものを、体験したかのように感じるためには、たぶんそのまんま体験をぶつけても実はあんまり響かなかったり。

石井:おっしゃるとおりです。

工藤:「ただ単にうまそうに食べている」というのを撮るための技術がないと、何も感動しないものになる。

石井:「シズル」というやつですね。

工藤:うん、シズルがね。確かに『TRAIL』で目指していたものもそこだし、上出さんがすごく情熱を持ってうまいことやってくださったことで、ああいう画が撮れていたりするんです。開高さんの『新しい天体』って、(実際には)見てないんだけど飲み食いのシーンを見たつもりになっているという読後感がある。

石井:写真なんかないですからね。

工藤:そうなんですよね。

石井:一口も食べてないのに、あたかもカニの丼。(読んだ後に)食べに行きましたもの。

工藤:そうですよね。

石井:でも、この本を読んだ時のほうが、僕の脳は「おいしい」と言っていましたよね。

工藤:なるほどね(笑)。僕は映画とかは本当にド素人ですが、「体験を届ける」ってまさにそういうことだと思っていて。体験した以上に、体験したという脳の刺激をどう作るか。

石井:アニメーションって、実は根本的な仕組みがそうなっているんです。

工藤:ほう。根本的に。

石井:例えば、人間の脳ってあまりにも情報量が多すぎるので、目とか耳で摂取した情報をある程度記号化して、省略して分類しているらしいんです。例えば「丸い赤いもの」に「へたが付いています」となった瞬間に、「これはリンゴである」となる。

工藤:なるほど。

石井:つまり、「リンゴ脳」というシナプスが反応して、「これはリンゴである」というふうに反応するんですね。絵に描いたものを「これは何ですか?」と聞いて、「これは○○ですね」と言うと、「いやいや、これは絵だよ」という、僕のとても好きな現代アートがあるんです。

それと同じで、この世にないものを「あたかもそれである」というふうに認知しているんですね。それと同じ機能として、動きに関しても「こういう動きは、人間においてこういう感情を想起する動きである」というストックがたまっているらしいんです。

工藤:なるほど。

日本初のSNSバズりを起こしたのは『アルプスの少女ハイジ』?

石井:アニメーションって、基本は線と面と色と動きで表現されています。これはあまり語られてないんですが、『アルプスの少女ハイジ』で初めてハイジがおじいちゃんに言われて、チーズを焚き火で溶かして、パンに付けてトローってなる。あの放送の翌日、日本中のお店からチーズが消えたんです。

工藤:(笑)。そうなんだ。

石井:だから、日本初のSNSバズり・SNS売れは、僕は『アルプスの少女ハイジ』だと勝手に思っているんです。

工藤:なるほど。おもしろい。あれ、確かに食べたくなりますものね。

石井:そう。黄色いチーズ、白いテカり、トローっていう動き。実際にチーズはああはならないんですが、「本当にチーズを食べたらこうなるだろうな」という動き。アニメーションというのは、人間がプリミティブに脳内でシナプスがビシバシ反応する記号として、次から次へと送り出しているので脳内麻薬が出まくるんです。

工藤:へえ、おもしろい。

石井:だから、「なんで日本のアニメはウケているんですか?」「なんて日本のアニメはすばらしいコンテンツなんだ」とか言いますが、本質は、人間の感情の奥底にどんどん刺激を与えられるから。

かわいい女の子はどんどん目が大きくなって、スタイルが良くなって、色っぽくなっていくし、『呪術廻戦』のような凄まじいアクションは、絶対に人間ができないようなアクションを見られるわけじゃないですか。(『千と千尋の神隠し』では)涙がこぼれる時は、巨大な涙が千尋からこぼれるわけです。

工藤:確かに。

石井:あれはすべて、人間が脳内で感じたいと思っている現象を表現している。

工藤:そうか。それを一番効果的にというか、視覚的にも見せやすい技法として、アニメーションがあるっていうことですね。

石井:そうです。それがアニメーションの本質。

工藤:おもしろい。

宮崎駿監督曰く、アニメーターとは「世界の秘密を知った人」

石井:アニメーターというのは、宮崎さんの言葉では「世界の秘密を知った人」のことを言うんです。世界の秘密というのは、「人はこういうことで泣き、こういうことで驚き、こういうことで物を『おいしい』と思うんだ」ということを理解して、作画として表現できることが、アニメーターとしての世界の秘密を知ったことになります。

おそらくビジネスパーソンで言えば、マーケター、ブランディングディレクター、アートディレクターは全員、何か世界の秘密を持っているんですね。

工藤:なるほど。「君がときめくのはここだよね」というところを、きちんととらまえられているかってことですね。

石井:うん。

工藤:おもしろい。石井さんはご著書で『思い出の修理工場』という小説も書かれていらっしゃいます。

石井:はい。これはフィクションですね。

工藤:ここで出てくるご飯描写というか、ケーキ描写というか。

石井:はいはい、バレましたね。

(一同笑)

工藤:たまらないんですよ。これを読んでいる時に「うわぁ、めっちゃうまそう。確かにこれは食べてみたいわ」みたいに思っていたので、僕は勝手に「これはジブリから来ているものなのかな?」と思っていたんです。当然それもおありだと思うんですが、「開高だったのかー」みたいな。

石井:そうです。

工藤:(笑)。

石井:宮崎さん。あと、この中で繰り広げられていることはジブリで起きたことなので。

工藤:そうですね(笑)。

石井:ジブリの中でのドキュメンタリー、あとはミヒャエル・エンデの『モモ』。構造は完全に『モモ』ですね。

フィクションだからこそ「現実」にフォーカスが当たる

石井:(『思い出の修理工場』で)一番こだわったのは、開高健から影響を受けた「いかにうまそうに食うか」。

工藤:そうなんだ。すごくそれがひしひし伝わってくる。

石井:編集者の方が本当にすばらしい方で、そこを理解してくださって、編集者の方が「おいしそう」と思ってくれるまで何度も何度も書き直したんです。放送後に、ある小学校の給食の献立を作る人から「この本に出てきたメニューを給食で出したい」という連絡が来た時が、一番うれしかったですね(笑)。

工藤:(笑)。その感想を送る気持ちはめちゃくちゃわかります。途中から、本編よりもそっちに目が行っちゃうぐらい、ガーっと圧がかかってくる。

石井:そう。だから現代においては、「いかに食い物をうまく書くか」だけは、僕は負けたくない。

工藤:間違いないですよ。

石井:いやぁ、うれしいですね。

工藤:すばらしい。そう言うとなんか料理本みたいに聞こえちゃいますが、『思い出の修理工場』は、僕的には『自分を捨てる仕事術』とセットで読むべき。

石井:そうです。僕の影響を受けたものを全部埋め込んだフィクションですね。

工藤:先ほどの話で、フィクションだからこそ、現実にすっごくフォーカスが当たっているというところもすごく感じました。

石井:そうですね。フィクションのいいところって、物語であるからこそ読む人が自分事として学ぶから、ビジネス書をさらっと読む時よりもじわじわと自分の中に効いてきますよね。

工藤:効いてきますね。「大事なことこそ、ちゃんとゆっくりやろう」みたいなことだったり。

石井:そうですね。

工藤:そういうお話がビジネス書っぽく説かれていることがあった上で、小説で再現されると、「ああ、そうだな」みたいなところがある。

石井:小説って、やはりそこがすばらしいですね。

工藤:すごい。ありがとうございます。

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