
2025.02.12
職員一人あたり52時間の残業削減に成功 kintone導入がもたらした富士吉田市の自治体DX“変革”ハウツー
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内田舞氏:みなさん、こんにちは。内田舞です。今日はボストンから参りました。私はハーバード大学医学部准教授で、マサチューセッツ総合病院の小児うつ病センター長をしております。
職業としては、小児精神科医と言って、子どものメンタルヘルスを扱う医師です。「子どものメンタルヘルスってどういったものだろう」と思われる方もいらっしゃるかと思うんですけれども、例えば塞ぎ込んでしまってなかなか学校に行けない子だったり。
友だちと喧嘩して仲直りをしたあとに、イライラと抑うつが続いて、なかなか幸せを感じることができない子。不安を感じて、親御さんとまったく離れることができない子。そんないろいろな心の不調を、お子さんとご家族と相談しながら診察・診療する職業です。
また私は脳神経科学者でもありまして、子どもの脳の中でどのような機能が影響して、感情のコントロールや注意、考えが形成されていくのか。これらを、ファンクショナルMRIという脳画像の技術を使って、研究しております。
今日私がお話しするのは、パンデミック中の私の活動や、どうしてアメリカに行くことになったのか。そしてアメリカに行ってから、どのような壁に当たり、乗り越えることができたのか。そんなお話をさせていただきたいと思います。
キャリアを振り返ってみると、私の人生の中で、もちろん仕事はとても大切です。でもそれ以上に、家族が大切なのかなと思っています。今日、実は私の長男が一緒に日本に来てくれているので、ちょっと紹介したいと思います。こんにちは、長男のタカです。よろしくお願いします。
(会場拍手)
内田氏:こんにちはって言える?
——「こんにちは」。
(会場拍手)
内田氏:夫がチェリストで音楽家なんですけれども、夫とともに、3人の男の子をボストンで育てております。この子が1番上で小学校3年生、2番目が小学校1年生で、3番目が今3歳です。なので、「男の子3人を育てながら、どうやってハーバードの准教授やお医者さんのお仕事をしてるの?」「どうやってサバイブしてるの?」って質問を受けることがあるんですけど。
正直、私もまったく答えがなくて、誰か答えを知っている方がいたら教えてほしいぐらいなんですよね(笑)。もうヒーヒーやっていますけれども、なんとかサバイブできてるかなと思うので、そんなところもお話しできたらうれしいです。
私は日本の医学部を卒業したのが2007年で、17年経ったところなんですね。そのうちの生活もキャリアもすべてアメリカで、3年ぐらい前までは、まったく日本と関わっていなかった。「関わっていなかった」って言ったら、ちょっと冷たい言い方になる気がするんですが。あまり帰ってくる機会もなかったし、このようにみなさんとお話しする機会もなくて、基本はアメリカで生活していたんですね。
それがガラっと変わったのが、2021年の1月。私が3人目の息子を妊娠していて、新型コロナワクチンを接種した時でした。
パンデミックはみなさんとても大変な思いをされたと思いますし、アメリカでは、子どもたちの学校が13ヶ月ぐらい閉まっていた状況だったんですね。感染拡大が深刻だったアメリカで、「世の中はこれからどうなるんだろう」「どうやって回復していったらいいんだろう」と、医師としても母親としても一個人としても考えさせられていた数年間でした。
そしてワクチンが開発された2020年の12月後半に、接種が開始されました。私はアメリカの医療者だったので、世界の中でもかなり早い段階で、ワクチンを受ける機会をいただくことができたんですね。
そしてその時に、私は3人目の息子を妊娠していました。今でこそ新型コロナワクチン、mRNAワクチンは安全で、妊婦さんこそ受けるべきだという症例が世界的に提言されているわけですが。私が接種した2021年の1月は、妊婦さんに特化した安全性が、まだ検証されていない時期だったんですね。なので、自分でわかる情報をもって判断するしかない状況でした。
でも情報が少ない中で、私にとっては十分だと思える情報量があったんです。それは例えば動物実験で、ワクチンを打ったネズミさんの妊孕性の研究だったり、分子生物学で「mRNAはどのような役割を持っているのか」を考え合わせること。それによって「これは妊娠や、私のお腹の中の赤ちゃんに悪影響を及ぼすことは、ほぼないだろう」と明らかだった。
その逆の、「もし接種しなかったらどうだったのか」を考えると、アメリカの感染拡大はとにかく大変で、いつ誰が感染するかわからない状況でした。もし私が妊婦として感染してしまった場合、妊婦さんは同世代の女性に比べて、何倍も重症化するリスクが高い。そして重症化してしまった場合には、死亡につながるリスクが、同世代の女性に比べて2倍高いんです。
重症化してしまった場合には、赤ちゃんにも影響を及ぼすことがあると、すでにかなりの人数の妊婦さんを調べてわかっていたんですね。接種するリスクと接種しないリスクを天秤にかけた時に、どちらのほうがリスクが高いかは明らかだったんです。なので、自信を持って接種することができました。
私の勤めているハーバード大学附属病院であるマサチューセッツ総合病院は、世界の中での医療をリードしていこうというモチベーションを持っている病院です。研究や臨床開発はもちろんなんですけれども、ここで考えられていることや議論されていることを世界に発信していこうという、発信に特化した分野のデパートメントがあるんですね。
そのスタッフの方が、私が妊婦としてワクチンを接種した姿を見て、「この科学的な根拠や、母親としての思いを発信してくれないか」と声をかけてくださいました。そこから、アメリカのメディアのインタビューを受けたり、病院のSNSでも、私が妊婦としてワクチン接種した時の写真が発信されました。
その結果、いろいろな方が「ありがとう」って言ってくれて、間違いなくインパクトはポジティブでした。その時に、この写真が日本でピックアップされるきっかけがあって、するとそれが思った以上に拡散されたんですよね。
それが起きた1月の半ばから6月終わりぐらいまで、1日たりとも日本からの取材がなかった日はなかったんです。そして、取材での質問や一般の方の反応を見て、日本での誤情報の拡散がいかに深刻か、そしてその結果、ワクチンに関する忌避感、不安感がこんなに高いんだとびっくりさせられたんです。ちなみにその間私は出産もして、三男は無事健康に生まれて、今も元気に育っているんですけれども。
やはり忌避感が高い中でこのような発信をすると、それに対して反応される方はいらっしゃるわけです。もちろん、その中でもポジティブなインパクトのほうが大きかったのはよくわかっているんですけれども、私がその時期で思い出すのは、当時受けた誹謗中傷やすごくきつい言葉だったんですね。
例えば「これは幼児虐待だ」とか「母親なのに子どものことを考えないなんて」。実は考えたからこそやったことなんですけれども、そのような言葉を受けました。もっとひどいものだと、病院にカッターナイフが郵送で届いたり、私の住んでる地域の幼児虐待センターに匿名のコールがあったり。
一番私の心に響いたのは、ソーシャルメディアのダイレクトメッセージで、死産報告書が送られてきたことです。「死産報告書:死因は母親のワクチン接種」って書いてあったんです。そうすると、どんなに理論的に「どうして私がこの行動に出たか」がわかっていても、死産報告書が送られたからと言って、何か起こるわけでもないとわかっていても、「お腹の中の子は大丈夫かな」って考えてしまうんです。
妊婦として「あなたの胎児は死ぬ」って言われているんですよね。この時の気持ちは、今思い返しても、ものすごく胸が締めつけられるものだったんです。
それでも、私がどうして日本のメディアの取材を受け続けたのか。その理由ははっきりしています。世界的に、特に母親は、子どもや家族のためにとても責任のある決断をしなければならない機会が、度々訪れるんですよね。なのにその決断をするために必要な情報が、なかなか手に届かないところにあったりする。
そしてがんばって情報を集めた結果、どんな決断をしたとしても、必ず批判される。そのような状況が、何度も何度も世界中で起こっているのを、私は目にしてきました。その状況の中で、特にコロナ禍で不安がとても高い時に、お母さんや妊婦さんが手の届かないところに情報がある。
そして、届かないなりに集めた情報をもとに決断をしても、サポートを受けられない状況で、日本の妊婦さんたちは「取り残されてしまうんじゃないかな」と想像して、私はいてもたってもいられなかったんですね。だから私がたまたま妊娠していたということ、たまたま医者だったということ。そしてハーバード大学の教職を持っていて、発信力をもらえるようなすごくラッキーなポジションにいたこと。
「このような特権を良いことに使わなければならない」という思いがふつふつと燃えてきまして、どんなに誹謗中傷がきたとしても私は発信することにしたんです。「誹謗中傷や、どう見られるかは気にならなかったの?」って聞かれることがあるんですけれども、人間だからもちろん気になるんですよ。
やはり人間は社会的な動物だから、人と人とのつながりや、信頼されることを欲っするものです。我々は進化の過程で、脳の中でそうプログラミングされてきたと思うんですね。だから外的な評価が欲しいのは当然だし、外的な評価が悪い時はもちろん傷つくのは当たり前です。
ただそれ以上に、外的な評価ではなく内的な評価、私にとって何が大切なのか。外からの見られ方ではなく、私自身がどういう人間なのか、どういう人間になりたいのか。そちらの内的な評価を大切にした結果、もう前に進むしかないとはっきりしたんですね。
その思いは初めて得たものではありません。私はほとんど生い立ちは日本だったんですけれども、小学校の時にはアメリカやスイスに住んでいました。
良い思い出のほうがずっと多いんですけれども、その中で人種差別を受けることがありました。私のアジア人という属性だけで「この人は馬鹿にしていい対象だ」って思われてしまう瞬間が、度々あったんですね。それが言葉で言われてるかどうかは別として、目線や扱いで「ああ、下に見られている」と感じることがありました。
私が誰であるかではなく、私の属性やどのような見た目であるかだけで、勝手に人が「下に見ていい」と判断している状況を経験してきました。その時に、もちろん傷つくんですけれども、「その人が私をどう見てるかは、私が誰であるかに関係ない」と気づいたんです。つまり、その人がどう思ってるかは、重要ではないと。
それよりもずっと、私が誰であるか、私がどのような人間になりたいかが大切だと、小学校時代に感じた気がします。でも、そのような思いをする人ができるだけ少なくなるように、社会の中で、どのような人種や性別、ディサビリティ(身体的・精神的な障害がある状態)を持っていたとしても、できるだけ均等な機会と権利が与えられる。そのような社会を夢みたいと、強く思ったんですね。
その心を「ソーシャルジャスティス」って私は呼んでいます。人生を送る中で、私の心のコアにある考え方です。なので、去年初めて私が単著として発行したこちらの本にも『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』というタイトルをつけさせていただきました。
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