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阿部広太郎×田中泰延「新しい自分に生まれ変わるための2人のメモ」『あの日、選ばれなかった君へ』刊行記念(全5記事)

「選ばれる側」の悔しさと、「選ぶ側」になって知ったしんどさ 言葉のプロたちが語る、人生の“選択肢”との向き合い方

2023年3月に『あの日、選ばれなかった君へ』を上梓した、コピーライターの阿部広太郎氏。刊行記念のトークイベントが開催され、2020年に出版社「ひろのぶと株式会社」を設立した田中泰延氏との対談が行われました。部活、就活、コンペなど、人生におけるさまざまな場面で「選ばれなかった」経験や、日々の不安や葛藤と向き合う方法について、両氏が対談を通じて語ります。本記事では、「選ばれない」悔しさだけではなく、「選ぶ側」のしんどさにもフォーカスを当てながら、両氏の体験談を明かします。

「向いてない」と言われても広告と向き合い続けた

阿部広太郎氏(以下、阿部):すごく大きな質問になっちゃうんですけど、ひろのぶさんの、コラムや文章を書く力はどうやって培われていったんですか? それは、広告をやっていた時間が力になっていますよね。

田中泰延氏(以下、田中):「向いてない」と思ったから本を読んでたんですよ。『読みたいことを、書けばいい。』という本でも、さっき名前の出た、僕の上司の中治信博さんに広告のいろはを全部教わったという話を書いているんです。

彼は僕に、「広告は向いてないんちゃう?」ってしょっちゅう言ってたんですけど、「でも、別のことで花開くかもしれへんから、諦めたらあかんで」と、ずっと言ってはった。

阿部:そうか、すごい……。追加でうかがいたいんですけど、向いてないかもと思いつつ、例えば「営業に行ってみよう」とか「他の部署をちょっと試してみよう」というのは思われなかったんですか?

田中:それしかわからなかったんでしょうね。でも、阿部さんがこの本でも書かれているように、広告代理店って制作とか営業があるけど、阿部さんはまず人事局に配属されたんですよね? 第3希望にそっと書いておいたら、それになったっていう。

阿部:そうですね、人事に配属されました。会社の中でも、メディアと向き合う媒体の仕事があって、新聞局やテレビ局という部署があるんです。

僕はそこの部署を第1希望、第2希望で書いていて、その部署を経験してから、人と人との間に立ってプロジェクトを進めていく営業の部署に行きたいと、先輩社員に話していたんです。

第3希望まで書ける枠があったんですが、第3希望で書くところもないなということで、配属されなさそうなところをそっと書いておこうと思って。それで「人事」って書いて、選ばれてしまったというか。

田中:選ばれた(笑)。

阿部:選ばれてしまいました(笑)。

人事を経てコピーライターの道へ

田中:会社も人をよく見ていて、真面目そうだからっていうのはわかる。阿部さんが来たら、僕でも人事に入れそうな気がする(笑)。

阿部:そうですね(笑)。「どうして配属されたんですか?」と人事の先輩に聞いたら、「ちゃんとしてそうだから」って言われて、「あ、そうだったんだ」と当時は思いましたね。

田中:で、人事で、いろんなクリエーティブのワークショップや社内のことをやっているうちに「あっち側に立ちたい」と。

阿部:そうです。「あっち側に行きたい!」と強く思って、テスト勉強をして、コピーライターの転局試験に合格することができたんです。

僕が若手の頃、2010年くらいにひろのぶさんが『読みたいことを、書けばいい。』『会って、話すこと。』を刊行されていたら、必ずチェックして読んで「すげぇ!」と相当な衝撃を受けていたと思うんですよ。

当時、コピーライターの人が書く文章やコラムを読み漁っていましたし、影響を受けていて。その方たちにすごく憧れを感じて、それをエネルギーにしていましたね。

田中:僕だってそうですよ。キャッチコピーのすばらしいやつとか、ボディコピーのすばらしいやつって、「うわ。こんなの書いて新聞に載せられたら、人生これ以上のことない!」って、やっぱり今でも憧れるもん。それははっきりとそうですよ。

「向いてない」は過去の評価でしかない

阿部:駆け出しの頃、本当に選ばれたいって思い続けていましたし、その時にいいと言われる詩集や短歌集や雑誌とかを、読み切れないほどたくさん自分の身の回りに置いて、憧れの中に自分の身を置いていました。

それを見て「がんばろう」「いつかこういうふうになりたい」と、思って、思って、思い続けて。それで、なんとか自分なりの突破口を見つけて、今があるっていう。

今思うのは、「向いてないかも」と言われるのは、これまでの過去の評価でしかないんです。これからどうなるか・なれるかの可能性は未知数だと信じ込むようにしていますね。

田中:だって、そうでしょう。今日まで選ばれなかった自分が、今夜やるがんばりで、明日選ばれる自分になる可能性が絶対に毎晩あるわけだから。 

これは田辺聖子先生に言われたことで。本当になんの用事もないけど、私、田辺聖子先生の家に2年半くらい酒を持って行ってたんですよ。別に何かを書きたいからとか、作家の弟子入りとかじゃなくて。

ただ「酒を持って来い」って言われたから、ええ酒を持って行って、スヌーピーのプレゼントを渡して、いろんな話を聞いていたんです。

その時に聖子先生がおっしゃったのが、「人生なんか、書いたらある日パッと変わるねん」。それはすごいなと思って。つまり、どこかの夜に集中して書いたことを出した瞬間、ドドドっと運命が変わるかもしれない。

阿部:まさにですね。これまでは、そういう評価だったかもしれない。でも、今日の夜、そして明日には変わるかもしれないというのはずっと思っていて。

50歳を過ぎてから朝型生活に

阿部:諦めそうになっている人の相談を受けた時に、「自分の納得できるところまではやってみたほうがいいんじゃないか」「作ってみたらいいんじゃないか」「やりたいことがあるんだったら、小さくてもかたちにしたほうがいいんじゃないか」というのは必ず伝えるようにしていて。本当に、パッと変わるというのはわかります。

田中:言い方が難しいんやけどな、最近は「それ締め切りいつなん?」「明日です」「じゃあ今日寝るなよ」って言ったら、もうそれだけであかんらしい。

阿部:がんばり時の伝え方が難しいですよね。

田中:言いたくなるけどね(笑)。さすがにそうよ。明日が締め切りで「自信ないんです」って言われたら、「今日寝なかったらいいやん」って言ってもいいと思うよ。「一晩寝るな」くらいで捕まらないよ。

阿部:ひろのぶさんも徹夜されることとか、がんばるタイミングだから朝までやろうという時は、最近もありますか?

田中:50歳を過ぎてから、朝5時半に目が覚めるようになったんですよ。朝5時半におしっこで目が覚めたら、もう二度と寝られない。これ、きついよ〜。どうですか? その実感がある人います?(笑)。

阿部:朝型になったということですよね。

田中:だから夜は早い(笑)。22時頃に寝てしまう可能性がある。だって、5時頃に起きるんやもん。

“明日の自分に任せる作戦”には要注意

阿部:最近は経営のお仕事をされていて、これまでのような「書く」こと以外のお仕事も増えてきてらっしゃるんじゃないですか?

田中:そう。でも本当は、自分のやりたいことは書くことなんですよ。書きたいというか、書かなくちゃいけない。会社が休みになるから。やっと明日書ける! たぶん、メイビー、パハップス、プロバブリー、書けるはず。

阿部:新しい作品というか、新作を?

田中:新しい本の一部で書いてないのを……。あとね、1年半くらい待たせているやつとかもあるから、もうええかげん書かないと。やばいやばい。

阿部:そうですね。待たせる時の心のもどかしさはありますもんね。

田中:つらい! これ(『あの日、選ばれなかった君へ』)は予定通り書けたの?

阿部:そうですね。3月末まで、ちょうど春の時期に刊行ということだったので、締め切りを1週ごとに設定しながら、それでもちょっと遅れながら書いてました。なんとか、なんとか書いてましたね。

田中:予定通り、刊行できた?

阿部:予定通りには刊行できました。

田中:そんな人、この世にいてるんや! 偉人やな。

阿部:いやいや(笑)。でも、なかなか書けない、どうしようって、本当に深夜に「うぅ〜」って頭を抱えることは何回もありましたね。

田中:書けない時は書けないよね。

阿部:書けないですね。

田中:僕は、夜書けなくなったら「朝やる作戦」に転換してやるんやけど、その作戦はだいたい失敗するよね。

阿部:「明日の自分に任せた」と言って、朝起きれずに寝ちゃうという。

田中:そうそう(笑)。寝ちゃう。でも、「明日の自分に任せる」とかって言うとみんな笑うけど、クレジットカードって来月の自分に任せてますからね! 本当に気をつけてください。

(会場笑)

田中:あれは、まったく来月の自分頼みでしょ。

阿部:本当にそうです。

田中:任せたぞ、来月10日の自分! 引き落とし日の俺! みたいな。

阿部:課金の先送りですよね。

田中:「課金の先送り」(笑)。

“自分で戦う”ことから逃げ出した過去

阿部:「自分は向いてないかも。でも、やる」というのはありつつ、社会人になってから、会社員生活でほかにターニングポイントはありましたか?

田中:そうやなぁ。社会人になってから……僕、ちょっと卑怯なところがあって。

これはいろんなところで話しているんですが、まっすぐ広告でアイデアを競ったり、それでも仲間内で勝ったりとか、そういう「自分の企画をどうしても通すまで、おもしろいことを思いつくまで」っていうのから、わりと逃げちゃったんだよね。

いろんなところで話してますけど、ほかによくデキる人の企画を見たら「おもしろい! 最高! それでオッケー!」って言うようになっちゃったの。

阿部:ひろのぶさんの中では、本当にそれを「おもしろい!」とか「いい!」と思った時にだけ言っていたということですよね?

田中:それはそうなんだけど。

阿部:だとすると、それってすごく大事な存在じゃないですか?

田中:でも、何様なんっていう話(笑)。

阿部:どちらかと言うと、クリエーティブを褒める人というか。

田中:クリエーティブ褒める人ね(笑)。でもさ、そういう役職で「あなたは名選手だったから監督になりなさい」、つまり「クリエーティブディレクターになって判断を下しなさい」というわけじゃなくて、勝手にやってるんだもん。こんな卑怯な話ないよ。

阿部:いやいや。でも、クリエーティブセレクターというか、「これはいいです!」って後押しする応援団ですよね。ひろのぶさんがいて、すごく先輩も心強かったと思うんです。

田中:どうなんやろ(笑)。

阿部:すごいと思うんですよ。

田中:でもね、「自分が戦う」というのを放棄したのね。

選考は「かつての自分自身を切るような感覚」

田中:阿部さんに逆に聞きたいのは、当然阿部さんは自分の広告の仕事もあるじゃない。

阿部:やってますね。

田中:なのに、その中で企画メシを始めて、自分がそれまでやってきた仕事の中で若い人たちに企画を教えたり、今度はまた選ぶ側に立つって、けっこう厳しい道じゃないですか?

阿部:そうでしたね。自分が企画する仕事を通じて変われたと思えた感覚を、みんなと分かち合っていきたいと思って、企画する人を増やしたいということで2015年から始めたんです。

その時に直面したのが、講座の特性上、1クラス数十人だと決めていて、選考というかたちになってしまって。エントリーいただいているのにお断りしなくちゃいけないという時に、かつての自分自身を切るような感覚は今でも引きずっていますし、しんどい経験ですね。

田中:しんどいでしょう。

阿部:しんどいですね。

田中:それをやってみると、今まで自分がいろんな局面で選ばれなかったのは悔しいんだけど、その時に自分を選ばなかった人にもそれなりにしんどさがあったのがわかるよね。

阿部:「こういうことだったのか!」というのは、まさにです。たくさんの人たちの中で見つけられたのは、選ばれる理由があったんだなと。自分も一生懸命やっていて選ばれなかったけど、それは惜しかったんだなと。

「選ぶ側」にもしんどさがある

阿部:自分がエントリーを受け取って見る立場になって、「あ、惜しいな」「もったいないな」とか、こういうふうになっていたんだなというのは本当に痛感しましたね。

田中:そう。選ぶ側もさ、「こいつはもう話にもならん!」って、なにも冷酷にやっているわけじゃないんですよ。世の中、そんなふうにはできてない。

俺にポテトを揚げさせてくれなかったあの店長も、「こいつに揚げさせてやりたいけど、まだちょっと手つきが良くないんだ」みたいなところが、たぶんあったと思うの。

阿部:ひろのぶさんは、ポテト係じゃなくて接客のお仕事をされていたんですか?

田中:僕が最初にやらされたのは……これ、覚えてください。パテを鉄板に当てて押すのを「シアー」って言うんですよ。こればっかりやらされてました。力があるからでしょうかね。

阿部:(笑)。

田中:俺、シアー係。ぜんぜんポテト係に行けないの。ポテトは華やかなうえに「テレレ〜レ」っていう音楽が聞けるの。その華やかな職場に行きたかったね。でも、ジュー、ジューってずっと押し付けてました。

阿部:やっぱり、お肉の焼き加減とか、焼くのが上手になったりするんですか?

田中:なります。

阿部:すごい。ポテトは揚げるだけですけど、お肉はこれから先もたくさん焼きますもんね。

田中:あの技術は、今も僕の中に(笑)。覚えてください、「シアー」です。

阿部:ポテトの話になっちゃったんですが(笑)。

(会場笑)

経営者は、毎日が「選択」の連続

阿部:必ず見てくれている人がいて、選んでくれる人も、本当はそういうふうに話したがっていたり、伝えたかったりするんだよなと思います。きっとひろのぶさんも、人と一緒に何かをしていく時に、一緒に取り組む人を選ばなくちゃいけない時もあったりとか……。

田中:これがねぇ、会社を辞めて自分で会社を始めると、「こんなに毎日選ばなくちゃいけないのか!」っていうのは衝撃を受けますね。

右か左か、毎日数十個はチョイスしないといけないんですよ。お金を出すか・出さないか、払うか・払わないか、来た話を断るか・断らないか、受けるか・受けないか。全部、決めなあかんの!

阿部:それ、本当に大変ですよね。

田中:昨日、事務所の引越し決めたからね。

阿部:おぉ〜!

田中:この間、阿部さんに来てもらったところから、また引っ越すつもりなので。

阿部:おめでとうございます。すごい。大きくなるんですか?

田中:誰とは言わないけど、今度見に行った物件の近くに住んでる社員が1人いて、その加納(穂乃香)さんが強力に「ここがいい!」と言ったから(笑)。

阿部:なるほど(笑)。それも「お金がこれだけかかって」とか、自分の会社のお財布と相談しながらだったりしますもんね。

田中:決めないとしょうがないもんね。

「やらないこと」を選ぶ大切さ

田中:選んで、じゃあ3年後どっちに運命が行くかはわからないですよね。やったことが大失敗で1億円の損失を生むかもしれないし、1億円の儲けになるかもわからない。でも、今日選ぶんですよ。まったく結果がわからない。

あとやっぱり、「やらないこと」を選ぶのも大きくて。「あれもやりたい」「これもやったら、ひょっとしたら商売としてはいいかもしれない」「これもやったら伸びる事業かもしれない」と、全部やってたら絶対にパンクするから。

「う〜ん、じゃあそれはやらない」という、この「やらない」を選ぶことのほうが、やることを選ぶよりもずっとつらいですね。だって、夢を自分で断つわけだもん。

阿部:そうですよねぇ。

田中:俺は出版社をやってるけど、本当はふわふわしたチーズケーキとかも売りたいの。「ひろのぶおじさんのチーズケーキ」みたいな。

阿部:めちゃめちゃおいしそうですね(笑)。

田中:でも、まずは本を作れやっていう話だから、それはチョイスできないわけ。ひろのぶおじさんのチーズケーキはいつかやるよ。焼印も押す。焼印も押すけど、でも今は選べない。

阿部:シアーの経験が活きるのは少し先で、今は出版社としてのブランドをさらに強化していくためにも本作りを優先すると。

選考を落とした人から届いた手紙

田中:あとはやっぱり、選ぶ・選ばないで言ったら人事ですわ。去年募集した時には30人近くの人が応募してくださったけど、来ていただいたのは2人でしょ。

みなさんには「なぜあなたじゃないのか、ごめんなさい」っていうメールを……阿部さんもこの中で(体験談について書いてますけど)ね。

阿部:そうそう。企画メシでの「ごめんなさいのメール」について書いてます。

田中:阿部さんの本で感動的なのは、落としたはずの人がその後メキメキとやる気を出して、自分のやるべきことを見つけて、勝手なプロジェクトを立ち上げ……「勝手な」って言ったら怒られるけど。

阿部:自主プロジェクトを立ち上げて。

田中:そして、その結果を阿部さんにお手紙で書いてくる。これは感動するよね。

阿部:そのまま書籍に載せていて、何度読んでも涙腺が……。選ぶ・選ばれないとか、ご縁がある・ないで途切れてしまうのが嫌で、メールを送る時に「今回は難しかったんですけど、でもお会いしたいです」と、すごく自分勝手だなと思いつつも、会う機会を設けさせていただいて。

それで縁がつながって、その先でその人たちががんばって自分たちの企画をかたちにしていったところを見させてもらった時は、本当に感動しましたね。

別れ際だったり、「難しい」と伝える時も、なにか伝えられるんじゃないか・できるんじゃないかというところは、定型フォーマットみたいな文章じゃなく、その人に伝えられることがあるんだなって思いましたね。

田中:そうね。それを定型でやってると、その次の人生が自分にもなくなっていくんですよね。丁寧に、こちらも断腸の思いもありつつっていうのを伝えられると、その人とまた絶対につながるよね。

阿部:つながりますね。

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