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Chapter10.スパイラルアップ 株式会社アカツキ 安納達弥 氏(全2記事)

育った人から引き抜かれる“自転車操業期”を乗り越えて アカツキ創業メンバーが語る「人材輩出組織」への転換点

人気シリーズ『図解 人材マネジメント入門』『図解 組織開発入門』の著者であり、企業の人材マネジメントを支援する株式会社壺中天の坪谷邦生氏が、MBO(目標管理)をテーマとした新刊の発行にあたり、各界のエキスパートと対談を行います。第9回の本記事では、株式会社アカツキ創業メンバーの安納達弥氏と、事業の拡大フェーズにおける採用と育成について意見を交わしました。

会社の事業の拡大期の悩み

坪谷邦生氏(以下、坪谷):こんにちは、今日はよろしくお願いします。今、専門家の方々と対談させていただきながら、来年春に刊行予定の『図解 目標管理入門 マネジメントの原理原則を使いこなしたい人のための「理論と実践」100のツボ』という本を書いていまして。

安納達弥氏(以下、安納):はい、いくつか拝見しています。

坪谷:ありがとうございます。それで今回は、私自身の「人事」としての実体験も語りたいと考えました。アカツキ社で6年間以上ご一緒させていただいている、アカツキ創業メンバーの一人でもある安納さんと、組織づくりの実践についてお話ししたいと思っています。読者の方に、人事と事業リーダーが協働する実践例をお伝えできればうれしいです。

安納:よろしくお願いします。

坪谷:少し振り返ってみますと、私がアカツキに入社して人事を担当したのは2016年の4月からでした。当時の安納さんは、CAPS(カスタマー・アンド・プロダクト・サティスファクション)という部門を担当していらっしゃって。その部門の正社員は安納さん1人で、アルバイトや派遣の方が数10人という体制でしたね。

安納:そうですね。以前に僕がやっていたCAPSというチームの役割は、今で言うとQAと呼ばれる品質管理の役割と、CX(カスタマー・エクスペリエンス)と呼ばれるお客さま対応です。アカツキ製品の動作検証をしたり、カスタマーサポートの役割としてプロダクトに横断的に関わって、「顧客と製品の満足度最大化」をミッションとして掲げて行動していたチームでした。

発足当初はまだ技術的な知見の積み重ねがなくて、僕自身もQAやCXの専門性に長けているというわけではなかったので、とにかく求められるだけの人をどうにか採用しなければという感じでした。ちょうどアカツキの業務拡大期で、規模の大きなタイトルがリリースされた直後だったり、その後にもいくつかのタイトルのリリースが続くことが想定されていたため、この拡大期をどう乗り切るかという状況でした。

坪谷:先々に出るゲームの予定も決まっている中で、組織体制はどんどん拡大する必要がある。人を増やさなきゃいけないけど、どこから手をつければいいのかと、安納さんが悩まれてきた時期でした。

育てては人が出ていく、自転車操業の時代

安納:そうです。その時期にちょうど、直属の上長だった香田哲朗さん(現アカツキグループ代表取締役CEO)に業務的な課題を相談していて、「これから(人事の)プロフェッショナルが入ってくるから相談してみたら」という感じでつないでいただいたのが、坪谷さんとの最初の接点でした。

その頃アカツキでは、リリースするタイトルごとにプロジェクトという形式でチームが組成されていましたが、僕が担当していたCAPSチームは、プロジェクトを横断する形式で存在していました。そのやり方にも限界を感じていたので、もう変えたほうがいいんじゃないかと思っていました。「もう嫌だ、もうやってらんないですよ」と愚痴っていたのも、その時期だったと思います。

坪谷:そう! 当時の安納さんは怒ってましたよね(笑)。安納さん1人では何十人も見られないので、「リーダーを育てよう」とがんばっていたのですが、育った人から順に他の部門に引き抜かれていくという状況でした。

安納:そうですね。もちろんチームの中核として残ってくれた方もいるんですけど、立ち上がっていい感じになると、ゲームの企画のほうに入っていくという流れにもなっていて。ちょうど3年くらいのサイクルで、人が育ってきて「これからいろいろ技術的なところを強化していくためにがんばるぞ」となると、また人が出て行って元に戻ってしまう状況で、めちゃくちゃ自転車操業でしたね。

製品品質のところは、どうしても経験年数に比例して知見が溜まっていくということもあり、中核の人が抜けると品質維持の精度が下がってしまうという課題も抱えていました。

八方塞がりの状態から「人材輩出組織」へ

坪谷:八方塞がりでしたよね(笑)。安納さんが我慢の限界を迎えそうだったので、当時のプロジェクト(製品タイトル)の責任者たちに会議室に集まってもらって、みんなで話し合ったんです。そこで安納さんが「もう解散します」という話をしたところ、「いやちょっと待って。横串でやってくれているからうまくいっているところもあるし、セントラルとして知見を貯めていってほしい」と言ってもらいました。

安納:はい。現状のやり方の限界なども議論していく中で、課題もあるが期待値もいろいろ出てきて、「何かもうちょっとできる部分もあるのかもな」と思い直したタイミングでした。

ただその期待に応えていくためにも、今の自転車操業的なやり方だとスケールしていけないし、今までのやり方だと限られた人数で仕事を回さなきゃいけない。人によってノウハウやレベル感もまちまちの状態で、メンバー個々の能力をどう活かしながら、全体のレベル感を上げていくかは、とても悩ましいところでした。いきなり全員のレベルを上げることや、必要な能力を持った人を採用することもできないですし。

そこで考え出したのが「セントラル構想」というものです。知見や経験のあるメンバーに全体を眺めるような位置付けについてもらい、知見のある人と一緒に現場のジュニアのメンバーたちが動けるようにすることで、限られたベテラン層の知見とノウハウでも、うまく全体の質を上げられるのではないかと考えました。

坪谷:「セントラル」というバーチャル組織を作って、集約したナレッジをCAPSから展開していくかたちを作りましたね。CAPSを「人材輩出組織」と位置付けたのもその頃でした。

「経験者が伸びているとは限らない」という気づき

安納:その頃だと思いますね。一緒に働くメンバーを見ていると、経験や経歴、専門能力がないから活躍できないというわけでもなく、経験が多いからといって組織にマッチして能力を発揮していけるわけでもない。

そういう傾向が見えてきて、過去の経験や今持っている能力が未来の動向を左右するのではなく、この機会をポジティブに捉えて自発的に行動していける人がチャンスを掴んでいくのだなと思うようになりました。

坪谷:経験者を採用してきたけど、そういう人たちが伸びているわけじゃない。

安納:当時は今ほど採用に関する勘どころもなかったですし、採用の方向性や基準感も「とにかく人を集めなきゃ」という焦りとプレッシャーのほうが強くて。「必要な能力のある人材をどう採用するか?」という相談ができる、業界に精通している方も少なかったので、いつも「このままだとやばいやばいやばい」と思っていました。

とにかくつながりのある派遣会社の方や外部のQA/CS会社の方に「誰かいないか紹介してください」という感じでお願いしつつ、直接雇用の契約社員やアルバイトの採用をしていました。

今では協力会社さんやコネクションもできているので、いろいろ相談できる方もいらっしゃるのですが、当時はそうしたコネクションもうまく作れていなかったと思います。

課題を乗り越え、伸びていける人の共通点

坪谷:スタンスや専門性というよりは、まず数を採用するという時代でしたね。

安納:そうですね。その頃は「スタンスが大事だよね」ということもあまりよくわかってなくて。僕自身の経歴の中でお客さま対応の経験はあったんですけど、QAの領域についてはまったく未経験だったので、とりあえず「過去に経験がある人なら、入ってからどうにかしてくれるかもな」という観点で採用していました。

当時は自分自身の能力もなくて、品質チェック項目も今のようなきちんとしたものは作れておらず、こういう場で言っていいのかわからないですけど、今振り返ると本当にチェックリストとか不足が多かったと思います。

坪谷:そんな中、どうにかやりきっていたのですよね。

安納:きちんと論理立てて整理したチェック項目じゃなかったため、当時はそういうところからバグが発生していました。不足していた技術的な部分を補完するには、その領域の経験者や知見のあるメンバーが必要だと思いますが、試行錯誤を繰り返す中で「経験者だけを採用すればいいわけじゃない」ということに気づき始めました。

実際の面接で来る人たちは「経験はないんですが、ゲーム業界でがんばりたいんです」「アルバイトからでいいので、ゲーム業界で働くきっかけを作りたい」という方も多かったですね。「専門領域のQAやお客さま対応を突き詰めたいから、アカツキで働きたいんだ」という人も当時は少なかったと思います。

未経験でもゲーム業界で働きたいという人たちの中には、中途正社員での採用は要件的に難しいと理解している方も多く、経験を積んで未来につなげるにはQAやお客さま対応の領域しかないので、そこからがんばろうという人が多かったんです。

そういうやる気がある人たちを採用してみると、経験はないけど思いや夢があるから、すごくガッツがあってがんばってくれて。セントラル構想はあったんですけど、まだまだいろいろ整っていないし、ゲーム開発現場のスケジュールがギリギリの状況でも、「良いものを世界に配信していくためにはどうすればいいか?」という考え方で、「朝までに何とかするぞ」「がんばります!」みたいな思いを持って前進できる人が伸びるんだなと思いましたね。

引き抜きは、本人の幸せを考えれば「いいこと」

安納:そういう中で人が育ってきて、「じゃあ今度はプランナーとしてどうかな」という話が来たりすると、本人も「ぜひがんばりたいです」と言うんですよ。

それをネガティブに捉えると「成長したメンバーを他のチームに取られてしまう」ということになると思うのですが、もともと「ゲーム業界に入り、ゲーム開発に携わりたい」という志望動機があったことを考えると、「むしろこの機会は本人にとってもとても幸せなことなのではないだろうか?」というふうに考え方も変わってきました。

坪谷:そうですよね。よく考えたら彼らが出て行くのは、一人ひとりの幸せを考えたら、むしろ「いいこと」だと気づいて「人材輩出組織」に組織の方針を振り切りました。

安納:そうです。むしろ個々人は望んでいたことで、「嫌だ」とネガティブに思ってそう言っていたのは僕だけだったという。

坪谷:(笑)。当時活躍していた人たちは経験者ではなかったけど、意欲がある人たちに来てもらって、その人たちが育って羽ばたいていくという、CAPSの勝ちパターンがここから見えてきました。

安納:当時のアカツキはめちゃくちゃ有名な会社というわけでもなかったし、確か上場もしていなかったと思うので、専門スキルがある人を採用するのはかなり難しかったところもあり、まずは一緒にがんばれる人たちと一緒に前進していくしかないという感じだったと思いますね。

「経験者採用」から「スタンス採用」への切り替え

坪谷:その頃に、採用方針も「経験者採用」から「スタンス採用」に切り替えました。

安納:はい、採用基準をマインドというか「思い」寄りに移行していった感じですね。

坪谷:そういう「思い」がある人は、安納さんが面接で直接見極めていきましたよね。

安納:そうです、そうです。その時は採用面接はすべて私が対応していたので、すべての人とあってじっくり話を聞いていました。今でもよく「(面接の時に)ずっと経歴書にあったスターバックスの話してましたよね」などと言われます(笑)。

坪谷:(笑)。

安納:実際そういう話はしていましたが、僕は別にスターバックスの話がしたかったわけではなくて、「そこで働くことに対してどれだけ情熱的な思いを持っていたか」とか「そこでどういうことを学んで今につながっているのか?」「そういう機会をどう考え、どう積み重ねてるのか?」ということを聞いていました。

また、好きなゲームのキャラの話を延々とする人もいて。どれだけ思いや情熱を持っていたかを見ていたんですよね。頭の良さとかよりは、その人からにじみ出てくる思いや情熱をひたすら聞いていました。

坪谷:安納さん、採用すべきか採用せざるべきか、決定にめちゃくちゃ悩みますものね。

安納:僕はめちゃくちゃ悩みます。

坪谷:一晩寝かせますよね。

安納:すぐ一晩寝かせますね。

坪谷:当時の人事メンバーたちは、「安納さんがなかなか決めてくれない」って言って困っていました。

安納:(笑)。なんて言うんですかね。結局、自分の中で一度決断したものを一晩寝かせても、そんなに大きく変わらなくて、最初の決断とそう大きくはずれないのです。

でも、事業として成果を出していかなきゃいけない中で、どういう人と一緒に働くのかは、やはりチームをリードしていく存在として、きちんと考えなきゃいけない。「アカツキという会社の中でがんばれる人材なのか?」「チームにちゃんと貢献していけるのか?」など、いろいろなシチュエーションを想像しながら考えました。

さらに、僕が合格なのか不合格なのかという決断をして、それを本人に伝えた瞬間に、その人の人生が切り替わるんですよね。その人の人生の決断にも大きな影響を与えてしまうということを考えた時に、そのタイミングや思いで「イエス」か「ノー」で答えていいのかと、ずっと悩んでいた感じですね。

採るかどうかで悩んだ時の決め方

坪谷:そうですよね。「こういう人は採用しよう」とか「こういう人はやはり来てもらってもどうかな」というのは、最後のせめぎ合いの中でどういうふうに決めてきたんですか?

安納:その時はまだいろいろ整っていないところも多く、混沌としている状況の中で、「一緒になって、どうにか試行錯誤しながらでも前進していくことができるか?」とか、十分なチェックリストもない中で、「決められたことだけやります」だと成立しないので、役割を限定せずに顧客と製品の満足度を最大化するために自ら行動していけるかどうかというところを見ていました。

例えば、QAの仕事は、通常であれば出来上がってきたものが想定通りに動くかどうかをチェックするんですけど、そこで作業を区切られると機能しないというか。自分たちの役割やミッションを常に理解して、「それを実現していくために自分がどう動けばいいのか?」と考えられるかどうかは重要でした。

坪谷:キーワードとしては、最後は「情熱」という感じでしたよね。何か熱いものを持っている人は採用するという。

安納:そうですね。すごく経験があっても、限られた領域の中でバリューを出すことに価値を感じている人は、たぶんアカツキじゃないほうがいいだろうなと判断していました。

思いはあっても、技術とスキルが足りないという課題

坪谷:そうやって採用方針を切り替えてからも、育成面にはまだまだ課題がありました。

安納:思いはあるんですけど、やはり技術とスキルは足りない状態だったので、技術面は別のかたちでどうにかしなきゃいけないなと思っていました。

この先のプロジェクトを考えると人数はすごく増えるだろうし、自分1人では100人の規模は絶対に見られない。とにかく小さい単位で動けるような状態をきちんと作らなきゃいけない。

少なくともゲームのタイトルごとに、責任を持って回せる人をまず置いていかなきゃいけないなという課題はありました。まずは日々の業務にコミットできるリーダー人材をちゃんと置かないと、自分たちの役割を全うしていくことができないという感じでした。

リーダー候補のアルバイトが5年後には部長に

坪谷:そうですよね。2人で一緒に会議室で組織図を書いて「何年にこのタイトルが出る、何年にはこのタイトルが出る」とか言いながら、「ここにどんなリーダーを入れますか?」「いや、そこにはまる人なんかいない」「じゃあどうしよう」と唸っていたのを覚えています。

安納:そうなんですよ。他のチームや他の職種からリーダーシップのある人を引っ張ってくるのもなかなか難しい状態だし、すぐにそういう人材を採用するのも難しい状態だったので、「こうなったら、今いる人を引っ張り上げるしかない」という。

坪谷:それで引っ張り上げる人たちを決めて、1回目のリーダー合宿をしましたね。対象者は5名、2017年のことでした。

安納:そうですね。今思うと感慨深いのは、当時そこにいたバイトの子たちが今となっては部長ですからね。

坪谷:はい、本当に感慨深いですよね。そこにいたリーダー候補には、後にeスポーツ実業団「Team UNITE」を立ち上げる渡辺佑太郎さんや、後にアカツキ福岡の代表取締役になる近見優斗さんがいます。この2人が安納さんの後を継いで、QA部門、CX部門の部長になりました。

あの時は、みんなで「Will(やりたいこと)・Can(できること)・Must(やらねばならないこと)」の自分のキャリアと向き合う研修をやりました。このリーダー研修が、「ジュニア研修」と名前を変えて今でも実施されています。

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