2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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坪谷邦生氏(以下、坪谷):今日は、安藤さんの著書『才能をひらく編集工学』の「才能をひらく」と目標をひもづけたお話ができたらおもしろいなと思って、お伺いしました。
今、「目標管理(MBO)」についての本を書いております。私はリクルートマネジメントソリューションズ社(以下RMS)でコンサルタントとして、人事制度などの仕組み作りや組織開発の支援をしてきました。その中で、目標管理(MBO)が機能してないんじゃないかと思うことが多かったんです。
リクルート創業者の江副浩正さんの右腕で、リクルートの組織文化とSPIを作った大沢武志さんが、「個をあるがままに生かす」とおっしゃっています。これは安藤さんの著書にある「才能をひらく」と近いように思っているのです。
安藤昭子氏(以下、安藤):なるほど、そこに着目してくださったんですね。
坪谷:はい。編集工学とリクルートは、とても相性が良いのではないか、と。リクルートは、1989年にワークデザイン研究室を立ち上げ「人の情熱・意欲はどこから生まれるのか?」というモチベーションの研究を開始しました。その研究室は、編集工学の創始者の松岡正剛氏とともに『Résuméx(レジュメクス)』というメディアを作りました。
(リクルート ワークデザイン研究室『Résuméx』)
その時はリクルート事件の直後。活気がなくなってきたと言われていた時代に、会社の精鋭たちが集まって、「働くって何か」を本気で考えたんですね。その時に松岡さんに来ていただいて一緒に考えて、まだモチベーションという言葉もあまり知られていなかった頃に、「モチベーション・リソース」つまりモチベーションには源泉があり、それは必ず「ひらく」ことができるという話に至ったそうです。
安藤:確かに、リクルートさんが大切にされてきた「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉は、編集工学のコアにある考え方と近いところがあります。松岡は「編集力とは、変化を待つのではなく、変化をおこしていく才能のことをいう」(『才能をひらく編集工学』松岡正剛寄稿「編集的自由の会得のために」より)と言っています。
私たちも、リクルートさんとはさまざまな角度でご一緒させていただいていますが、いつもシンパシーを感じていますし、大好きな企業さんです。坪谷さんはRMSに8年くらいいらっしゃって、今はコンサルティングもされているんでしたっけ。
坪谷:そうですね。人事のアドバイザーや顧問をしています。必要に応じてクライアント企業の人事実務まで入っていって、人事マネージャーのような動きをすることも多いです。フレームワークに当てはめるコンサルタントというより、実践を重視しているためです。例えば人事制度を作ったら、運用や評価回りを現場の人たちと一緒に回りきるまで並走するスタンスでやっています。
安藤:人事って生き物みたいで難しいですよね。
坪谷:そうなんですよ。そんな難しい仕事に取り組んでいる、意志ある人事の方々が少しでも前に進めるように、書籍や講演による発信にも力を入れています。そんなわけで、今は「目標管理」の書籍を執筆しているのですが、10人の見識者と対談させていただいて、そこから得た知見を本に取り入れるというチャレンジをしているところです。
安藤さんの著書の「才能をひらく」というのは個人の話だと思うんですが、目標や目的は、そこにどんなかたちで乗ってくるんでしょうか。
安藤:本題に入る前に、「目標」というものについて少しすり合わせをする必要がありそうです。ここで言われている「目標管理」はドラッカーから来ているものだと思いますが、どんなふうに定義されているのでしょうか?
坪谷:ドラッカーは、1950年代の社会の変化の中で、アメリカで生まれたGEやGMなどの大企業と出会います。そこで大勢の人がうまく働くための方法として「マネジメント」を発明しました。その時に働く人を方向づけるための哲学としてMBO(目標管理)を提唱したのです。
安藤:なるほど。編集工学の観点からすると、おそらくそこを一度アンラーンしないと先に進めないかなと思います。まず最初に、私たち編集工学研究所についてお話しすると、「生命に学ぶ・歴史を展く・文化と遊ぶ」という、創業以来のスローガンがあるんですね。
(編集工学研究所 ブックサロンスペース「本楼(ほんろう)」にて)
この宇宙に情報としての生命が誕生して以来、さまざまな編集の営みの果てに、今こうしてたまたま人間が存在している。そういう私たちは常に情報に囲まれていて、情報を編集しながら生きている。自分の可能性や才能を内発的に引き出すにも、必ず編集という営みが介在しているというのが、基本的な編集工学の考え方です。
編集工学の世界観から見ると、大企業におけるマネジメントといった手段は、人間にとってはあくまで後発的に生じたものです。近代以降、企業の目的を達成するために人々が動き、企業はそれを管理する、という世界観が、先進国社会の大部分の風景になってきたと思います。
でも、人類や生命の歴史から見れば、たかだかここ100年程度のごく最近の世界観にすぎません。ユルゲン・ハーバーマスというドイツの哲学者は、「システムによる生活世界の植民地化」という問題を指摘しています。市場や資本主義というシステムが作られたことで、人間が労働機能になり、本来人が持っている文化的生活がシステムの植民地状態になっているという話です。
目標と編集工学の関係を考える時に、「その目標は何のために、誰のために設定されているのか?」ということ自体から問わないと、というのは、そういった世界観が背景にあるからです。
坪谷:まさしくそこだなと思います。そもそも大企業自体が目的を持っていると捉えられるかどうかという話もありますが、「個人と企業が求めているものが、いかに握手できるか」。その握手こそが目標である、ということがMBOの肝だと思っています。
安藤:それは企業と個人の握手でもあるでしょうし、企業と社会システムの握手でもあると思うんですよね。社会システムと地球環境の握手かもしれない。でも、実現するのはすごく難しいですよね。
私も人事の方々とたまにお話しする際に、従業員のメンタルケアが大変だというお話をお聞きすることがあります。生活環境は整っているし、必ずしも労働環境が悪いわけでもないけれど、年々病む人が増えていく。これは、1つには目標との握手がうまくいっていない状況だと思うんです。
「個人の目標と企業が目指していることのすり合わせ」という単純な図式で済むなら、この職場は違うと思えば転職すればいいのかもしれませんが、ことはもっと根深いように思います。
近代のシステムが、人間を“労働者という機能”として扱おうとしていることに、無意識的にでも違和感を覚える人が想像以上に多くいるのかもしれないし、その機能を自分ごととして実感しにくい方向にシステム自体が進んでしまっているのかもしれない。
だとすれば、違和感を感じるのはすごく健全な反応だと思いますし、そのことが心身の問題に表れていると考えれば、大企業のメンタルケア問題はなにも不思議なことではありません。
RMSさんではまさに「個と組織を生かす」と言われていますけど、どうやって両立させたらいいのかは社会全体にとっても大テーマですよね。
坪谷:RMSはもともと人事測定研究所で、大沢武志が創業した当初の理念は「個をあるがままに生かす」でした。そこからもわかるように、RMSが初めにやりたかったことは、「個をあるがままに生かす」だったのですが、企業という組織を通じて社会にどう自分を届けるかというプロセスを考えていく中で、「個と組織を生かす」へと理念が変化していったのだと思います。
安藤:「個と組織を生かす」って、覚悟があっていい言葉ですよね。今は社会の中での組織の存在目的自体も変わってきているでしょうし、組織の存続と利益の追求だけでは、もう生かしてもらえない世の中ですよね。
最近はパーパスやSDGsを強く意識する方向に多くの企業が向かっているようですが、志だけでは存続できないし、個々人も働くことの意味や意義をなんとか目の前の仕事に重ねて腹落ちさせる必要に迫られている。根本的な矛盾を、個も組織もその構造の中に抱えているようにも思います。
坪谷:まさしくそうですね。
安藤:組織は何のために存続する必要があって、個人は何のためにそこに参加するのか。「目標」というのは個人の問題でもあるけど、その個人を抱えている組織の問題でもあるように見えます。個々人の思いを抱えられる組織でいられるのか。少なくとも、企業が大勢を効率よく動かして利潤を上げることを主な目的にしている間は、本来的には個人を抱えられないんだと思います。
企業が存在している意味や願いや志が従業員とすり合ってなければ、従業員だけが個々人のレベルで目標管理が上手になっても、握手はできないですよね。
坪谷:そうですよね。まさに今お話しいただいたような問題意識をお話ししたいと考えていました。
私はRMSで8年ほどコンサルタントをしている中で、初期の頃は、フレームワークを活用して合理的に、客観的に組織を良くすることばかり考えていたんですね。でも、自分の業績が上がって、クライアントにも「組織が良くなった」と言われる状態になればなるほど、なぜか自分の心が乾いていくという経験をしたんです。
「これは何かおかしい」と思っていた時に、河合隼雄の著書で心理学者ユングや仏教の考え方に出会い、合理だけではない世界観に強く惹かれるようになりました。端的に言えば「主観」です。たぶん今、目標管理においても、まさに個の主観と組織の客観である業績が、握手できてないと思うんですよ。
坪谷:ティール組織の大元になった、ケン・ウィルバーは『インテグラル理論』で、「主観と客観×個と組織」の四象限で世の中のあらゆるものを捉えようとしています。私はこの理論を援用して、目標管理を考えようとしているのですね。
(坪谷邦生氏『図解 目標管理入門 マネジメントの原理原則を使いこなしたい人のための「理論と実践」100のツボ』より)
左上(個人の主観)の話だけしてもだめだし。右下(組織の客観)の話だけしてもだめなんです。おそらく左下(組織の主観)がつながらず、置き去りになっていることも1つの原因ですね。最近、対話型組織開発やティール組織やパーパスなどが盛り上がっているのも、おそらくこの乾きの問題じゃないかなと思っていて。
安藤:そうですね。
坪谷:そして、右上と右下の「個の強みをどう引き出して組織の業績につなげるか」という話も、強みの意味がちょっとはき違えられていて、うまくつながっていないんじゃないでしょうか。
安藤:最近、いろいろな企業の特に人事や経営層の方とお話する中で感じるのは、「個人と組織のパーパスを重ね合わせないと、もう前に進めない」と多くの方が自覚されていることと、一方でそのことの難しさです。
坪谷:わかります。おそらく、2つのポイントがあります。まず1つは「対話」です。組織や経営者だけでは目的を置ける状態じゃないので、みんなで対話して、個の主観から組織の使命を見出そうというもの。組織開発的なアプローチです。
もう1つが「誰バス」です。ドラッカーの弟子で『ビジョナリー・カンパニー』を書いたジム・コリンズは、「誰をバスに乗せるか」が重要だと主張しています。超厳格な採用によって、適切な人をバスに乗せ、適切でない人はバスから降ろせ、と。マネジメントや研修は、この「誰バス」に失敗した会社がやることだと言うのです。
誰バスの徹底は、目標達成して勝つためにも大事ですし、個々人が組織と握手するためにも大事ですよね。人事としてで言うと、目的レベルでコミットできるどうかを見ることと、違ったら降りてもらう、自ら降りられるようにすることを徹底しようという、「採用」と「代謝」の話、つまり人材マネジメントですね。
この人材マネジメントの「誰バス」と、組織開発の「対話」が、個人と組織のパーパスの重なりにおいては大事になってくると思います。
安藤:なるほど。『才能をひらく編集工学』でも、目的の話についてはちょっと書きました。この本では「夢」や「使命」という言葉は使っていないんですね。自分の夢や使命が最初からわかっていたら世話はないというか(笑)。
坪谷:おっしゃるとおりですね。
安藤:自分でそれがわからないから、みんないったん就職してみるし、いろいろ勉強してみるんだと思うんですよ。なので、自分の使命や目的がよくわからないという状態はごく自然だし、むしろ可能性を広げる環境にもなると思うんですが、やっかいなのは手段と目的が一緒になってしまう時だと思うんです。
「手段の目的化問題」と言われるように、単なる手段でしかなかったことが、いつのまにか目的として落ち着いてしまうというものです。こうなるとどんどん目線は下がっていきますから、組織と自分の距離は遠くなる一方です。このトラップから抜け出すために、1つには個人の目線を上げていくという方法がありますが、それはそれで、どこまで到達できるかはその人のイマジネーションの範囲でしかないんですよね。
編集工学研究所では、他者の知恵を借りることを推奨しています。身近な人でもいいですし、本というツールを介せば、いつでも過去の偉人の知恵を借りることもできます。
もう1つは、「アーキタイプ」と呼んでいる原型をたずねることです。「これってもともと何だったんだっけ」「何のためにあったんだっけ」というふうに、対象の背景を掘り下げていく。自分自身の目線を上げようとするより、物事の原型をたずねていったほうがずっと遠くまで行けるんですね。
一方、自分自身の中にも何かしらの「原型性」があります。「幼ごころ」と言ってもいいでしょう。社会的な自分ができあがる前に無性に好きだったり、どうしても諦められなかったものと、今自分が相手にしているものの「原型」「アーキタイプ」が何かしらの連想で結ばれるところがあったら、それは大きな原動力にもなるわけですよ。
私たちは「夢を描きなさい」と言われると、つい「今の自分」の常識の中の最適解を出そうとしてしまいます。正解を当てにいくことに慣れてしまっているので、夢すらも正解っぽいものを探そうとしてしまうんですね。
編集工学研究所では、「Roots Editing」という手法を使って、「私たちはそもそも何者なのか」ということを考えるお手伝いをすることがあるんですね。企業自体もあるところで限界がきた時に、「もともと何のために存在してるんだっけ」というところに還らざるを得ない時がある。
別にピンチに陥った時だけでなく、日頃から個々人が自分の思考トレーニングとして考えてみてもいいことだと思うんですよね。それを考える時に、フリーフォーマットではなく、先達が磨いてきた思考方法や型を取り入れるといいんじゃないか、というのが本に書いたことです。夢って難しいですよね(笑)。
坪谷:私はよく「WillのMust化ほど苦しいものはない」と思います。夢を持たねばならない、やりたいことがなければいけない、という強迫観念ですね。「ねばならない」と感じた時点で、それはもうWillではなくMustになってしまっているのです。Willを問われることを怖がる人たちが増えているようです。
リクルートはもともと「お前はどうしたい?」と問うスタイルだったんですけど、現代ではリクルートでもWillを置けなくて苦しんでいる人がけっこういる、と。
安藤:リクルートさんがそうなっちゃったら、みんなどうしたらいいんですか(笑)。
坪谷:「Will」とか「夢」と言った時点で、即座に自動的にMust化して感じてしまうことが起きているようです。
ただ素直に夢を語ったり、そもそも別に夢が決まっていなくてもいいじゃないですか。それが「確定させねばならないもの」に変換されてしまうところが難しいなと思います。アーキタイプの話と同じで、掘っていけばいくほど考えやすくなるんですけれど、その感覚を知らない人たちにどう伝えたら届くかな、と私も悩んでいたので、「他者の知恵」と「アーキタイプ」にはヒントがあると感じました。
安藤:ちょうど、リクルートさんが高校の先生向けに出している『キャリアガイダンス』という媒体で、「問いの編集工学」という連載を持たせていただいています。今いろいろなところで「答えよりも問いが必要だ」と言われていますが、この「問いの編集工学」は、人に提供するお題作りというよりも、自分の中から問いが生まれる状態を作ることを目指すものです。
今まさに学校の現場には、生徒が自分で設定した課題を探究していく「探究学習」という考え方が入ってきていますが、その「課題設定」そのものに、先生方は苦労しておられるようです。
「その子にとっての問い」を導かなきゃいけないんですけど、「答え方」の訓練はしてきたものの「問い方」の訓練はしていない。ともすれば“やらされ探究”になっていく、と。子どもたちが「探究したい問い」を自発的に導き出せるようになるには、それなりの準備や段階を経ることが必要です。
「問いの編集工学」は、問いが内発するプロセスを編集工学の観点からひもといていくというものです。ここでもやはり「アーキタイプ」を重視します。自分の原型と、関心が向いた対象の原型の両面ですね。自分のアーキタイプを掘る時は、安全な環境のもとで幼ごころを思い出すような内省型でいいと思うんです。
でも、自分に関わるトピックのアーキタイプを掘っていくのは、内省じゃ無理なんですよ。ある程度の知識や歴史背景を、けっこうなスピードで自分のイマジネーションの中に出し入れしないといけない。そこで本を使うことを勧めています。
教養を身につけるための読書ではなくて、自分自身が扱いたいテーマの歴史的・文化的背景にアクセスする手段として、本を使うんですね。自分の心の中と自分が関わるテーマの両方の原型を掘っていく。これをひとつの「型」として、ピンとくるものに出会うまで、自由に課題探しを遊ぶのがいいのでは、と。
坪谷:なるほど。私自身、知らないうちにそのやり方でやってきたのかもしれません。人材マネジメントや組織開発が何なのかを、先人の知恵を借りないことには結晶化できなかったので、絶版になっているような本や『Résuméx』などを必死に集めたりして(笑)。
安藤:松岡に申し伝えます(笑)。
坪谷:そうした本を読むだけで、現場で苦しみながらもがんばっている人たちにあげられるものがめちゃくちゃ増えるんですよ。組織開発については昨年1年間、集中的に「本という他者の知恵」に潜ったんですけど、それだけでも先人たちの知恵は本当にたくさん得られるので、ある点だけで言えば、組織開発を専門にされてきた人たちと議論できるところまで届いたのですよね。過去の先人たちの知恵はすさまじいとあらためて思いました。
安藤:それぐらいやった方じゃないと、これだけのガイド本は書けないですよ。
坪谷:やっぱり、潜れば潜るほどおもしろかったんです。クルト・レヴィンがなぜ組織開発を始めたのか、その根幹に何があるのか、ゴリゴリと掘っていくと、いろんなものがつながっていきました。
安藤:坪谷さんのように、一人探究状態に入れる人は、もう放っておいても大丈夫なんですけどね(笑)。
坪谷:「夢を書こう」という話をした時に、なぜ苦しむ人が多いのか、ヒントをいただいた気がします(笑)。
安藤:正解を当てにいく習慣が、本当に病的に染みついてると思うんですよ。
坪谷:根深いですよね。
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