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オンライン対談「これからの時代を生き抜く人材」有信睦弘氏×山口周氏(全3記事)

山口周氏が語る、リモートワークの落とし穴 10年後、15年後に大差がつく「自己規律」の重要性 

2021年4月に開学予定の叡啓大学(仮称 設置認可申請中)では、新しい時代を切り開く人材の育成を目指し、各方面で活躍する方々を客員教授として迎えています。開学に先駆けて、客員教授予定者の1人である山口周氏と、学長予定者である東京大学副学長の有信睦弘氏が「これからの時代を生き抜く人材」について、オンライン対談を行いました。本記事では、働き方が大きく変わっている中で重要性が増している「自己規律」や、問題を見つけ出す「構想力」について意見を交わしました。

自分が夢中になれるものを見極める力

早田吉伸氏(以下、早田):それではさっそく、山口さんにお話を伺っていきたいと思います。今日の対談では「これからの時代を生き抜く人材」ということで設定させてもらったんですけれども。そもそもこれからの社会に必要な人材、もしくは必要な力はどういうものだとお考えでしょうか?

山口周氏(以下、山口):なかなかいきなり大きな……(笑)。

早田:そうですよね(笑)。ちょっと大きいテーマですよね。

山口:これはある意味では、質問としてなかなか危険だなという気がするんですね(笑)。これでなにか一言で言うことは、求められる人材像を一言で言い切ってしまうことなので、まさに叡啓大学さんが掲げられている多様性という価値観と、ある意味では真逆の方向に世の中を引っ張っていっちゃうことになると思うんですね。

大人は「これから求められる人材はこうだ」とか、「〇〇だ」と常に言いたがってですね。若い人たちはある意味、そこにミスリードされて、やれ論理思考だとか、やれデザイン思考だということで、子どものサッカーみたいな状態になっているわけです。「これからこういう人材が求められる」という言い方自体、ちょっと気をつけて回答しないといけないなと思うんです。

それを踏まえたうえで、非常に抽象度の高い答えになってしまうんですけれども、自分が夢中になれるものをきちんと見極められることがやっぱりすごく重要だなと思っているんですね。

今はコロナの影響で、世の中がどういう働き方に落ち着くかということは、なかなか見えないところがありますけれども。例えば日本生産性本部による調査などでは、現時点でリモートワークをやっている人のだいたい7割くらいは、元のような毎日通勤するという働き方に戻りたくないと言っているわけですね。

これはもう全世界的にそういうふうになっているわけですから、ある程度の仕事は職場に行かないでやることが常態化する世の中になると思うんです。そうすると何が起こるかと言うと、監視というものが非常に大きな課題になってくるんですね。監視というものの在り方を徹底的に考えた、ミシェル・フーコーという哲学者がいるんですけれども。

監視というと私たちは一般に、外側から見られるということを考えるわけですけれども、会社に行くと当然それは成り立つわけですね。目の前で『ヤングジャンプ』を読んでいれば、上司から「お前、何やってるんだ」と言われるわけですけれども(笑)。だからみんな、外回りのある営業マンがいいとか言うわけですね。外に出ていれば、別に喫茶店で漫画を読んでいても文句を言われないわけです。

自己規律があるかどうかが、10年後15年後に大差を生む

山口:組織論では「エージェンシー理論」と言いますけれども、監視というものがある程度自動的に成立するということが、毎日会社に行く世の中では成立していたわけです。これが半分くらいの仕事量がリモートワークになると、事実上監視ができなくなるわけですね。いくらでもごまかせるようになりますから。

そうすると何に頼るかというと、セルフ・ディシプリン(自己規律)しかないんですね。自分が恥ずかしくない仕事をやりたい、自分がいい仕事をやりたい。これは結局、自分がその仕事を愛していたり、優れた成果を出したいとか、あるいは目の前にある社会の問題を解決したいとか、自分の関わっている人をなんとか助けてあげたいという……わかりやすく言うと、まあモチベーションですね。

そういったことを思っている人は、セルフ・ディシプリンとしてちゃんと自己管理ができるようになりますし。そうじゃない人はある意味でいかに「会社からくすねてやろうか」という方向になるわけですけれども。

短期的には、うまいことごまかして会社からお金をくすねている人も、それなりにROIの高い人生が過ごせるかもわからないですけれども。やっぱり自分で自己規律をやっていい仕事を追求するために努力を重ねて勉強も重ねている人と、10年15年経ったときにどうなるかと言ったら、最終的にその2人の間ではもう本当に悲惨なほどの差が生まれちゃうと思うんですね。

ですから、セルフ・ディシプリンが大事。セルフ・ディシプリンができる仕事というのは自分がモチベーションを感じられて、よりよい仕事をやろうと思えるもの。90点までいったら95点、95点までいったら97点と、キャリアを通じてずっと磨き上げる努力ができることが、その人の人生のクオリティを決める、すごく重要な要因になっちゃうと思うんです。

ですから「どういう能力が」というのはなかなか……どんどん多様化していくと思いますから、論理的な能力などは職場によっていろいろ変わってくると思うんですけど。もう少し上位のレイヤーで考えたときに、自分が夢中になれる仕事をちゃんと自分に手繰り寄せていくことは、これから非常に求められる能力になってくるんじゃないかなと思います。すみません、ちょっと長い回答になっちゃいましたけれども(笑)。

早田:ありがとうございました。そうですよね。一言でバサッとそんなに簡単に言えないですもんね。自分で自分のことを規定する、セルフ・ディシプリンをしていく。そこに向けて、内発的な動機も含めてモチベートしていく。夢中になれるものを見つけていく、手繰り寄せていく。このあたりのキーワードが山口さんから出たのかなと思います。

100点満点を超えようとする「原動力」を育てる

早田:有信さん、今のお話も踏まえたうえでというか聞いていただきながら、どんなことを感じられたり、例えばこれからどういう人材、力が必要かということを有信さんなりにまたいただければと思います。

有信睦弘氏(以下、有信):今山口さんのおっしゃったことにほとんど賛成なんですけどね。やっぱりセルフ・ディシプリン、自己管理ができて、自分でより一段高いところを目指せる原動力というのは何だろうなと思いながら聞いていたわけですけど。

それはやっぱり、自分が何か社会に期待する、あるいは自分の人生の将来に期待する、あるいは夢を持つ。そういう部分があるから、夢を実現するために内発的により高い方向に行く。つまり、与えられた仕事の範囲内で100点満点を出すということであれば、たぶん今までとあまり変わらない。

それを超える仕事をやろうというときの乗り越える原動力は、やっぱり自分が持っている夢とか期待とか、あるいは「こういう世の中が来たらいいな」とか、「こういうふうにしたいな」という部分だと思うんですね。私たちは、それをできるだけ育成したいと。

突然大学の話にいっちゃって申し訳ないんですけど(笑)。ソーシャルシステムデザインというのはそういうことで、従来の学問の体系、あるいはそれぞれの学問のウィンドウから見ていろんなことを考えていると、やっぱり見え方がある種の限られた見方になってしまう。そこに最適解はあるんだろうけど、そこの部分が超えられないわけですよね。あるいは見えない。

だから私たちはできるだけ、これも簡単に言ってしまって申し訳ないんだけど、ある種の俯瞰的なものの見方がどうやったら身につくか。つまり、これから社会に出ていくときに社会のある有り様を……例えば象の鼻や足やしっぽを見るのではなくて、象全体が見える。ただし、鼻やしっぽや足の詳細は見えていなくて、実はあんまりよくわからない。

それにしても自分はしっぽの部分については多少わかるし、象の全体の姿もわかるというようなかたちで全体を捉えるときに、まず俯瞰したものの見方を身につけた上で、「そうは言ってもどっちの方向で物事を見なきゃいけないのか」というおおまかな方向性として、私たちはSDGsとか社会におけるコンピテンシーとかいう言い方をしているわけです。

俯瞰的なものの見方を身につけて、今度はそこから自分がどの領域に進むのか、例えば象の足なのか鼻なのかしっぽなのか。基本的にはSDGsという考え方があって、その中でそれぞれのディシプリンの中で何を目指そうか、というかたちでもう一度学び方を深めていってもらいたい。こんなことを考えながら今全体の設計をしているわけですけど。

すみません、ちょっと発散した言い方になってしまって申し訳ありませんが。早田さん、そのまま続けてください。

先進国では問題が希少化している

早田:ありがとうございます。まさに山口さんが問題提起をされた、セルフ・ディシプリンできるような人材を育てていくための大学であるんですけれども。それをどうやって実現するかという中で、俯瞰して物事を見ながら実際の教育につなげていくというお話をいただいたと思うんですけれども。

今のお話を聞いて山口さんから、例えば「もっとこんなことしたら?」というご提案だったり、コメントはありますか?

山口:先生がおっしゃられるとおりで、キーワードは構想力だと思うんですね。最終的には多くの方は、広い意味でのビジネスに関わることになると思うんですけれども。ビジネスの根幹はもともと世の中にある問題を見つけて、それを解決することでなんらかの富を生み出す営みなんだと。そうすると今の世の中は、なかなか問題が見つけられなくなっているということが言えると思うんですね。

昔であれば非常にわかりやすい問題があったわけですね。家の中が暑い、寒いとか。洗濯するのに外の井戸場に行かなきゃいけないので、冬はものすごくつらいとかですね。マズローの欲求5段階説でいう下のところですよね。生理的な欲求不満とか、安全欲求の不満が明示的に示されていたので、それを1個1個つぶしていくと、非常に大きなビジネスになったんですけれども。

今はいろんな調査を見てみると、物質的な満足度は先進国ではだいたいもう9割くらい満たされている状態なんですね。9割の人は物がいらないと思っているわけです。

「何か困っていることありませんか?」とお客さんに聞いても、「とくに困ってません」と言われちゃうと。困っていることというのは問題のことなので、つまり問題が希少化していると思うんです。

あるべき姿を考える「構想力」が求められる時代へ

山口:一方で、例えば格差の問題や環境の問題や貧困の問題があるわけですけど、今度はこれは経済合理性の枠組みの中ではなかなか解けないと。本人がどうやって問題を見つけてくるか。それをなんとか経済合理性の枠組みを成立させたままで解けないかと考えたときに、「じゃあ問題って何だ?」という話になるんですけど。

問題というのは在りたい姿と現状の差分のことですよね。在りたい姿が現状と一致していないときに、そこに問題というものが生まれるわけですから。問題が希少になっている世の中で問題を見出そうと思ったら、「世の中は本来こうあるべきじゃないか」という仮説的に構想する力がないと、問題を作ること自体ができないと思うんですね。問題を作れないとプロジェクトも作れないので。

ですから(問題を)見つけられない人は、消費電力を今から5パーセント上げようとか、もうちょっとincrementalな、今ある性能を少しずつ良くするほうに努力の方向が向いちゃうんですけれども。

例えば、人の働き方も今回コロナをきっかけにして大きく変わる。あるいは都市の在り方自体もまた変わっていきますよね。人が毎日通勤しなくなると、オフィスの稼働率は半分になっちゃうわけですから。

そうなったときに、新しい価値というものは「本来働き方ってこうなるべきじゃないか」「都市はこうあるべきじゃないか」、あるいは「人口の地域的な分散の在り方ってこういう方向になるんじゃないか」。

「世の中はこうあるべきじゃないか」ということをいろいろ構想することができると思うんです。そしたら、そこにいくらでもプロジェクトというものが生まれてくるので。

先ほどの質問に関して言うと、今の先生のお話を受けて、構想力というのは、やっぱり多くの人にこれから求められる1つの能力なのかなという気がしましたね。

学問の世界で起こっている変化

早田:まさにそうだと思います。有信さん、まさにこの構想力を身につけるための教育プログラムとして、叡啓大学はいろんなことを準備されているんですものね。

有信:そうなんですよね。おっしゃるとおり、構想力というものが一番重要なんだけど、それをどうやって身につけるかということで。今の山口さんのお話に関連して、ほかにもまだいろいろ言いたいことはあるんだけど。

ちょっと話が飛んでしまいますけど、従来の学問の主流というのは、対象を事細かに分析して、そこから得られる先鋭化された知識をまたどんどん新たなかたちで体系化していって知識の体系を作るという方向で来たわけですね。

一番簡単に言うと、物理学が対象を原子、分子、素粒子というふうに事細かに切り刻んで、切り刻めば切り刻むほど定義が明確になっていった。その明確になった定義間の関係性が、また新たな知識として身に付くというような方向で来たんだけど。

約20年前に世界科学者会議で、科学は何をすべきかという議論が行われて、もちろん1番目は知識のための科学というものがあるんですけど。4番目に初めて、社会のための科学、社会における科学というのが提言されたんです。これはブダペスト宣言と言われている宣言ですけれども。

今までは自然科学者が社会のことなんてまったく考えていなかったのが、初めて社会に言及して、そのあとさまざまな学術会議でも議論があってですね。

やっぱり、先鋭化された知識を人間のため、あるいは社会のために新たに組み上げていく学問が重要なのではないかという議論がずっと続けられています。それはいまだにきちんと解決されていなくて、そこにある種の構想力の方法論が生まれてくる可能性はあるんだけど。

誰も取り残さずに問題解決をすることで、価値が生まれる

有信:ただ、若い学生にそんな難しいことを言っても、これは我々ですら議論を重ねていまだにまだ議論中というところなので。むしろ自分たちが持っている知識がいかに社会に……今流行りの言葉で言うとimplementation(実装)という言い方がありますけども、持っている知識がいかに実際に社会の役に立つか。

その役立ち方というのは、例えば国連で決めたSustainable Development Goalsを実現する過程の中で、いかに社会的な価値が作り出されて、それを作り出すときの一番重要なこととして「No one left behind」と言っていますけど、「誰も取り残さない」ということです。

これは山口さんがさっきおっしゃったように、もちろんコロナがあって大幅に価値観の根底が崩れてしまっている部分もありますけど、「No one left behind」というものは、とにかく先進国だけで物事が片付くわけではない。すべての人たちを取り残さずにゴールを達成する過程の中で、新しい価値が作り出されていくという。

こういうプロセスをなんて言うのかなぁ。なかなか難しいんだけど、自分の身近なところでこのプロセスを作っていったときに、どんな価値が作り出せるか。そういうことが考えられる若者が育っていくと、たぶん世の中が変わってくるだろう。そう思っています。ちょっと話が発散してしまいましたけど。

早田:ありがとうございます。まさに自分の身近な課題を捉えながら学問のディシプリンとしての知識体系と実践活動を繰り返しながら、自分で知の体系を作っていくことがこれから必要なんだろうなと。そのための学問の体系作りを、叡啓大学でチャレンジしているところです。

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