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スペシャル対談 下田恒幸×玉乃淳(全2記事)

「アナウンサーは狭き門」年間200試合の実況をこなすプロのキャリア論

サッカー解説者の玉乃淳がスポーツ・ビジネス界の第一線で活躍するキーマンの半生をたどる「スペシャル対談」。今回は、サッカー解説者・下田恒幸氏のインタビュー後編を紹介します。※このログはTAMAJUN Journalの記事を転載したものに、ログミー編集部で見出し等を追加して作成しています。

アナウンサーは狭き門

玉乃:アナウンサーって、すごく狭き門なのでしょうか?

下田:その年の新卒で採用されるアナウンサーは、基本的に1人、2人だし、地方局でも多くの応募があるから、狭き門なのかな。

採用されるには、滑舌の問題もあるし、喋り方、声質もあるから、誰でもというわけにはいかないとは思います。

僕は運よく仙台放送に入社し、15年半仕事をさせてもらいましたけど、ここでアナウンサーとしての自分の骨格を作ることができたのは確か。いい中継するためにどういう準備が必要かとか、競技との向き合い方とか。いろいろなスポーツ中継にもチャレンジさせてもらいましたし。

玉乃:スポーツのジャンルに関係なく楽しめるものですか? 競技によって好き嫌いが出て、実況にも影響してしまいそうな気がしますが。

下田:僕は何をやっても楽しいと思っちゃうタイプ。例えば、同じサッカーでも、国が違ったり、カテゴリーが違ったり、同じ競技の中でも好みとかいろいろあるでしょ。でも、僕にとっては、それはあまり関係ない。やればやるだけ全部好きになっちゃう。「実況」という仕事を通じてね。バスケだって、バレーだって、ドッジボールだって(笑)。

玉乃:「実況」という仕事を通じてさまざまなジャンルのスポーツに関わってこられたんですね。僕は逆かと勝手に想像していました。サッカーが好きだからサッカー中継の実況をやられていると。

アナウンサーの方が独立するとき、もうタレント並みか、それ以上の存在になっているイメージです。フリーで仕事がくるってすごいことですよね?

フリーアナウンサーへの転身

下田:僕はそんな華やかなイメージのフリーへの転身じゃないですよ。別に誘われて東京に出てきた訳ではないから。

じゃあ、なぜフリーになったかというと、「まだまだ自分に伸びシロがたくさんあるな」って思ったから。入社15年目に古巣がJスポーツさんの下請けでJ2中継を制作したんだけれど、そこで年に十数試合サッカー実況できたわけ。

実は、ローカル局って年に1回くらいしかサッカー中継ができないのが現実なの、いろいろな事情で。それで年に十数回やってみると、見えるものやわかるものが増えてきて、なんかこう積み重ねて続けることですごく成長できるって感覚が持てたのね。

15年間、実況の仕事を積んできたけれど、自分の実況って、まだまだぜんぜん伸びる余地があるんじゃんと。

ただ翌年、さまざまな社内事情があって、その下請けの仕事を局が断っちゃったわけ。そうなると、マイクに向き合ってサッカー実況する機会が大幅に減ってしまうでしょ。つまり、自分が成長していく場もなくなるってことだなって思ったの。

もちろんフリーになるのは、ものすごくリスクがあるのは百も承知。ローカル局だったけれど安定して非常にいい給料を貰っていたし。

でも、せっかくアナウンサーになれたわけだし、実況者としての自分にはそれなりの手応えはあったし、人生1回しかないんだから、だったら自分の実況者としての可能性をとことん突き詰めたほうが人生悔いはないかなと。そんな思いが湧いてきたんでフリーになるという選択をしたわけです。

おかげで今でもいつでも新人と一緒です。プロデューサーが変わりました、という理由で、明日にでも仕事がゼロになる可能性だってあるし、放映権元が変わったり、キャスティング側が変わったりすれば、価値観も変わるから、いつでもゼロになってしまう立場。

だからフリーの場合は、いつになっても実績なんかないに等しいと思います。局にいれば仕事が少なくなっても、異動になっても給料は必ず貰えます。だけどフリーはいつも背水の陣です。

もしアナウンサーになりたいと思っている方がいらっしゃったら、一度は放送局に入るべき。ディレクターや技術の人たちがどう大変とか、理解すること大切ですからね。制作スタッフ全員で1つの番組を作っているわけで、そういうことを勉強する意味でも局に入ることはマストだと思います。

しかも、できれば最低でも10年くらいは局で仕事を続けたほうがいい。番組作りやスポーツ中継の全体像を把握するために、そのくらい時間がかかるんじゃないかなぁと。4、5年では足りない気はします。

担当する試合は年間200前後

玉乃:アナウンサーの世界は、石の上にも10年なんですね。ちなみに現在は年間何試合ぐらいの試合を担当されているのでしょうか?

下田:トータルで200試合前後担当させてもらっていますかね。大変そうに思われるかもしれませんが、常に中継をしているほうが、より精度は上がっていきます。

ただ自分の時間はとにかくないですね。自分の小さな書斎にこもって、家でひたすら試合を見ていますので。「なんじゃそりゃ、ちょっと無責任だろうよ」とか。「お! 今のはなかなかおもしろい」とか、 時に玉乃くんに突っ込みいれつつ(笑)。

(一同笑)

玉乃:そんなにこもっていて、家庭は大丈夫ですか?

下田:睡眠時間も1日5時間程度の状況ですし、なかなか大丈夫ではないとは思います(笑)。

玉乃:そんな多忙を極めているなか、僕との中継……なんか申し訳ない気持ちになってきました。急に慌てて褒め讃えるわけではないのですが、下田さんの中継の冒頭でのポエム? ありがたいお言葉? あれがいつも楽しみで大好きです。

下田:あ、それは「イントロ」のことだね。他の局は知らないけど自分の周辺は「イントロ」って言い方をしています。今は、「イントロ」で毎回何か謳っているわけではないけれど、若い頃は中継の数自体が少ないので前の日にしっかり考えて臨んでいたよね。若い頃って、カッコつけたいでしょ(笑)。今は、放送の10~15分前に殴り書きする程度。

ただ、「伝えたい想い」が明確にあるとき、例えばワールドカップで代表が惨敗した直後のJの中継とか。そういう時は、ある程度準備して練って考えますし、そういう時はだいたい長い謳い文句になるので、「長くなるけど大丈夫?」と放送直前にプロデューサーに確認することもあります。Jスポーツで言うと、ツッチー(土屋プロデューサー)に最終確認して放送に臨んだり。

ただ、練って作ったけれど自分の中で「これ、やりすぎ」って感じた時は放送の直前に準備したものを全部捨てて、至って普通の「イントロ」で入ることもあります。

実況アナに必要なのは瞬発力

玉乃:そうだったんですね。次の試合も一層楽しみになってきました。どんなイントロが聞けるのか。 ところで、下田さんはアナウンサーとして70歳、80歳まで続けられる予定ですか?

下田:できるわけない(笑)。実況の世界は引退があります。実況アナってアスリートと同じ類の職種だから。

「実況は目で見て、脳を通してから喋っていたら間に合わない。目で見て、そのまま言葉にする瞬発力が必要。良い実況アナになる素材かどうかは目と口が繋がってる瞬発力があるかどうか次第」って上司から言われたことがあったけど、ホントその通り。

目で見たものがそのまま口に出てこないようだと、実況としては成立しないよね。この部分はいずれ年齢的に衰えてきます。だから引退はあるんですよ。

僕ももうすぐ50ですから、これからは否が応にも衰えと向き合うことになるんだな。そこはサッカー選手と同じなんじゃないかな。フリーの実況アナなんて、衰えた後の保証も、辞めた後の保証も、なんもない厳しい世界。

なので、日常をコツコツ積み重ねて、その日暮らしで一生懸命生きていくしかない、せつないもんですよ。

【下田恒幸(しもだ・つねゆき)プロフィール】父親の仕事の都合で、幼少期をブラジルで過ごし、「実況」の世界と出会う。帰国後は慶應義塾大学経済学部を卒業後、1990年に仙台放送へ入社。音楽番組やスポーツ中継を多く担当し、2005年仙台放送を退社しフリーアナウンサーに転身。現在はCS放送中心に活動中のサッカー中継のエキスパート。10、11、15年ヨーロッパリーグ決勝、12、16年チャンピオンズリーグ決勝の現地実況を担当。歴史的な「ミラノダービー日本人対決」も現地サンシーロの放送席から実況した。10年ワールドカップの日本対カメルーン戦での「イントロ」は密かに評価が高い。また、モータースポーツ実況も定評があり、多くのファンから高く支持されている。

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