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人事の”流行”を科学する 新しい概念・現象が注目を集め、廃れるメカニズムとは(全3記事)

“流行りの施策”の導入が、社内のストレスや混乱を招くことも 人事トレンドを追う際の注意点と、必要なマインドセット

「エンゲージメント」「心理的安全性」「人的資本経営」など、人事領域ではさまざまな概念や現象が人々の注目を集めます。長期的に影響を与えるものもある一方で、すぐに廃れてしまうものも。そこで今回は研究知見を手がかりに、流行に向き合う際に気をつけるべきことを探ります。本記事では、「要注意な流行」の特徴や、企業が人事トレンドを取り入れる時の注意点を解説します。

前回の記事はこちら

人事領域のトレンドは、流行り廃りのサイクルが短縮化

伊達洋駆氏:5つ目のパートは「流行り廃りは短くなっているか」です。私自身、20年弱にわたって人事領域の中で、さまざまなトレンドを見聞きしてきていますが、近年は新しいトレンドが出てきては消えるペースが上がっている印象があります。みなさんはいかがでしょうか? 果たして実際にはどうなんでしょうか。

結論を申し上げると、マネジメント・ファッションのサイクルは、現在に近づくほど短くなっています。つまり、流行り廃りの波が短縮化しています。新しく流行ったものが早く見切られてしまうんですね。

ただし少し補足をすると、長く続きやすいファッションもあれば、短い期間で終わりやすいファッションもあります。

生産志向のマネジメント・ファッションは早めに終わりやすい。例えば「生産性が高まりますよ」というトレンドは、サイクルが短くなっています。

他方で人間志向、すなわち人間性を拡充させたり、豊かに働く・生きることを促していくようなトレンドは、相対的にサイクルが長い。

全体で見たときに、流行の波がなぜ短くなってきているのかなんですが、「時間のプレッシャー」があります。競争の圧力が増していって、時間的な切迫感が高まってきています。「新しいことをやらなければならない」といったプレッシャーにさらされている結果、流行のペースも上がっています。

流行を追うことにはデメリットもある

もう1つの理由は、ソーシャルメディアの影響です。ソーシャルメディアが普及したことによって、人事系のインフルエンサーが増えました。

あるいは、特定のソーシャルメディアの中で流行する。すなわち、一部で流行が起こって、収束していくということも起こります。その結果、みんながみんな知っている流行だけではなく、小さな流行も増えてきています。

短縮化されて、範囲も小さくなってきている流行に対して、どう向き合えばいいのかが最後のパートになります。変化に対して適応するという面では、流行にも良い面もあります。流行を取り入れることで「ちゃんとしている会社だ」と思ってもらえるという点もありました。

ただし、流行に追随することにはリスクもあります。例えば、それぞれの会社で目標や戦略がありますよね。流行を無節操に取り入れていくと、目標や戦略と乖離する可能性があります。目標が達成できない、戦略が遂行できないということが起こるかもしれません。

また、あまり効果がない流行に対して投資をすることによって、組織に無駄が起き、非効率になってしまう可能性があります。さらに、どんどん新しいトレンドを取り入れると、変化を受け入れなければなりません。しかし、組織を変えるのはなかなか骨が折れます。社内にストレスが溜まったり、混乱が起きたりする。

「流行に近づきすぎない」ことがポイント

では、流行に対してどう向き合っていけばいいのかを考えていきます。結論としては、「流行に近づきすぎない」ことが大事なんですね。かといって離れすぎても変化に適応できなくなります。付かず離れずの距離感を保っていきましょう。

ただ、これは難しいですよね。そのためにどうすればいいのかというと、流行との向き合い方に関する方法はいくつかあります。

1つ目の方法が「批判的検討」です。新たなトレンドが出てきたときに、「果たしてそれは本当に有効か?」を、1回立ち止まって考えていただきたいんですね。あえて斜めから見てみます。そして「うちの会社に本当に合ってるのか」と検討します。

2つ目が「プリンシプルの参照」です。みなさんの会社で人事プリンシプルは定めていますか? 人事として大事にしている価値観です。人事プリンシプルを定めた上で、新たなトレンドを評価するのが大事です。

自社の人事プリンシプルに合っていないトレンドを入れると、プリンシプルを脅かすことにもなりますし、みんな混乱してしまいます。

そして3つ目なんですが、「データドリブン」です。流行しているものを取り入れる際に、本当に効果があるのかどうか、データを元に検証していただきたいんですね。

4つ目に、「学術研究と照合する」ことも有効です。流行と関連した研究知見もあります。それによって新しいトレンドに振り回されずに済みます。

人事トレンドを取り入れる際に気をつけること

5つ目が「中長期的な目標や戦略を定める」。その上で、自社にとってそのトレンドを取り入れる必要があるのかを考えましょう。短期的に成果を得ようとすると、流行に振り回されてしまいます。中長期的な視点を持ちましょう。

6つ目が「社員の声」です。組織サーベイやインタビューなど、社員が実際に何を考えてるのか、ぜひ声を集めていただきたいんです。その上で、本当に自社に必要なのかどうかを考えてください。

「世の中で言われているから」ではなくて、「うちの社員はこういうことを考えているから、これは必要・不要」と判断します。そうすると、付かず離れずの関係をうまく構築できます。

7つ目が「継続的な学習」です。あるトレンドに対して適切な距離を取るためには、とにかく知識が必要になってきます。先ほど学術的な知見には触れさせていただいたんですが、実践的な知識も求められます。知識を得続けることが、流行と良い距離感を保つために必要です。

8つ目です。「副作用を検討する」ことです。あるトレンドを自社に取り入れたら、確かに良い効果や好影響はあるでしょう。他方で副作用も起こり得ます。どんなリスクがあるのかを考えてください。

物事を一気に変えようとするとうまくいかない

最後にみなさんに、流行と向き合うマインドセットとして、1つの考え方をお伝えします。流行を取り入れるのは、組織を変えていきたいからです。組織変革に対する姿勢を考えると、流行と向き合う際の姿勢を考え直すことができるんですね。

特におすすめなのが、「ピースミール・ソーシャル・エンジニアリング」という考え方です。人事領域ではそんなに有名な考え方ではないかもしれません。

ピースミール・ソーシャル・エンジニアリングとは、ある課題に社会が直面した時に、一気に大きく変えるのではなくて少しずつ変えましょうと。少し変えた結果を踏まえてどうだったのか、まずは観察してみる。そしてまた少し変えていく……と、小さなステップで社会を変えていく考え方です。

なぜピースミール・ソーシャル・エンジニアリングという考え方が提唱されたのかというと、現実は複雑で多様だからです。多様な利害関係者がいますし、パラドックスだらけです。「これを入れれば全部大丈夫」ということはありません。

大きな理論や思想に基づいて一気に物事を変えようとすると、結果的にうまくいかない。こうした例は歴史的に枚挙にいとまがありません。人事領域も例外ではないでしょう。「これを入れれば人事がすべてうまくいく」ということはあり得ないんです。

そう考えると「少しずつ改善していく」という姿勢で人事に向き合うことは大事です。ピースミール・ソーシャル・エンジニアリングの考え方で、組織変革に向き合うと、流行に対しても良い距離感を保ち続けられるはずです。

「この流行のこういう部分をこうカスタマイズすれば、自社は良い方向に進んでいく」と、少し取り入れて確認してみるという具合に、流行に対応すると良いのではないかと思います。

「要注意な流行」の特徴

ということで本日は人事の流行をテーマに、6つのプロセスに分けてお話ししました。残った時間でQ&Aを行います。まず、「人事の流行にはさまざまな流行・トレンドが毎年のように現れています。『こういった流行は注意が必要だ』といった流行はあるでしょうか?」というご質問をいただいています。

「この条件に当てはまると、その流行とは距離を取ったほうがいい」という一般的な法則があるわけではありませんが、考え方はあるかもしれません。

例えば、先ほど私が紹介したような、自社の組織戦略や人事プリンシプルを定めた上で、それに反しているものは要注意な流行であると考えることができます。自社が守るべきものが何なのかを明らかにした上で、一つひとつのトレンドに対して向き合っていくのが大事ですね。

では、他にいただいているご質問です。「流行と良い距離を保つ、付かず離れずの距離を保っていくことが重要だと認識いたしました。その中で、学術研究を参考にしていくことが、流行と良い距離を保つために有効だというお話がありました。具体的にどうすればいいですか?」。

確かにそうですよね。みなさんは人事実務でお忙しいかと思いますので、学術論文を読むことは、時間としてもそうですし、また慣れていないと難しい部分もあるかもしれません。

研究知見をどう収集していけばいいのかなんですが、あるトレンドがあったとしますよね。例えば、静かな退職、エンゲージメント、キャリア自律など。それぞれに対応する学術的な概念を探すことから始めるのがおすすめです。

「なかなか探せない」というケースは、研究者が発信している情報を探してみましょう。流行のテーマと研究者の名前で検索すると、情報を発信している可能性があります。

そこで、学術的な概念を挙げていることがあるんですよね。例えば従業員エンゲージメントという流行があったとします。それに対して学術的な概念では、「ワーク・エンゲイジメント」「組織コミットメント」という概念で研究が行われています。

学術的な概念を知ることができれば、今度はその概念を調べればOKです。「流行に対応する学術的な概念は何なんだろうか?」をご確認いただければと思います。

新たなトレンドをキャッチするためには?

最後にもう1つだけ質問にお答えします。今回は「人事の流行」がテーマだったんですが、こういう質問をいただいてますね。「今後、人事の世界の中でどういったことがはやるとお考えでしょうか。個人的な考えでもけっこうですので教えてください」。

これは難しい質問ですね(笑)。流行というテーマでセミナーを行っているんですが、私が流行を読めるわけではありません。今後何が流行るのかは、正直読めません。ただ、このご質問は重要な示唆を与えてくれます。人事の流行が、どこで誕生していたのかを思い返していただきたいんですね。

供給側で生まれるのではなくて、需要側で生まれている。つまり流行は人事側から生まれてくるんですね。そうなると大事になるのは、人事同士で情報交換を行うことではないでしょうか。

「最近はこんなことに取り組んでいます」などと情報交換を行う機会を作ってみてください。そうすると、「今後はこれが広まりそう」という種を得ることができます。

ということで、ご質問にすべて回答することができました。本日は、人事の流行についてのメカニズムと、それからどのような距離感を保てばいいのか。そして流行の中でいったい何が起こっているのかをお話しました。

非常に変わったテーマのセミナーだったかと思うんですが、ご視聴いただきありがとうございました。それでは、以上で本日のセミナーを終了します。

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