「懸念がある」と告げられ、信頼を失った気がした日
そんなある日、私のボスであるショーランナーのハート・ハンソンが、トレーラーのドアをノックしてきました。これ自体、珍しいことでした。
「もしかして、“よくがんばってるね”って褒めに来てくれたのかも」と思いました。……が、そうではありませんでした。
彼は私を座らせ、スタジオが私の仕事ぶりに「懸念を抱いている」と伝えてきたのです。
懸念? 私は打ちのめされました。自分なりに全力を尽くしていたのに、それでも「十分ではない」と言われてしまった。スタジオは、私のことを「遅刻が多く、準備不足」だと見ていました。
今、あのガウンと帽子をかぶっているみなさんが本当にうらやましいです。もちろん、私は「この前遅刻したのは、多重衝突事故に巻き込まれたからで……」とか、「ぜんぜん眠れていなくて、昨日あれほど覚えていた台詞が、どうしても頭に入ってこなかった」とか、説明したくなりました。
でも、正直なところ、そんなことは関係ありません。この業界では、「できているか」「できていないか」だけが問題だからです。だから私は、フィードバックを受け止め、仕事に集中しようとしました。「いつクビになるかもしれない」という不安を抱えたまま。
翌日待っていたのは、恐怖の「サプライズ誕生日パーティー」
翌日、私は「プロとして信頼される人間だ」と証明しようと心に決めて現場に向かいました。そしてスタジオに入っていくと、それ以上に恐ろしいものが私を待っていました。“サプライズ誕生日パーティー”です。
そう、その日は私の誕生日だったんです。ケーキの周りに立って歌っていたのは、スタジオやネットワークの社長たちでした。
もちろん、その人たちはみんな「誕生日をお祝いしに来てくれた」だけだったはずです。
とても親切なことです。
でも、私にはそうは見えませんでした。そこに立っていたのは、私の仕事ぶりを評価し、「この人は役目を果たせていない」と考えている人たち、そのものに見えたからです。
だから私は、「挽回しようとがんばっているプロの俳優として」どうしたかというと、泣き出して、その場から走って逃げました。あぁ、今度こそ本当にクビだ……と思いました。
「これで終わりじゃない」と言ってくれた上司の共感
ところが、その代わりに、ハートが動いてくれたのです。彼はみんなに「一度休憩しよう」と言い、涙でぐしゃぐしゃになってトレーラーの隅で丸くなっている私を探しに来てくれました。そして、「これでキャリアが終わったわけじゃない」と、私に言ってくれたのです。
ハート自身も、かなりのプレッシャーの中にいました。彼もまた、夜遅くまで仕事をし、ネットワークやスタジオからの批判にさらされていた。
それでも彼は、その大変な最中に、わざわざ時間をつくって、一緒に問題をどう整理するかを考えてくれました。もっといいやり方を見つけるために、手伝ってくれたんです。
これだけ聞くと、「上司が部下に思いやりを見せた」というだけで、大したことには聞こえないかもしれません。
でも、この業界は、大声で怒鳴る人や自己中心的な人でいっぱいです。そういう中で、ハートは違いました。まあ、彼はカナダ人ですからね。
一番難しい共感は「自分自身」に向ける共感かもしれない
数週間後、彼はまたトレーラーをノックしました。でも今度は、うれしい知らせでした。私たちの番組は、さらに9話の追加エピソードの制作が決まったのです。
ハートは、私に共感を示してくれました。そのおかげで、私は9話分だけでなく、そこからさらに233話分、きちんと仕事ができる環境を得ることができました。
一番難しい「共感」は、自分自身に向ける共感かもしれません。キャリアの初期、最初のプロとしてのオーディションのひとつで、私はものすごく緊張していました。
目に見えて震えていました。声も震え、手も震え、手に持っている台本の紙まで震えていました。どうにかしようとしても、うまくいきませんでした。
オーディションをしていた男性たちは、そんな私を見て笑い出しました。彼らなりに、「どうしようもなかった」のかもしれません。そこで私は、「挽回しようとするプロの俳優として」どうしたかというと、また泣き出して、その場から逃げ出しました。
もう、パターンが見えてきましたよね? そう、私は俳優なんです。ドラマチックなんです。
人間は失敗する だからこそ、自分に優しくしてほしい
私は、そうした状況の中で、自分に対する思いやりや共感を持てるようにならなければなりませんでした。これまでにも何度も、同じようなことがあったので。
それは、私にとって簡単なことではありませんでした。だからこそ、今日はこの教訓をみなさんと共有できることをうれしく思います。
覚えておいてください。みなさんは「人間」です。ミスをします。失敗もします。200人の前で、自分なりの「大泣きしてその場から逃げる」バージョンを演じてしまうような瞬間も、きっとやってきます。プレッシャーに押しつぶされそうになってしまう場面がきっとやってきます。
その時は、自分に優しくしてください。もちろん、自分にもっと期待してもいい。もっと高い目標を課してもいい。でも同時に、「自分に親切であること」も忘れないでください。
共感は弱さではなく「本当の自分」から選び取るための力
共感は、弱さではありません。誰かの行動や選択を「なかったことにする」ためのものではないのです。その選択に至るまでのプロセスを理解した上で、自分がどう応じるかを「本当の自分」から選び取るためのものです。
共感は、人を動かし、世界に思いやりのある変化をもたらす原動力です。みなさんがタッセル(房)を逆側に動かし、新しい旅路に踏み出す時、これからきっと、自分とはまったく違う視点を持つ人たちにたくさん出会うことになるでしょう。未来の同僚、未来のパートナー、そして、未来の「ロシア人の義理の姉」みたいな人たちにも。
それが、サウンドステージの上であれ、ラボの中であれ、あるいは私のように「サウンドステージの上に再現されたラボ」であれ、どうか、その人たちの靴を履いてみてください。あるいはハイヒールでも、蹄でもかまいません。
世界が求めているのは「理解しようとする勇気」
今の世の中、共感が不足しているように感じられます。世界が必要としているのは、みなさんのスキルだけではありません。みなさんの視点、忍耐、そして「判断する前に理解しようとする勇気」です。
だから、これから出会うすべての人に、共感を持って接してほしい。そして同時に、「自分自身」に対しても。今まさにスタートラインに立っている、自分自身に。これから確実に、強いプレッシャーにさらされることになる、自分自身に。失敗したり、迷ったり、まだ全部はわかっていない自分に。
共感は、他人に与えるものだけではありません。自分自身を前に進ませてくれる力でもあります。
どうか、その両方を、これからも携えて歩んでいってください。そして、もしかしたら「この人こそ悪役だ」と思っていた誰かが、あなたにとって“一番のお気に入りの人”になる日が来るかもしれません。
2025年卒業生のみなさん、本当におめでとうございます。ゴー・テリアーズ!