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Elliot Grainge | 2025 Commencement Address(全1記事)

【人生論】「ノー」に折れない人の思考法 断られた時に立て直す3つのコツ [1/2]

【3行要約】
・「それは無理だ」「ノーだ」という言葉が人を成長させる。31歳のレコード会社CEOが卒業生に贈った言葉は、多くの若者が直面する挫折への向き合い方を示しています。
・10K Projects創業者のエリオット・グレンジ氏は、何度も断られた経験から自らのレーベルを立ち上げ、その「ノー」が現在の成功につながったと語ります。
・卒業生たちに「過小評価はアドバンテージになる」と説き、SNSの罠に惑わされず、静かに続けることの大切さを伝え、「見えない扉」に心を開く勇気を持つよう促しています。

歴代の豪華スピーカーと「今日の僕」

Elliot Grainge(エリオット・グレンジ)氏:ノースイースタン大学のみなさん、2025年卒業生のみなさんに向けてお話しするという光栄な機会をくださって、本当にありがとうございます。そしてアウン学長、僕を招いてくださってありがとうございます。

この10年ほどの間、ノースイースタン大学には本当にそうそうたる顔ぶれが卒業式でスピーチをしてきました。元国務長官のジョン・ケリー、コリン・パウエル、元CDC(米疾病対策センター)所長のロシェル・ワレンスキー……いわゆる「めちゃくちゃ重要な仕事とポジション」を持った人たちです。

で、今日は僕。専攻を3回も変えた、31歳のイギリス人です。

ボストンとノースイースタンで過ごした日々

真面目な話をすると、今日はここでみなさんとご一緒できて、本当にうれしく思っています。僕の名前はエリオット・グレンジ。ちょうど12年前、僕はインターナショナル・ビレッジ、IVの寮に引っ越してきました。ボストンで4回冬を越したあとで言えるのは1つ。「もう二度と寒さは感じないだろう」ということです。

このハウス・オブ・ブルースのすぐそばでライブを観たり、ハンティントン・アベニューをずっと歩いてボストン・コモンまで行って、アヒルにエサをあげたりもしました。そして1度だけ、ワシントン・ストリートの寿司屋でデートをすっぽかされたこともあります。空腹で、恥ずかしくて、女の子との時間とスパイシーツナ巻きを切望していた新入生の僕を見て、同情した店員さんたちが本当に親切にしてくれました。あの時僕は19歳でした。

それでも、僕はこの街が大好きだし、この大学も大好きです。僕がみなさんと同じ場所に座っていたのは、そう昔の話ではありません。僕は政治家でもないし、「人生全部を振り返れるほどの大ベテラン」でもありません。でも、だからこそこうしてここにいるのかもしれません。

みなさんの今の世界や疑問、この瞬間に、僕はそこまで遠くないところにいる。だからこそ、今日お話しすることが、少しはリアルに響くかもしれないと願っています。


今日伝えたいのは「それは無理だ」と「ノーだ」

今日は、これまでに僕に向けられた言葉の中で、いちばん価値があった2つのフレーズについて話したいと思います。それは「それは無理だ」と「ノーだ」です。

少しだけ時間をいただいて、僕がここまでどうやって来たのかを、ざっくり上空1万メートルから見るみたいにお話しさせてください。

音楽の世界を目指し、起業の失敗で学んだこと

物心ついた時から、僕はずっと音楽業界で働きたいと思っていました。祖父はレコード店を営み、叔父はインディーズレーベルを立ち上げました。いとこも、父も、家族のみんなが音楽の世界にいました。そしてノースイースタン在学中のコーオプ(実務研修)の期間に、僕は2つの会社を立ち上げました。「これは絶対に大成功する」と信じていた会社です。

1つはクラブのプロモーション会社。最初は好調で、そのあとしぼみました。もう1つはライブ・ミュージックのシリーズ企画。派手にスタートして、最後は見事に惨敗しました。この2つの会社で僕が手にした収支は、マイナス3500ドル。でも、この赤字で、僕はものすごく大事なことを学んだんです。

ノースイースタンでの4年間で、僕はいろいろなことを教わりました。でも、そのすべてが教室の中で学んだわけではありません。何より大きかったのは「自立」を学んだことです。ノースイースタンでの経験は、僕の視野を広げてくれて、「もっと大きく考える」ことを教えてくれました。

卒業後は業界を説得して回る日々だった

卒業してから、僕はしばらく「自分はどんなキャリアを歩むのか」を模索していました。
1年ほどの間、音楽業界の幹部たちに、「SoundCloudって何か」「ストリーミングのデータが何を意味するか」を説明して回っていたんです。

オンラインでバズっているアーティストを見せると、たいてい返ってくるのは、次のどちらかでした。「ごめん、ちょっとよくわからないね」あるいは「ありがとう、ちょっと考えさせてくれ」。ちなみに、「ありがとう」はロサンゼルスでは「もう帰ってくれ」とほぼ同義です。

そんな反応を何度も何度も聞かされるうちに、僕はこう思うようになりました。「もういい。自分で資金を集めて、このアーティストたちを1人2人でもいいからサインして、自分のレーベルを立ち上げよう」と。

「ノー」が10K Projectsを生んだ

そうして生まれたのが、今のレーベル「10K Projects」です。何度も「ノー」と言われたことがきっかけで生まれた会社です。僕は自分自身に賭け、信じたアーティストたちに賭けました。そして、その賭けは正しかった。もちろん、いつも必ず当たるわけじゃない。でも、少なくとも「外れた回数」より「当たった回数」のほうが多かった。

今振り返ると、あの時誰か1人でも「イエス」と言ってくれていたら、あるいは仕事をくれていたら、僕は今ここに立っていなかったと思います。「ノー」を言われたからこそ、僕は自分の直感を信じて、自分の会社をつくる道を選んだ。


「ノー」をどう受け止め、どう進むか

それから10Kでは、世界中で何百億回も再生されるようなアーティストを、50組以上サインしてきました。でも正直に言うと、「ノー」と言われるのはやっぱり嫌なものです。がっかりするし、やる気をそがれる。影響力を持った立場の人から「それはうまくいかない」と言われると、自己疑念の大波が一気に押し寄せてくる。

でも、その時に問われる本当の問題は1つです。「そこで自分はどうするのか?」他人の意見はコントロールできません。でも、自分がどう反応するかは、自分で選べます。

もちろん、僕がアーティストに賭けて、結果的に痛い目を見たこともあります。でも、その時も誠実に、全力で向き合っていたからこそ、その「外れ」が、別の新しい扉を開いてくれたりもしました。誰かが別の人を紹介してくれて、そこからまた前に進める。それが、このゲームのルールなんです。

そしてここに、みなさんの「強み」があります。ノースイースタンで学んできたこと、経験してきたことは、みなさんに強固な土台を与えてくれました。でも同時に、まだ経験していないことの中にも、大きな力がある。

「経験がない」というのは、実は大きな武器なんです。経験を重ねると、「失敗するパターン」が見えるようになってくるから、人は慎重になります。でも、若くて怖いもの知らずの時は、僕らは頭から火の中に飛び込めます。

成功は、一発の大ジャンプではありません。小さな勝利が積み重なり、何千回もの失敗があり、時には道をそれて、そしてようやく、どこかのタイミングで扉が開く。

誰かに「ノー」と言われたら、その瞬間を頭の中に保存しておいてください。何を言われたか、どう言われたかを覚えておいて、「ひとつまみ」どころか「ひと塩」くらい割り引いて聞く。自分の直感が「いや、こっちが正しい」と言っているなら、たいていの場合、その直感は当たっています。だから、彼らの言葉は横に置いて、自分の感覚に従えばいい。

もし相手のほうが正しかったとしても、「なるほど、おめでとう。勉強になった」と受け取って、方向転換して、また挑戦すればいい。

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