【3行要約】
・五輪金メダリストのケイティ・レデッキー氏が、スタンフォード大学卒業式で「長距離を泳ぎきる」ための3要素を語りました。
・同氏は、適切なペース配分・プロセスへの愛・支えてくれる人との時間を大切にすることで、持続的な成功が可能だと提言しました。
・スピーチの中で、時には周囲の慎重論を振り切って挑戦し、結果ではなく自分なりのプロセスを愛することの重要性を説きました。
卒業生への祝福とキャンパスへの感謝
Katie Ledecky(ケイティ・レデッキー)氏:ありがとうございます、レヴィン学長。心あたたまるご紹介をありがとうございました。そして、2025年卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。教職員のみなさん、マルティネス教務担当副学長、理事のみなさん、そして会場のみなさん。あたたかく迎えてくださって、本当にありがとうございます。
シニアクラスの代表の方によると、私はクラスのアンケートのようなもので、今日のスピーカーに選ばれたそうです。こんな機会をいただけて、本当に光栄です。
ただ1つだけ言わせてください。男子・女子の水泳チームが、アンケート結果を“盛って”いないといいんですけど。
先ほど、変わったコスチューム(スタンフォード大学の卒業式における年次恒例の伝統行事「ワッキー・ウォーク」)の水着を着ている人をたくさん見かけて、「ああ、帰ってきたな」と、なんだかホームに戻った気持ちになりました。来てくれた家族にも、ありがとう。
それから、元スタンフォード水泳チームのコーチ、グレッグ・ミーハンとトレイシー・スラッサーにも、大きな感謝を伝えたいです。
ここ数日は、キャンパスで泳いだり、昔の友人に会ったり、クワッド(中庭)でのディナーやキャンパスのあちこちで、みなさんの何人かと話したりして、とても楽しい時間を過ごしました。私はスタンフォードが本当に大好きなんです。
そして、レヴィン学長も先ほどおっしゃっていましたが、今日は父の日でもあります。会場にいらっしゃるすべてのお父さん、そしてもちろん私の父にも、心から「ハッピー・ファーザーズ・デー」を伝えたいです。
父がくれたストップウォッチが教えてくれたこと
私は本当に恵まれていて、子どもの頃、朝4時に起きて、泳ぎの練習に車で送ってくれる父がいました。
小さい頃、父は私が泳ぐのが好きなことも、数学が好きなこともわかっていて、「水泳のレースは、ほんのわずかな差で決まるんだ」と教えてくれました。「レースによっては、勝負が100分の1秒で決まることもある」。そう言って父は、その短さを実感させるために、このストップウォッチを渡してくれました。
そして、「できるだけ速くスタートとストップを押してごらん。終わったら表示された時間を見てみなさい」と言ったんです。
今ここでも、やってみますね。0.16。
私は10分の1秒より速く押すことはできませんでした。これで、100分の1秒がどれほど短いかが、よくわかったんです。ある意味で、この小さな実験は、「時間は本当にあっという間に過ぎていく」ということも教えてくれました。
みなさんの中にも、「課題が大変で、長い1日だったな」と感じた日があった一方で、「スタンフォードで過ごした時間は、あっという間だった」と感じている人もいると思います。そう感じていない人も、もちろんいるかもしれませんが(笑)。ともあれ、今日は卒業式です。
ここスタンフォードで4年間キャンパスで過ごしたとすると、1年あたり約300日として、みなさんは約1億400万秒をここで過ごしたことになります。約1億400万秒。
そして卒業したあとも、たぶん同じくらいの秒数を費やして、「なんでスタンフォードのマスコットは“踊る木”なの?」と聞かれ続けることになるでしょう(笑)
私は“人生の全部”は教えられない
さて、最初に1つ言っておきたいことがあります。私は、ここにいる学部生のみなさんの多くより、せいぜい7歳年上なだけです。
クロールやクイックターンなら、必要なことは全部教えられます。でも、「人生に必要なことすべて」を教えられるわけではありません。30歳がどんな感じかも、まだわかりません。
ただ、1つだけ「これは得意だ」と言えるものがあります。それは「長距離」です。
長距離スイマーとして、私は本当にたくさん泳いできました。数え切れないほどの時間を費やし、プールの底の黒いラインを見つめ続けながら、「誰も見ていない時でも泳ぎ続ける」とはどういうことかを学んできました。
そこで、スタンフォード2025年卒業生のみなさんに、どんな道を選んでも“長く泳ぎ切る”ためのヒントを、少しお伝えしたいと思います。
私の経験から言うと、「長く泳ぎ切る」ために必要な要素は3つあります。ペース配分(Pacing)、プロセス(Process)、そして時間(Time)です。
「アクセルを緩めろ」という声は必ず聞こえてくる
まずは、ペース配分から。私が初めてオリンピックの金メダルを獲った時、まだ15歳でした。今振り返っても、「さすがにクレイジーだったな」と自分でも思います。
そのレースの状況を少し説明します。私はちょうど高校1年生を終えたところで、アメリカ代表の中で最年少でした。しかも、人生で初めての「海外の試合」だったんです。誰も私のことを知りません。
ロンドンオリンピックで、私が出場する種目のディフェンディング・チャンピオンであり、本命視されていたのは、地元イギリスの選手、ベッキー・アドリントンでした。とてもすばらしいチャンピオンです。
だから観客が「ベッキー!ベッキー!」と声援を送るのはわかっていました。私はあえて、「あれは“レデッキー!レデッキー!”って言ってるんだ」と思い込むようにしていました。
ウィリアム王子とキャサリン妃も観客席にいて、会場はものすごい騒音でした。スターターが「On your mark(用意)」と言うと、一気に静まり返ります。そしてビープ音。私は飛び込んで、スタート直後から一気に先頭に出ました。
当時のコーチのユーリ・スギヤマと、もう1人のコーチである故ジョン・アーバンチェックからは「隣にはオリンピックチャンピオンがいるのだから、興奮しすぎて前半で飛ばしすぎないように」とアドバイスをもらっていました。
……でも、私はそのアドバイスを完璧には守りませんでした。スタートからトップに立ち、そのままどんどん差を広げていったんです。レースの半分くらいで、ふと「みんなどこに行っちゃったの?」と思ったのを覚えています(笑)。
一瞬、「もしかして私、何か間違えてる? 飛ばしすぎ?」と思いました。でもすぐに自分に言い聞かせました。「とにかく、泳ぎ続けるだけ」と。そしてそのまま泳ぎ切り、4秒以上の差をつけて優勝しました。
レース後、アーバンチェックコーチが、何とも言えないポカンとした表情で近づいてきて、「プランどおりじゃなかったね」と言いました。そしてそのあと、ぎゅっとハグしてくれて、「でも、それでよかった」と言ってくれました。
その夜、選手村でレースの映像を見返しました。ほとんどの時間、NBCのアナウンサーは、私に「スピードを落とせ」と言いたげなコメントをしていました。
レース開始から35秒くらいで私がリードしていると、こう言います。「そろそろアクセルを緩める必要がありますね」。20秒後、まだ先頭を泳いでいると、「飛ばしすぎましたね。ペースを落としてリズムを整えるべきでしょう」。さらに2分ほどすると、こんなふうに疑い始めます。「これだけ前に出ていますからね。自分のストロークとペースに相当な自信がない限り、少し速すぎるかもしれません。ベテラン勢は、こうしたレース運びを熟知していますから」。
ようやくレースの4分の3を過ぎたあたりから、トーンが変わります。私がリードを広げていくのを見て、祝福モードに切り替わったんです。もう「ペース落とせ」なんて言いません。
ここで言いたいのは、アナウンサーを批判したいわけではありません。彼らは仕事をしていただけです。でも、想像してみてください。もし私がレース中ずっと、そのコメントを聞いていたらどうだったでしょうか。
きっとこう思っていたはずです。「うーん、言われたとおりかもしれない。スピードを落としたほうがいいのかな」と。
つまり、みなさんの周りにも、「無理しないほうがいい」「ペース配分に気をつけて」「焦らなくていい、まだ若いんだから」と言ってくる人が、たくさんいるはずです。そしてそれは、状況によっては正しいアドバイスかもしれません。
でも同時に、「若さ」と「まだあまり知られていないこと」が、むしろ“武器”になる場面もあります。“ここぞ”という時には、思い切ってスピードを上げるべき時もある。
アクセルを緩めろという声は、放っておいても耳に入ってきます。けれど、一度前に出てみると、「自分は思っていたより、ずっと遠くまで行ける」と気づくことがあります。
だから今日、みなさんに伝えたいのはこれです。
コーチの言うことを聞いてください。家族の言うことも、上司やメンターの言うことも聞いてください。でも、それと同じくらい、自分の声にも耳を傾けてください。先頭に立つことを、恐れないでください。時には、「とにかくやってみる」。それで初めて、自分がどこまで行けるかがわかります。
勝つための“秘密”は、派手なものじゃない
もちろん、「いつ全力を出すか」がわかるだけでは、距離は泳ぎ切れません。“長く泳ぎ切る”には、「日々のプロセスを楽しむこと」も同じくらい大切です。
私はよく、「秘密は何ですか?」と聞かれます。まるで、オリンピックの金メダルを取るための“秘密のコード”があるかのように。
今日はここスタンフォードで、その秘密をみなさんに共有しようと思います。いいですか? 食べ物の話です。そう、食べ物。スタンフォードのみんなは食べるのが好きですよね。
私が水泳の世界で上を目指していた頃、ほかの保護者が必ず母に聞いていた質問がありました。「ケイティには何を食べさせているんですか? あの子はふだん、何を食べているんですか?」
母はいかにも“お母さん”らしい答え方をしていました。「その週にセールになっているものよ。それを食べさせてるの。イチゴが安ければ、イチゴね」。
私が10歳くらいの時、母はどこかで「低脂肪のチョコレートヨーグルトは、スイマーの朝食にいい」と読んだそうです。でもなぜか、近所のスーパーには低脂肪のチョコレートヨーグルトが売っていませんでした。
それで母は、約1年間、なぜか“代わりに”チョコレートアイスクリームを朝食に出し続けたんです。だから私は、早朝練習に起きるのが妙に楽しみだったわけです。
このアイスの話をすると、みんなすごく気に入ってくれるんですが、「それが秘密だよ」と言うと、ちょっとガッカリした顔をします。「いやいや、ケイティ、本当の秘密は?」みたいな。もちろん、アイスクリームが“秘密そのもの”というわけではありません。正直に言うと、“魔法の秘密”なんてものはないんです。
強いて言えば、こんなことです。私は目標を立てます。でも、その目標は「勝つこと」ではありません。勝つというのは、どうしても「他人との比較」になってしまうからです。
そして、もし勝ち続けたとしても、今度は「過去の自分」と比べられるようになります。若くて全盛期の自分と、です。だから、私の目標はいつも「自分のパフォーマンス」に関するもので、目標はいつも「タイム」です。
先月、私は9年ぶりに出せたタイムがありました。本当にうれしくて、こう言いました。
「3分56秒、また会えてうれしいよ」。レース後のインタビューで、記者の方が「2016年の自分のタイムを追いかけていたんですよね?」という答えを、私に言わせたそうにしているのがわかりました。
でも、正直に言うと、それは違います。私が追いかけているのは、過去の自分ではなく、「理想のタイム」なんです。私は、自分のペースや技術、そのタイムに届くために必要な努力に集中しています。本当の勝負相手は、いつだって同じ。「自分の目標」です。
もちろん、その目標タイムに届けば、結果として優勝することもあるでしょう。そして正直に言いますが、金メダルを取る瞬間の気持ちよさは、全員に一度は味わってほしいくらいのものです。
でも、レースを振り返る時に、私に一番大きな喜びをくれるのは、「目標に届いたかどうか」なんです。