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Jennifer Coolidge Delivers Commencement Address to Emerson College 2025 Graduates(全1記事)

「これだ」を見つけたら、バカみたいに突っ走れ ハリウッド女優が語る“非現実的なくらい自分を信じる力” [1/2]

【3行要約】
・夢を追う過程で挫折や批判に直面し、自信を失ってしまう。そんな経験は多くのビジネスパーソンにも共通する課題です。
・女優ジェニファー・クーリッジ氏がエマーソン大学卒業式で語った体験談では、子ども時代の失敗から学んだ「非現実的なほど自分を信じる力」の重要性が示されています。
・彼女は卒業生に対し、他人の評価に惑わされず「これだ」と思える目標に向かってバカみたいに突っ走ることの大切さを伝えました。

まずは「やり切ったね!」と全員をねぎらいたい

Jennifer Coolidge(ジェニファー・クーリッジ)氏 :わぁ。わぁ。わぁ。みんな、やり切ったのね。見て、この光景。全員ちゃんと今朝ここに来ているなんて、どうやってたどり着いたのか不思議なくらいよ。

まずは「ありがとう」と言わせてください。本当に、本当に、ここに呼んでくれてありがとう。今日こうしてみなさんと一緒にいられるなんて、信じられないくらいうれしいです。それから、バーナーハード学長、理事のみなさん、教職員のみなさんにも心から感謝します。そして、すでに何度か言われているけれど、あらためて、ハッピー・マザーズ・デー。会場にいる誇らしげなお母さんたち、おめでとう。

2回目のチャレンジで叶ったスピーチ登壇の夢

あのね、知ってる人がいるかどうかわからないから、ここで告白するんだけど、私はずっと前から、こういうスピーチがしたかったの。それでコロナ禍の時、自分からこの仕事を「やらせて」って売り込んだのよ。ちゃんと自分で動画まで撮って。本当よ。今でもその動画は、私のインスタに残っているくらい。

家の中にある、ちょっとホラーみたいな人形たちを背景にしてスピーチを撮ったの。ちょうどロックダウンの真ん中で、一番怖かった時期ね。そしたら返事が来て、「今回は別の方向性でいくことにしました」って言われたの。だからまあ、「今年は私の年じゃなかったのね」ってことよね。でもね、2回目のチャレンジでようやくうまくいって、今ここにいる。

今日はこうして、みなさんの前で話しています。客席を見ると、すごくノリのいい学生もいれば、ちょっとクールな学生もいる。もし素敵な夫を亡くされた方のみなさままでいたら最高だな、なんて思いながらね。

それから、またこうしてキャンパスに戻ってこられて、アニス・アリーナに立てていることにも、とても感謝しています。BU(Boston University)の男子ホッケーチームのホームアリーナですよね。正直に言うと、ちょっと言いすぎかもしれないけれど、かすかに残っている古いビールの匂いとか、使い込まれたホッケー防具の匂いとか、私の中でなんだか妙に“きてる”んですよね。

ここから40マイルの町の“変な子”が、今壇上にいる

みんなにも知っておいてほしいんだけど、私はここから車で40マイルほど離れた、マサチューセッツ州ノーウェルで育ちました。本当にそうなの。もし当時のクラスメイトたちに、「いつかジェニファーは、こんな場所でスピーチすることになるよ」なんて言ってたら、きっと全力で笑われていたと思う。

正直、それもわかるの。だって私、本当に変わった子どもだったから。あの頃を知る人にしかわからないと思うけれど、私はかなり「変」だった。両親に聞けば、ちゃんと証言してくれると思うわ。

ここにいる保護者のみなさんや、お子さんの将来を心配しているご家族のみなさんに、私から伝えたいことがあります。「心配しないでください」。


障害物を全部すっ飛ばしてリレーは「失格」

そう言えるのは、私が1年生の時の話があるから。学年最後の日は「フィールド・デー」と呼ばれていて、それはそれは大イベントだったんです。オズボーン小学校では、1~6年生まで全員が一緒に競い合う日でした。担任の先生がクラス全員を「障害物競走コース」に連れていって、走る前に「何をするか」を全部説明してくれたんです。

「ここではタイヤの間をくぐってね」、「ここでは丸太の下をくぐるの」、「ここではこれを飛び越えて」、「ここでロープにぶら下がって」、そして最後にゴールまで全力疾走。ゴールラインを越えたらフィニッシュよ、って。

実際にスタートの合図が鳴ったら、私は全速力で走りました。学校で一番足の速い女の子、キャシー・メリットと並んで走って、私は彼女より先にゴールラインを駆け抜けたんです。勝ったと思って、もう有頂天でした。「やった、青いリボンがもらえる!」って。そしたら先生がやってきて、こう言ったんです。「あなたは優勝じゃないわ。失格です」って。

実は私、全部の障害をすっ飛ばしていたんです。コースの障害なんて一切やらずに、外側をまっすぐ走っただけだったの。もう、本当にショックだった。そのあと学校中から責められているような気持ちになって。

「一生、笑い者として生きるんだ」と思い込んだ子ども時代

今でもちゃんと向き合ったことがないくらいで……いや、違うわね。ちゃんと向き合わなかったからこそ、いまだに「昨日のこと」みたいに覚えているんだけど。

とにかく、あの障害物レースの失態には、長いこと「恥の感情」を引きずってきました。一番きつかったのは、クラスメイトたちの反応。何年も何年も、ずっと私をからかい続けたんです。しかも彼らのボストン訛りがすごくきつくて、その分だけ余計にきつく聞こえるの。

「よくやったな、ジェニファー。マジでバカだな」、「誰に道順教わったんだよ? アメリア・“ヒヤ”ハートか?(アメリア・イアハート(女性飛行家)を、ボストン訛り風にもじった表現) 」、「ジェニファー、お前よりうちのクラムチャウダーのアサリのほうが賢いぞ。ゴー・ソックス」みたいな感じでね。

そんなこんなで、私は子どもの頃、本当に「全部が怖い」状態になってしまったんです。自分がわかっていないことが、周りの全員には「明らか」である。そのことが、私にはよくわからなかった。自分は何が起きているのか理解できていないのに、そのことがはっきりしすぎていて、私は「一生、笑い者として生きるんだ」と思い込んでしまった。

自分のことが本当に居心地悪くて、そこからは頭の中に引きこもって生きるようになりました。子どもなのに、ずっと怯えていて、「世界がどうなっているのか、理解できない」って感じていた。


「無茶な期待を自分にかけて信じ切る」という決意

それでも、その時私はある決意をしたんです。今でもよく覚えています。「とんでもなく無茶な期待を、自分にかけること」。そして「それが本当に叶うって信じ込むこと」。

私の家のリビングには、母の雑誌が置いてあって、表紙にはグレース・ケリーが写っていました。中には彼女の豪華なロイヤルウェディングの写真が見開きで載っていて、「彼女がどのようにしてモナコ公妃になったか」という記事が書かれていたんです。

その時、私は悟ったんです。「あ、私、モナコの王妃になりたい」と。そして冗談抜きで、「自分にもそのチャンスがある」と本気で思い込んだんです。ほとんど、自己暗示みたいなものでした。現実離れしすぎた人生を、自分に催眠をかけて信じ込ませていった。実際に起こりそうな現実とかけ離れた種を、頭の中に植えたんです。「何か、とんでもなくすごいことが自分には起きるはずだ」って。

振り返ってみると、それこそが、私に唯一あった武器だったんだと思います。私の中には、「この世界で自分は何だって成し遂げられる」という感覚がずっとあった。それを裏づけるものなんて、現実には何1つなかったのにね。

もちろん、重度のうつみたいな状態になった時期もあったけれど、それでも私の「妄想」はだんだん勢いを増していった。そして、その妄想が、少しずつ現実を動かし始めたんです。

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