【3行要約】
・携帯電話への依存が無意識化し、仕事の生産性や人間関係の質を低下させる問題が広がっています。
・心理学者ダックワース氏は、ベイツ大学卒業式で全員の携帯を預かる実験を実施し、根性論ではなく環境づくりの効果を実証しました。
・ビジネスパーソンは携帯を別室に置く、食事中はテーブルに置かないなど、6つの具体的な行動で集中力を回復できます。
携帯を手放して集中を呼び戻す
Angela Duckworth(アンジェラ・ダックワース)氏:おはようございます、ベイツのみなさん。始める前に、ジェンキンス学長にひとつお願いしてもよろしいでしょうか。壇上で気が散らないようにしたいので、私の携帯電話を預かっていただけますか。まずはマナーモードにします。はい、できました。よろしいですか。ありがとうございます。もう一つ、学長の携帯も私に預けていただけますか。必ずお返しします。
ありがとうございます。素敵なケースですね。卒業生のみなさんにもお手伝いをお願いします。ご家族やご友人、そして後方の教職員のみなさんもです。ここで全員でひとつ実験をしてみたいと思います。ここベイツの卒業式では前例がなく、世界中のどの卒業式でもおそらくやっていないことを試したいのです。
先ほど私とジェンキンス学長が行ったことと同じことを、みなさんにもしていただきたいのです。携帯電話をお持ちの方は、どうぞ取り出してください。ほとんどの方が持っていますよね。そして、その携帯を左右どちらでもかまわないので、近くの人に預けてください。自分の携帯を自分で持たないことだけが条件です。2台預かることになってもかまいません。準備はいいですか。
学長の分は私が預かっていますので、みなさんは近くの方と交換してください。本気です。保護者のみなさん、おじいさま、おばあさまもお願いします。あ、マナーモードにしておくのをお忘れなく。携帯が鳴ってしまうと預かった方が気まずいですからね。携帯と離れると不安になるかもしれませんが、その離脱症状はすぐにおさまりますので安心してください。
置き場所が人生を左右する
卒業生のみなさん、今日はみなさんの達成をお祝いしながら、将来の成功や幸福に実は深く関わるテーマについてお話しします。小さなことのようでいて、専攻や最初の就職先と同じくらい重要かもしれません。それは、携帯電話をどこに置くかということです。物理的にどこに置くかという選択が、みなさんの時間と注意の向け方を左右します。
しかもこの選択は、一度きりではありません。これから先、ほぼ毎時間、毎日、繰り返し自分で決められることです。私はこれまで、やり抜く力や目標、セルフコントロールについて研究してきました。その中でひとつ明確になったことがあります。私自身が驚いたのですが、みなさんも意外に感じるかもしれません。
根性より仕組みで勝つ
意志の力は過大評価されています。心理学の研究では、目の前の気合いや根性に頼って行動することは、実は達成にあまり結びつかないと繰り返し示されています。日常で成功している人を観察すると、その場の誘惑に意志の力だけで対抗することはあまりしていません。
その代わり、そもそも誘惑に近づかないのです。言い換えると、うまく努力できる人は、状況が行動に強く影響することをよく理解し、賢い選択がしやすいように、自分の置かれる状況そのものを意図的に設計しています。
画面は一日6時間の同居人
ここで携帯の話に戻ります。Z世代は一日に6時間以上、携帯を使っていると言われます。もし弟さんや妹さんがいれば、さらに長い時間スクリーンを見ている可能性があります。アメリカの10代は今、1日およそ8時間を画面の前で過ごしています。週に56時間、起きている時間の半分です。もし携帯を見ることがお給料の出る仕事なら、残業手当が必要なくらいです。携帯を手に取るたび、通知やメッセージや画像が注意を奪いにやって来ます。
画面を見つめるたび、目の前の現実から目をそらすことになります。しかも多くの場合、それは反射的で、無意識で、自動的に起きると研究は示しています。つまり、携帯を手に取る行為は、まばたきや呼吸のように無自覚に行っているかもしれません。
達人は邪魔のない聖域を持つ
10年前、『
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』の取材で、私はアスリートやアーティスト、CEO、科学者を訪ねました。彼らはそれぞれの分野のトップレベルです。「グリット(やり抜く力)」という言葉からは、世界的な達人たちが気合いで自分を追い込んでいる印象を受けるかもしれませんが、それは正確ではありません。彼らは自分の仕事を心から愛していて、そのために邪魔の入らない聖域を整えています。
私の母は取材対象ではありませんでしたが、私のお気に入りのアーティストの一人です。画家である母は、作家ヴァージニア・ウルフの「自分だけの部屋が必要だ」という言葉をよく引用します。母は80代の終わりごろ、シニア向け住宅の管理人室を訪ねてノックして、「1つ下の階に空き部屋があると伺いました。使わせていただけますか」と尋ねました。
管理人が理由を尋ねたので、母は「制作に専念できる場所が必要なんです。多少散らかっても気にせず、誰にも邪魔されない部屋が」と答えました。返事は「いいですよ」でした。母は87歳にして初めて、心ゆくまで描ける自分だけのアトリエ、まさに自分だけの部屋を手に入れました。今もそこで描いています。
母が描いた肖像画が示していたこと
最近、母は私の肖像画を描いたと言いました。ここ数年で最大の作品で、縦約1.5メートル、横約1.8メートルの大きなキャンバスです。完成の知らせを受けて、私は早く見たくてたまりませんでした。そして目にした瞬間、驚きました。母は私を、美術館の展示室に立つ人物として描いていました。背景には赤と白と黒の彫刻。まるで私自身が美術品で、時間が止まった像のようです。
ただし顔は見えません。前かがみになって下を見ているからです。何をそんなに凝視しているのか。周囲の美しさに気がつかないほど見入っているものは何か。もうお察しですよね。そう、携帯です。なぜその構図にしたのか母に尋ねると「だって、あなたはたいていその姿だから」と答えました。
私はすぐに言い訳をしました。「私、携帯でゲームもTikTokもしていないの。ほとんど仕事のメールなんだから」と。でも言い訳の途中で、ふと、一日中仕事のために携帯を使っているからといって、それでよしとは限らないことに気づきました。少なくとも私は、目の前で起きていることに気づかないまま一生を過ごしたくはありません。
物理的な距離を使って心理的な距離をつくる
私の研究でも、携帯時間を減らそうと誓った人は、たいてい意志の力に頼ろうとします。しかし、デジタルな誘惑から意志の力だけで自分を救おうとするのは、正直なところ賢明ではありません。
では代わりに何を使えばよいのでしょうか。意志の力よりも賢い方法があります。状況の再設計です。状況の再設計とは、物理的な距離を使って心理的な距離をつくることです。例えば、携帯が注意を引き、思考を誘導し、欲求を刺激するのが嫌なら、携帯を遠ざけます。逆に、もっと意識に占めてほしいものがある場合……例えば美術や詩、良い小説などは手の届くところに置きます。