【3行要約】
不安や恐れ、自己否定感と向き合うことの価値――女優サンドラ・オー氏が卒業生に贈る「不快さに留まる力」が、混迷する現代社会を生き抜くヒントになります。
・ダートマス大学での講演で、彼女は10年間の『グレイズ・アナトミー』出演を通じて学んだ「内側からの変化」と「優しさの実践」について語りました。
・オー氏は「心の痛みを大切に抱きしめること」が真の優しさであり、それが社会変革の種になると説きつつ、時に踊るように喜びへと転換する勇気も忘れないよう卒業生に呼びかけています。
不安の中で見つけた“届けたい言葉”
サンドラ・オー氏:おはようございます、ダートマスのみなさん。
この特別な日に、みなさんと一緒にいられることは本当に光栄です。おめでとうございます、やり遂げましたね! 在校生、卒業生、教職員、友人、そしてご家族のみなさん、ようこそ。そして、すべてのお父さん方、父の日おめでとうございます。
ベイロック学長、理事会のみなさん、この日を実現してくださったすべてのスタッフの方々、そしてこの機会を与えてくださったみなさん、本当にありがとうございます。
私は大学には通っていません。ただ、大学に通っていたキャラクターを演じたことはあります(笑)。なので、今日こうして実際に“学位”を得ることで、両親の夢を叶えるお手伝いをしてくださってありがとうございます。しかも、博士号まで。
(会場歓声、拍手)
もちろん、名誉博士号ですけどね。実は、私に声をかけてくれたのは、みなさんの卒業生であり、私の元上司でもあるションダ・ライムズでした。彼女からこのスピーチのオファーをもらった時、まずこう思いました。「わぁ、声をかけてもらえるなんて光栄だな。素敵な機会だし、みんなに会えるなんて楽しみ!」
でもその直後に思ったんです。「絶対無理。私が何を話せるっていうの?」って(笑)。
心の中で考えていました。「この時代にあって、この瞬間にふさわしい言葉を、私は卒業生のみなさんに届けられるんだろうか?」
去年のフェデラーのスピーチ、すごくよかったですよね。
(会場笑)
(米国のテレビ司会者、コメディアンの)コナン・オブライエンみたいにおもしろくもなれないし、(米国の女優・コメディエンヌ)ミンディ・カリングのこれまでの功績を思うと、私はもう布団にくるまって寝たいくらいです。
(会場笑)
そして、彼らは“まだ世界が落ち着いていた頃”にスピーチをしていたんですよね。わかりますよね、その意味(笑)。 今はインターネットで炎上するリスクもあるし、私も正直それが怖いです。もし私が多様性や公平性について話したらどうなるんだろう? 大丈夫かな?
(会場歓声、拍手)
言い方を変えてみたらどうかな? たとえば「多様な平等性の包括」とか(会場笑)、あるいは「公平な多様性の分岐点」みたいに言ったら?
(会場笑)
それでもやっぱりダメでしょうか? 国外追放になったりして……(笑)。これはジョークのはずなんです。でも、そうじゃないかもしれない。この時代は、それくらい混乱していて、不安定なんです。
不快さに“留まる力”が、あなたを強くする
このスピーチの依頼を受けてからというもの、毎晩のように、みなさんのことを考えていました。
そして、今日何を話すにしても、私には「正直であること」が必要だと気づいたのです。私が感じていた不安や恐れ、周囲との比較、自己否定、そのすべての奥底にあったのは、「それでも自分をさらけ出して、みなさんと分かち合いたい」という心からの願いでした。
だから今日、私の人生からみなさんに伝えられることがあるとしたら、「不快な感情とともにいることこそが、私にとって最大の学びの源だった」ということです。
不快さは、人生の中で避けられないものです。でも、そこから本当に多くを学ぶことができます。だから、もしもみなさんがその居心地の悪さから逃げずに、むしろ「そこに留まる」ことを学べたなら、そしてそれが、まだ自分でも気づいていない何かを教えてくれていると信じられるなら、それは、人生の困難に直面した時に、自分の価値観やアイデンティティを失わずに進むための、内なる強さとなるでしょう。
『グレイズ・アナトミー』が教えてくれたこと
ご存じの方もいるかもしれませんが、私は『グレイズ・アナトミー』というドラマで、クリスティーナ・ヤン医師という役を10シーズン演じる機会に恵まれました。
(会場歓声、拍手)
この役は、私に経済的な安定や名声、さまざまな特権をもたらしてくれました。でも同時に、それは私の人生の中でも最も過酷な10年間でもありました。というのも、あまりにも多くの「不快な経験」がそこにはあったからです。
ドラマが始まった当初、私は30代前半。自分がどんな人間か、仕事に何が求められるかについて、ある程度の理解はありました。でも、この先に待っている出来事までは、想像もできませんでした。
私は、自分にも脚本家にも多くを求めました。 台本の内容に違和感を覚えたら、それがキャラクターにとって正しいと思えるまで、徹底的に戦いました。それは、自分がクリスティーナに対して責任を感じていたからです。その姿勢は、確かに彼女という印象的なキャラクターを生み出す一因となりました。
でも同時に、「セリフを自分の感覚に合わせたい」という思いが強すぎたため、それが脚本家たちとの間に摩擦を生み、私自身にとっても苦しいものになりました。正直に言います。スタッフの中には、「サンドラ・ウィスパラー(ささやき役)」と呼ばれる専属の担当者までいたんです。現場で私とやり取りをするためだけに配置された脚本家が、ね(笑)。
(会場笑)
そんなサポート、今ではもうありません。今は私自身が「自分のささやき役」です。
「変化」は内側から始まる
たぶんシーズン6あたりだったと思います。脚本の内容をめぐって、脚本家チームと私の間で完全に意見が食い違ってしまいました。その時私は、「ボス」と直接話すことになりました。
その時、ションダ(・ライムズ)は私にこう言ったんです。「サンドラ、またこの状況に来ちゃったね。でもね、信じて。言葉にすれば、必ず何かが見えてくるから。」
(会場笑)
もちろん、彼女はそんな乱暴な言い方はしていません。彼女はとても上品な人ですから。でも、その言葉は私の中に深く残りました。
私は、脚本家たちとこれまで一緒に作ってきたものを思い出し、そしてションダを信じました。なぜなら、私たちが目指していたのは同じこと、「すばらしい作品を作ること」だったからです。
不快さは消えませんでした。でも、それに対する「向き合い方」が変わり始めたのです。
私は次第に 「何かを本当にすばらしいものにするためには、不快さもプロセスの一部なんだ」と理解しました。
だから私は、「その言葉を言った」のです。そして、自分の思いどおりに物事を進めることをやめ、不快さに心を開いてみた時、そこには私だけのものでも、脚本家たちだけのものでもない、もっと豊かで深いものが生まれました。
それは、私にとって「自分自身としての理解」であり、「役者としての気づき」であり、「コラボレーター(共に作品を創る者)としての進化」でもありました。
誤解しないでくださいね。私は戦ったり、主張することをやめたわけではありません。今もそれを続けています。でも今の私は、そうした「ぶつかり合い」や「行き詰まり」を、勝ち負けで捉えることはしていません。
それらはむしろ、「自分がどうありたいのかを実践する機会」なんです。どうやって人と接するか、どうやってリードするか、どんな自分でいたいのか。そういった問いへのヒントが、そこには詰まっているんです。
言い換えれば、「金脈が眠っている場所の手がかり」なんですよ。ここで言う“金”とは、お金のことではありません。私が言いたいのは、「人生で本当に深い学びを与えてくれる場所」のことです。それは、もっと地に足のついた、もっとしなやかな、 “自分の進化形”へとつながる場所なのです。そしてその力は、これからの人生においてきっと必要になるでしょう。なぜなら、人生はあなたにとって想定外の形で挑んでくるからです。