2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
2023 Stanford Commencement speech by John McEnroe(全1記事)
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ジョン・マッケンロー氏:みなさん感謝いたします、ありがとう。最近めっきり視力が落ちたので、メガネをかけなければなりません。大勢お集まりいただいていますね。すごいな。今年のフットボールの試合よりも賑わっていますね。
(会場笑い)
マーク・テシエ・ラヴィーン学長、すばらしいご紹介をありがとうございます。最高学年代表のみなさん、このようなスピーチをする機会をいただき感謝いたします。あなたたちは最高です。
なによりもまず、2023年卒業生のみなさん、本日はご卒業おめでとうございます。みなさんは立派に学業を修めました。すばらしい功績です。
この場にお招きいただいたことは大変な栄誉です。私はスタンフォードを中退したので、今日は実質、私の卒業式でもあります。父の日でもありますので、存命でしたらこのスタジアム一の誇らしい父親になってくれたことでしょう。
我が子がこの素晴らしい学校から卒業する以上に良い父の日の贈り物を想像できません。そしてお子さんがスタンフォードに行くためにがんばったすべてのお父さんとお母さん、お疲れ様でした。
(会場拍手)
大学を出す子どもは一人だけ、という親御さんはラッキーです。うちには6人いました。どうか苦労を察してください。
(会場笑い)
マッケンロー一族は、スタンフォードと深いご縁があります。私はこの大学に1年通いました。弟が二人ここから卒業しました。他にもスタンフォード大学を卒業した者が多くおり、古くからご縁があります。しかし、ここで一言モノ申したいと思います。5月にスピーチの依頼を受け、サンノゼ行き航空券の手配でバタバタしていたまさにその時、一番末の娘がスタンフォード・ロースクールを受験して不合格になりました。
(会場溜息、笑い)
娘は言いました。「パパ、まさかスピーチの依頼は受けないでしょうね? 私、スタンフォードに落ちたのよ。パパの甥である私の従兄弟もダメだったし、パパが推薦状を書いた人も全員落とされたんだからね。……うそでしょ? 本気で依頼を受けるつもりなの? 」……この話だけはぜひともお伝えしたかったのです。
(会場笑い)
仕方なく辞退を考えていたところ、私が「スタンフォード大学卒業式でスピーチを行う最初のプロアスリート」となることが判明しました。これは私だけでなく、この大学やスポーツ界にとっても画期的なことだと思いました。
多くの偉大なアスリートが、この大学に栄冠を授けています。すばらしい事実をお伝えしましょう。スタンフォード大学は他のどの大学よりも多く全米大学体育協会でチームチャンピオンシップを獲得しています。ですから、この晴れがましいステージに“悪童(マッケンローが試合中、審判の判定にクレームや暴言を発することが頻繁にあったためについた現役時代のあだ名)”が呼ばれるには、良いタイミングだったと言えるでしょう。
(会場歓声)
ちなみに娘は無事、ニューヨーク大学に合格しました。ここパロアルト市(スタンフォード大学に隣接する市)でつましく暮らすのではなく、世界一華やかな都市で暮らすことになりました。
(会場笑い)
実は私はスタンフォードに通ったことはほとんどありません。1年生になる前の夏に、人生が大きく変わったからです。
私はウィンブルドンの準決勝に進出しました。当時は前代未聞の事態でした。大学は中退してプロ入りしろとみんなから言われましたが、自分が未熟で準備ができていないと感じていました。大学生活を経験してみたかったし、あと1年だけ子どもでいたかったのです。さらには、チームの一員でありたかったのです。これは、私がダブルスを好んでプレーする理由の1つでもあります。
ちなみに、子どもたちは私がテニスを引き合いに出すことをいやがりますが、このスピーチではうんざりするほど聞かされるので覚悟してください。困ったことに、2流の政治家が自分の素晴らしさをアピールするような話が続きますよ。
(会場笑い)
というわけでテニスの話をします。テニス選手の人生は孤独です。良くも悪くも頼れるのは自分ひとりであり、時に恐怖すら覚えます。だからこそ、みなさんは大きな何かの一部になれる機会は逃さないでください。実はチームで成功するのは、一人で成功するのと同じくらい楽しいことなのです。
ご紹介いただいたように、私はスタンフォード在学中にその両方を体験できました。シングルスでも優勝し、伝説的なコーチ、ディック・グールドが率いる不屈のチームでも、1978年にNCAAのタイトルを獲得しました。グールドは、この会場のどこかに列席しているはずです。
(会場歓声、拍手)
グールドは、NCAAで17回のチーム優勝を成し遂げるというすばらしい経歴の持ち主です。仲間から尊敬を受けるのは最高の栄誉ですが、ディックはそれを成し遂げました。
彼は有益なアドバイスをくれましたが、テニス以外にも応用の効くものでした。例えば、最高峰の戦いに挑む人の足はぜったいに引っ張るな、などと言われました。偉大なコーチから贈られたアドバイスの一つです。
スタンフォードに入学した時、私は人気者になれると思っていました。女子学生にはもてて男子学生には憧れの的になることを期待しましたが、実際には見向きもされませんでした。
(会場笑い)
ここの学生はみな、それぞれ自分のやり方で世界を変えるために忙しかったのです。後に世界をあらゆる面から変革してしまうようなコンピュータやテクノロジーを、ガレージで開発していたのです。
私はここでは一介のテニス・プレイヤーにすぎず、スタンフォードの空気は成功をつかもうとするハングリー精神を刺激するものでした。そんなわけで、一学期の私はたいへん謙虚でした。
学業アドバイザーは、微積分上級、経済学、天文学、そして非常に難しい英語のコースを取るよう提案してくれました。そのため、勉学に生活の全ての時間を費やして学生生活は楽しめませんでしたが、住環境としてのリンコナダはたいへん気に入っていました。
学生御用達のレストラン「スターン・ダイニング」に通い、古きDU寮で多くの時間を過ごし、授業よりも知見を広げることのできる活動に参加しました。過剰なストレスを受けないようにもっと簡単なコースを受けるようアドバイスしてくれる友人たちにも恵まれました。ケニー・マージュラムとフットボールチームのメンバーのみなさん、ありがとうございます。
(会場笑い)
お気に入りのコースは超心理学と超常現象でした。中でも、教授が念力でスプーンを曲げる方法を見せたのがハイライトで、私はすっかりそれを信じていました。
(会場笑い)
このキャンパスでは、自分の殻を破り、テニスや学問以外にもできることがあるという気づきを得ました。芸術や音楽に対する情熱は、後の私の人生を想像以上に豊かにしました。
だからこのことをぜひ知ってください。今後みなさんには、今からは想像できないような素晴らしいことが起こるでしょう。みなさんはおそらく、当時の私と同様にキャリアに過剰に集中しているからわからないのです。
何十年も昔、スタンフォードを辞めようとしている私に、偉大なる故エディ・ヴァン・ヘイレンからギターレッスンを受けることになるだろうとか、テニス選手としてではなく、Netflixで配信されているインド系アメリカ人女性のドラマ『私の"初めて"日記』のナレーターとして有名になると言った人には、私はこう返したでしょう。「あなたはいったい何の話をしているんだ? それにNetflixって何?」
『私の"初めて"日記』の最終シーズンは、先週リリースされたばかりです。この場を借りて図々しく宣伝させていただきます。……これがネット用語でいうところの“shameless plug in”ですね。
(会場笑い)
誰しもが素晴らしいキャリアを望んでいますが、仕事に夢中なあまり人生を見失わないでください。ワークライフバランスをうまく保つことは不可能に思えるかもしれませんが、実践する価値はあります。私は、その教訓を学ぶのに長い時間がかかりました。起業家志向のみなさんと同様、私も完璧主義者です。それに、悪いのは自分だけではないのです。
成長するにつれて、自分がすることがすべて不十分に思える時期がありました。しかし12歳の時、テニス選手となる将来のためとして、父親から受けている圧力は不当であると初めて感じたのです。そこで両親に尋ねました。
「どうしたら二人は幸せになれるの?」、父は「お前が大学奨学金をもらって、国の代表選手になれば幸せだ」と答えました。そこで私は「お父さん、僕はもう12歳だよ。これからはしばらく干渉しないでくれるかな」と伝えました。
こうして私は、自分を守るのは自分だけであることを学びました。相手が父親であろうと上司であろうと、自分の意見を一番的確に相手に伝えられるのは自分だけです。
(天を仰いで叫ぶ)お父さん、今の僕はどうですか? 何ですって?……父いわく、スピーチはスティーブ・ジョブズの方が上だそうです。
(会場笑い)
スポーツでは、「勝利がすべてだ」というフレーズをよく聞きますが、現実ではそうではありません。真に問われるべき質問は、「自分は人間として成長しているか? 自分がしていることは、自身や周りの人々に幸福をもたらしているか?」というものです。
その答えは、あなたが本当に勝利しているか否かを教えてくれます。成功を成し遂げた際には、空が晴れ渡り祝福が降り注ぐような場面を期待しますが、ほぼ起こりません。勝利とは孤独なものです。そして多くの場合、勝利はプレッシャーとの付き合い方で大きく左右されます。
1週間ほど前、私はフレンチオープン戦を報道する仕事でパリにおり、2人の男子選手が対戦し、スポーツの歴史を塗り替えようと挑戦するさまを目撃しました。カルロス・アルカラス・ガルフィアという選手は、みなさんよりも若くして世界ランキング1位であり、あと少しでテニス界の頂点に立とうとしていました。
しかし、ここで彼の連戦は止まりました。身体的にも精神的にも疲弊してしまったためです(ガルフィアは右足を故障、対戦相手のジョコビッチに敗れた)。プレッシャーがあまりにも大きかったのです。
私は、これこそが彼にとっての人生の転機だと思いました。ガルフィアはプレッシャーのいなし方を身につける必要があり、彼ならきっと成し遂げるでしょう。
私も、そんな転機をよく知っていますし、実際に経験しました。みなさんの人生においても、同様の場面は必ず訪れるでしょう。
みなさんは高い目標を持つ人々ですから、最悪のプレッシャーは内面から受けます。たくさんの疑念に悩まされ、眠れぬ夜を過ごすでしょう。「自分には果たしてその資格はあるのだろうか? 今いる場所は、本当に自分がいるべき場所だろうか? スタンフォード大学卒なのに、なぜまだパートナーを得ていないのだろうか? 」……もしかしたら、あなたはニューヨーク大学に行くべきだったかもしれませんね。
(会場笑い)
私の親友である偉大なテニス選手、ビリー・ジーン・キングは、「プレッシャーを感じるのは特権だ」と言いました。初めて聞いたとき、彼女はちょっとおかしいのではないかと思いました。プレッシャーは特権などではなく、恐ろしいものだからです。しかしさらに考えてみて、これには一理あると思い至りました。最高レベルのプレッシャーを経験できるのは、幸運なのです。
忘れないでください。今みなさんがいる席につけるなら殺人だっていとわないと思う人は大勢います。ここに来るまでに、みなさんは大きなプレッシャーにさらされてきました。
大学生活は、新型コロナウィルスによるロックダウンで中断されました。絶望、孤独、ストレス、疎外感はたいへんなものだったであろうと思います。バーチャル授業を取り入れたり、休学したり、さまざまな工夫で同級生や先生とつながったりしたかもしれません。重要なのは、みなさんは前を向き続け、少し強くなってこのトンネルを通り抜けきったことです。
ステイホームの期間、みなさんは明晰な頭脳で深い考察を行ったのではないでしょうか。この経験は、みなさんの世代にこれまで気が付かなかったような方法で刺激を与え、変化させることでしょう。この経験から新たなイノベーション、治療法や医薬品、知識や人間関係が生まれるでしょう。みなさんは困難にみごと順応し、卒業生としてここにいます。その偉業を称えるべきです。
(会場歓声)
そう、これは偉業です。ここで得た教訓を忘れないでください。人生は常に計画通りにはいかず、時には変更する必要もあります。しかし最後にたどり着く道は、想定よりもはるかに良いものとなるでしょう。
私のテニス選手としてのキャリアを知る人であれば、プレッシャーを巧みにいなしていたわけでは決してないことをご存知でしょう。Googleで「ジョン・マッケンロー、メルトダウン」と検索すれば、私がラケットを壊したり審判に罵詈雑言を投げつけたりするYouTubeのクリップがたくさん表示されます。それを誇りに思っているわけではありません。……すみません、ちょっと誇りに思っています(笑)。
なんと言いましょうか、実はこれがうまく機能したのです。報道陣は食いつきましたし、今でもたまに通りすがりの人に「罵ってくれ」と声をかけられます。
私は意図的に“悪童”になろうとしていたわけではありません。当時最高レベルの対戦をしていた私に唯一できる方法で、バルブを緩めて蒸気を放出するように自分自身を解放していたのです。しかし、もっと良い方法はあります。
長い間、私は他人に対して共感ができませんでした。それが最大の欠点だったと思います。常に勝つべきだと叩き込まれており、一瞬でも頭から離れることはありませんでした。今を楽しむことができず、さらに悪いことに周りに対して攻撃的でした。剃刀のように鋭く、ピリピリしていました。再度言いますが、褒められた生き方ではありません。
しかし幸運にも人生の新しい扉が開かれ、予期しない方法で幸福を見つけることができました。アートに没頭し、良い友人を得て家庭を築き、最愛の妻、美しいパティに出会いました。
そうです。もし私が自分の価値をテニスだけで決めたなら、今の半分も魅力的な人物ではなかったでしょう。ここにも呼ばれなかったでしょうし、非常に不幸だったことはまちがいありません。
みなさんを形作っているのは人生全体の合算であり、その価値は専門分野での業績だけでは測れません。だから今ある人生を楽しんでください。キャリアで成功するまで待つ必要はありません。
みなさんの世代のおかげで、社会ではメンタルヘルスの重要性が理解され、尊重されるようになりました。メンタルヘルスは、身体のあらゆる部位と同等にケアされる必要があります。私はこれまで約37人のセラピストに会ってきましたが、すべてが裁判所から任命されたわけではありません。
(会場笑い)
要は、私には解決するべきいくつかの問題があったのです。
私だけではありません。政治、スポーツ、エンターテインメントなどの多岐の分野に渡る有名人が、セラピーの利点をオープンにするようになり、公の場から離れて休憩を取ることが重要だと認識されるようになりました。これは健康的だし尊重されるべきことでもあります。
実際、私は大いに恩恵を受けました。精神の健康は身体活動と直結しています。逆に、筋肉を動かせば考え方も変わります。
ところで、メンタルヘルスへの関心が高まることで良いことがたくさんありましたが、裏の面もあります。ストレスやつらさを完全に排除しようとする動きがありますが、それは不可能です。
すべての人にトロフィーを与えようという考え方同様ばかげていますし、私は危険だと思っています。すべてのことに長けている人はいません。また、それを自覚することが非常に重要です。
みなさんのような意識の高い「メンタルジャイアント」にとって、リスクを取り、失敗し、失敗から学ぶことは、成長に不可欠です。時には、損失が最高の結果を生むこともあることを知るべきです。
1980年、ビヨルン・ボルグと私は、ウィンブルドンで後に伝説の決勝戦とされる試合に臨みました。3時間53分にわたる激しい打ち合いの後、私は5セット目で負けました。勝ちたかったのは当然でしたが、あの時の私はすべてを出し切りました。あの時間はどんな物とも交換したくありません。実際には、あの試合の勝者を覚えている人はほとんどいませんし、関心すら持っていません。
私はかつて偉人のネルソン・マンデラと会談する栄誉を得ました。彼はロベン島の監獄で、小型ラジオで実況を聞いていたことを話してくれました。収監者はみなラジオにかじりつき、試合の局面ごとに一喜一憂したそうです。
政治犯としての27年間の収監という耐えがたい地獄の中で、マンデラが私たちの試合からわずかでも安らぎを得てくれたことは、私にはこれまで受けたどんな賞よりも尊いものでした。
(会場拍手)
すばらしい経験を得るには勝利は必要ないというのが、この話の教訓です。
ウィンブルドンの決勝戦から数年後、ビヨルン・ボルグは26歳で現役を引退しました。それは私にとっても、テニス界にとっても衝撃でした。80年代半ばの私なら、みなさんが行く手を阻めば打ち倒すでしょう。
テニス界で最高峰の勝者(1981年、ボルグを破ったマッケンローはATPランキング1位となった)とはなりましたが、私は本当に幸せではありませんでした。なぜだと思いますか。世界最強であるよりも、共に高め合う誰かと共に試合をする方がずっと充実していたからです。私は、最大のライバルに現役に戻ってくるように懇願しました。
当時、ボルグは私に「ジョン、1位でなければ、2位だろうが100位だろうが同じで無意味だ」と言いました。考え方は理解できましたが、当時も今も彼とは意見が異なります。2位は評価するべきです。人生では、自分の現状を評価する必要があります。みなさんがもし「成功でなければ失敗」という考え方である場合、たいへん生きづらい人生となります。成功は、大好きなことを続ける促進剤とはなりますが、それだけです。
26から27歳で人生のピークを迎えてしまったのかもしれないと危惧していた時期が私にはありました。テニス選手としての最後の数年間や、人気の出なかったトークショー、失敗に終わった最初の結婚、企画されては終わったさまざまなプロジェクトを見るにつけ、その思いは強くなりました。
しかし、私は新しいことを試して扉を開け続けました。やがて、失敗に臆せず、完璧を求めて負担を感じることなく、重大さに圧倒されないようになりました。
テニスを引き合いに出す最後の話をしましょう。ボールが向かって来るとき、どう返すかを決めるのはコンマ数秒です。選択肢の中からその瞬間で最善の決断を下します。時には勝ち、時には負け続けるエンドレスラリーですが、最善を尽くしてコートに立ち続ける勇気を維持するのです。
卒業生のみなさん。これからはみなさんがショットを打つ時間です。人生はあっというまに過ぎ行きます。全力を尽くしてください。自分自身を守ってください。好奇心を持ち続けてください。世界の市民として善良であり続けてください。自分自身の期待の重みに押し潰されないようにしてください。人生で本当の勝利を収めるには、長期戦が必要です。
どれだけ成長したかで成功を評価してください。勝利の数で測る必要はありません。間違いを恐れないでください。そして、くれぐれも自分の気持ちを伝える勇気を持ってください。
センターコートに入る直前のウィンブルドンの壁には、ジョゼフ・ラドヤード・キップリングの詩文『If—』からの引用文が刻まれています。「あなたが勝利と失敗に出会い、それらの2つの虚像を同じように扱うことができるなら」。キップリングが言いたかったのは、1人の勝利は別の人の敗北であるということです。勝つか負けるかは関係ありません。重要なのは、持てるすべてを出しきることです。
本当に充実した人生では、勝利と敗北の両方を知ることができます。どちらの場合でも、前進する勇気を持ち続けることが大事です。2023年卒業生のみなさん、おめでとうございます。あなたたちが最高の人生を送れることを願います。この度は、お招きいただきありがとうございました。
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