2024.10.01
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スタンフォード大学2022卒業式スピーチ リード・ヘイスティングス氏(全1記事)
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リード・ヘイスティングス氏:こんにちは、リモートでのスピーチにて失礼いたします。新型コロナ感染症の感染拡大防止です。卒業生のみなさん、そしてご家族やご友人、教授や職員のみなさん、学長、理事、学部長、すべてのみなさんに感謝の念と、歓迎の意を表します。このすばらしい日を、みんなで集ってお祝いしましょう。
スピーチの依頼を受けた時、どうして私が招かれたのか不思議に思いました。そしてふと、みなさんが「Netflixのおすすめ」を知りたいからではないかと気がついたのです。それでは、ご紹介していきましょう。
まずはアダム・サンドラー主演の新作『HUSTLE ハッスル』。スカウトされた新人選手が逆境をはねのけ、NBAに殴り込みをかけるお話です。もう1つは『HEARTSTOPPER ハートストッパー』。イギリス発のティーンの恋愛映画で、とてもすてきなお話ですよ。どちらもファミリー向けなので、今週末にご両親とご覧になってはいかがでしょうか。
さて、ここからは本題に入りましょう。変わりゆく世界についてお話しします。スタンフォード大学の創立以来、世の中は劇的な変化を遂げました。今後はますます加速するでしょう。みなさんや人類にとって、これは大きなチャンスであり、リスクでもあります。
世界が変化するスピードが上がれば、ロウで固めた翼は溶けるのでしょうか。もしくは、世のモラルは正義へと向きを変えて進むのでしょうか。考察する前に過去を検証しましょう。
私の持論ですが、変化を促進する二大要素は「発明」と「物語」です。発明とは、広義には科学とテクノロジー全般を指し、社会はこれらにより明確に発展していきます。農具の鍬や車輪、電気、DNAの発見、インターネットなどが好例であり、すばらしいものです。
大なり小なりのポジティブな発明は、人類の生活を向上させてきました。当然のことながら、化学兵器のようにネガティブで破滅的な発明も存在しますが、全般的には発明は人類に光をもたらしました。
私はこれまで発明に夢中になってきましたが、失敗もありました。35年前、私がスタンフォード大学院生だった頃は、デスクトップコンピュータの時代でした。当時のコンピュータ操作には、キーボードとマウスを手で何度も往復する必要がありました。そのためタイプミスが頻発し、作業効率も悪かったのです。
そこで、私は良いアイデアを思いつきました。「足マウス」です。デスクトップコンピュータを、ピアノのように足で操作するマウスを開発する会社を設立しようと思い立ったのです。のめり込んだ私は、すんでのところでスタンフォードを落第するところまでいきました。それほどまでに夢中でした。
しかし、試作品ができあがって実際に操作すると、20~30分で足がつることがわかりました。しかも足元は非常に不衛生なので、マウスはあっという間に汚れました。そんなこんなで私はなんとか落第を免れ、みなさんと同じく卒業までこぎつけることができました。
でも、新しいアイデアを生み出すことを諦めたわけではありません。足マウス失敗の10年後、Netflixを創設しました。
当初はDVDの郵送サービスとして発足しましたが、ストリーミングサービスの発達により、数日のブランクなしで瞬時にコンテンツを届けることができるようになり、ビジネスは拡大しました。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』『イカゲーム』などのヒットシリーズが次々に生まれました。
人をどこへでも運べるパーソナルドローンや、ユーモアのセンスを持つロボット、二日酔いの特効薬に至るまで、みなさんは将来、さまざまな発明品を生み出すことでしょう。でも、私が今一番みなさんにお願いしたいのは、気候変動の解決です。
豊かな国家からのエミッションを削減する議論が盛んに行われており、当然のことながら、それは必要ではありますが、所詮時間稼ぎに過ぎません。文明の利器をなるべく使わないようにすれば、危機の進行を遅らせることはできますが、完全な解決策にはなりません。
さらに、貧しい国々の人々はエネルギーや鉄鋼、セメントを必要としており、これらすべては大量の二酸化炭素を放出します。迫りくるこの大きな危機は、一見制御不可能に思われますが、きっとみなさんの世代は、温室効果ガスを排出しない手段を見出してくれるものだと私は信じています。
継続的には得られない太陽光や、風力などをうまく利用した発電やストレージ、交通手段が必要とされています。クリーンで安全な原子力発電や、費用対効果が高くて環境に優しいセメントや鉄鋼が求められています。炭素を吸収するテクノロジー開発も急務です。
これからの環境保護策は、これまでの炭素集約型の先例の改良が求められます。ガソリン車から改良された今日の電気自動車などは一例です。ここ、スタンフォード大学には数多くの発明家がおり、その全員が人類から必要とされるでしょう。
200年前、マルサスは人口増加による食糧危機を予言しました。しかし人類は、機械化農業やハイブリッド種子、人工肥料などを開発しました。現代の人口はマルサスの時代の10倍となり、人類はさまざまな課題を抱えてはいますが、食糧生産が問題とはなっていません。
このように、人類は発明によりさまざまな危機を乗り越えてきました。シリコンバレーで学ぶみなさんは、発明の持つこうした力をよく知っていることでしょう。
さて、物語が持つ力はこれよりはわかりづらいものです。『動物農場』『沈黙の春』『ドント・ルック・アップ』に至るまで、みなさんはさまざまな物語をご存じでしょう。今日私がお話しするのは、より広義の概念での「物語」です。
それはつまり、現実的に認識されているクリエイティブなアイデアを指し、人類が大々的に手を結び、みなが発展していくことを可能にするものです。
旧約聖書の「目には目を」の同害報復の概念が、新約聖書の「頬を殴られたら、もう片方の頬も差し出すべし」という概念にとって代わられた時、モラルは大きく前進し、暴力が推奨されなくなりました。
旧来の物語では、行政はその正統性を王から下賜されました。それはやがて、統治される側の民衆の合意によって、正統性を得る行政にとって代わり、君主国家を覆すアメリカ独立革命やフランス革命などの契機となりました。
物語はさらに進化を続けました。例えば公民権運動では、「社会を構成するすべての人の声に耳を傾けるべきだ」という考えが、広く認められるようになりました。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が指摘するように、金や企業、法律などの近代的社会の構成要素とは、実は広く受け入れられた物語に過ぎません。米ドル札は、メモ帳や食料、燃料としては役に立ちませんが、価値あるものとして広く受け入れられることにより、実際に価値を持ちます。
人類は、有益な物語を広く受け入れて事実に変換する達人です。一例として、人権を考察してみましょう。人には人権があると広く信じられることにより、人権は認められるようになります。そして人権は当然あるものとして、あまねく働きかけることにより、それが広く事実として受け入れられていきます。これは良い物語、建設的な物語ですね。
しかし発明と同様に、誤った物語も大きな破壊力を持ちます。「黒人は下等な人間であり奴隷にしてよい」という物語を広めることで、白人社会は何世紀にもわたり、その恩恵を享受しました。
ナチズムや、彼らが唱えたアーリア人の優位性は、より近代で広まった誤謬であり、人類に語りつくせない災厄をもたらしました。こうした有害な物語からの復興の努力は、何世代にもわたり続けられてきました。
だからこそ、どんな物語、特に世に広く受け入れられてきた物語に対して、絶対に必要なものがあります。それは疑念を持つことで、疑うことはとても大切です。
世に信じられているさまざまな事象に日々疑いの目を向け、懐疑的になってください。疑うことで、必然的に物語の均衡は保たれます。一人ひとりが自分の頭で考え、人としての質を高めるには、疑念を持ち続けるべきです。
さて、私は自分の世代が作り出すことに失敗した「2つの物語」について、心を痛めています。ですからみなさんには、その責務をバトンとして渡そうと思います。2つの物語とは、「平等」と「相互依存」です。
カール・マルクスが1880年代の搾取工場を糾弾し、唱えた物語とは、「雇用主を罷免し、民衆に権力を与え、プロレタリアートによる独裁政権を行うべきだ」というものでした。しかし、現代の私たちが苦労の末に知ったのは、どのようなかたちであれ、独裁政権は人類から繁栄を奪うという事実でした。
今の人類は、平等についての新たな物語を必要としています。マーガレット・サッチャーやカール・マルクスを超えた、恵まれた者とそうでない者とをつなぐ物語です。この場合の「恵まれた者」とは、見目麗しく健康に生まれつき、文武両道で思いやりにあふれ、平和な国で心優しい両親の元に生まれ、毎晩寝る前に絵本を読んでもらった人を言います。
みなさんや私も、そうした確率の低い“当たりくじ”を多く引き、同時に努力でも運を引き寄せました。では、恵まれた者は、そうでない者に対してどのような責務があるのでしょうか。自然界には、そんな責務はありません。ライオンは、子ヒツジに対してなんら責任を感じることはありません。実はそれは、人間の世界でもあまり変わらないのです。
アメリカでは自己責任論が徹底され、人は勤勉に働くべきであり、得たものは別段、世界の人々と分かち合う必要はないとされています。
「恵まれた者とそうでない者とが、財産を共有するべきである」という新しい時代のモラルを、私の世代は新たな物語として生み出せませんでした。みなさんはぜひ、人類がお互いへの行動に変化を起こす物語を生み出してください。
もう一つは、私の世代が一部分しか実現できなかった物語、つまり戦争を抑止する相互依存の物語です。ヨーロッパの大国は千年近くの間、ほぼ間断なく戦争を続けてきました。第二次世界大戦後、ヨーロッパの指導者たちは「二度と戦争はしない」と誓い、ドイツやフランスなどの国家間を経済的に結び付ける努力を続けました。
つまりこれがEUの果たす根源的な役割であり、これはうまく機能しました。EUは完璧とは言えませんが、ヨーロッパ中心部ではかつてないほどの長期的な平和が続いています。英仏はサッカーで戦いますが、1,400年代の百年戦争と同じ争いではありません。ヨーロッパのアイデンティティの物語は、大きく結実しました。
しかし、世界規模ではこの物語は失敗に終わりました。私の世代の指導者たちは、全世界を貿易で経済的に結び付けることにより、そのうちの2国間での争いを抑止しようとしました。私たちの世代は、平和な相互依存があり戦争のない世界をみなさんの世代に届けようと力の限りを尽くしました。
しかしロシアのウクライナ侵攻で、失敗が明らかになりました。今、世界は敵意を持ったブロックごとに分断されています。グローバリゼーションによる戦争抑止という物語は、うまく機能しなかったのです。
みなさんの世代には、国家間を結ぶよりよい物語を生み出してくれることを期待します。それはグローバリゼーションよりも力強くて心のこもった物語であり、戦争を終わらせる物語です。
発明と物語。1つは自然界を味方につけ、もう1つは人の心を味方につけます。一方は力と富をもたらし、もう一方は人類間の広い協力をもたらします。そして、双方とも発展への道筋となります。
ところで今、こう思っている人もいるかもしれませんね。「いい話ではあるけれど、少しは休憩がほしい。4年間死に物狂いで勉強した。世界を救う前に、Netflixでも見てのんびりしたいよ」と。
(会場笑)
答えは、もちろんイエスです。ここで結論に移りましょう。みなさんは「ウサギとカメ」のお話を知っていますね。
ある人はウサギとなって、ベイン・アンド・カンパニーやグーグル、ゴールドマン・サックスなどの大手企業に入り、病気の特効薬を作ったり、30歳になるまでに10億ドルを稼ぐことでしょう。若い時に成功しても舞い上がらず、地に足をつけてください。
ある人はカメとなり、のんびりとしたスタートを切ることでしょう。なかなか先行きが見えなかったり、新しい分野での再スタートを強いられるかもしれません。5年後に校友会誌を見て、同期のように順調にいかない自分を省みては、そんな思考回路の自分を責めることもあるでしょう。
たとえみなさんがカメであっても、自分を受け入れてください。そんな時は、経験や知恵を身につけてください。後になってきっと役に立ちます。友人のウサギの成功を喜び、賞賛してください。そして、思い悩まないでください。年をとれば、お互いの異なる道を認め合うことで友情が深まります。
私は、どちらかというとウサギではなくカメでした。20歳になるまで彼女はいませんでしたし、大学卒業後は南アフリカのエスワティニ王国の高校で数学を教えていました。
スタンフォード大学院への入学時にはクラスメイトよりもはるかに遅れを取り、アフリカで過ごした年月を悔いました。でも今思えば、教師として直面した苦難を乗り越えてきたことで、レジリエンスと思いやりなど、良きCEOとしての資質が身に着いたように思います。
私は37歳にして、ようやくNetflixを立ち上げることができました。夫婦でカウンセリングを受けてはじめて、誠実であることの大切さが身に染みてわかりました。それまでの私は、口先だけだったことを初めて自覚しました。学習したおかげで、妻のパティとは今年の夏で結婚31周年になります。
(会場歓声)
話を戻しますが、もしみなさんがカメであったとしても、感情的、経済的、知的、才能的にどんな困難にあっても、絶望はしないでください。その後の人生で、世界に必要とされる発明や物語を創造する時がきっと来ます。
ミケランジェロは、大理石から彫刻作品を削り出すのは「彫刻が持つ宿命を掘り出すこと」だと語りました。それは地道な手作業です。アイデアもまた、似たようなものだと考えられます。アイデアにも宿命があり、私たちの仕事はその宿命を地道な手作業により大理石から解き放つことです。
卒業生のみなさん。みなさんは、自分の発明や物語が解き放たれて呼吸を始めるまで、コツコツと大理石を削ってください。きっとできるはずです。みなさんは、豊かな土壌で育まれました。2022年卒業生のみなさん、心からご卒業をお祝い申し上げます。
(会場拍手)
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