2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
カタルーニャ国際賞スピーチ(全1記事)
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僕は世界中の色んな所でサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのはこのバルセロナだけです。それをひとつとってもバルセロナが素晴らしい都市であることがよく分かります。
この長い歴史と高い文化を持つ、美しい都市に戻ることができてとても幸福に思います。ただ、残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。
ご存知のように去る3月11日午後2時46分日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに早くなり、1日が100万分の1.8秒短くなるという規模の地震でした。
地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の爪痕は凄まじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。
海岸近くにいた人々は逃げ遅れ2万4000人に近い人がその犠牲となり、そのうちの9000人近くはまだ行方不明のままです。多くの人々がおそらく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそういう立場になっていたらと思うと、胸が締め付けられます。生き残った人々もその多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い生活の基盤を失いました。
根こそぎ消え失せてしまった町や村もいくつかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。
そして、もちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に4つの巨大なプレートに乗っかるような格好で危なっかしく位置しております。つまり、言わば地震の巣の上で生活を送っているようなものなのです。
台風がやってくる日にちや道筋はある程度分かりますが、地震は予測がつきません。ただひとつ分かっているのはこれがおしまいではなく、近い将来必ず大きい地震が襲って来るだろうとういうことです。
この20年か30年の間に東京周辺の地域をマグニチュード8クラスの巨大地震が襲うだろうと多くの学者が予測しています。それは1年後かもしれないし、明日の午後かもしれません。
にも関わらず、東京都内だけで1300万の人々が普通の日々の生活を今も送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで仕事をしています。今回の地震の後、東京の人口が減ったということは耳にしていません。どうしてかとあなたは尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所でそれほど多くの人が当たり前のように生活していられるのか。
これは仏教からきた世界観ですが、この無情という考え方は宗教とは少し別の脈絡で日本人の精神性に強く焼き付けられ、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
全てはただ過ぎ去っていくという視点は言わばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても無駄だということにもなります。しかし、日本人はそのようなあきらめの中にむしろ積極的に意義のあり方を見出してきました。
自然について言えば我々は春になると桜を、夏には蛍を、秋には紅葉を見られます。それも習慣的に、集団的に。言うなれば、そうすることがけじめであるかのようにそれらを熱心に鑑賞します。
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所はその季節になれば人々で混み合い、ホテルの予約を取るのも難しくなります。どうしてでしょう。桜も蛍も紅葉もほんの僅かな時間の内にその美しさを失ってしまうからです。
私たちはその一時の栄光を目撃するために遠くまで足を運びます。そして、それらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな光を失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認し、そのことでむしろほっとするのです。
そのような精神性に自然災害が影響を及ぼしたかどうか僕には分かりません。しかし、私たちが次々に押し寄せる自然災害をある意味では仕方ないものとして受け止め、その被害を集団的に克服していくことで生き延びてきたことは確かなところです。あるいはその体験は私たちの美意識に影響を及ぼしたかもしれません。
でも、結局のところ我々は精神を再編成し復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は立て直せますし、崩れた道路は補修できます。考えてみれば人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。「ここに住んでください」と地球に頼まれたわけではありません。
少しよれたからといって、誰に文句を言うこともできない。ここで今日僕が語りたいのは建物や道路とは違って簡単には修復できない物事についてです。
それは例えば倫理であり、規範です。それらは形をもつ物体ではありません。一旦損なわれてしまえば簡単に元通りにはできません。僕が語っているのは、具体的に言えば福島の原子力発電所のことです。
みなさんもおそらくご存知のように、福島で地震と津波の被害にあった6機の原子炉のうち、3機は復帰修復されないまま今も周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、周りの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が海に流されています。
風はそれを広範囲にばら撒きます。10万に及ぶ数の人々が原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や公園は無人のまま放棄されています。ペットや家畜も打ち捨てられています。
そこに住んでいた人々はひょっとしたらもう二度とその地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりでなく、誠に申し訳ないのですが近隣諸国にも及ぶことになるかもしれません。
どうしてこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因は明らかです。原子力発電所を建設した人々がこれほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことがあり、安全基準の見直しが求められていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。
どうしてかと言うと、何百年に1度あるかないかという大津波のために大金を投資するのは営利企業の歓迎するところではなかったからです。また、原子力発電所の安全対策に対して厳しく管理するはずの政府も原子力政策を推し進めるためにその安全基準のレベルを下げていた節があります。
しかし、今回ばかりはさすがの日本国民も真剣に腹を立てると思います。しかし、それと同時に私たちはそのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないはずです。今回の事態は我々の倫理や規範そのものに深く関わる問題であるからです。
ご存知のように私たち日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月に広島と長崎という2つの都市がアメリカ軍の爆撃機によって原爆を投下され、20万を越える人命が失われました。
そして、生き残った人の多くがその後、放射能被爆の症状に苦しみながら時間をかけて亡くなっていきました。核爆弾がどれほど破壊的なものであり放射能がこの世界に人間の身にどれほど深い傷跡を残すものか、私たちはそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。
広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」素晴らしい言葉です。私たちは被害者であると同時に加害者でもあることをそれは意味しています。
核という圧倒的な力の前では私たちは全員被害者ですし、その力を引き出したという点においては、また、その力の行使を防げなかったという点においては私たちはすべて加害者でもあります。
今回の福島の原子力発電所の事故は我々日本人が歴史上体験する2度目の大きな核の被害です。しかし、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を汚し、自らの手で生活を破壊しているのです。
答えは簡単です。効率です。エフィシエンシー(efficiency)です。原子炉は効率の良い発電システムであると電力会社は主張します。つまり、利益が上がるシステムであるわけです。
また、日本政府は特にオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として押し進めてきました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばら撒き、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。
そして、気がついたときには日本の発電量の約30%が原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、この地震の多い狭く混み合った日本が世界で3番目に原子炉の多い国になっていたのです。
まず、既成事実が作られました。原子力発電に反感を抱く人々に対しては「じゃあ、あなたは電気が足りなくなってもいいのですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいのですね。」という脅しが向けられます。
原爆に否定を呈する人々に対しては「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉が今や地獄の蓋を開けたような惨事を呈しています。
原子力発電を推進する人々の主張した現実を見なさいという現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な便宜に過ぎなかったのです。それを彼らは現実という言葉に置き換え、便宜をすり替えていたのです。
それは日本が長年にわたって誇ってきた技術力神話の崩壊であると同時にそのようなすり替えを許してきた私たち日本人の倫理と規範の敗北でもありました。
ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心となった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そして、トルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。
「大統領、私の両手は血にまみれています」トルーマン大統領はきれいに折りたたまれた白いハンカチをポケットから取り出し言いました。「これで拭きたまえ」しかし、言うまでもないことですが、それだけの血を拭えるような清潔なハンカチ等この世界のどこを探してもありません。
私たち日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の個人的な意見です。私たちは技術力を総動員し、叡智を結集し、社会資本をつぎ込み、原子力発電に変わる有効なエネルギー開発を国家レベルで追求するべきだったのです。
それは、広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する私たちの教え子的責任の取り方となったはずです。それはまた我々日本人が世界に真に貢献できる大きな機会となったはずです。
晴れた日の朝、揃って畑に出て土地を耕し、種をまくようにみんなが力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。その大掛かりな集合作業には言葉を専門とする我々職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。
我々は新しい倫理や規範と新しい言葉を連結させなくてはなりません。そして、いきいきとした新しい物語をそこに芽生えさせ、立ち上げていかなくてはなりません。
それは私たち全員が共有できる物語であるはずです。それは畑の種まき歌のように人を励ます律動を持つ物語であるはずです。
しかし、それと同時にそのような危機に満ちた脆い世界にありながらそれでも尚、いきいきと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も私たちには備わっているはずです。
僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞を頂けることは僕にとって大きな誇りです。私たちは住んでいる場所も離れていますし、話す言葉も違います。拠って立つ文化も異なっています。
しかし、私たちは同じような問題を背負い、同じような喜びや悲しみを抱く同じ世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され人々の手に取られるということも起こります。
僕はそのように同じひとつの物語を皆さんと分かり合えることをとても嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし、小説家にとってより大事な仕事はその夢を人々と分かち合うことです。そのような分かち合いの感覚なしに小説家であることはできません。
私たちの間には分かち合えることがきっと数多くあるはずです。日本でこのカタルーニャで私たちが等しく非現実的な夢想家となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てていくことができたらどんなに素晴らしいだろうと思います。
それこそが近年、様々な深刻な災害や悲惨極まりないテロを痛感してきた我々のヒューマニティーの再生への出発点になるのではないかと僕は考えます。私たちは夢を見ることを忘れてはいません。理想を抱くことを恐れてもなりません。
そして私たちの足取りを便宜や効率といった名前を持つ最悪な犬たちに追いつかせてはなりません。私たちは力強い足取りで前に進んでいく非現実的な夢想家になるのです。
最後になりますが、今回の賞金は地震の被害と原子力発電所の事故の被害にあった人々に義援金として寄付させて頂きたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャの皆さんに深く感謝します。
そしてまた、先日のルルカの地震で犠牲になった人々にひとりの日本人として深い哀悼の意を表したいと思います。
※画像は村上春樹『女のいない男たち』
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