【3行要約】
・株式会社Awarefy代表取締役 / CEOの小川晋一郎氏と、『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』著者の井上慎平氏による、キャリアとメンタルヘルスをテーマにした対談をお届けします。
・井上氏はスピード重視のスタートアップで「がんばり時」と自分を鼓舞し続けた結果、心身の不調に陥った経験を語ります。
・同氏は自身の休職経験から、高揚感に頼った働き方の危険性と、心身の状態に早めに気づく重要性を指摘します。
『弱さ考』著者と考える、自分を守る思考法
小川晋一郎氏(以下、小川):みなさま、お越しいただきましてありがとうございます。
私は株式会社Awarefyの代表をしております小川(晋一郎)と申します。今日はご案内があったかと思いますが、
『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』の著者であり、株式会社問い読の共同創業者の井上慎平さんをお招きして、いろいろとお話をうかがっていきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
(スライドを示して)では、目次はこんな感じになっています。まずはクロストークをさせていただいて、井上さんからお話を聞ければなと思っております。じゃあ、最初にちょっと自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか。
井上慎平氏(以下、井上):井上慎平と申します。よろしくお願いします。今日お話しすることになるとは思うんですけれど、僕は社会人になってから、ずっと出版(業界)で本作りをしてきた人間です。ある転職をきっかけに、自分にプレッシャーがかかるような立場になって。
自分に期待をしていたところもあり、ここが正念場ということでがんばりすぎて、結果的にはうつになって。今も症状とともに、なんとかやっています。まず簡単に、それぐらいで終わりますね。
小川:ありがとうございます。今お話しされていたところが、「NewsPicksパブリッシング」の立ち上げになりますかね。退職して『弱さ考』を出版された後、「問い読」を共同創業して今に至り、症状もありながらも事業をやられているという感じですね。そのあたりもぜひ、うかがっていきたいなと思います。よろしくお願いします。
井上:お願いします。
若さゆえの野心から飛び込んだ挑戦
小川:(スライドを示して)トークテーマは、大きく4つほど用意しております。まずは、がんばってきたところ、何をやられてきたかという話。それから、メンタル不調でどのようなかたちになったかですね。それから、うつ、双極性障害と向き合う上で、どのようなことを実践されていたか。そして最後は、社会復帰に向けたセルフケア方法になっています。
まずは、先ほども少しお話しいただきましたが、ビジネスパーソン・社会人としてがんばってきたことと、そこで起きたメンタル不調について、少しお話をうかがえればと思います。
井上:「がんばってきたこと」と書いてあるのがそのとおりで、今は36歳なんですけど、20代の頃、すごくしゃかりきにがんばってきたなという自覚があります。大学を卒業して働き始めて、「がんばって認められないと、ここに居場所がないんじゃないか」という怖さ半分ですよね。
あとは若さ特有の、その時には「何者かになる」みたいな言葉はなかったですけど、そういう傲慢な野心みたいなものもあって、しゃかりきにがんばってきた20代でした。そんな順調というか、平々凡々とした20代を過ごしていたんですけれど、ある日突然ご縁があって、すごく大きな環境の変化があったんですよ。
出版社からスタートアップへ転身し環境が激変
井上:出版社って、今もファックスとか使っていたり、オールド産業といえばオールド産業なんですね。そこからNewsPicksという経済メディアのアプリを開発している、バリバリのスタートアップに転職しました。

そこが本のレーベル「NewsPicksパブリッシング」を立ち上げようとなった時に声をかけてもらった経緯があったので、一気に(それまでとは)逆の、スタートアップの「スピード命」みたいな環境になりました。3年かけて本を作っていたような世界から、急にそっちに行って、すごくがんばっちゃったんですよね。背伸びをしてしまった。僕は本作りばっかりしていたので、ビジネスのこととかはよくわからないんですよ。
でも入社したら、スタートアップ特有のよくわからない横文字がいっぱい飛び交って、「KPIですか?」みたいな。わからなかったですけど、それを知らないふりをするとちょっとカッコ悪いみたいなところがあって。「自分はここでも通用するような人間である」と、自分に言い聞かせるようなかたちでちょっと背伸びをしていました。
小川:なるほど。
井上:今振り返るとそれは背伸びなんですけれども、やりがいのあるポジションというか、当時としては「仕事を与えてもらったな」と、がんばっていく感じでした。
体力の低下に半ば気づかず無理をした30代
小川:じゃあ、「ここで一旗上げるぞ」じゃないですけれども、「やってやろう」みたいな感じで転職をされたんですかね。
井上:そうですね。「ここが正念場だ」という感覚はあって。「井上さん、過去を振り返るなら、どういうところでうつになるのを避けられましたか?」と(聞かれることがあるのですが、)僕は30歳ぐらいで、別に部下を持つような実績を残したことはなかったんですよ。
たまたまガッツがあるとか、キーパーソンの人と知り合いだったので、あちらもよくわかっていない中で引っ張ってこられたかたちだったので、確かにがんばり時だったんですよね。
小川:なるほど。そこの「がむしゃらにがんばられているタイミング」について、もうちょっとだけ具体的におうかがいしたいんですけれども。やっている間はご自身の中で、「無理をしているな」みたいな感覚はあったんでしょうか?
井上:うーん、ありました。ただ難しいのが、その頃って30代前半だったんですけど、口では「自分はもう30代だから」とか言いながら、気持ちの中ではまだ20代の気持ちでいるんですよね。
わかりやすく言うと、徹夜が何日もできたりとか、体力のピークはもう確実に越えている。なので半分は気づいている、半分は気づいていないというところですかね。
小川:じゃあ、やはり体力的な衰えは、少し感覚としてはあって。
井上:そうですね。これがずっと続くとは思えなかったんですけれど、高揚感で乗り切っていたというか。メンタルのバランスが崩れてしまう時って、大きく2つあるような気がしています。
会社の中にすごく大きなストレス・理不尽がある場合と、僕の場合は「アッパー系うつ」と呼んでいるのですが、「ここががんばり時だ」と、アップビートの音楽を自分で流してアゲて、毎日働けばぎりぎりなんとかできる(ようなものです)。なんとかなっていると思っていたんですけど、振り返ればそれは高揚感、アドレナリンの前借りに過ぎませんでした。
家庭環境の変化を同時に体験
小川:よく「スタートアップは短距離走に見える長距離走だ」って言われるんですけど、まさにそういう感じだったんですね。
井上:まさにですね。
小川:その高揚感のまま走っている時って、例えば土日とか、どこかで一拍置くようなタイミングはあったんでしょうか?
井上:これは本当に個々人のケースバイケースで、僕のケースで言うと、土日は逆に働けなかったんですね。編集長になった時に、まだ1歳になっていないぐらいの小さな子どもがいたんです。
小川:あぁ、そういうことですね。
井上:今振り返ると、その時極端に負荷が高かったのは妻が共働きで、僕の(育児の負担の)量が明らかに多かったんです。
でもこのご時世、「育児も任せるわ」とも言えないし、言いたくなかったんですよね。残業とかができたらもっと楽だった。保育園のお迎えとかに合わせて、毎日超ダッシュでスタートアップから帰ってくる感じでした。
小川:(笑)。そうですよね。そうすると、家でも仕事じゃないですけど、やるべきことがけっこうあったような状態だったんですかね。
井上:そうですね。やはり小さな子を育てることで、「平日のほうが楽かな」みたいな気持ちもあり。でも、もしその時に子どもがいなくても、自分の性格から考えると、土日に仕事のために読まなきゃいけない本を読んでいただろうなという想像はつくんですけどね。
不調の始まりは意思決定ができなくなった時
小川:そういう意味では、ずっと負荷が高い状態が続いていて、何かのタイミングでリフレッシュやケアみたいなものは、発想としてそもそもなかった感じなんですか?
井上:そうですね。今になるとその大事さがわかるんですけど、ある・ないで言うと、そういう余裕はなかったですね。
小川:なるほど。ありがとうございます。駆け抜けていかれて、その中で少し不調に気づかれたタイミングはどのようなところだったんでしょうか?
井上:僕が聞いていたのは、うつになったら、朝起きたら涙が流れてベッドから立ち上がれないという話だったのですが、私は立ち上がれたんですよ。徐々に動けなくなるみたいな感じでしたかね。やはり、意思決定ができなくなる。
小川:頭の回転が……。
井上:回転が遅くなる。決める時も「えーと、えーと、えー」みたいな感じになってしまいました。しまいにはSlackやTeamsなどでカチャカチャとめっちゃ早くやりとりすることが無理になって。最終的には呼吸が浅くなるというのがいちばん身体的に出た症状でした。
ベッドに倒れて症状に気づく
小川:「あ、今の自分、呼吸が浅いかも」みたいにご自覚されたんですか?
井上:呼吸が浅かろうが何だろうが、ちゃんとSlackが打てたり会議ができていたら、仕事ができるじゃないですか。それが無理になったんです。「ごめんなさい。なんだかおかしいから、2時間後に戻ります」みたいなことを言ってベッドに倒れた時に、「あ、俺、呼吸浅いわ」というのに気づいたぐらい鈍感でしたね。
小川:それは駆け抜け始めてからどれぐらいの期間でその状態になったんでしょうか?
井上:最初は1年半ぐらいですかね。僕、4回休職しているんですよね。ざっくり言うと、1週間、2週間、4週間、10ヶ月みたいな感じで、復職してからもまた休職したんですけれど、大きいドボンまで4回あって。最後のドボンまでは2年から2年半ぐらいですかね。
小川:1年半ぐらいで、ちょっとSlackを見ていても返せないなとなってきて、休職を1週間取られたというところですかね。
井上:そうですね。