【3行要約】・デジタル疲れが深刻化する中、多くの人が自分の身体感覚や限界を見失い、気づいた時には目が痛くなるなど体調不良に陥る問題が増えています。
・森下氏は内受容感覚が高い人ほど仕事のパフォーマンスが優れるという研究をもとに、現代人の感覚の鈍化を警告。
・コスパ・タイパ重視から脱却し、自然やキャンプなど「スペースパフォーマンス」の高い環境で内受容感覚を育み、真の自己と向き合う時間を作るべきだと説きます。
「これぐらいでまぁいいか」の感覚が大事
中場牧子氏(以下、中場):最後にコメントが来ていますね。「日本人の最大の特徴は改善。常にベターを目指す。故に苦手なことは上限設定。道を究める文化なので、いかに『これくらいでまぁいいか』と上限を自己決定できるかが暇・格差・時代の生き残りを左右する」。うーん。
森下彰大氏(以下、森下):うーん。どうなんでしょうね。確かに改善や決められた問題に対して1回ルールが決まるとすごく強いですよね。自動車の燃費をどう改善するかに対して、部品を減らしたり、そういったことをする力はやはりものすごいと思うんですけど、ゲームチェンジみたいなところが苦手ですよ。
中場:そうねぇ。
森下:もうガソリンじゃないよ、電気自動車だよというのはテスラとか、そういった会社がやってのけたわけで。
なので、どうなんでしょうね。一方で中道という言葉もありますし、その曖昧なところで見定めるという。いろいろ矛盾した特徴を持っている民族なのかもしれないですけど。
ただ、やはり「これぐらいでまぁいいか」というのはすごく大事だと思います。
「内受容感覚をいかに育むか」が重要なテーマになる
中場:そうですよね。先ほどの内受容感覚(自分の身体の中の状況を察する力)と関係してくると思いますけど、自分の腹や内臓感覚で理解するというのから、かなり遠ざかってしまっていて。
最初、森下さんが「何時間ぐらいなら」みたいな質問に「時間は関係ない」とおっしゃっていたけど、自分で決めかねるような部分があるから、そういう目安があると安心、というのがありますよね。気づいた時にはもう目が痛くなっているとかね。
森下:そうなんですよ。
中場:いきすぎちゃうんですよね。
森下:「これぐらいでまぁいいか」って、難しいですよね。お酒飲むのも「ほどほどに飲もう」と思って夜が明けて見たら「わあ~」みたいな時がありますから(笑)。難しいんですけど。
ただ、デジタルはものすごく差があるので、「これぐらいだったら安心」とか、他の基準というよりはやはり自分に問いかける。ずっと「Zoom」を使っていても平気という人もいれば、スマホやパソコンの電磁波がダメという人もいるので。
中場:ええ、そうですよね。
森下:そこは他を見てというのはなかなか難しいですよね。これは牧子さんにもぜひ教えていただきたいんですけど、内受容感覚をいかに育むかは向こう数十年のすごく大事なテーマだと思っています。
内受容感覚を育てる方法
森下:実際に、例えば株取引の優秀なトレーダーほど内受容感覚が強いんですよ。トレーダーの人たちに自分の心拍数を測定器を使ったり、指を手首に当てたりせずに測ってもらう実験をしたところ、優秀な業績を収めているトレーダーほど、自分の心拍数を正常に読み取ることができたんです。
中場:けっこう高い?
森下:自分の健康だけじゃなくて、仕事におけるパフォーマンスでも確実に関係があるというか。
中場:前に、研究で共感力が高いというのがありましたよね。他者のもキャッチできるからという。
森下:そうですね。だから自分のことを聞ける人は、やはり他の人の言葉にならないところまで読み取れるんだと思います。
今回の本でも内受容感覚の話はあるんですけど、調べていくほどに、本当に不思議ですよね。なのでやはり育む。
中場:そういう部分に耳を澄ますということが、少なくとも家庭でも学校でもあまり重視されてこなかった。私自身、ヨガをやってしばらくしてから、だんだん、「あぁこういう感じなのかな」とか、自分自身に意識を向ける癖みたいのがついてきたんですよね。
森下:そうですよね。
中場:そういうところをやはり時間かけて育んでいくしかないのかなぁとも思っています。それは間違いなく、沈黙とか静寂とか立ち止まるスペースとか空間とか、何もないこういう暇な時間を戦略的に自分の中でどれだけ大事にしていくかというところと関わっているんじゃないかという気はします。
森下:本当にそう思います。内受容感覚、自分に関心を向けたり自分に注意を払ったりというのは、自己中になるとはまったく別です。むしろ、なんて言うんですかね。
中場:セルフコンパッションですよね。自分自身に対する思いやり。
森下:はい。そうだと思います。不思議なことに、自然の中にいたり、居心地の良い空間でいろいろな人といたりすると、自分のことにも注意を払えるようになるというか。実際にストレス反応が自然の中にいると治まったりしますし。
そういう環境に自分を持っていく、内受容感覚を高めてくれる、マインドフルネスになれる環境に自分を持っていくことは、やはりすごく大事。
コスパ・タイパから離れてスペパを求める
森下:本の中でも、最後の一番大事なパートとしての「スペパ」という言葉を挙げています。「コスパ・タイパから離れてスペパを求めろ」みたいなことを言っていて。
中場:スペはスペースですかね?
森下:はい。スペースパフォーマンス。例えば自然に行くとかキャンプに行くとか、言ったらコスパが悪いわけじゃないですか。家で寝てればいいのに遠いところまで行ってわざわざテント張るというのは。
でもそのキャンプ場でしか得られない空間の力。癒やされるとか、焚き火を囲んでしゃべっている人との間に信頼関係が生まれるとか、それってやはりスペパがすごく高いので、コスパ・タイパ度外視でもやるべきだと思います。求めるべきだと思います。
そういう場所をうまく取れるというのが、内受容感覚あるいはウェルビーイングみたいなものにつながるのかな。
自分のことが観察できるのは心理的な安全性があってこそ
中場:そうですね。少なくとも自分のほうに矢印を向けるというのは、安心できないと怖いじゃないですか。
森下:確かに。
中場:周りに注意を払っていないといけない環境だと、とんでもなくリスクがあるのでね。
森下さんの本の最後のほうに、対話の大切さについて書かれていましたけど、そういう安心できるコミュニティやスペースに身を置くことにより、自分に意識を向ける。注意を払っていても敵はいないよということですよね。
森下:いやぁ、そうですよね。
中場:そこが大事なのかなぁという気がします。
森下:おっしゃるとおりです。心理的な安全性があってこそですよね。
中場:そうですね。
森下:リンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』にも自分を育んでくれる重要なコミュニティが3つあると書かれています。その1つがポッセという。
中場:ポッセ。
森下:安心できる空間。家族とか友だちとか、自己回復を促してくれるコミュニティが、1つ目。他にもビッグアイデア・クラウドとかいろいろあるんですけど、第一に挙げてるのは、このポッセという、自分が安心できる空間。
牧子さんの言葉を借りると、安心できるからこそ自分のことも観察できるというのは、デジタルでは絶対代替できないとグラットンさんははっきり言っています。スペパが高い空間は、そういう場所なのかもしれないですよね。
ネット上は怖いですからね。何か言ってクビになっている人が、政治家にもいますけど。ただ、やはり子どもたちも今そういう環境にいる。「LINE」のグループで、自分が変なこと言うと、一気に周りから総攻撃が来るとか。なかなかストレスのある環境で育っているんだなというのはすごく思います。
自己そのものに目を向けることの難しさ
中場:そうですね。また、SNSでよく言われることですけど、自分がどう見られてるのかにすごく意識がいってしまうと、また自分から離れていくんですよね。
森下:なるほど、そうですよね。
中場:それはあるかな。見られる自分をものすごく演出するようになり始めると、本当に自分が今、何を感じているとか、そういうことと離れたところでまた一人歩きしていく自分が出てきてしまう。
森下:そうですよね。防衛反応から自分を守るとか、そういう意味で自分に意識が向かうというのとはまったく違って、もっと自己そのものに目を向けてあげるというところなんですよね。
そこってすごく言語化が難しい。今回の本でも、最後のテーマが自分デトックスなので。
中場:はい。それはなかなか難しい。私は、瞑想をしているのでピンと来るんですけれど、これは一般の方にどれだけ通用するんだろうというのは気になるところです。反応はありましたか?
森下:ありましたね。その後に対話というところでピンとくる人がいらっしゃったんですけど、やはりこれを書いていても難しいなぁと思うのが正直なところです。
中場:(笑)。そうですね。
森下:すごくヒントになったのは京都の禅僧の伊藤東凌さんですね。本にも書いたのですが「今の人たちの言っている自己肯定感は僕にはどうも奇妙に見える」とおっしゃっていました。「それはどちらかというと自我を肯定しているよね」。
「でも禅の教えというのは、自分がなくなる、すべては一体である、無為自然であることに気づくのがゴールなので、自己肯定感って奇妙ですね」とおっしゃっていました。そこから自我と自己をちょっと考えていく。
中場:自己の話が出ていましたけども。
森下:なので、僕も自己肯定感や自信という言葉は、やはりちょっと気をつけて扱わないとなと思っています。
中場:そうですね。あっという間にこんなお時間となってしまったので、いったんここまでとさせていただきます。ありがとうございました。