2024.10.10
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辻秀一氏(以下、辻):次は、チームの話です。『スラムダンク』の中で、山王工業戦の試合の最中に、まだ負けているにもかかわらずタイムアウトを取った時に、キャプテンのゴリ(赤木剛憲)が「このチームは最高だ」と涙する場面があります。「お前らには腹が立ってばかりだ。だが、このチームは最高だ。ありがとよ」と言うんです。
まだ試合に負けているんですよ。勝って「最高だ」と言うんじゃなくて、負けているにもかかわらず、ゴリが「最高だ」と言います。「このチームが最高だ」と言えるためには何が必要なのか。心理学的には3つ規定されています。
チームは3つの構成要素でできています。大リーグでも、NBAでも、Googleでも、トヨタ自動車でも同じです。「個人」と「全体」と「関係」で、チームはできている。個人のないチームはないし、全体性のないチームはないし、関係性のないチームはない。世界中、この3つでチームはできています。
「このチームは最高だ」と言えるエクセレント・チームになるためには、それぞれにキーワードがあります。他にもたくさんの要素がありますが、抜粋すると、個人の「自立性」。自立した個人がいないとエクセレントにはならない。やらされている人しかいなかったらエクセレントにはならないですよね。
だから、ゴリが「お前らには腹が立ってばかりだ。だが、このチームは最高だ」と言っている横で、流川(楓)と花道が「別にお前のためだけにやっているわけじゃねえし」と言っているのに、ゴリは「お前たちは最高だ」と言っている。まさに自立性をすごく感じたんだと思うんです。
そして、全体の「共有」です。共有のレベルが高くなれば高くなるほど、チームのエクセレント化は進みます。共有のレベルを上げていくことがすごく重要です。このあとで出ますが、いわゆる情報の共有だけじゃなくて、思いの共有。定量化できない部分、非認知的な部分の共有のレベルを上げていくことが、人間としてのチームのエクセレント化を生み出すと思います。
そして、最終的に大事なことは、関係の「信頼」です。信頼だけはコンビニで売っていないので、作っていかないといけない。自立性が高まり、全体の共有性が上がれば、信頼が関係に生まれてきますよね。そう思って、いろんなスポーツのチームにこういうアプローチをしています。
自立とは自己責任。自分のパフォーマンスに対する責任を果たすことです。自分のパフォーマンスというのは、今日ずっと申し上げてきたように、何をどんな心でやるのか。やることを、心を整えてやる。FlowでDo Itする。
この構造は新人でも社長でもみんな一緒です。心を整えて、やるべきことをやる。営業と秘書と社長と新人はDo Itが違うだけであって、Flow Do Itの構造は変わりません。みんな、機嫌よくやるべきことをやる。
WBCのチームも、みんなそうでしたよね。『スラムダンク』のみんなもそうです。ベンチにいる人も、それぞれが心を整えて自分のやるべきことをやっている。試合に出ている人も、ガードの人も、センターの人も、フォワードの人も、それぞれ役割は違うけど、心を整えてやるべきことをやっている。自己責任を果たしています。
「言われたことの責任を果たす」じゃなくて、「自分のパフォーマンスに責任を果たす」のを自立と呼びます。
では、何を共有するのか? 認知的な共有はみんなやっていますよね。目標の共有、情報の共有、ルールの共有、成果の共有、行動の共有、状況の共有。このような認知的なことじゃなくて、ライフスキル的な共有です。感情の共有や好きなことの共有。
「隣で働いている人の好きな食べ物を知っていますか?」と、スポーツのチームだったら必ずみんなに問いかけ続けます。
「なぜこの人がこのチームにいるのかを知っていますか?」「この人はどんな思いでやっているのかを知っていますか?」「今日、隣の人にどんな感情があるのかを知っていますか?」「なんでこの人は働くのか、使命を知っていますか?」ということを徹底的にやります。面倒くさいですよね。手間がかかりますが、そういうことをやっていくと強いチームになります。
もう1つ、私が必ずスポーツのチームに言うのは、「関係で組織が成り立っている」ということです。6人のチームには、個は6、全体は1ですが、関係が15もあります。6×(6-1)÷2、6×5÷2、15の関係性がこの6人のチームには存在します。
100人のチームだったら100×99÷2、4,950もの関係性で100人の組織はできている。指数関数的には組織の関係性は見えないですが、成り立っている。この関係性に信頼があるかどうかが、組織の見えない力です。
信頼は何で作られているのか。共有のレベルが上がって、特に非認知的な、ライフスキル的な共有のレベルが上がれば上がるほど信頼は生まれます。やるべきこと、心を整えることをしないと、信頼は生まれてこないですよね。
無人島にどんな人と行きたいのか。やるべきことをやらないやつは嫌ですよね。やるべきことをやるけど、いつもブウたれていて機嫌の悪い人と行くのも嫌なんですよ。もし生きるか死ぬかになったら、やはり機嫌がよくやるべきことをやる人と行きたいはず。どんなに偉くて、立派な名刺を渡されても、行きたくないですよね。
スポーツのチームでは「みんなに信頼される生き方をどれだけしていますか?」と問いかけ続け、信頼でチームで勝とうとやっています。
最後に、『スラムダンク』の映画で学べることはいったい何かということ。漫画でのメッセージは「一人ひとりの個性のライフスキル」ですが、私は「自己存在感」があの映画のテーマのような気がしています。
自己存在感とはいったい何か? 私は、自己肯定感という言葉がよろしくないとすごく思っています。自己肯定感は評価の1つの印で、「自己肯定感を上げなきゃいけない、高めなきゃいけない」「低いからダメなんだ」「うちの子どもは自己肯定感が低いから成功体験を積まなきゃ」という考え方がアリ地獄のようで好きではありません。
「人と比べる必要のない、あなたのあるがままでいいんだよ」という考え方を自己存在感と表現していますが、井上雄彦先生はこの映画で自己存在感のことを伝えたかったんじゃないかなと、自分なりに思っています。
認知脳は自己肯定感を求めます。高いのが良くて、上が良いという発想です。でも、ある尺度に基づいて「高い」とか「上」と決めているわけです。100点が上で、東京大学が高いと、誰かが何かの尺度で決めている。固定化された評価です。
「否定してはダメだ」と言われているけど、私たちはダメな部分も山ほど持って人生を生きていくわけです。「ぜんぶを高めなきゃ」「そのために成功体験を積まなきゃ」。どこまで成功しないといけないのかと、私はすごく疑問に思っています。子どもたちはみんな苦しんでいるんじゃないかと思います。
なので、例えば東京大学の医学部を首席で卒業した後に、ハーバード大学の医学部に行って、また首席で卒業した後、オリンピックに行って金メダルを取った後、大リーグに行って二刀流をやった後にジュリアード音楽院に行って首席で卒業した後に、ショパン(国際ピアノ)コンクールで優勝した後に、宇宙飛行士になった後に……どこまで成功すればいいんですか、という話ですよね。
でも、親はみんなそれを子どもに押しつけようとしているような気がして、みんな大変な気がしています。どこまで高めればいいんでしょうか? どこまで成功すればいいんでしょうか? 自己肯定感を高めなさい。高めた先に自分らしさがあるんでしょうか?
「自分らしさは今ここにあるのではないか」と私は思っています。「成功して、高めて、上げて上げて上げた先に自分らしさがある」という考え方にみんな呪縛されて、かえって苦しくなっているんじゃないか。「今ここにある自分らしさに気づく」という発想をみんながもっと持つべきじゃないかなと、個人的にはすごく思っています。
なので、「自己肯定感を高めなきゃ」というのは、むしろそれすらがハラスメントじゃないかと思います。「自己肯定感の考えを否定してはダメだ」。いや、否定しますよね。ダメなんですから。
ある基準を持って肯定するかどうかを決めるわけだから、他者との比較に基づいてるわけです。優劣の評価に基づいて自己肯定感という考えを作って、みんなが苦しんでいるのではないかと思います。
大事なことは、自己存在感。自分らしさ。「自分の中にある」というところに目を向けていかないといけないのではないかと思います。
そのためには、認知的な外に向いた脳みその使い方をしていると、外の評価、概念、常識に基づいて評価していかないといけない。この発想の中だけだと、自分らしさは見つかりません。
自分らしさを見つけるためにインドに旅に行く人がいますが、別にインドに行ったって自分らしさは見つからないですよね。今ここに自分らしさはあるわけで、インドは環境の1つかもしれないですが、外にはないわけです。
自分をもっと見つめる、内観する、インサイドフォーカスするという非認知性を高めないといけないとすごく思っていますが、今の教育はそれがすごくないのが残念でなりません。
自分の中に「ある」ということを知り、唯一無二の自分に価値を感じることが大事で、そこに優劣や評価をしないこと。自己存在感の反対はないんですよ。存在しているんだから。
極論を言うと、命ですよね。「うちの息子の命はどう見ても低いので、もっと成功体験を積んで、うちの息子の命のレベルを上げてもらわないと困る」という人はいないですよね。命は「ある」でいいんじゃないかと考えています。肯定か否定ではなく、「存在しているんだから『ある』でよくない?」と投げかけています。
(スライドの)自己存在感を持つための非認知性を育むために、どんな会話を増やせばいいのか。自分の感情、自分の好き、自分のご機嫌の価値、自分の目的、自分のあり方などは、外にはないですよね。
人はいろんな感情を持っているし、ネガティブな感情を持っていてもいい。「感情をちゃんと持っているんだ」ということがすごく重要です。先ほども言いましたが、感情はその人の生きる尊厳で、自由だから、感情の会話をどれだけちゃんとしているかが自己存在感の芽です。
あと、好きなこと。好きなことは自由ですよね。得意は相対的に人と比較されるけど、好きというのは自分の中にある自由なので、好きにもっと目を向けたい。それは「仕事を好きになってください」とか、「好きなことを仕事にしてください」ではなくて、何が好きなのか、好きなことをちゃんと自分にたくさん問いかけられるかどうかが大事です。
今、子どもたちですら「好きな食べ物は何?」と言っても、お母さんの顔色をうかがって「これ言っていい?」という顔つきで言う子がいます。「いやいや、好きは自由だから言ったほうがいいですよね」と思います。
ちなみに、私はバスケットボールが大好きですが、例えばJリーガーが100人いても、私は「バスケ好き」と言います。自由だから。プロゴルファーが100人いても「バスケ好き」と言います。NBA選手が100人いても「バスケ好き」と言います。
でも、NBA選手が100人いる前で「バスケが得意」とは絶対に言わないです。「いや、大したことないんですけど」という枕言葉が必要になっちゃうんですよ。優劣性だから。好きは自由です。それがすごく重要。好きなことの話が、どれだけ人生の中で会話できているかを私は大事にしています。
自分が機嫌が良いとどうなるのかは、自分の中にしかないですよね。機嫌が良いとアイデアが出る、機嫌が良いと人に優しくなる、機嫌が良いとご飯がおいしくなる。自分の中に問いかけないと、自分が機嫌が良いとどうなるというご機嫌の価値は出てきません。オリンピック選手でも毎日のように徹底的に問いかけ続けています。みんな毎日私にLINEを送ってきます。
自分の目的。自分はなぜ生きているのか、なぜこの仕事をするのか、なぜオリンピックに行きたいのか、なぜ勝ちたいのか。自分はどうありたいのか、というあり方もそうです。自分の中にしかないことですよね。そんなことを問いかけて、話す習慣をもっと子どもの頃から、もちろん会社でもやれたらmuch betterだと思います。
ググっても、Siriに聞いても、AlexaやChatGPTに尋ねても、ないのが自己存在感です。ChatGPTに「僕の好きな食べ物は何?」と聞いたら、答えられるんですかね? 「僕のご機嫌の価値は何?」「俺はどうありたい?」「今の俺の感情は?」と聞いて、ChatGPTは答えられるのかな。ないでしょ、と思う。
答えられないものが、自分の中にある自己存在感の芽じゃないかなと思います。日常の非認知的な声掛けと会話が自己存在感を育んでいくので、そういう会話をもっと増やしていきたいと思っています。
ちなみに、私は『スラムダンク』の映画を13回観に行きました(笑)。13回観て、やっとなんとなくこういうことがわかってきたような気がします。
13回目はもう余裕があったので、どんなスニーカーを履いているかに着目しながら観ました。花道と流川はナイキを履いていて、ゴリとリョーちん(宮城リョータ)はコンバースを履いていて、三井と沢北(栄治)はアシックスを履いていました。13回観るとそんなことまで見る余裕がある。
漫画は付箋を貼って死ぬほど読み込んだけど、映画は付箋を貼れないから、13回観てやっと頭の中に入って、いろんなことが解説できるくらいになったということです。
ちょっとネタバレになるかもしれませんが、私はあの映画の中で一番好きなシーンは、最後にリョーちんがインターハイが終わって帰ってきて、湘南の浜辺でお母さんがリョーちんの肩を揺すって「おかえり」と言うシーンです。
あれがどういう「おかえり」だったかと言うと、リョーちんのお母さんは、それまでリョータのお兄ちゃんのソータとずっと比べて生きていたんです。ソータと比べてリョーちんを評価していたのを、初めて「リョーちんはリョーちんでいいんだ」とお母さんが気づけた。やっと心の中で「おかえり」とお母さんが言えたあのシーンが私は一番好きです。
お母さんはその瞬間からすごく穏やかな顔になる。あのお母さんの「おかえり」が好きです。もしかしたら、多くの人はあのように「おかえり」「ただいま」と言えていないのかもしれないなと思いながらあの映画を観ていました。
ゴリは試合中、ずっと河田兄(河田雅史)と比べて自分を失って、「河田兄はあれができる」「俺はこれができない」「河田兄はこれが得意で俺はダメなんだ」とずっと苦しんでいました。試合の途中に三井くんが「ゴリはゴリ、河田は河田。お前はお前なんだ」と声を掛けて、自分を取り戻します。
三井くんはずっと昔の自分にとらわれていた。昔、中学校時代にMVPだったので、MVPの頃の自分とずっと比べて、あの頃を引きずっていたのを、もう1回復学してチームに戻り、今という瞬間を大事にするようになって、今の自分を取り戻した三井くんがいるように思います。
一方で、花道と流川はライフスキルももちろん持っているし、彼らは人と比べずに自己存在感をむちゃくちゃちゃんと持って、自分らしさを500パーセント表現して、私たちに感動を与えていますよね。
花道と流川の自己存在感、自分のあり方が私はとても大好きです。2人は仲が悪いですが、でも、お互いに心から信頼していますよね。そこがすごく好きだなと思って見ています。
最後ですが、私も子どもたちのご機嫌授業として、一般社団法人Di-Sports研究所を作りました。35競技くらいの44人のアスリートがメンバーで、全員オリンピック選手や日本代表で、メダリストもたくさんいます。
子どもたちとスポーツをするんじゃなくて、非認知的な会話をします。アスリートが来ると、とかくスポーツ体験となった瞬間に、運動神経が鈍い子どもたちはすごく嫌な時間になっちゃうので。
対話だったら子どもたちとアスリートたちは平等に一緒に話ができるので、ご機嫌の価値を話したり、好きなことを話したり、感謝できることを話したり、一生懸命取り組んでいることをオリンピアンたちと子どもたちで自由に対話するという授業をやっています。
どこの学校にも行きます。私もそうですが、一人ひとりがオリンピアンを呼ぶとむちゃ高いので、この社団法人に依頼していただければ、オリンピアンが何人行っても学校の予算でみんなが行くという、ボランティアでやる活動になります。
もしみなさんの学校に来てほしいということであれば、ぜひ呼んでください。この間も、原発のある福島の楢葉町の中学生と小学生のところに来てほしいということで、みんなで行ってきました。そんな活動をしています。
あとは、先ほどちょっと申し上げましたが、「必要なのは自己肯定感ではなく、自己存在感」という『自己肯定感ハラスメント』とか、『左ききのエレン』というすばらしい漫画をもとに「あなたらしさ」について書いた本(『左ききのエレンが教えてくれるあなたらしさ』)、そして『自分を「ごきげん」にする方法』という本も書いています。
SNSもぼちぼちやっておりますので、もしよろしければ、ぜひ見ていただければと思います。
ご清聴ありがとうございました。
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