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働く人の「燃え尽き症候群」を防ぐ ベンチャー企業のためのセーフティネット(全2記事)

テレワークで「怠ける時間」がある人は、長期的に成果を出せる 産業医が説く、メンタル不調を防ぐ「働き方」と「休み方」のコツ

ベンチャー企業の社風は「文化祭ノリ」と例えられるように、短い期間で上場や事業成長を目指す初期のフェーズでは、一枚岩となって勢いよく進むほうがいいとされている風潮もあります。一方で、自分の持てる力以上にがんばりすぎてしまい「燃え尽き症候群」になってしまう人も少なくありません。そこで今回は、産業医として現場で働く人のリアルな声と向き合いながら、健康管理システム「Carely」を運営する株式会社iCAREの山田洋太氏に「ベンチャー企業のためのセーフティネット」についてうかがいました。メンタル不調の“黄信号”に気づくための方法や、テレワークでの「怠ける時間」の重要性について解説しています。

自分自身の「メンタル不調」には気づくことができない

ーーベンチャー企業で働く人の中には、多忙で自分の不調に気がつかずに燃え尽き症候群になってしまう方もいるのではと思います。そうなってしまう前に、どうしたら自分の不調に気づけるのでしょうか。

山田洋太氏(以下、山田):メンタル不調って、よく「気がつきましょう」と言われるじゃないですか。あれは、無理だからやめたほうがいいんですよ。「自分の不調に気づける」という幻想を抱いているのが、最大の間違いだと思っています。

1990年代後半から、メンタル不調者はすさまじく増えていきました。産業構造が変わったりさまざまな社会的な変化があるので、不調を起こしやすくなったんだと思います。

「自分で自分の健康を取り戻そう」という動きは、当然あっていいんです。中にはセルフケアができる人もいるんですが、基本的には難しいと思ったほうがいいですね。いろんな理由があるんですが、そもそも自分が不調になっていることに気づけるくらいの余裕があるんだったら、回復できているんですよ。

大抵、余裕がない状態で不調に突入しているんですね。そんな時に自分を客観的に見られるわけがない。政策上もセルフケアをすごく推し進めていたんですが、限界があるのも事実だと思います。

じゃあ何が一番大事なのかと言うと、「不調」ではなく「変化」に気づくのが大事です。1〜2ヶ月前と比較して、「こういうことをポジティブに考えていたな」「ここに仕事のやりがいを感じていた」「会社のオフィスに行くと誰々さんと話ができたりして、自然と笑顔がいっぱい出てたよね」とか、変化を捉える必要があります。

「疲れているから」でリスケするのは危険信号

山田:「2ヶ月前にどんな仕事をしてましたか?」「どういうかたちでどういう人と関わっていましたか?」って、たぶんパッとは思い出せないと思うんです。そうすると、セルフケアが成り立たないですよね。

でも、唯一それを解消する方法が日記なんです。1日1つでもいいので、今日あったいいことを箇条書きにして、ポジティブな日記を書きます。それを1ヶ月前と比較するんです。「なんか疲れやすいな」と思ったら、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月前の棚卸しをすると変化に気づきやすいので、対処しやすくなります。

もう1つ、やっぱりセルフケアは難しいので、周りとのコミュニケーション・対話を通して変化に気づくことが大切です。

例えば、旦那さんの顔色が非常に悪い時に、奥さんが「なんか最近、顔色が悪いんじゃないの?」と言うわけです。その時に本人は「俺、顔色悪いの?」と気づきます。ご家族でもいいですし、もちろん友人でもいいです。もしくは、自分のことをある程度理解している人たちと定期的に会うことが大事なんですね。

「困ったら会う」と考える方がいるんですが、それはダメなんですよ。本当に困った時には、そういうことすらもやらないので、定期的にイベントを入れないといけないんです。

よくあるのが、友人と会おうとしていたスケジュールを、「疲れているから」とリスケし始めるんですよね。そうなるとやはり危険なので、定期的に他人との関わり合いをルーティンで持つことは、働く人の健康を守る意味でも大切です。

同僚のメンタル不調に気づいた時、どう声をかける?

ーーご家族や友人のほかに、職場の上司やメンターがメンバーの変化に気づくには、どういったところを見ればいいんでしょうか?

山田:会社を休みがちになるなど、勤怠が良くない状態の時は、大抵はメンタル不調に片足を突っ込んでいる状態です。

もしくはバーンアウト(燃え尽き症候群)でもそうなんですが、これまでは温厚で、会話も優しさを感じる内容だったのがとてもとげとげしくなったり、他責感が強くなるようなコメントになったり、コミュニケーションの中でもうまくいっていない感じが出てきます。そういった場合は、本人が一定を超えたストレスを感じていると考えたほうがいいです。

ご家族だと関係性ができているから、「あんた、なんか調子が悪いんじゃないの?」「すごく顔色が悪いんじゃないの?」と、本人との会話の中で言えるじゃないですか。ただ、職場でいきなり「なんか顔色が悪いですね」と言うのはストレートすぎて、向こうも嫌な気分になっちゃう可能性もあります。

なのでおすすめは、「自分」を枕詞につけることです。例えば「勘違いかもしれないけど、私から見ると最近ちょっと元気がないように見えるんですよね。何か私にできることはないですか?」という感じで問いかける、いわゆる「アイメッセージ」ですね。

自分という立場を明確にした上で、「もしかしたら、何でもないかもしれないけど」というかたちで聞いたりするといいと思います。

産業医も実践している、週に一度の“棚卸し”の時間

ーーなるほど。山田さまご自身もベンチャー企業を立ち上げられていて、医師という立場でもありますが、不調に陥らないためのコツはありますか?

山田:もともと臨床の病院では内科医をやっていて、その中で心療内科も9年近くやっていたので、本当にさまざまな人生相談を受けてきました。産業医として一番よく見るのはストレスなので、専門性を持って対応してきました。

でも、そんな私でさえメンタル不調に片足を突っ込むことはあるわけです。「あの時はやばかったな」と気づくのに2ヶ月かかったりしたので、自分の体験からもセルフケアの難しさを感じています。

セルフケアの限界を感じつつも、自分なりにやったこととしては、ルーティンを大事にしていて、定期的に仲間に会うようにしています。これは自分がCEOとして悩んでいる時だけじゃなく、定期的に「最近は何の本を読んでいるの?」と聞いたりして、別の視点を盛り込んじゃうんですね。

あと、週1日は必ず走りますね。1週間の中でもさまざまな課題・問題がありますので、そういったものをランニングでウォッシュアウトします。そういったルーティンをやらなくなった時に、初めて「危ないな」と気づいたほうがいいですね。

毎回、走る前は嫌だしすごく面倒くさいんですよ。だけど、優先度を高くしないと面倒くさくなってやめてしまうので、「これをやらないと中長期的な事業に対して、CEOとしてのパフォーマンスを発揮できない」と思って、自分に義務化しています。

もう1つのルーティンは、週1日、半日は必ず内省・棚卸しの時間を作っていますね。もちろん毎週ではないですが、例えばどこかの午前中は絶対に予定を入れず、邪魔されない時間を必ず作るんです。

その時間を作る最大の理由は、自分のCEOとしての意思決定や期待されている役割を考え直すことです。強制的に週1で自分と向き合う時間を作ると、変化の中でも「自分がどうすればいいのか」がわかりやすくなります。

ーー内省される際は、何かに記録をして振り返ったりされるんですか?

山田:していることが多いですね。メモに書いたりとか、僕はマインドマップがけっこう好きなので、そういうのにどんどん整理しちゃいます。

ーー習慣化が大事なんですね。

「定期的に会う人」を決めておくことが重要

ーー不調に陥る人は、一人で抱え込んでしまうタイプが多い気がします。これはある意味、悪いルーティンのような気がしますが、どうすれば抜け出せますか?

山田:環境によって、SOSの出しやすさは違うと思います。例えば、上司が自分の弱いところや失敗したことを部下の1on1との間でいかに見せているか、というところもすごく大事なんですね。そういった上司に対しては、部下も自分の失敗を言いやすいからです。

過去の1on1の中で課題が発生した時に、部下が「相談したらすぐに解決してくれた」という体験があれば、SOSを出しやすく、周囲もサポートしやすいと思います。

働く人の相談という観点で言うと、上司がどういうタイプなのかにとても影響を受けるのはしょうがないことなんです。繰り返しになるんですが、私が「ルーティンで必ず会う人を決めておくことがすごく大事だ」と言ったのは、まさにここなんですよね。

例えば、3ヶ月に1回同じ人に会うとします。同じ人に会うと、3ヶ月前の雰囲気が人の脳裏の中に残っているので、「なんか元気ないじゃん」という変化に気づきやすいんです。家族だと毎日会うので、逆にアップダウンがわかりづらい部分もあります。だから、「ちょっとおしゃべりしようよ」というレベルで人に会うことが大事です。

別に相談でもなくても、「最近会社でこういうことがあって、私はこう考えているんだけどうまくいかないんだよね」「わかるわかる」という共感を通して、壁打ちになっているんです。もちろん仕事のことでもいいですが、仕事以外の話も通して、自分なりにオンオフがはっきりしていきますので。

メンタルヘルスケアにおいては「諦める」ことも大事

ーー誰かと話すことで、思いがけずすっきりすることはありますよね。もし相手が本当に追い詰められてしまっていて、周りが声をかけても聞いてくれないような時はどうしたらよいのでしょうか。

山田:すごく変な言い方をしますが、周りにとって「諦め」も大事だと思うんですよ。周りが「なんとかしよう、なんとかしよう」と考えすぎちゃうと、本人も周りも苦しくなるんですね。どんどんドミノ倒しになっていってしまいます。

一定の声がけをすることは、100パーセント成功するわけじゃないんです。「声をかけてくれた」というファクトは本人にとっていいかたちになるので、やったほうがいいんですが、本人が気づいてくれるかを期待しすぎてはいけないんです。

何重にもいろんな人たちが関わっていく中で、最終的に本人が自分の不調に気づけばいいよね、という考え方で取り組んでいったほうが、声がけする側も楽になるんですよね。

「自分がなんとかしなきゃ」と背負ってしまうと、メンタルヘルスのセンシティブな場面では声がけしづらかったり、今度は周りが背負いすぎたりしてしまうので、変な言い方ですが「諦めていく」ことは大事ですね。

ーー確かにそうですね。

プロセスを重んじる日本はテレワークが苦手

ーーあとは、これも多くの方が悩んでいらっしゃると思うのですが、テレワークで仕事とプライベートの境目がなくなって“24時間営業”状態になってしまっている場合、気持ちの切り替え方のコツはありますか? 

山田:これはテレワークの大原則だと思うんですが、そもそも日本はテレワークや在宅勤務ってめちゃくちゃ苦手なカルチャーなはずなんです。

なぜかと言うと、プロセスに美しさを感じる文化なので、アウトカムがどうであれ、「あの人よくがんばったじゃん。すごいじゃん」というのが喜ばしいわけです。海外はプロセスを大事にしないとは言わないですが、明らかにアウトカムベースなんです。

「プロセスでどんなにがんばろうが、成果が出ないんだったら評価はこうだよね」という基準が、そもそもぜんぜん違います。日本も今、人事評価制度でそれを追い掛けている段階なんですね。

そんな中で、テレワークという問題が入ってきました。多くのマネージャーたちがプロセスを見ようとするから、ひたすら「Zoomしようぜ」と言って嫌がられたりします。それは、プロセスを管理しようとしちゃうからなんです。

テレワークをするということは、「場所が違う以上、プロセスを管理することはできない」という前提の中で、成果主義に変えざるを得ないんです。だから働く側も、いくらプロセスをがんばっても、それだけでは評価されづらいと覚悟した上で、事前に上司と決められた成果をちゃんとグリップしなきゃいけないんです。

テレワークでは、積極的に「怠ける時間」を作る

山田:成果にフォーカスした状態であれば、あとはテレワークはめちゃくちゃ怠けたほうがいいんです。例えばテレワークって、30分、1時間単位でどんどん会議を詰め込んでいくので、結局朝から晩まで椅子に座っていることになります。そういう状態で、長時間は働けないんですよ。

なので、怠ける時間を自分でどんどん入れて、それ以外の時間で成果を出す。このメリハリをつけていかないと、長期間にわたってテレワークで成果を出し続けること、評価されていくことは極めて難しいですよね。

なので、働く側も「何をもって成果が達成できるのか」にフォーカスしないといけないですし、「私はこんなにがんばったのになんで評価してくれないの?」というのは通用しないということです。

ーーなるほど。ただ、怠けることってけっこう難しいですよね。

山田:そうなんです。だから、やっぱり怠け方は「技術」だと思うんですよ。外国の方を見ていると、本当に怠け方が上手だなと思います。

多くの日本人の気質はコツコツタイプだと思うので、怠けるのが難しいと思う方はいると思います。そういう時は、カレンダーのスケジュールでも「休憩」を強制的にどんどん入れていかないと、クリック1つでどんどん会議を入れられてしまうんです。

そうしないと、オンオフがはっきりしないのでプライベートと仕事が連続性を持っちゃうんです。基本的にはテレワークの場合、プライベートと仕事の場所が同じになりやすいので、自分で非連続にしないといけない。時間で区分けしたり、なんらかのかたちで自分で意識していかないと難しいですね。

「働き方」と「休み方」の両方をコントロールする

ーー例えばテレワークと言いながらも、自宅以外で仕事をしている方もいらっしゃいます。仕事ではすごく集中して成果を出して、あとは怠ける。ここの部分を、時間や場所でうまく区分けしてください。

山田:私が外資系企業の産業医をやっていた時に「この人たち上手だな」と思ったのは、昼休みに1〜2時間くらいプールに行っているんですよね。「すっきりしました」と言って、午後にまた仕事をしているわけですよね。そんなに仕事を抜けてもいいの? と思うんですが、本人たちは成果を出すんです。

「怠ける」と言っても、ランニングをしてくるとか、ヨガに軽く30分行ってもいいわけです。自分なりにフレキシブルに対応して、時間をデザインしたほうがいいですよね。

ーー仕事は「コントロールしよう」と意識できていても、テレワークでは休みもコントロールしないと、どんどん自分の時間がなくなってしまいますね。

山田:休み方も働き方もそうなんですよ。これまでの日本は、常に残業をしてきたわけですよね。だけどヨーロッパは逆の観点で、労働時間も大事なんだけど、どっちかと言うと休み時間をどう確保するかにフォーカスさせるんです。日本人の場合は、真面目な国民性なので、「これって怠けているかな?」と思うぐらいでちょうどいいんですよ。

本来のメンタルケアは「キャリア」も含めて考えるもの

ーー最後にあらためて、これからのメンタルケアの重要性についてお訊かせいただきたいです。

山田:メンタルケアは、「抱えたストレスをどう変えていこうか」という単純なアプローチじゃないと思ってるんです。総合的に捉えていかないと、「ストレスのない働き方をどう提供するか」となってしまい、けっこうなケースで失敗してしまうんです。

本来メンタルケアは、「自分のキャリアをどうするか」といった領域も含めて考えなきゃいけないわけです。企業が個々人を尊重しながら、自社を好きになってもらうための施策や生きがい、働きがいを支援できるのかもすごく大事になります。これもメンタルケアなんです。

さらに「嫌われないための施策」で言うと、やっぱり働きやすさですよね。有給をどう取得するか、もしくはコミュニケーションをより良いかたちにするにはどうするのか、DEI(Diversity、エクイティ:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括)の観点もすごく大事になります。

これからの時代、持続的な事業成長をしたいと思っているのであれば、「好きになってもらうための施策」や「嫌われないための施策」は不可欠です。ここを総合的に企業としてどう実施していくのかを考えていく時代なんじゃないかなと思いますね。

ーーベンチャー企業に限らず、成長を目指すすべての企業に共通する取り組みですね。お話ありがとうございました。

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