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コルクラボゲスト対談 佐渡島庸平氏×中野信子氏(全3記事)

妬みの感情を持たない人は危険 脳科学者が教える「嫉妬」と「妬み」の違い

2017年12月13日、BOOK LAB TOKYOにて、コルクラボゲスト対談が開催されました。佐渡島庸平氏と中野信子氏が登壇し、ベストセラー『君たちはどう生きるか』を皮切りに、集団心理や地理的条件と国民性の関係などを語りました。本パートでは、新奇性の受け止め方の違いや、「幸福とは何か?」や「妬みと承認がどう違うか?」などについて対話します。

人がコンテンツを観るときは“確認”

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):今は、人がコンテンツを観るときって、「確認」だと思うんですよ。

中野信子氏(以下、中野):うんうん。

佐渡島:「すごくおもしろいらしい」「こういう内容らしい」ということを知っていて、「本当にそうかな?」と。それで「予想以上だった」「予想以下だった」とかって感想を言うんですよ。だから、その見込みがないものに対しては感想を言えないんですよ。

中野:確かに。そうですね。

佐渡島:だから、さっきの(本の)帯の話も、先に感想を持てるんですよね。

中野:なるほど。

佐渡島:だから、「本当に読む手が止まるかな?」とか。

中野:確かめるんですね。

佐渡島:「ページをめくる手が止まらないかな?」ということを確かめるなかで……『君の名は。』って、ほとんどの人がタイトルは知ってるけど、中身は知らないじゃないですか。

中野:確かに。

佐渡島:それで「これはめぐり逢いの話だ」というところは知っていて。『シン・ゴジラ』についても、「ゴジラだ」ということは知っていて、「でも『シン』だからなんか新しいんだろうな」と。

『君たちはどう生きるか』も、「名作と呼ばれてるらしい」ということは知ってるんだけど、どう名作かは知らない。そこで、漫画だと小説よりも確認しやすい。だから例えば、今ちょうど『ポーの一族』をまたやったりだとか。

君たちはどう生きるか

中野:確かに(笑)。

佐渡島:過去のものを宝塚でもう1回やったりだとか、リバイバルがすごい多くて。

中野:『ブレードランナー』とかね。

佐渡島:そうですね。それで僕が思うのは、平均年齢が上がってるということもあって、高年齢層の人もコンテンツの消費者に入っていけるということと、おもしろいかどうかの確認をするときに情報量が多すぎて、ヒットするのを待つのも大変だから、リメイクで……。

中野:とりあえず知ってるお店に入っちゃう、みたいなことに近いですよね。

佐渡島:そうですね、知ってるお店のリメイクのほうが。

中野:うんうん。

佐渡島:だから、例えば星乃珈琲も、ドトールが持っている技術力の高価版とかじゃないですか。

中野:確かに(笑)。上位互換みたいな感じですね。

佐渡島:そう。上島珈琲店とかもそうですけど。

中野:そうですね。なにか、ある程度保証をされていて、それにちょっと新奇性が加わったものであれば、それを好ましく思うというのは、そのまま脳の性質として、一番安全な選び方なんですよね。

その一番安全な選び方をさせるように物をつくれば、それは必ずヒットすると思います。

タグ付けしやすい作品、しにくい作品

中野:例えば『この世界の片隅に』もすごく話題になったと思うんですけど、あれもみんな、ストーリーを言えないですよね。なんか一言で言えないストーリーなんだけど、「のんが声優をやってる映画」っていう。

この世界の片隅に

佐渡島:そうですね。あと「クラウドファンディングで成功したらしい」というのと、「広島の話」とかね。

中野:そういうわかりやすいタグがいくつかあって、みんなそれを確認しに行ったんだと思います。これ、彼女が声優をやっていなくて、クラウドファンディングでもなくて、舞台が広島ほど世界的に有名ではない、戦争をアイコニックに表現できる土地ではない場所だったら、こんなに大ヒットはしなかったでしょう。

佐渡島:一言で言えるタグ付けがいっぱいあるということが、脳の認知負荷を下げている。

中野:そうですね。

佐渡島:本当そのとおりだと思います。『宇宙兄弟』って、タイトルから想像できるストーリー以外のタグ付けが、すごくしづらいんですよ。

宇宙兄弟

中野:ああ、なるほど。

佐渡島:「どんな話?」「兄弟で宇宙に行く話」、だと『宇宙兄弟』と一緒じゃないですか。

(会場笑)

中野:それはタイトルを見ればわかる(笑)。

佐渡島:そう(笑)。じゃあ、それ以上を言おうとすると、「なんかめっちゃ泣く」とかで、「じゃあ、どこで?」って言うと、意外と泣くシーンの説明が難しいんですよ『宇宙兄弟』って。

中野:ああ、そうかも。

佐渡島:「弟が助かって泣くんだよ」と言っても、「いや、そりゃそうじゃない?」みたいな。

(会場笑)

中野:家族だしね(笑)。

佐渡島:そう。そんな感じで、すごく説明しづらいんですね。

中野:なるほど。

佐渡島:それに比べて『テルマエ・ロマエ』って、映画が大ヒットしたときに、みんなの感想がすごくコントロールされていて、「阿部寛の顔がまじローマ人」。

テルマエ・ロマエ

(会場笑)

中野:確かに(笑)。

佐渡島:「阿部寛以外の役者もみんなローマ人」。

中野:ああ、市村さんも言われてみれば。

佐渡島:そうなんですよ。

(会場笑)

佐渡島:あと「上戸彩のおっぱい、意外と大きい」。

中野:ああ、そこへ行くんですね(笑)。

佐渡島:この3つをみんな言っていて。

(会場笑)

佐渡島:「これ、めっちゃわかりやすいタグ付けだな」と思って(笑)。

中野:一言で言えるかって、やはりすごく大事ですね。

佐渡島:うん。

コンテンツにはどれだけ新奇性が必要か

(スクリーン上のコメントを読んで)

中野:これ、コメントにもありますけど、「陳腐化しないためには?」という視点がすごく大事ですよね。陳腐化しないための、新しさの割合をどれぐらいにするかという調整は、佐渡島さんなり、プロデュースする人のさじ加減のよさだと思うんですけど。

日本だと、意外と不安遺伝子の持ち主が多いので、あまり新しさを多くしないほうがいいんじゃないか、という仮説を私は持っています。言うなれば、新しい要素が例えば1割を超えたら、ものすごく新しいと思われて、感度が高いと言われるような人しか付いていかないんじゃないか。

もしかしたら、違う国だったら違う割合なのかもしれない。これはどうですか? 

佐渡島:でも、僕は国が違っても……。

中野:あんまり変わらないですか?

佐渡島:結局、アメリカでも、ハリウッドでシリーズものになってるじゃないですか。10パーセントとか15パーセントとか、それぐらいだけな気がしますね。

中野:なるほど。そんなにオーダーとして大きく……。

佐渡島:なっちゃダメで。

中野:国によって左右されることはない。

佐渡島:そう。ただ、ドワンゴの川上さん(川上量生氏)も、コンテンツをすごく脳の仕組みで考えようとしていて。『コンテンツの秘密』という本の中で「脳から見てコンテンツは何がおもしろいか?」ということを考えてるんですよ。そのなかで、「人間は新奇性をおもしろいと思う」と。

コンテンツの秘密

中野:そうですね。

佐渡島:だから、新奇性がないと、逆にそのコンテンツはダメなんですよ。

中野:確かにそのとおりですね(笑)。

佐渡島:新奇性が……適当な数字で言うと、たぶん5パーセント以下だとおもしろいとは思わない。

中野:体感値としてそれくらいなんですね。

佐渡島:そうなんですよね。だから、料理なんかでも、創作料理の受け入れられる幅ってあるじゃないですか。

中野:うんうん。

佐渡島:結局、「○○料理」ってタグ付けされてないと、創作料理ってしんどいから。

中野:そうですね。例えば、和食なんだけど、ちょっと新しいと思わせるぐらいが、ちょうどよかったりするわけですよね。

佐渡島:うん。

新奇性を際立たせるための「定番」

中野:スキナー箱っていう、実験に使う箱があるんですよ。動物を中に入れておいて、ボタンを押すとエサ箱のふたが開く箱です。

実験者は、このスキナー箱のエサ箱のふたが開く割合を決めることができるんですが、ボタンを押すと毎回開く箱だと、動物はお腹が空いたときにしかボタンを押さない。

だけど、この割合を調整していって、「5回に1回は開きません」というふうにすると、ずっと押すようになるんですよ。間欠強化って言うんですけど。中毒にさせるぐらいの新しさを加えればよいと考えると、20パーセントっていうことになりますね(笑)。

20パーセントが人間にとって適切かどうかはわからないけれども、まあ多く見積もっても半分以上ではないんでしょう。

(スクリーン上のコメントを読んで)

佐渡島:この「定番を買わせるために、季節性のある味を出す」っていうのも、例えば定番があるなかで……僕は今「雪見だいふく、違う味を出し過ぎじゃないか」って思うんですよ。

中野:確かに!

佐渡島:そうすると、はじめは違う味が出たら買っていたのに、今はもう違う味はほとんど無視するようになって。

中野:うんうん。

佐渡島:なんか毎月のように違う味が出ると、ダメな気がするんですよね。

中野:定番は80パーセントあって、そのなかの20パーセントの新奇だからおもしろいのに、その新奇性をわざわざ薄めちゃってるわけですよね。定番がなくなって、コントラストを出せない。新奇であることをアピールできない構造にしていて、そこはすごくもったいないですよね。

例えばピノだったら、オリジナルのピノがあって、たまにパンプキンが出て……パンプキンあったっけ?(笑)。

(会場笑)

中野:そうなると「これは新しい!」ってなりますよね。

佐渡島:バランスですよね。

中野:私の考えでは、スタンダード感というのは失ってはいけないんだと思っています。あまり新しくし過ぎちゃいけない。

佐渡島:そのバランスをどういうふうにしてやるのか、脳の仕組みから調整する割合がわかってくるので、仕組み化されるとすごくおもしろいですね。

日本人は新奇探索性が低い

中野:「同じコンテンツを何度も楽しむ人の脳の構造は?」というコメントが見えました。新奇性は、ドーパミンの動態で決まるんですけれども、同じコンテンツを何度も楽しむというのは、新奇探索性があまり高くない人かもしれないですね。

日本だと、新奇探索性が高いとされる人は、1パーセントから5パーセントぐらい。少ないですね。ドーパミンD4受容体のある部分の繰り返し回数が長いか短いかによるんですが、ある一定の数よりも短い人の割合が95パーセント以上なんです。

なので、できれば同じコンテンツでほんのちょっとだけ変えるというほうが、おそらく日本人には合ってるんだろうなとは思います。新奇探索性が高い国はどこかというと、南米諸国ですね。

佐渡島:ああ、なるほど。

中野:南米だと4分の1ぐらいの人が新奇探索性が高いタイプですね。それでもマジョリティではないです。

佐渡島:なるほど。でもやっぱり、普通に守破離というか、型を学んでから破ったほうがいいというときに、型を学ぶのにすごく時間がかかるから、破っても1~2割になるじゃないですか。

中野:そうですね。でも、それでちょうどいいっていうことなんだと思います。

佐渡島:そういうことなんでしょうね。だから脳の研究では、いろいろ言われてる格言みたいなものが脳と一致していることを確認する作業が起きているんでしょうね。

中野:ああ、そうかも。経験的に知られている法則のようなものが、意外と正しいということを再確認する感じはありますね。

『宇宙兄弟』の裏テーマになった嫉妬エピソード

佐渡島:コルクラボだと、毎週お題を出してみんながそれに答えて自分を知る、ということをやっていて。

中野:はい。おもしろい。

佐渡島:今ちょうど、そのお題が「嫉妬」なんですね。

中野:うわー。

佐渡島:それで、「子供時代に嫉妬したことは何?」とか「最近嫉妬したことは?」みたいなことを、お互いにシェアしまくってるんですよ。

中野:『宇宙兄弟』の裏テーマも、兄弟コンプレックスっていう、嫉妬とか妬みの話ですよね。

佐渡島:そうなんです。あれは、僕の弟があまり勉強が得意じゃなくて、僕のほうが受験がしっかりしていて、すごく嫉妬を持っていて、よくケンカしていたんですよ。

弟はえらいテニスが強くて、僕もテニスをやっていて、僕が高2で弟が高1のときに弟は県のシードがついて。

中野:おー、強い(笑)。

佐渡島:それで僕は県のシードがついてないから、予選からなんですよ。そうすると例えば、会場で「うわ、佐渡島がいるよ」ってどこかで言ってたとするじゃないですか。そしたら別のやつが「いや、でもこれは兄だから大丈夫」って(笑)。

(会場笑)

そういう会話が行われるんですよ(笑)。僕は遠くでちょっと聞こえてたりする、みたいなことがあったんです。それで弟はある種、溜飲を下げて、それで弟と僕の仲がよくなってきたという話があって。

(会場笑)

佐渡島:小山さんにそういう話をいっぱいして、『宇宙兄弟』の参考にしてもらっています。

中野:あ、そうなんですね! じゃあ、ちょっとモデル的なところがあるんですね(笑)。

佐渡島:モデルってほどでもないですけど。小山さんは一人っ子だから、「兄弟ってどんなの?」って言うので、僕がそういう話をすごくいっぱいしていました。

中野:なるほど。じゃあ、あのリアルな描写は本当にリアルだったっていう(笑)。

佐渡島:そのあたりはそうなんですよ。

嫉妬と妬みを違うものとして扱う

佐渡島:嫉妬はどういう感情だとされているのか。嫉妬はコントロールするほうがいいのか、そのまま感じ続けて、それをうまく使うほうがいいのか。そのあたりでなにか最近の研究はあります?

中野:まずは、嫉妬と妬みを違うものとして扱う。

佐渡島:嫉妬と妬みが違う。

中野:心理学上、違うものとして扱うということを説明する必要があると思うんですね。嫉妬は、よりプリミティブなものだと考えられているんです。自分の持っている今のリソースを奪われまいとして、奪いにやって来る生物をあらかじめ排除しよう、あらかじめつぶしておこう、というのが嫉妬です。

これは、豚の子供って多胎で何頭もがほぼ同時に生まれてきますよね。多胎で生まれてきて、吸いつく乳首は毎回ランダムに変わるわけではなくて、1回その乳首に吸いついちゃうと場所が変わらないんです。

尻尾に近いほうの乳首は乳の出が悪いので、そこに吸いつかせられると、その子は成長が遅くなってしまう。一番いいポジションを取るために、他の子供、つまり兄弟たちに取られちゃいけない。この「取られちゃいけない」という、相手を排除する行動を促進するためのネガティブ感情が、嫉妬です。

佐渡島:それは英語だと……。

中野:jealousyですね。

佐渡島:jealousyが嫉妬。それがそういう定義で、妬みはどういう定義なんですか?

中野:妬みはenvyですね。

佐渡島:ああ、なるほど。そうですね。

中野:妬みはもっと社会的なものだと考えられていて。嫉妬についてもう少し言うならば、自分の持っているリソースを他の人に奪われてはならないということは、例えば専業主婦の方であれば、自分の持っているリソースとしての夫、そのバジェットを、他の新しい女に奪われてはならない(笑)。

佐渡島:嫉妬ですね(笑)。

中野:そのためにいろいろコントロールするというのが嫉妬の表れです。

良い妬みと悪い妬み

中野:妬みのほうは、言わば逆の感情で、自分と同程度の水準の個体であるにもかかわらず、自分より上位のものを不当に得ているようだ。そんな風に見えるときに、その相手に対して感じるネガティブ感情です。

ネガティブ感情の解消のためには、いくつか様式の異なる方略があります。1つは、自分が努力してその人を超えようとする解消法。これは良性妬みと言われます。

佐渡島:良性妬みっていう言葉があるんですね。

(会場笑)

中野:あるんですよ。妬みにもいいものがある(笑)。

佐渡島:いいものがあるんですね。

中野:これはがんばろうとするモチベーションになりうるので、むしろあったほうがいいですね。

佐渡島:そうですね。

中野:良性があれば悪性もあるのですが、悪性妬みは「その人をなんとかして引きずり下ろしてやる」というものです。悪い噂を流してみたり、必要な情報を渡さないとか、そういうことをして相手を引きずり下ろそうとするのが、悪性妬みです。

佐渡島:なるほど。

中野:例えば「自分のパートナーよりもきれいな嫁さんをもらった」とかで、ひどく妬みを感じたとしますよね。そのときに、そのきれいな奥さんの悪口をその人に吹き込む。例えば、「浮気してるらしいよ」とか。そうやって、2人をまんまと別れさせるのに成功した場合には、すごくうれしい。

イヤな喜びだけど、うれしい(笑)。そのイヤな喜びを「シャーデンフロイデ」と言います。「シャーデン」は損害、相手の損害ですね。「フロイデ」は喜びです。ドイツ語ですね。

妬みの感情を持たない人たち

佐渡島:羨望は? 羨望は良性になるか。

中野:今、まさに羨望の話をしようとしました。これは憧れ感情と呼ばれます。良性妬みも悪性妬みも起きようがないほど、相手が自分よりもはるかに上にいるとき。このときには妬み感情は憧れ感情に変わるのです。そして、むしろその人に対して好意を持つんです。

佐渡島:なるほど。

中野:妬み感情を向けられて困ったなというときは、それが憧れ感情に変わるぐらい引き離すというのが、一番いい回避方法になります。

佐渡島:だから、今回みんなが(コメントを)書き込んでいるのは、嫉妬というより妬みですね(笑)。

(会場笑)

中野:そうですね(笑)。

佐渡島:それで、「そういう感情を俺は持たない」という人たちも、何人かいます。

中野:いや、これはね、もっとも危険な人たちです(笑)。

(会場笑)

佐渡島:いいですね!(笑)。どう危険か教えてください。

中野:妬みというのは、すごく社会的に重要な感情なんです。「誰か1人が、ズルをしていないかな?」とを見張るための、アンテナとして機能してるんですね。このアンテナは社会を守るために機能するわけで、その集団を守るためのもの。

だけども、その感情を感じないということは、そのアンテナが壊れているか、もともと持っていないかなんです。「俺は社会を守るなんてことにはリソースを使いません」っていう人なんですね。つまり、アンチ社会性を持っている、反社会的というか……サイコパスなんです(笑)。

(会場笑)

佐渡島:ちょっと、『サイコパス』読んだほうがいいですよ(笑)。感情にふたをしているということは、ありえますよね?

サイコパス

中野:感情にふたをしている可能性もあります。自分はいい人だと思われたくて、本当は妬みを持っているんだけれども表さない、という人も当然います。

日本人にとっての幸福とは何か

佐渡島:そろそろ最後の質問でいきたいんですけど、「幸福とは何か?」か「妬みと承認がどう違うか?」。

中野:うわー、どっちも深いですね。

佐渡島:どっちも難しい。

中野:「幸福である」と感じると、満足度が下がってしまうという、パラドキシカルな部分があります。

佐渡島:はい。

中野:とくに不安傾向が高い人がそうですね。「今、一番幸福だ」と思うと、それが「あとは下がっていくしかない、怖い」という感情になってしまう。もしかしたら日本人の幸福度が低いのは、そのせいかもしれないですね。

その幸福度と満足度というのが、けっこう議論があるところです。心理学研究でも、「not blue」とか「満足している」とか、幸福度の尺度はけっこう多様なんですよ。

これも文化間差がかなりあって、日本人の幸福は、実は欧米人の考える幸福とは違うということがわかってきました。欧米人の考える幸福は、自分が達成したものがどれぐらいあるか、成績がいいとか、社会・経済的地位が高いとか、もちろん金銭的に豊かだということもあります。

ただ人そもののが、意外とこういうものが高くても、あまり幸せを大きく感じるわけではないらしいんです。大阪大学の調査では、年収が高くなればなるほど幸せなのは1000万円を少し超えるくらいまでで、1,500万円を超えてくるとむしろ下がるというがあるんですが、なかなか私たちって「幸せ」だと思えないんですね。

「じゃあ、どういうことに満足するか?」というと、どうやら日本人は、誰かどれだけから必要とされることを幸せだと思うようなんです。誰かから必要とされるか、頼られるか。まあ、言ってしまえば、葬式に何人来てくれるか、みたいな話かもしれません(笑)。

自分がどれだけ達成したかものよりも、どれだけの人に喜んでもらえたか、そういうことを幸福の尺度として捉える傾向が高い人たちの集まりなんですね。私も冷静にしゃべっているように見えますが、日本人ですので、やっぱり私自身もそういう傾向があるかもしれません。

例えば、確かに自分の本が売れたらうれしいなと思うんですけれども、アチーブメントとしてうれしいというよりも、自分の書いたもので多くの人に気付きを持ってもらえた、おもしろく読んでもらえた、「続きを読みたい」「これと似たような経験をまたしたい」とみんなが思ってくれた、そのことのほうがうれしいですね。

また「あ、これを読んでよかったな」って思ってもらえるものを、つくりたいなと思います。それができたら、幸せだと思いますね。

社会文化的な幸せの基準

佐渡島:さっきの日本のほうが幸福度が低いという話って、ある種、集団心理をコントロールしていくときに、幸せの基準の文化的部分というか、「これを幸せとする」みたいなものが、国ごとにズレてたりするじゃないですか。

中野:ズレてますね。

佐渡島:そこが日本はある種、教育のなかでの埋め込みが間違っちゃったというか。

中野:グローバルスタンダードとは、だいぶ乖離がありますね。

佐渡島:ありますよね。そのせいで、うまく感じられていないという可能性もあるんですかね?

中野:そうですね。

佐渡島:そこを置き換えるというか。

中野:ああ、なるほど。そうですね。それをもし置き換える必要があるとするならば、短期間でやらないと、置き換わった人から損をする可能性、リスクが高くなってしまう。

佐渡島:そうですね。社会じゃなくて、自分だけがそこを変えてると、ってことですね。

中野:そうですね。

佐渡島:日本の中で生きてる限り、っていうことですよね。

中野:例えばグローバリゼーションが一気に進んで、日本が「日本語を使いません」とか、もう日本という国はなくなって、世界連合みたいな国ができて「そこが日本の州です」みたいなことになったり、そういうことが起きて、かなりドラスティックに変わったら、ひょっとしたら、一気に変わることがあるくれるかもしれないと思います。

自分の意志と社会的な要請

佐渡島:あと、今日の最後を締めるにあたって、今日はじめに分子の話をされたじゃないですか(『君たちはどう生きるか』内の「人間分子の関係 網目の法則」)。けっこう僕自身もすごく、「自分が社会の分子の1人だな」と思うことがあって。

起業するときに、「時代の空気を知りたいな」と思って起業したんですけど、僕が「起業したい」と思って起業したのか、社会的な要請で「エンタメの中でITと結びつく企業が表れたほうがいい」という流れがあって、年齢やいろんな要素でたまたま自分がそうなったのか、「僕の意志なのか、社会の要請なのか、どっちなんだろう?」と。

中野:なるほど。

佐渡島:そのときに、社会の要請だとすると「僕がここで起業しちゃうと、次が出ない可能性もある」「僕が出ないと誰かが出て、そっちがうまくいく可能性があるんだったら、出ないほうが社会のためになるんじゃないか」というか。

中野:(笑)。

佐渡島:「全体の分子の中だったら、どういう振る舞いをするのが正しいんだろうな」みたいなことをすごく考えたんですね。

中野:やっぱり最適な分子が選ばれると思います(笑)。

佐渡島:(笑)。だとするとね、それはいいんですけどね。

中野:なんか禅の公案(隻手の声)を思い出させるような、ご質問ですね。どっちの手が鳴っているのか。

佐渡島:あ、そうですね。

中野:やっぱり両方の要素があっての結果だと思います。もちろん社会的な要請がなければ、いくら起業したってそれが時代の流れに乗ることはないでしょうし、そこにうまくハマる才能がなければ、そこにはいかないわけですよね。両方の条件がうまく合わさって、今、音が鳴っている状況なんじゃないかなと思います。

佐渡島:そう考えると両方の手が必要だから、社会の中で音を鳴らすって難しいことですよね。

中野:そうですね。極めて運がいいことですね。

佐渡島:だから、運が本当に必要だなと思いました。

中野:自分の才能を知って、それを活かせるかを見抜くっていう。

佐渡島:ちょうどタイミングが一緒じゃないとダメだし。

中野:そうですね。

佐渡島:いやあ、非常にいろいろおもしろかったです。

中野:私もおもしろかったです。

佐渡島:ありがとうございます。

中野:ありがとうございます。

(会場拍手)

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