2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
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中野信子氏(以下、中野):それでは、授業を始めたいと思います。ちょっと物々しいタイトルをつけてみましたけれども。「ヒトの認知機能と神経伝達物質」という内容でお話をさせていただきます。
もしかしたら、テレビをご覧くださっている方もいるかもしれません。しばしば出演させていただいている番組としては『ホンマでっか!? TV』や『有吉ゼミ』などがバラエティではよく知られているでしょうか。最近では、NHKスペシャルの『私たちのこれから「#不寛容社会」』などにも出演させていただいたりしました。なかなかの反響がありました。
経歴を申し上げますと、東京大学の工学部を卒業したあと、医学系研究科・脳神経医学専攻というところに進学しまして、医学博士をそこで取得しました。
そのあと、フランスの国立の研究所に行きまして、こちらでポスドクをやりまして、現在は帰ってきて、コメンテーターなどなどをしながら、大学で地味に過ごしているというような状況です。
書籍の執筆もすこしずつさせていただいております。近著では『脳内麻薬』が一番わかりやすいかと思うので、ちょっと宣伝を(笑)。これは新書なので、単行本サイズのものに比べて半額程度で手に入りますし。
さて、今日は試験の問題を、いくつか出してくれと言われましたので、最初から、テスト形式でいってみましょう。みなさん、スマートフォン持っていらっしゃいますよね。制限時間5分で、○×(まるばつ)です。やってみてください。今から問題を映します。よろしいですか?
7問あります。○×です。1~7まで番号を振って○×で答えてくださいという感じです。これ、テスト問題というよりは、なんだか飲み会の話のネタみたいな感じですね。いきなり神経細胞の話とかMRIの原理の話とかされるより、この方が印象に残るでしょう。覚えておけばいずれきっと役に立つ知識と思います。
○×の二択ですから、サッと終わってしまうと思います。制限時間を設定しましたが、長すぎるかもしれません。終わってしまった人は、この問題をやってみてください。
(一人だけ挙手した参加者を中野氏が指す)
中野:お答えをどうぞ
参加者1:日本ですか?
中野:日本です。正解です。速いですね、やっぱり。さすが上智の学生さん。こういうのをパッと思いつく人とパッと思いつかない人と、知能の高さが違いますね。
まだ時間がほしい方はどのくらいいますか? もうよろしい方は? じゃあ、もういいですかね。では、進めます。
回答を説明しながら、授業を進めていきたいと思います。
では、第1問。「右脳が発達していると創造性が豊かになる」。○か×か。
これ、みなさん、どうお答えになりましたかね。○とお答えになった方、どれぐらいいらっしゃる?
(会場挙手)
はい。「そんなことはないだろう」という方?
(会場挙手)
あ、けっこういらっしゃいますね。大穴で「左脳でしょう?」という方?
(会場挙手)
いないかな。この問題は、お答えは×です。
今日はログミーさんというメディアの記録の方がいらしているので、あんまりいろいろな方のおっしゃることをあからさまに否定するということが難しいですけれども、ちょっと頑張ってみましょうか。
さて、1問目の、右脳が発達していると創造性が豊かになる。これはもうほとんど迷信です。皆さんに考えてみてほしいのですけど、「創造性」ってどういう風に数値化しますか? 仮に数値化できたとして、それは本当に「創造性」というのに妥当でしょうか?
まずそこを疑わなくてはなりません。どのように計測するのか。そして、少なくとも「右脳が発達している人」と「右脳が発達していない人」を比べて、「創造性」の数値に有意な差がなければ、「右脳が発達していると創造性が豊かになる」とは言えません。
で、ここでもまた計測の問題が出てきますが、「右脳が発達している」って、どういうことを指すんでしょう? 大きさ? それとも、活性化の度合い? コネクティビティ? これもよくわかりませんね。実は「右脳が発達していると創造性が豊かになる」は、謎だらけの言説なんです。
それではなぜ、右脳が発達していると、などということを、多くの学者の方がおっしゃるのか。多くの人々が聞きたがるからです。大衆が満足して、漠然とした希望を持つことができる。たとえそれが誤りであっても。満足感が高ければ大量に消費されます。
そして、学者だけではなく、みんながそれに乗ってビジネスをするのです。経済は活性化し、雇用も増えるかもしれない。そのこと自体は悪いことではない。だけれども、科学的には誤りなのです。世の中にはそういうことがたくさんありますね。この話はよく覚えておいて、自分で判断できるようになってくださいね。
右脳人間、左脳人間というのはいないのだということを示した論文があります。2010年『PLoS ONE』という雑誌に掲載されたものです。この研究では、2年間にわたって、7歳~29歳までの被験者1,000人以上の脳の神経活動を比較検討しています。
7,000以上の区域に脳の領域を分けて、そのデータ画像から右脳・左脳の機能に個人差があるかどうかということを調べたんです。メタアナリシスというのですが、この解析の結果、右脳・左脳の機能分化に有意な個人差はないということがわかりました。
「ちょっと難しくてよくわからないな」と思われたかもしれませんね。「個人差はない」とは、一体どういうことでしょう? 右脳と左脳には、機能の違い、機能分化はあるんです。機能分化はあるんだけれども、それに個人差はない。
いったいどういうことか。私たちの身体を正面から見て半分に分けてみましょう。分けると、右側には肝臓があります。左側には心臓があります。
たしかに、左側と右側の機能は違いますね? 心臓と肝臓の機能は違いますよね。でも、心臓が発達しているからといって「この人は心臓人間です」とか言ったりするでしょうか? 変ですよね。
心臓と肝臓の機能は明らかに違いますけれども「あなたは肝臓のほうが発達しているから、肝臓人間です」とか、言うでしょうか? それに、心臓が発達しているとか肝臓が発達しているって、どういうことなんでしょう。ちょっと定義が難しい。もし心肥大だったら病気です。
繰り返しになりますが、当然、臓器はそれぞれに異なった機能を持っています。けれども、どちらかが発達しているからといって、その人の性質が決まる、というものではない。それに、平均的なバランスからズレて、アンバランスにどちらかが発達し過ぎていたとしら、それは健全な状態とは言えないのではないかと思います。
脳も同じです。右脳と左脳の機能には違う部分があります。けれども、「どちらが発達しているから、この人はこうだ」というような分類はしても意味がない。有意な個人差がない、ということが示されたからです。有意な個人差がない、というのは、人による違いはほとんどないということです。おわかりいただけたでしょうか?
右脳と左脳、どういう機能分化があるのかぐらいは知っておいてもよいかと思いますので、ご説明しますと、右脳は「全体視」、あるいは空間解像度・時間解像度の低い部分の分析を担当しています。これは人間以外の生物でもそうです。
「予期しない事態への対応」。つまり、広く大きく見て、そこに異常がないかどうかを検出するということをしています。
例えば、この教室で、私のことを暗殺しようとしている人がいたとしましょう。ちょっと極端な例ですけれど。
そういう人を私の脳がいち早く検出しなければならない場合、右脳を使うのです。通常とは違う、異常な事態へ対応して、それに適切な反応をする。そういう役割を担っているのが右脳です。
この機能に関しては「天敵の回避」という意義があったんだろうと、多くの学者が考えているようです。魚類、両生類、鳥類、哺乳類、どれも脳を持っていますけれども、それらの動物たちにおいて、右脳はそのような機能を持つと考えられています。
それに対して、じゃあ、左脳はどういう機能を持っているかというと、「部分視・中心視」です。細かいところ、例えば、「私の前に座っている、あの女性はピンク色のTシャツを着ているな」ということを見る。ごめんなさいね、ダシに使っちゃって。あなたです。ごめんなさいね(笑)。
中心視ということで目の前にいる方のことをお話しさせていただいたわけですけれども、部分視ということでは、周辺の方、この人、あるいはあそこにいる白いTシャツの方は髪の毛を茶色くしていらっしゃる。そういう細かいところを見て。……眼鏡のあなたです(笑)。眼鏡をかけて、おでこが秀でた賢そうな雰囲気の男性が座っていらっしゃる。そういうことを見るのが、部分視です。
これは、時間解像度、空間解像度、いずれもそうです。細かいところ、解像度の高いところを認知する、それに特化した機能を持っている脳ということになります。
時間解像度というのはなにかというと、言語ってありますね。私たちは、言語を使ってコミュニケーションを取ります。言語は、左脳で処理しますね。言語野というのは、右利きの人なら90パーセントは左脳にあります。
じゃあ、右脳の言語野に相当する部分はなにをしているか。私たちは、言語を話すときに、平板にはしゃべらないですね。
平板にしゃべるとはどういうことかというと、出始めの頃の人工音声のような話し方です。駐車場から車を出すときに「オカネヲ、イレテクダサイ」というような音声が機械から流れます。旧式のものは抑揚がちょっと変ですよね。ああいうしゃべり方のことです。
「プロソディー」と学術的には言うんですけれども、右側は、このプロソディ、抑揚の処理をしています。なまりがあるかないかなんてことを聞き分けたりもします。
音痴で悩んでいる人なんか、いますかね? 音痴にも2種類ありますね。自分が音痴だと知っている音痴というのと、自分が音痴だと知らない音痴というのがあります。
自分が音痴だとわかる音痴は、ただモーターコントロール、声を出す機能のコントロールがうまくいっていないだけなので、トレーニング次第で直るんですけれども。自分が音痴だとわからない音痴は直しにくいんですね(笑)。
なぜかというと、自分が音痴だと気づく、その部分の脳の機能が働かないからです。その人は、右脳のプロソディを処理する部分がうまくはたらいていない。失音楽症、アミュージアといわれることもあります。自分が音痴だと知らない音痴の人に出会ったとしたら、その人はもしかしたら失音楽症かもしれない。
次は、この絵を見てほしいんですけれども。これは空間解像度に関する実験です。イスラエルのDavid Navonという人がやった実験です。
(小さなアルファベットのAが、Hの形に並んでいる画像)
このH型のAの文字、普通の人は「H型にAが並んでいる」というふうに見えますよね。これを、分離脳患者に見せるとどうなるか。分離脳患者というのは、てんかんなどに罹患していて、発作が脳全体に広がるのを避けるための治療として脳梁を切断して、左右の連絡をなくした人のことです。そういう人を対象に、このH型に並んだAの文字を見せる。
すると、左半球が損傷している人は、この小さいAの文字が認識できません。「これはどういうふうに見えますか?」と聞くと、大きなHの字を書くんですね。
一方、右半球が損傷している人にはどういうふうに見えるかというと、逆にこの大きなHの文字を認識することができません。Hの形に並んでいるということがわからない。全体を把握することができないのです。
見えたように書いてくださいと言うと、小さなAの字を紙全体にバラバラに書きます。つまり、日本には「木を見て森を見ず」という表現がありますが、まさにそれを連想させるような現象が起きるわけです。
左半球が損傷している場合は、森だけ見えているけれども、木はわからない。つまり、処理する情報の解像度が、左と右ではそれぞれ違うのです。
しかし、健常な人では、ほとんどどなたも右脳と左脳をバランスよく使っています。
日本で今一番講演料を稼いでいると言われる方は、講演料が1時間300万円ぐらいするそうです。すごいね。みなさんの中からも、そういう方が出てくるかもしれないですね。ただ、科学的に誤っている内容を話して、人の期待や不安を過剰に煽って稼ぐ、というようなことは、できればしないでおいていただきたいなと思います。
じゃあ、2問目いきましょう。「モーツァルトを胎児期に聴かせた子は頭が良くなる」。○か×か。
○と思った方?
(会場挙手)
×と思った方?
(会場挙手)
半々ぐらいですかね。「わからない」って人?
(会場挙手)
「中野の答えを聞いてから決めよう」って方? 1人ですね(笑)。
これですね、答えは×。そんな実験は誰もやっていません。
胎児期に聴かせたほうが、頭がよくなる。これ、そもそも実験はどうやるんでしょうね。胎児期に聴かせなかった子と胎児期に聴かせた子、どうやって知能を比べたらいいでしょうか。それに、モーツァルトが効いた、と言うには、「モーツァルトを聴かせた胎児」と「そうでない音楽を聴かせた胎児」を比べないといけません。それも当然やっていない。
この主張の元になる実験が仮にあったとしても、デザインがめちゃくちゃというか、よくわからないんです。まあ、やってないんですけどね……。
もともとは大学生に対する実験です。1993年の『Nature』に載った、実験でした。Rauscherという研究者がやっています。
モーツァルトを聴かせた後に、認知力テストをやったら、点数が上がりました。そういう趣旨の論文でした。
それが、なぜかいつの間にか「赤ちゃんに効果がある」と拡大解釈されてしまいました。その拡大解釈されるきっかけになった元凶の本というのが、これです。Don Campbell、『The Mozart Effect』という本。
本というのは、罪深いですね。学術論文とは違うので、編集者さんの意向に沿えば、学術的に正しくなくたって、拡大解釈された内容が書かれてしまう。
この本を読んだジョージア州の知事がうっかり勘違いして、「新生児の脳をモーツァルトに触れさせるため、赤ちゃんが生まれたというご家庭にクラシックのCDを配りましょうよ」という予算を議会に承認させちゃいました。
このときの予算は10万ドルです。1,000万円ぐらいの予算が通っちゃったんですね。議会も「それは素晴らしいことだ」って、承認したのです。
この事実がまた実績となって、モーツァルト神話が広がっていくというスパイラルが起きてしまったわけです。
でも、論文によれば、大学生に聴かせたら「やっぱり効果あるんじゃないの?」と思った人もいるかもしれない。しかしながら、この実験はアーチファクトであって、モーツァルトそのものには効果はないということがわかりました。それを示した研究が掲載されたのは、1999年の『Psychological Science』という、心理学では非常に権威がある雑誌です。が、『Nature』ほどインパクトはない、残念ながら。
だから玄人は知っている、この問2が誤りだということを。だけど、一般の人は知らないわけです。ここにトリックがあるのです。経済活動を行うには都合がいいが、科学的には誤りであるという例の1つです。このモーツァルト効果も、もう疑似科学といっていいでしょう。
ただ、やはり経済活動を行っていらっしゃる方がいるので、中野がこんなふうに否定しているということを知ると、いろんなことを言って、中野を煙たがり、それこそ暗殺しようとする人が現れるかもしれません(笑)。
まあ、プラセボ的な効果を期待して、信じたいという人はモーツァルト効果を謳ったプログラムのようなものにお金を払うのもいいかもしれない。中野はそれを止めることはありません。けれども、おすすめもしません。自己責任です。
目端の利く人であれば、この中から1人ぐらい「俺もそれで商売できるんじゃね?」と思って始めようとする人もいるかもしれませんね。いつの時代にも、疑うよりも信じたい気持ちの強い人はたくさんいます。きっと儲かるでしょう。けれど、おすすめはしません。これも、自己責任でね。
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