2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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谷尻純子氏(以下、谷尻):私からも聞いてみたいんですが、ブランドや企業がビジョンを作るということは、昔からされてきたことではあると思うんですが、ここ最近すごく注目が集まっていますよね。
「ビジョン」や「パーパス」という言葉がみなさんの興味を引いているような感覚を受けるんですが、なぜそういうムーブメントが起きているのか、お二人のご見解をおうかがいしてみたいです。
中川淳氏(以下、中川):ムーブメントなんだけど、これももう回りもんなので、もう2~3年もすれば誰も言わなくなると思いますよ(笑)。
ビジネスバズワードファッションがクルクル回り続けていて、たまたまその波が来たからこの本は出ているわけですけど、うちは2007年からずっとビジョンを掲げ続けているので、「ブームが来なくても別に」という感じです。でも何で今ここにブームが来ているかという話ですね。
谷尻:淳さんは「ブランドの3レイヤー」の話をされますが、それとこの話は関係ありますか?
中川:ああ。「何に対してブランドを感じるか」ということは、時代の変遷があるという話をよくしています。
戦後のまだ物が不十分で行き渡っていない時代は、物そのものが大切で、そこに対する安心感がブランドを生んでいました。「百貨店の紙袋に入っていたらいい」という時代がありました。
そこから物がだんだん豊かになってくると、憧れのような気持ちが出てきます。でも最初は物や人に対する憧れだったのが、最近は物だけじゃなくて、もう少し上のレイヤーの「世界観」に対する憧れであったり、共感であったりという時代に変わってきました。
今まさに世界観やライフスタイルが全盛期だと思うんですけど、今後はさらに時代が変わっていくんじゃないかと。その1個上のビジョンとか会社の価値観とか、哲学のようなことに対する「信頼」が問われる時代に、少しずつ移行しつつあるんじゃないかと思います。
別に環境配慮がどれだけできてるかという話だけではなくて、もっと広い意味で、僕は「会社のライフスタンス」という言い方をしています。そこに対する信頼が問われる時代になってきているんじゃないかなということと、「ビジョン」「パーパス」がブームになっているのは合っているかもしれないですね。
谷尻:ありがとうございます。周さんはビジョンに注目が集まっている世の中の動きに対して、どういうご見解をお持ちですか?
山口周氏(以下、山口):僕はこういう変動はもちろんあるとは思うんですけど、一方でさっき「問題の鉱脈は掘り尽くされちゃった」という話をしましたが、長い時間軸で見た時にやはり(「顧客の不満」になるような)問題が少なくなってきていると思うんですよね。
あともう1つ、問題がなくなると何が問題になるかというと、仕事の「意味」が失われちゃうわけです。例えば洗濯板を使ってゴシゴシ服を洗っている人たちがたくさんいた時代は、「電気洗濯機を作って家事から解放してあげようよ」となりました。
あるいは消費者側の立場としては、「奥さん、洗濯でいつもつらい思いして、手にしもやけもできてるな。何とか早く電気洗濯機を買ってあげたいな」と、作り手側も買い手側も意味を感じやすかったと思うんです。
人間は意味を食べて生きていくので、(意味が失われてしまうと)生きていけない。能力を上げたりコンピテンシーを高めるために教育や研修が行われるわけですけれども、実際に人間が発揮している能力は、持っている能力とモチベーションの掛け算で決まってくるわけで、いくら保有能力を教育や研修で高めても発揮能力が低いのではどうしようもありません。
意味を感じられない仕事には、いくら能力のある人物を充てたところで、パフォーマンスは上がらないわけですよね。最近アメリカでも「人的資本」の開示を求める声が強くなっています。元々、会計のルールでは「金融資本」の開示が義務付けられていました。
貸借対照表と損益計算書、キャッシュフローステートメントを監査を受けた上で出さなきゃいけないわけです。その情報を元に投資家が会社を評価しているんだけども、今はお金が余ってますから、お金の状態よりも人的資本のほうが重要だと考えるようになってきた。資本主義から人本主義への転換が起きているわけです。
山口:つまり能力の高い人がいて、その人たちがエンゲージしているかどうかで、会社のパフォーマンスが決まるんだとすると、投資家としては「お金がどうこうよりそっちのほうを見せてくれ」という状態になってくるんです。当然のことだと思います。
まもなく、そういう社会になるんですよ。今ルール化されてきています。日本も今年の6月に経済産業省と財務省が方針を出すと言われていますけども、つまり会社はどれくらい従業員がエンゲージメントしてて、自分の会社や事業に共感しているかどうかを、数字化して開示しないといけないわけです。
そうするとまさに「意味」を感じられているかどうかが企業価値に変わってしまう。そうすると資金調達力が変わってきてしまう。それをどうやって作るかとなると、パーパスとかビジョンになります。
おそらく会計上の動きを反映しているんですけれども、逆に言うと会計上の動きが何でそうやってできているのかと言ったら、結局モチベーションを感じている人と感じていない人がいると、絶対にその企業価値を感じている人のほうがパフォーマンスが高いからだという、投資家側の要請ですよね。それはあるんだと思います。
中川:なるほど。
谷尻:ありがとうございます。
谷尻:では2つ目の質問です。「いいビジョンと、よくある失敗例とは?」という問いを置かせていただきました。機能するビジョンと機能しないビジョンと言い換えてもいいかなと思います。まず「ビジョン」とはつまり「問いを投げかける行為」だと思うんですけど、どんな時に問いのきっかけに気付くのか聞いてみたいです。
例えば周さんであれば、美意識の本(『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』)を書かれた時も、大きな問いだったと思うんです。ああいった問いはどういう時に気付かれて、どう言葉にしているんでしょうか?
山口:なんとなく気付くんですよ(笑)。
(一同笑)
山口:人間がひらめく瞬間のエピソードはだいたいウソで、みんなドラマチックに言いたがるんです。「林檎の木の下にいて落ちたんだよ。その瞬間に……」と言うんですけど、あれは絶対ウソですよ。
中川:(笑)。
山口:なんとなく、いつの間にかそこにあるんですよね。ずっと積み重なっていた違和感が臨界する瞬間があって、ある朝起きるともうそこにある。淳さんも同じじゃないですか?
中川:おっしゃるとおり。
山口:「少しずつ状態が悪くなってるな」とか、なんだかモヤモヤする問題意識を抱えたり、個別の具体的な事例で「違和感あるな」とか思った時に、ある日ふと気が付いたらそこに(「問い」として)あるんです。
中川:そうですね。「振り返ればWill-Can-Mustの重なり合いだった」と説明するものの、そんなふうに思い付いたわけではなく、工芸業界の現状や会社のコンディションについてこの先どうしていくのか2~3年モヤモヤしている中で、ある時降りてきた(というのが正しいです)。
山口:淳さんは本の中にも書かれていたけど、年末になると廃業のご連絡に来る取引先がしばらく続いたんですよね。本人にとって、その経験で身につまされて心が動いたから、痛みの回路がすごく響いていたから覚えているんだと思うんです。
『ビジョンとともに働くということ 「こうありたい」が人と自分を動かす』(祥伝社)
中川:そうですね。入社してほぼ毎年廃業の挨拶があったんですね。最初は何も思っていなかったんですけど、続くと「このままいくとうちも物が作れなくなるんだ」って思った。それがベースとして絶対あるんですね。でもそれだけでもないし、複合的な要素が重なって、本当にある時なんとなく降りてくるんです。
谷尻:ありがとうございます。なんとなく降りてきたビジョンが、いいビジョンとして機能する場合と、逆に機能しない場合とあると思うんですけど、この機能する・しないはどこに分かれ目があると思われますか?
中川:「これはいいビジョンですか、悪いビジョンですか」と聞かれても、判断つかないと思うんです。その時点では決まっていない。それをいいビジョンにしていけるかどうかという、そのあとにかかっていると思うんですよね。
結局ビジョンはワークして初めて意味があるので、それをどれだけちゃんとワークさせられるかです。ではどれだけワークさせられるかは何で決まるかというと、言い出した人の圧倒的覚悟があるかどうかで決まるんじゃないかなと思います。
谷尻:周さんはいかがですか?
山口:そうですね。淳さんと同じなんですが、ビジョンの良し悪しは書いた時点ではあまり判断ができない。外形的には一応、シンプルかとか覚えられるくらい短いかとか、有意義かとかはありますよ。でも、結果的にそこに携わっている人たちのモチベーションが上がったり、業績が上がったりに繋がらなければ意味がない。
逆に言うと複雑怪奇でよくわかんないんだけど、なんか言っていたら元気になっちゃった。それは結果論としていいビジョンだということになると思いますね。
中川:うちも最初にビジョンを言った時に、みんなが「ああ、それはいいビジョンだ」となってくれたかと言ったら、まったくそんなことなかったですからね。最初はぜんぜんポカーン状態でした。本当に「何言ってんの?」というところから始まって、それをコツコツやって、今となっては(いいビジョンだと)捉えていただいていますけど。
山口:よく「過去が未来を決める」という言い方をされるんですけど、そうではないんです。未来が過去に意味付けをする。これからやってくる未来が、結果的にあの時点で出したビジョンの良し悪しを決める、ということではあると思う。
ただそれで「どんなビジョンでもいいんだ」と思ってやってしまうと、未来が難しくなっちゃう気もするので、最低限(のポイントはあると思います)。でもそのものだけで、いいビジョンと悪いビジョンがわかることはないと思います。
谷尻:ありがとうございます。さっき淳さんから、「最初はぜんぜんポカーンだった」という話があったと思うんですけど、最初の「ポカーン」な状態から、今の中川政七商店はみんなビジョンが空で言えるようになりました。
さらに今はビジョンに向かって各自が自分で「これはやるべき、やらないべき」と判断できるような状態になっていると思うんですが、ここまで浸透させるために、淳さんがどんな進め方をされたのか聞きたいです。
中川:山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」というやつがあるじゃないですか。まさにそれで、最初は誰も理解してくれないし、(中川政七商店が)工芸だという自己認識もなかったし、元気にするという意味もわからんし、そもそも工芸が弱っているという意識も別にないというところから始まって。
「やってみせなきゃ」と思ったので、最初に波佐見焼のマルヒロさんのコンサルティング事業をやりました。それも見えないところでやっていたから、終わってある程度のかたちになった時に、マルヒロの息子さんを社内に連れてきて、みんなの前でしゃべってもらったんです。
そこで「あ、なるほどね。社長の言っていることはそういうことね」とわかってもらった。でも「社長が勝手にやっているだけの話だよね」という反応もあるなかで「いや、そうじゃないですよ」と。
「中川政七商店という会社の仕組み全体が、これを成し遂げている。もちろんみんなは日々の日割り予算とかで動くけど、その先にそれ(日本の工芸を元気にすること)の達成につながっているんだよ」と口酸っぱく言い続けました。店舗のアルバイトの子たちにまで届いたかなと思えるのには、5年ぐらいかかっていますからね。
谷尻:ビジョンの浸透を含めて、新店舗ができるたびに一緒にご飯に行ってお話されていましたよね。
中川:店舗ができるたびに、オープン前のスタッフを集めてご飯に連れていって、「日本の工芸を元気にするということはどういうことなのか」を毎回毎回話しました。もちろん店舗スタッフなので入れ替わりもあるんですが、まずは入り口となる立ち上げスタッフが大切なので、ずっとやっていましたね。
最初はつらい戦いでした。みなさんからするとまだ具体的な事例が世の中に届いていない時なので、店舗スタッフにとっては雑貨屋のアルバイトに応募しただけなのに、いきなり社長が来てめっちゃ小難しい話をされる。私からすると、みんなの顔が萎えるのがすごくわかるんですよね。
山口:萎えちゃうんですか? そこで目がキラキラしたりとかは?
中川:もうぜんぜん。「刺し身食べてたほうがいいかな」という感じで、僕がしゃべっていると萎えちゃうんです。なのでどうやったら興味を持ってもらえるか、聞いてもらえるかをさんざん試行錯誤しました。例の大阪城の石垣の話を使えるようになってから、みんな話を聞いてくれるようになりました。
中川:あとは生々しい話。マルヒロの息子さんが給料5万円でやっていたのが、今は25万円取れるようになった、みたいな話を聞くと、アルバイトさんには主婦層の方もいるので、「良かったね、若いお兄ちゃんがご飯を食べれるようになって」みたいな。そういうことがわりと効いたりして、試行錯誤の上に積み上げてきた感じです。
谷尻:なるほど。補足しておくと、マルヒロさんは長崎県の波佐見焼の工芸メーカーさんで、中川政七商店がコンサルティング第1号として経営再生をさせていただいた企業さんです。今は波佐見町に公園「HIROPPA」を作られて、新しいスターとして非常にご活躍されていますよね。
中川:この間(企業オリジナルの公園として)横浜のUNIQLO PARKとソニーのGinza Sony ParkとマルヒロのHIROPPAが並んで紹介されている記事があって、すごい並びだなと思いました。
谷尻:メディアでもいろいろ取り上げられていますので、みなさんもぜひ読んでいただければと思います。
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