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吉藤オリィ氏インタビュー(全3記事)

「必要」じゃなくても「わざわざやりたい」ことはある 吉藤オリィ氏が目指す、古い文化と効率化のバランスとは?

日本の社会において、教師や上司から古い慣習・時代遅れのルールを強要されるシーンはいまだによく見られます。「なぜですか?」と聞いても「自分たちもそうだったから」「昔から決まっていることだから」と返され、辟易することもしばしば。そんな構造を変え、真に生産的で皆が気持ちよく取り組める「新しいルール」を社会に実装していくにはどうすればいいのか? 「世の中の明らかに時代遅れな制度、ルールにはテクノロジーをぶつけていけ」という、ロボットコミュニケーター・吉藤オリィ氏に話を伺いました。本パートでは「文化的な行いとテクノロジーのバランス」などについて語ります。

孤独の壁をつくる「3つの障害」

――最初に、吉藤さんがご自身の研究テーマに挙げていらっしゃる「孤独の解消」について、ご説明いただけますでしょうか。

吉藤オリィ氏(以下、吉藤):はい、まず孤独とは何かというところなんですが。私はまず「ひとりぼっちであること」を孤独とは決めていなくて。「自分が誰からも理解されていなくて辛い」と自分が思ってしまう状態。「なんで俺ここにいるんだろう?」とか、普通は考えなくていいはずのことを考えてしまう。そんな状態になってしまわないようにするには、どうすればいいかと。

そもそも「自分が誰からも理解されていない」とか「どこにも居場所がない」と思ってしまうのは何故か? というところなんですが。私はこの孤独の問題は「3つの障害」を克服することによって解決できると考えていて。

まず1つ目が「移動の障害」です。つまり私たちは今(Zoomで行われた本取材)、お互いがパソコンの前にいるからコミュニケーションが成立しています。でもそれも、パソコンの前にいないとできないわけです。

みんなが同じ環境にいないと「場」に参加できないというのは、学校の教室も同じで。

障害があって学校に行けない子供たちのために、車椅子で体を教室に運ぼうと思っていたんですが、車椅子で運ぶことすらできない人たちもいるので。じゃあ「心を運ぶ車椅子を作ろう」というのが、分身ロボット「OriHime」の発想の元にもなった「移動の克服」です。

次に「対話の障害」。これは「場」に行ったとしても、話しかけるきっかけが掴めないとかそういったこと。体を運んで行ったパーティーでも、友達や知り合いがまったくいなくて、立食パーティーの端のほうでワインだけ飲んで帰るパーティーとか。本当に辛いやつですね。

――それ、すごくわかります!(笑)。

吉藤:ここにもし誰かがいてくれて「〇〇さん、おもしろい人紹介しますよ」ってつないでくれたら、それだけですごく盛り上がったりする。そういうものがあると「対話の障害」を克服できるんだけど、そこもけっこう人頼りじゃないですか。

――そうですね。

吉藤:だから「対話の障害」にもテクノロジーが足りていないと思っていて。

そして最後が「役割の障害」。例えば我々も、パーティーの主催者だとしゃべる内容も変わってくるし。極端な話、参加者みんなが楽しそうにしてくれてたら、誰ともしゃべらなくたっていいわけですよ。

「自分はなんでここにいるんだろうな」とは思わない。けど一人の参加者として、例えば新郎しか知り合いのいない結婚式に参加したとき。あれって人がたくさんいて、誰かと会ってるけど孤独じゃないですか。

――はい。そうですね。

吉藤:もし、受付とかなにかの役割があったら、ほかの人に話しかけるきっかけや理由もある。「そこにいて、かつ役割があること」って、コミュニケーションのコストを下げると思っていて。

この3つの障害を克服することによって、孤独が解消できないかってことを考えているというのが、まず私の考える孤独の定義とそれの解消法です。

「必要」じゃなくても「わざわざやりたい」

ーーありがとうございます。今回の取材テーマは「古い慣習・ルールの変え方」ですが、吉藤さんが「変えるべき古い習慣」と感じるものはなにかありますか?

吉藤:そうだなぁ、なにかあるかな。そういえば最近、名刺ケースを作ったんですよね。

――YouTubeで紹介してらっしゃった、交換した名刺のデータが自動でスマホに飛んでいくやつですよね。確かに「名刺交換」は古い習慣かもしれません。

吉藤:私は本来なら「名刺ってなくてええやん」と思ってる人間なんですよ。でもおもしろいのが、寝たきりの友人たちとかが社会人デビューすると、結構多くの人が名刺を作りたがるんですよね。

――へ~。

吉藤:寝たきりなんですよ。自分じゃ名刺を取り出すこともできないし、受け取ることもできない。でも、作りたいんですよね。寝たきりの親友に「作る必要ないじゃん」と言ったところ「でも作りたいんだよ!」って言われて。

――強い意志があるんですね(笑)。

吉藤:「これは食事の前の『いただきます』みたいなものなんだ」みたいなことを言われて、なんかすごく納得した。なるほどねと。たしかに「いただきます」って、私も和食の時は自然にいうけどハンバーガー食べる前には言ってない。だから別に言わなくてもいいのかもしれないけど「言いたい」という気持ちを否定しちゃいけないなと思って。

――伝統というか、文化みたいな?

吉藤:そうですね。文化的なことかな。うん、文化だな。要は「わざわざしたい」ということって、たしかにある。誰かの家に行くときにはお菓子を買って持っていくとか、花を持っていくとか。しなくてもいいじゃんって思いながら。あと年賀状を送るとか。わざわざそれをやるって、けっこう文化的なことで、たしかに私はやらないけど、でもやる人達にとっては大切なことで、やりたいならやりたい気持ちを否定してしまうのはよくなんだよなと思っている人間なので。

それで、名刺交換をしたいのはわかった、と。連絡先を交換したいというゴールも重要である、と。でも紙の名刺交換をしたときの何が面倒くさいかというと、そのデータを自分でパソコンに打ち込んだりとか、スマホに登録するとか、もしくはマシンにガシャンって入れて読み取るとか。そういうことをいちいち全部してるかっていうと、まあ面倒でしないじゃないですか。

――しないですね(笑)。

吉藤:我々の机の上に無数に積まれた、個人情報の山ですよ。アレ、タウンページが置いてある時代とセキュリティ意識あんまり変わらないですよ。

――たしかに、わかります(笑)。

文化を守りつつ、効率化を進める

吉藤:名刺交換という文化は残しながら、そこは尊重しながら。あとの部分を寝たきりのメンバーたちは、近くにいる人に頼んで、自分の代わりに交換してもらわなきゃいけない。ヘルパーが「これ俺の仕事じゃないのにな」とか思いながら、代わりに名刺交換して。

あとで写真撮って取り込んであげて、それを送ってあげて。ようやくその人は、相手の名前、肩書きを見たりとか、メールアドレスとかを手に入れて、その人が使える状態に加工されるわけなんですけど。

でもそこで「彼らは身体が動かせないけど名刺交換したい。かわいそうだからやってあげなさい」ということをヘルパーに強要して、果たしていいのかという話。実際、大変じゃないですか。

――大変ですね。ふだんの仕事もあって、かつ名刺を交換して。そのあとパソコンに打ち込んでという作業が発生する。

吉藤:それをヘルパーにさせていいのか。とはいえ障害を持っているメンバーたちに「あなたは寝たきりで名刺交換を自分で出来ないんだから、そこは我慢しときなさい」って言うのかというと、それも正解じゃない。私はここはうまくバランス取れると思っていて。そこでデザインしたのが、あの名刺ケースです。

――アレ、仕組みはどういうかたちになっているんですか?

吉藤:中にカメラが付いてるんですよ。Bluetoothでスマホに送れるようになってます。スマホに送ったあとはOCRサーバーを通して、要は文字を認識させて。

これのいいところは、名刺交換した瞬間がわかるんです。つまり「何時何分何秒にこの人と名刺交換した」ということが、あとでわかって。Googleカレンダーに紐づいているから、例えば今だったら「ログミーさんの取材を受けている」ということがカレンダー見れば書いてあるので、そこで出会った人だすぐに思い出せたりとか。

――なるほど!

吉藤:あとはGPS情報も記録されるので、どこで交換した人かもわかる。それだけで「あれ、この人誰だっけ?」という曖昧な記憶にヒントが与えられると。

――そっか、今までは名刺という1枚の紙から「あれ、これ誰だっけな?」ってなってたものが「いつどこで交換した相手」というヒントが、いっぱい与えられる。

吉藤:個人情報を机の上に置きっぱなしにしてる人はもちろん、名刺をきれいにファイリングしてる人も、みんなあんまり覚えてないですよね。

――はい(笑)。そうですね。分厚い名刺のバインダーみたいなのありますけど、正直1割くらいしか覚えてないです。

吉藤:探すのも大変だし、メモしとくわけにもいかないし。というところについては、まさに根性論でなんとかしていた、古臭い慣習だと思ってますよ。

――たしかに。「名刺はもらって、バインダーに保存しておくものですよ」みたいな、昔ながらのルール。

吉藤:そうそう。

――あと「名刺にメモをしてはいけない」みたいな無意味で謎のルールもあって。「名刺は相手の顔と一緒なんだから、メモを書くな」みたいな。そういう「気合いと根性で覚えておこう」という無駄な労力を解消するために作られたのが、そのシステム?

吉藤:そう、名刺ケース。名刺ケースにカメラが付いてる。名刺をもらった瞬間に「読み取りますので」とか言って、スマホ出してパシャってやったり……たぶんしない。

――しないですね(笑)。

吉藤:それって、なんかマナー違反な気がするじゃないですか。であるならば、そこのマナーも、守りたいんだったらそれを尊重しつつ。名刺ケースの形をしているから、もらった名刺をこの上に置く。この瞬間にデータは読み取られている。となると、効率化も図りながら、マナーを守りたい人の気持ちも尊重できるよねと。

――昔ながらの習慣を好む人もいるから、その意向は尊重して。今までの一連の流れの中に、テクノロジーを持ってくるみたいな。

「テクノロジーと現代社会のいいバランス」とは?

吉藤:ここって非常に重要で。突然、世の中は一気に変わらないんですよ。例えば「学校をいきなりVR化しよう」みたいな今までとはぜんぜん違うことは、謎のウイルスでも流行らない限りは起こらない。

これって福祉で例えるなら、目の前にでっかい段差があるようなもので。もしくは壁か、崖。そこにロッククライミングしてでも上の世界を見たいような、アーリーアダプターのごくごく一部の変人たちは登るかもしれないけど、普通は登らない。物理的に無理な人のほうがたぶん多いと思います。

そこを徐々に階段にしていって、最終的に傾斜6度くらいのスロープにしていく。すると車椅子の人とか多くの人が、自分が登っていることにも気づかずに、ゆっくり時間がかかるけれども確実に上に上がって来られる。そういうふうに物事を変えていくのが「テクノロジーと現代社会のいいバランス」だと私は思っているんですよね。「名刺ケース」の話って、福祉と同じ考え方なんですよ。

――バリアフリー的なイメージですか?

吉藤:バリアフリー化していかないと、みんながそこにはたどり着けない。アーリーアダプターとかテクノロジストの人たちは、基本的に崖を登って「いい景色が見れるからみんなこっち来いよ!」と言ってるような状態です。「いや、ちゃんと階段を作ろうよ」みたいな。

――自分1人で向こう側に行って「みんなおいでよ」と言ってても、続く人が「いや、無理でしょ」となって諦めてしまうようなことですね。

吉藤:そう。行くためのコストがかかりすぎる。そのコストっていうのは必要なものを整えたりとか、装備を整えたり筋肉をつけたり知識を身につけたりとか。もしくは、下手したら落ちて怪我するかもしれないっていうリスクとか。さまざまなものが関わってくる。

そういう状態じゃなくて、早く壁を登った人たちは後ろの人たちもついて来られるように、道をどう作っていくかっていうことをしないと。突然に世の中は変わらないなって、私は思っています。

――今のコロナウイルスみたいに「そうせざるを得なくなった」みたいな感じではなく、平常時にテクノロジーを浸透させるには、そういった「道を平す作業」が必要ということですね。

「できない」には価値がある

吉藤:テクノロジーに囚われず、ここは違う文化とか……今までやってこなかったことというような言い方だと思うんですよね。テクノロジーに限らず。それは勉強かもしれないし。

必要がないことを、たぶん人は勉強しないと思うんですよ。大人になったとしても。例えば、今、我々はスワヒリ語を勉強しないと思うんですよ。日常生活でたまに「アサンテ!」(スワヒリ語で「ありがとう」)とか言ってみようかな~とは思わない。必要がないから。

――そうですね(笑)。いきなり勉強しないですね。

吉藤:テクノロジーもそうなんですけど、私は「代替手段がある人間のポテンシャルを、基本的に信じていない」ってよく言うんです。私は右利きですけど、右手でペンを持てる人間は左手でわざわざペンを持たない。だって右で使えばいいじゃん、ってなるから。

――はい。

吉藤:右利きの人が左手でペン書く練習って、けっこう大変ですよね。

――しんどいですね。

吉藤:時間かかる。その瞬間、作業効率が落ちる。自分の能力も落ちる。その中で、左手で書くモチベーションはないはずなんですよ。右手を怪我して、ようやく人は左手で書くし。左手も動かなくなったら口でペンくわえるし、口も動かなくなったら、今、視線入力で絵を描いたりするわけですよね。

つまり人は、できなくなるから「じゃあどうすればいいか?」と考える。私は「できないには価値がある」とよく言ってて。できないからこそ、人はどうにかしてやろうというモチベーションが湧くわけですね。

もちろんできないことを、そのままにしておくと諦めになってしまうんですけど。「諦める」か、あるいは「誰かにやってもらう」か。もしくは「気合いと根性と我慢でなんとかする」か「テクノロジー、つまり道具を使う」か。できないときは、この4択があると私は思っていて。

今までは自分じゃできなかったことを諦めていた人が「誰かに自分の体をさすってもらう」か「とんでもないリハビリテーションを経て、自分で体を揺すれるようになる」か。それをやることで、体が傷んだり治りが遅くなったりするかもしれないんだけど。それでもなんとかするように、地獄のリハビリテーションをがんばる。

――それが気合いと根性みたいな、古い習慣。

吉藤:そう。だけど例えばですけど、マッサージができるベッドを作って、自分の右手かなんかでピピっと動かせば自分の背中を掻けるようにできるってものがあれば。もしあるなら、それを使ったほうがいいよねって思うんですよね。

といった気合いと根性とか。人がやってくれる分は人にやってもらってもいいかもしれないけど、毎日ずっとそれをお願いし続けることって、けっこう申し訳ないと思ったりすることもあるので。

――そうですね。

吉藤:そこは私は「諦める」「人に頼む」「気合で頑張る」そこに加えての「テクノロジーに頼る」といった、選択肢があったほうがいいと思ってます。あらゆるものごとに正解はないけど、選択肢があるというのは正解だと思っているので。

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