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中野信子氏 インタビュー(全3記事)

なぜオンラインコミュニケーションは難しい? 中野信子氏が説く「言葉にならないもの」の価値

新型コロナウイルスの蔓延によるリモートワーク普及の影響もあり、ビデオコールやチャットなど、コミュニケーションの手段が少しずつ変化してきている、昨今。将来的には「言語」にとどまらず、映像や音楽、脳内アイディアを用いた「非言語」によるコミュニケーションが増えてくる可能性もある。そこで、それらが人間社会に与える影響について、脳科学者・中野信子氏にお話を伺った。本パートでは「言葉にならない感情の伝達」などについて、中野氏に語ってもらう。

「言葉にならない」感情の伝達

――ありがとうございます。言語とはそもそもどういったものか、脳はどのように言葉を認識しているか、というところをお聞きできたので、ここからは「言語以外でのコミュニケーション」についてお聞きできればと思います。

中野:なにか思い浮かんだときに、言葉にならない何か、というのがありますね。私はそれを言語に落とし込む作業を楽しいと感じるタイプですけど、それが難しいという人もいますね。例えば「絵文字で表現できるニュアンスを、言葉で端的に表現しよう」というのはけっこう難しくないですか。

――たしかに。

中野:絵文字・エモティコンも、機種によって雰囲気が違っちゃったりしますよね。例えば、ハート型のエクスクラメーションマークってありますよね。びっくりマーク。あれのピンクのやつと赤のやつは、ちょっとイメージ違いません?

文字だってフォントで印象が違ったり。それって言語の情報かといわれると、言語じゃない情報だったりしますよね。相手に与える印象として。そういうものをいちいち言葉にできるかというと、なかなか難しい。

言葉ってどうして使われるようになったのかというと、やっぱり「量のある情報を圧縮して相手に短時間で伝えられる」ということが、一番メリットとしては大きかったわけですから。情報量の多いコミュニケーションでは、そこまでカバーできる担体が必要なわけですね。

今コロナでなかなか人と会えなくなってますけど、なんで人に会うのが大事だったのかっていうのを、しみじみ思いますね。オンラインでできることはたしかにオンラインで済んで便利だなって思うけど、でも同時に「あ、人と会わないとダメなことってあったわ」ということも思い出す。

例えばログミーさんはわりと長い間、中野のことを知ってくださっているので、今日のようにオンライン取材でも大丈夫だと思うんですけど。初めて会うメディアの人だったら、オンラインセッションで仲良くなれるかなぁ? ちょっと難しいと思うんですよね。

その人が本当に何を考えているのかなぁ? とか。その人の今持っていそうな感情とか雰囲気とか。こういうモニタの画面には映らない、(こめかみあたりを指差して)ちょっとこのへんがピクッとしたとか(笑)。笑っているけど目が笑ってないよねとかって、なかなか伝わらないと思うんですよね。

――たしかにオンラインの取材って、オフラインに比べて難度がグッと上がる実感があります。

中野:ちょっと小説の名前を忘れちゃったんですけど、お子さんを亡くしたお母さんに会ったという話で。そのお母さんはぜんぜん悲しんでなくて、すごく気丈に振る舞っている。本当にこの人お子さん亡くなったのかな? 子どもを愛してなかったんじゃないか? なんて訝しくなるくらいにはお母さんの姿は明るいように見える。

だけども主人公がなにか落として、取ろうと思ってテーブルの下を覗き込むと、そのお母さんの手がぎゅっと握りしめられて震えている。悲しみをこらえようとして震えているわけですね。

こういう感覚って、オンラインではなかなか伝わらないじゃないですか。

――伝わらないですね。

中野:これは小説だから匠の手によって言葉になってますけど、手練れの書く文章でもなければこういう感覚ってなかなか言葉にはならないんじゃないですかね。ただ「悲しかった」というだけでは、ちょっと違うじゃないですか。その感情の強さが。

アートと言語

中野:ほかにも例えば「この人なんとなく好きだからやっぱり味方したいな」とか。そういう無意識に持ってしまう好意のようなものがありますよね。「なんとなく好き」って、うまく言語化して伝えられます?

――難しいですね、それって。

中野:難しいと思うんですよね。なんで好きなのかってうまく言えないでしょ? かえってかしこまり過ぎて距離を感じさせてしまったり、性的に好きなのかと誤解されて引かれたりもしかねないし。こういうところがいいって、相手に敢えて言葉で伝えるのって実は難しい。無理やり言葉にしようと思えばできるんだけど、でもそれだけじゃないじゃないですか。ほんのり自然に好きって、言葉にするとこぼれ落ちちゃう要素が多い。

例えば恋人と付き合い始めたばかりの男性に「彼女のことをなんで好き・かわいいと思うんですか?」って質問するとして。まあ、用意してある答えはあると思うんですよ。もちろん、がんばれば言葉にもできると思うけど。でも、その「言葉にならない好き」とか「いとしい、かわいいと思っている、なんとも言えない心地よい感じ」とかって、なかなか全部は表現しきれないですよね。

そういうものを伝えられるのが、やっぱり非言語情報のおもしろさであって。アートは言葉に依らないモダリティを使って、なんとかそれを表現したいということへの試みでもありますよね。

――言葉にしたときにこぼれ落ちるものを、アートでは表現できるということでしょうか?

中野:おっしゃるとおりです。こぼれ落ちる情報量が多すぎるんですね。現代は、こぼれ落ちた非言語情報を端的に伝えられるクリエイションのできる作家が、高い評価をされているな、と思います。

日本語は「1音で宇宙を表せる」不思議な言語

ーー言語で表現できる範囲内であっても、たとえば日本人同士が日本語を使って話していても、相手によってうまく伝わる場合とそうでない場合がありますよね?

中野:そうですね。日本語というのも実は起源のよくわからない、やや特殊な言語なんですよね。俳句とか短歌とかあるでしょ? めちゃめちゃ短い詩が。あれがいい例ですけど。1個の単語の持っている世界がすごく広いんですよね。

それから、わずかな音で、二重三重の意味を表現することもできる。例えば「わ」って音だけでいろんな意味を持つ漢字が思い浮かぶでしょう。「和」であったり「輪」であったり。「我」「倭」「吾」「話」「環」これら全部「わ」ですね。ほぼ宇宙みたいな(笑)。

1音で宇宙を表せるなんて、少なくとも欧米の言語にはないですよね。日本人はこういう言葉を使っているので……運用するのにちょっと特殊スキルがいるんですよ。空気読むっていう。研究所では「日本はハイコンテクストの社会ですね」とよく言われました。

――聞いたことあります。

中野:「君たちはすごく短くものを言うけど、短い言葉の中にすごくいろんな意味を含んでいるんだね」って。「日本はハイコンテクストの社会」ってことをことあるごとに感じたんですけど、言わば「空気の社会」。空気を読むという特殊スキルがないと日本語は使えない。

音声としして日本語をしゃべったり、日本語で歌われているJ POPをそのとおりに歌ったりっていうのは、音そのものは複雑ではないから外国人にとっては楽だと思いますけども。一方で実際に運用するとなったら、ハイコンテクストの言語なので非常に難しいと思いますよ。デーブスペクターさんはすごいなぁと思います(笑)。

――デーブスペクターさんのこと、すごくお好きですよね(笑)。

中野:尊敬してます! あれはなかなか真似できないと思うんですよね~。空気をめちゃめちゃ読んでるなと思います。アメリカから来たのに。外国で生まれ育った人があそこまで日本語を使いこなしているというのは本当にすごいですよ。日本に生まれ育った日本人でも、日本語は奥が深くて、うまく使うのはけっこう難しいのに。

――日本人ぽいですよね、とても。

中野:日本人ぽいと思いますね。本当は埼玉県出身だった、と東スポにバーンと記事が出たことがあるくらい。『翔んで埼玉』の続編があったら出られるかもしれない?

とにかく日本語は「空気を読めるかどうか」というのが大事な言語で。発話そのものの流暢さとか、正確な運用とかは意外と問題視されないんです。空気を読めているかどうかのほうが、ずっと問題視されます。

見た人を破壊衝動に駆り立てる「冒涜的アート」

――言語であってもそうだとすると、アートや音楽はさらに解釈の自由度が高すぎて、受け手によって受け取る内容は千差万別になりませんか?

中野:もちろんなりますね。『Piss Christ』(『小便キリスト』)という作品ご存じですかね? アンドレス・セラーノっていう、Metallica(メタリカ)のジャケットなんかもやってる人の作品なんですけど。これ、アメリカで大論争になったんです。冒涜的だといって。「極めて冒涜的なこういう作品に、公的支援を与えるとは何事だ」と。80年代後半ですね。

今のアメリカでは芸術に対する公的な支援は、例えばフランスなんかと比べると、その国家予算に占める割合っていうのは驚くほど小さい。民間の支援が大きいんですよね。その流れにもしかしたら影響を与えている作品かもしれないのが、これです。

この作品は、パリで壊されてます。見に来た人に。

――え、作品自体が!?

中野:そう。これは写真なんですけど、額装ごと粉々に割られた。つまり、見る人にそういう気持ちを起こさせてしまう作品だというわけです。なかなかそういう強い感情を言語だけで与えるっていうのは難しいことですから、ある意味成功したといえばいえるかもしれないですけど。

その後の「もっとマイルドにアートをやりたいな」って作家にとっては、ややしんどいメルクマール(指標)になってしまったところはあるかもしれないですね。情報量が多いといえば多いし、感情を掻き立てるのに十分なほどに多い情報を持っている作品と言える。アーティストとしては、賛否両論あるでしょうが、やっぱり感情を刺激する力が強い人だと思います。

ーーなるほど。非言語であっても、さまざまな受け手に対して同じ強い感情を伝えることはできるということですね。

接待の目的は、相手の前頭葉の機能を弱らせること

――さっきの「オンラインで感情が伝わるか?」の話に戻っちゃうんですけど。最近、営業の人って、Zoomとかの商談が増えてるんです。対面商談と比べると、やっぱり難しいという声が聞かれますが。

中野:もともとまとまってる話を具体的に進める、なんていう処理だったら、オンラインのほうが効率的でいいと思いますよ。だけどこれからまとめようっていうのは、意外と難しいんじゃないかな。お互いに、やっぱりすりあわせていく作業が必要でしょうし。

なんでこれだけ世の中に接待があって、夜のお店があるのかというのを、いまさらながらに思い知らされた感じがしますけどね。自分は偏屈な性格で人といるのがストレスですし、酒は一人で飲みたいしで、拷問みたいなものですから、夜のお店は利用できないタイプなんですけどね……。ただ人々があの仕組みを何のために使うかっていうと「そこをなんとか!」とか「〇〇のよしみで」とか、何をやってるかというと「前頭葉の機能を弱らせる」ということをずっとやってるわけですよ。

そこをなんとか、って言わざるを得ない状況というのは、冷静に考えたら「この人と組むのは得じゃないよな」ってわかってるわけですよ、相手は。でも「得じゃないけど、でもやっぱりここまでされちゃうと断れないよね~」みたいなところに相手を持っていきたい。それを狙って一生懸命やるわけでしょ、みなさん。

――理性をぶっ壊しにいってるんですね(笑)。

中野:そうですね。理性をぶっ壊すためのツールは、それこそいっぱいありますよね。食べ物、お酒、かわいい女の子あるいは若くてきれいな男の子、お金。あとは情に訴えかけるとか。そういうものが持っている「理性をぶっ壊す効果」を、オンラインでは全く使えないということが、よくわかったと思います。

――逆に、オンラインでの対人関係が主流になることの利益? みたいなものってあるんですか?

中野:利益と言っていいか分からないですけど、ワンフレーズで印象的に言語化する人の人気は、さらに高まると思います。それはネット……とくにSNSなんかを利用した発信者が、STAY HOME効果によってこれまで発信してこなかった人が続々参入してきたこともあって、大量に増加しましたよね。そうすると「情報過多の状態」がより加速するから、じっくり思考して情報を吟味する時間が奪われるんです。

――確かに、そうかもしれません。

中野:するとどうなるか。じっくり黙考して判断する誠実な人物よりも、一見合理的に見えて大衆をワンフレーズで盛り上げる人物がますます支持されることになると思います。これはいいか悪いかの判断は難しいですが、世間がその人物による危機に晒される可能性は高くなりますね。これは利益じゃなく不利益と捉えるべきなのかなあ。

――そういった危険から身を守る術はありますか?

中野:わかりやすい情報、人を興奮させる情報には警戒することです。とくにワンフレーズを使う人に対しては、一定の心理的ディスタンスを置いて考える。これまで対面でのコミュニケーションでは容易に見抜けたウソも、オンライン上のやり取りでは見抜きにくくなります。非言語的なメッセージの情報量が少ないから。じっくり考える習慣を身につけることも大事です。

――なるほど。今まで見抜けてた嘘が見抜けなくなるというのは、確かにありそうです。ただ「コロナがある程度収まったあともリモートを継続する」と発表している企業も多数ありますが、こういった対面コミュニケーションの減少は社会にどんな影響を与えるでしょうか?

中野:それに関しては、店舗でのサービスなどで利便化が図られることもあるので、悪いことばかりではないと思います。日本は既に立ち遅れているので、対面式でないサービスって、もっと大幅に増えても良いくらいじゃないですかね? 

だから今後は、対面式のサービスはより高付加価値を付けて、オンラインやマシンによる対応とは別種のサービスとして提供すべきだと思いますね。さっきの「言語・非言語」の話でいうと、言語化できる部分は比較的機械に実装しやすいけど、非言語的な部分がこれからどうなるかは見ものかな? 人間の価値を再考すべき時代に入ったんだと思います。

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