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中野京子が語る「シンデレラ」(全4記事)

『シンデレラ』は心が折れそうなときこそ読むべき 時代を超えて人が求める物語

大ベストセラー『怖い絵』著者の中野京子氏が語る、知られざる『シンデレラ』の最終回。グリム童話のシンデレラは、ただ王子様を待っているだけではなく、幸せになるために自ら行動する賢い女性でした。一方、ペローのシンデレラは、周囲に助けられて棚ぼた式に幸せをつかみます。なぜペローのシンデレラのほうが人々に広まったのか、その理由を語ります。

グリムのシンデレラは3回繰り返す

中野京子氏(以下、中野) この絵はどういうシーンかというと、「私も舞踏会に行きたい」と言うんですね。継母に「私も行きたい」と泣いて頼む。そうすると継母が意地悪で、「豆を選り分けるように」と言うんですね。その時に1人ではとてもできない時間だったので小鳥さんに頼んだら、白い小鳥さんがいろんな鳥を連れてきて、豆を選り分けているというシーンです。

豆というのもいろんな意味があるのですが、それは「別冊100分de名著『シンデレラ』」のほうで読んでください。

(会場笑)

次に、ようやく服を着て行きますが、その時もグリムのシンデレラはちゃんと「金と銀を刺繍したこういう服をください」と言います。靴も「こういう靴を」と自分から言う。ペローのときはもう「お任せよ」と言って全部与えられた服を着ていますね。グリムのシンデレラはそうではない。

そしてシンデレラは舞踏会に行きます。3度行きます。もともとの昔話というのは3回も繰り返しをやります。それが子どもにはいいんですね。1、2、3という感じですね。2回はダメで、3回目はOKというやつです。

それで王子様とお話をして、「12時に帰りなさい」とは誰にも言われていないのにもかかわらず、彼女は逃げます。それも知恵があったから、男の人が追ってくるのがわかったんですね。知恵は、大事ですね。

(会場笑)

それで次の日ももっと立派な服を着て行って、その服はハシバミの木のそばに返します。次の日はまたもっとよい服を着て行って、また逃げます。

この2回の繰り返しの時に、なんと王子はあとをつけてきます。ものすごくアクティブです。「もう絶対に逃さない」と思って走ってくるんですね。

ついに3回目です。2回も逃げられたから、よしと思った王子の知恵はこうですね。階段のところに、ゴキブリホイホイみたいにタールを塗っておきます。それでシンデレラはそこに引っかかって靴を落としていきました。なかなかリアリズムなんですよね。

グリムのシンデレラにはしっかり復讐がある

そして王子自らがその靴を持ってきます。ペローもディズニーのときも王子は城から出ません。おまかせスタイルですが、グリムの王子は自らが探します。

その時に、お義母さんがお義姉さんに言います。「小さい靴だから足の指を切っておしまい」。そしてこういうセリフを言います。「どうせ王妃になったらもう歩く必要はないのだから」と。

ここにもやっぱり纏足というのが感じられます。つまり、纏足していない女の人は農作業する人です。纏足するというのはそういう仕事をしなくていい身分だということです。

お義姉さんは足の指を切って無理無理履いてしまいます。それで王子が連れていくときに、白い小鳥がやってきて「血が出てるよ、血が出てるよ」。瓜子姫みたいですね。「この人は違う」と言って王子が怒ってしまう。

そうすると、次のお義姉さんは今度はかかとを切るんです。2回ですね。そして3回目、シンデレラが履いて、馬に乗っていったときに、また白い鳥がいて「正しい花嫁だ」と言うんですね。

最後は、何度も言うようにグリムは庶民の夢から出たお話なので、しっかり復讐します。だって復讐しないとおもしろくないじゃないですか。それでどうなったかというと、2人のお義姉さんはなんとかおこぼれをもらおうと思って結婚式の教会にでかけるんだけども、そこへ白い鳥がやってきて2人の目をつついて盲目にしてしまいました、で終わるんです。

「実母」と「継母」と「白い鳥」は同一人物!?

この『シンデレラ』というお話は決して女性だけのものではないことを言いたいと思います。男性もある程度はお話を知っていますよね。一番有名なのはロッシーニですが、オペラも何十作もできてるし。もう楽譜は残っていないけれども、当時、『シンデレラ』が何年に誰々に書かれたというのがあって、それが20、30作あるんですね。バレエにもなっています。

小説にもなっているし研究書もいっぱい出ています。しかも、その研究書は民話研究をやっている人だけではなくて、心理学者とか哲学者とか民俗学者とか、そういう人たちがいっぱいいて、いろんな分析をしています。

私も「なるほど」と思ったのは、まず継母なんですが、昔はお産で死ぬ人が多かったから継母率は非常に高かったと思います。それもあるけれども、こういう考え方もありますね。それはさっきのお義姉さんの目が見えなくなったというのとつながります。

最初の実母と言われているシンデレラのお母さんは、とてもシンデレラをかわいがって、そして亡くなりますね。だから悲しみます。次にやってきた継母はシンデレラをこき使います。それから白い小鳥というのはたいてい三位一体の聖霊と同じような役目をするので、この「実母」と「継母」と「白い鳥」というのは同一人物ではないかという心理学的な解釈があって、それは非常におもしろいと思います。

「目が見えない」の本当の意味

つまり、まだ小さい時にはただただ、肯定してかわいがる。しかしある程度以上になったら厳しくしつけなくてはいけない。そうすると子どもはどう思うかというと、「もう昨日まで優しくしてくれたお母さんはいない。今のお母さんは、同じ顔をしているけれど違うお母さんでこんなに私に厳しいのは継母だからだ」と思うかもしれない。

小さい子というのは自分の見ている世界を自分中心に見ていますから、ちょっと自分の思い通りにならないと、「みんなにいじわるされている」「親は本当の親じゃない」とか、そういうふうに思いがちですよね。

3番目の白い鳥というのはなにかというと、精神的な、本当に困ったときだけ助けてくれる、そういう存在だったのではないか。そういう考えがあったんですね。これはなるほどなと思わせる分析です。

では、お義姉さん方はなぜ目を見えなくさせられてしまったのか? 実はお義姉さん方はもともと目が見えなかったんです。ただただ、その歳になるまでわがままで、自分たちの欲望、つまり着飾ることとかそういうことばっかりやっていて、もともと目の見えなかった人が目が見えなくなりました、というだけの話なのではないかと、そういう分析もあって、なかなかシンデレラというのは奥が深いなぁと思います。

心が折れそうになったときに必要なお話

それでは最後に、昔話の研究をしているとき、どんなところがおもしろいのかという話をしましょう。

例えば、コレット・ダウリングという人が何年か前に『シンデレラ・コンプレックス』という本を書いています。フェミニストの立場から見て、「ただただ王子様を待っているだけの女はダメなんだ。もっと自分でアクティブにしなくちゃならない。グリムのシンデレラのように」と書いています。しかし、シンデレラというのは棚からぼたもちのお話ですよね。私はそのほうが好きかな、というか、それだからこそ語り伝えられてきたのだと思います。なぜなら、どんな立場であろうと、子どもから大人から、どんなに歳を取ろうと、なにをしようと、とにかく努力しないでうまいこといったら一番いいじゃないですか?

そういうお話があるということは絶対的に必要で、自分が心が折れそうになったときにそういう空想をしませんか? そういう空想をしない人間というのはそのまま折れてしまうじゃないですか。だからやっぱりそんなときにこのお話というのはなかなか有効だと思っています。

ではでは、宣伝もしていかなければならないので次のスライドをよろしくお願いします。これが宣伝なんですが。

(会場笑)

なんでこれを持ってきたかというと、「怖い絵展」のメイン絵画だったいうのが1つと。もう1つは、なにかを研究するときにこのエピソードは非常にいいなと思ったからです。

この作品自体がなんでそれほど知られていないかというと、まず発表されてすぐ個人に買われてしまって、20年間その個人が持っていたんですね。それでまず20年はもうないと同じになってしまったんです。

その人が死んで、また出てきて、イギリスに買われて、それで今のテートに移された時に、なんとテムズ川が氾濫してこの絵はもう流された、あるいはビショビショになって、もう使い物にならないというふうに言われたんです。45年間です。

だからその前の20年間も入れて、売却したりなんだりもいれると、70年ぐらいこの絵はなかったも同様だったのです。だからあんまり知られていないんです。

「本当かな?」と疑うことの大事さ

それで、ここからが大事なんですけど、1970年代にテート美術館に若い研究者がやってきます。その時は若かったから、40年前のテムズ川の氾濫なんか知らない研究者です。その研究者は本当はジョン・マーティンという画家の作品を探していました。ちなみにそのジョン・マーティンの作品も流されて、ないと言われていたんです。

その若い研究者というのは、私はすごいと思うのですが、「本当にないのだろうか?」と疑ったんですね。美術館ってとても広いではないですか。「怖い絵展」の会場の上野の森美術館は狭いんですよね……。

(会場笑)

それはいいですけど。テートとかルーブルとか。ルーブルなんか死体があっても白骨化するまで知られなかったと言われているぐらいですが、そういう広いところの地下の倉庫に、もうダメだと思われて丸められたものがいろいろあったんですね。

そして彼は、ジョン・マーティンの作品がだいたいこの作品と同じ3メートルぐらいの作品だったので、そのぐらいの作品を全部開けてみたんです。そしたらこの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」があったんですね。

すごいなぁと思います。つまり、なにか研究しようとか、なにかを知ろうとしたときに、「こうである」と言われたところから「本当かな?」と疑う。そこからまずやるということもすごく大事だろうと思うのです。1970年代にその若い研究者が来なかったらこの絵は存在しませんでした。そうしたことの大事さがあるかなと思いました。

『シンデレラ』を研究生活に無理矢理つなげましたが(笑)。そういうわけで、なんとなくこの話だけでは物足りないなと思われた方は「別冊100分de名著『シンデレラ』」を読まれてください。

(会場笑)

今日はどうもご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)

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