2024.10.01
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中野京子氏(以下、中野) ペロー童話集が発行されて120年ぐらい経った時、当然フランス革命も終わっていますね。フランスがブイブイ言わせていた時代も終わっています。実際にはナポレオンが出てきたからまたちょっと盛り返してたんですけど。王政復古前の、ブルボン家はもうなくなってしまっていた頃に、グリムが童話集を刊行します。それがグリム童話集です。
だからペローよりもあとにグリム童話集はできたわけですが、グリムはどうしてグリム童話集をつくろうとしたかというと、ペローとはまったく逆です。
ペローの場合は、「フランスはこんなに優れている」と。おそらくローマ時代が続くようにフランスが続くと思ったんでしょうね。何百年もこれから続くんだみたいに思っていて、そういう時に「フランスのルーツというものはこんなにすごいんだ」という気持ちでつくったんです。
ではドイツは、その時代どうだったか? ドイツという国はなかったんです。ドイツは三十年戦争の時ぐらいから戦場になってもう国はバラバラです。
どういう感じかというと、日本の戦国時代に、まだ日本が統一する前ですね、徳川幕府になって藩ができる前には、甲斐の国だとか、三河の国だとか、いっぱいありました。ドイツはずっとそんな状態だったんです。
だから今もドイツはわりかし各地方で自由なところがありますが、それはその昔の名残りです。なにしろ第一次世界大戦の少し始まるぐらいまでドイツというのはなかった。プロイセンがようやくドイツというものを1つの国にしようとしました。
その時代、面倒なのでドイツと言いますけれども、グリムはどう考えたかというと、「本来ゲルマン民族の国家であるはずのものが今貶められている」と。フランスにはやられ、ナポレオンに蹂躙され、三十年戦争の時もそうでした。まだ分裂しているこの国だが、このままでよいのだろうかというわけです。
まだ1つにはとてもなれない時でしたが、なんとか1つになりたいというときにドイツ語というものがどんなに大事かとグリムは考えた。ゲーテもそうなんですね。文学なんかないと言われた時に、ドイツ語という美しい言語で美しい文学をつくろうというのが若い人たちの1つの戦いだったんです。
その流れのなかで「ドイツで昔から語られている民話をもう一度、つまりドイツという国はまだないけれども、ドイツ語というドイツ文化で、なんとかまずは1つになろうじゃないか」と。そういうことで民話を収集していったんです。
だからペローとは反対なんですね。ペローの場合はいい気になって、ドイツのグリムの場合は「なんとかせにゃいかん」と言って民話に目を向けたわけです。
グリムはそこに「12時にどうだ」とかそういう自分自身のアイデアはなるべく抑えて、あるがままに。あるがままといっても、口承ものというのはそのときそのときで言葉が変わるから、どれを選択するかということもあるけれども、それでもやっぱりペロー童話とはまったく違う形の生まれ方をした。それがドイツの『シンデレラ』です。
それともう1つ。「今は英語をしゃべれなかったらダメだ」みたいになっているのと同じように、当時はフランス語をしゃべることが大事だったんです。だから宮廷人とか上流階級の人たちはみんなフランス語をしゃべりました。
プロシアのフリードリヒ大王も、「ドイツ語は馬丁のしゃべる言葉だ」と言ってフランス語を使っていました。それからマリー・アントワネットのお母さんのマリア・テレジアの手紙もフランス語だったんです。フランス語が高級でドイツ語は下位であるという時代でした。
今で言ったら、英語が大事で日本語は大したことないと言ってるようなものです。それが長く続いたものだから「そうじゃない」と。グリムは「言語というのはその国の文化から生まれたものだから、とってつけたものではダメなんだ」という、そういう気持ちだったんですね。
だから私も、今みんなが「英語をしゃべろう」というのにはちょっと……しゃべれてもいいけれども日本語をなおざりにするというのは、ちょっとどうかなとずっと思ってるんです。
そういうふうにしてできたのがグリム童話です。
ではグリム兄弟とはどういう人かというと、言語学者でした。ドイツ語辞典みたいなものも出しているし、いろんな大学の教授をやっていて、そのなかで民話を収集していきます。今となってはグリム兄弟といえばグリム童話となっていますが、当時は学者として有名でした。
グリム童話集は、今は200話ぐらいありますが、当初は80作ぐらいから始めました。その最初のものにすでにシンデレラが入っています。初版は1,000部出しましたが、ぜんぜん売れなくて、6年ぐらい経ってようやく売れました。
なぜ売れなかったのかというと、タイトルが『子どもと家庭のためのグリム童話』と言いながら、とにかく学者だから、硬い内容のものを論文のように前書きに書いて、挿絵もないから一般の人には通じなかったんですね。
それでだんだん版を重ねるごとに前書きをなくして、学者臭をなくして最終的に7版までつくっています。だから第1版のほうが荒削りです。「1版のほうがいいんだ」とか「7版のほうがいいんだ」と言う人がいますけれども、好き好きですね。日本は1版も7版も翻訳が出ているので比べ読みしてみたらよいのではないでしょうか。
「別冊100分de名著『シンデレラ』」の第1章「誰もが知っている物語」というのは、ペローをベースにしたディズニーの物語、第2章の「誰も知らない物語」というのは、意外と知られていないグリムのお話をさしています。
グリムもやっぱり最初はお父さんの身分から、「ある金持ちの男が……」というところから始まります。「ある金持ち」だから身分じゃないだろうと思うかもしれないけれども、まだ群雄割拠している古い時代、まだ王というものがない時代で、金持ちは権力に一番手の届く人ですから、身分を言っているのと同じです。
どちらのお話も共通しているのは、シンデレラの身分はもともと高かったということです。ところが、意地悪な継母と姉たちによってどん底に落とされます。
下女というのは、名前のとおり下の女と書きますから、今は差別用語だから使ってはいけませんが、つまり家庭における末端です。
ものすごく厳しい生活をしている。その立場に落とされます。しかし、最後は自分の身分よりももっと高いところ、トップに躍り出る。それがシンデレラの共通する物語になっています。
どのぐらい末端だったのかというのをちょっと絵で見てみましょう。アレクザンダー・ツィックという人が描いています。裸足ですね。
ローマの時代から見てみると、奴隷は裸足で、靴というのは身分の高い人のものでした。だから裸足で描かれています。
これは台所ですが、ものすごく雑然としているのが見えると思います。窓も見てください。当然ながらガラス戸もなければ、板戸もぜんぜんないです。どれだけ寒いのかな、という感じです。しかし、白い鳥を見ているシンデレラはなかなかキリッとしていますね。
ペローとグリムの一番の違いはヒロインの性格の違いです。まったく違います。それをおもしろいと見るか、ありふれていると思うか、それはバラバラですけれども。
ではグリムの話のポイントを見ていきましょう。
お母さんが死んで、シンデレラはある日いじめられて灰をかぶりました。まず「シンデレラ」というのは「灰にまみれた子」という意味なので、Cendrillon(サンドリヨン)もそうだし、ドイツ語のAschenputtel(アシェンプテル)というのも灰まみれの子という意味です。要するに灰にまみれてたんですね。
「灰」にはいろんな意味がありますけど、死と再生ですね。それともう1つは、やっぱりどの古代の文化にも共通してるのは魔女との関わりです。だからシンデレラを魔女と捉えて書いたお話もあるぐらいです。不思議な力を使うということになるんですね。
まず、シンデレラは、お父さんが「歳の市に行くのでなにかお土産買ってくるよ」と言ったときに、お義姉さん2人は「服を買ってきて」「宝石を買ってきて」と言ったのに、シンデレラはというと、お父さんが馬に乗って行きますから、「帰り道に頭にぶつかった木の枝を持ってきてください」といいます。もうすでに知ってるんですね。
お父さんが歩いているとハシバミの木にぶつかって、そのハシバミの枝を持ってきます。ハシバミの木というのはヘーゼルナッツがなる栄養価の高いものです。ハシバミは、ヘルメスがアポロンからもらった知恵と知識の木と言われています。
それから、よく水脈とか鉱脈を探り当てるのに使う、二股になったダウジングというのがありますね。あれはハシバミの木でやるんです。つまり、そこでシンデレラは知恵と力を得たということです。
そのハシバミの木をお母さんのお墓に植えて、毎日祈って、涙で成長させます。そしてそのハシバミの木が大きくなったときに、白い小鳥がそこへ飛んできて、シンデレラが欲しいものを投げ与えてくれました、ということになっています。魔女は出てきません。12時も出てきません。
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