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羽生善治氏×藤田晋氏対談(全1記事)

「リスクの裏に楽しさがある」羽生善治氏がCA藤田晋氏と語った“勝負師のメンタリティ”とは

棋界の頂点に長年君臨する天才・羽生善治氏と、サイバーエージェント社長の藤田晋氏が対談。リスクある決断を迫られた時なにを考えるか、また歳を重ねることで得られる強みと弱みなど、勝負師にしかわからない心の動きを語り合いました。(この対談は2006年に行われたものです)

リスクの裏には、楽しさとやりがいがある

藤田晋氏(以下、藤田):今日は来ていただいてありがとうございます。

羽生善治氏(以下、羽生):どうも、よろしくお願いします。

藤田:防衛戦を終えたばっかりで?

羽生:そうですね、それは先週ですね。

藤田:年間に何個くらいそういうタイトルってあるんですか?

羽生:タイトル戦の数は7つあるんですけど、トーナメント自体は12~13くらいあって。ただ全部結果次第なんで、年によってかなりタイトルの数は増えたり減ったり。最後、決勝のところだけは地方やいろんな場所に行って、旅館・ホテルでやって演出に対応する。

藤田:赤坂プリンスとかでやるのは決勝だけなんですね。

羽生:最後だけです。ほかの普段の試合は、千駄ヶ谷の将棋会館でひっそりと(笑)。地道にやってます。

藤田:この本『決断力』にも、中原名人の言葉を借りて「ものすごく体力消耗してふらふらになる」みたいなことおっしゃってたじゃないですか?

羽生:それはもちろん頭も使うんですけど、体力勝負みたいなものもあって。一日で一番長いのは朝10時に始まって、終わるのが夜の12~1時。もちろん技術的なものとか、頭を使うっていうのも大事なんですけど、ずっと集中する力・根気を続けられるかとか大きいんですね。

将棋の対局って普通じゃないんですよ。ずっと朝から晩までお互いに一言もしゃべらないで黙ってずっと考えて行く。そのことだけでもちょっと普通じゃない(笑)。将棋盤がなければ、ほとんど苦行に近い世界なんで。

そういうので日常生活の中から離れてるところにずーっといると、やっぱりだんだん感覚がおかしくなってくる。適当に息抜き・リフレッシュして、また集中するときは集中する、考えるときは考えるってうまくメリハリをつけないと、ちょっと怖いっていうところがある(笑)。

藤田:怖いっていう感覚がよくわかる。この本を読んで羽生さんにお会いしたかったんです。誰かにお会いしたいってなる事あんまりないんですけど、ものすごく共感したんです。

羽生:ありがとうございます。

藤田:経営者の仕事をしていてものすごく共感した。僕自身、小学校のときにずっと将棋を習ってまして、小学4年生のときに福井県大会で優勝して……。

羽生:何かそうらしい話は聞いてます(笑)。

藤田:持たなかったのが、集中力がなくて飽きっぽく、ひとつの将棋の決められたスタートの中でずーっと奥深くやって行くっていうことが性に合わなかったんですよ。それで麻雀をやったりしてたんですけど、経営もやっぱり勝負事なので、同じというか。僕らがやってる経営での勝負勘・決断ということがすごく似てるなと。

羽生:大抵のことってAとBがあって、Aを選んだとしてもBだったらどうだったかっていうのはわかんないじゃないですか? それがはっきり良かった・悪かったとかっていうのも結論が出るのがすごい先だったり、本当はどっちが良かったかわかんなかったり。

でもその中で実際何かやらなければ、決めなければいけないっていうところの場面というのは、そのときの自分の持ってるものをぶつけていくしかないって感じは結構あって。もちろんそれはリスクも厳しいときもあるんですけど、その中でも、楽しさとかやりがいとかあるんじゃないかなと思うんです。

藤田:Aという選択肢取ってBが良かったんじゃないかなと、くよくよする人もダメだし、リスクを恐れて選べない人もダメ。いろんなものが凝縮されてる気がしたんで、この本『決断力』に沿っていろいろお伺いしていいですか?

羽生:はい、どうぞどうぞ。

年齢が上がるほどメンタルは強くなる

藤田:話始めたら一晩中話せそうな感じなんですけども。序章のところで「本当に追い詰められた経験をしなければダメだ」ということを書かれてるんですけど、こういうふうに感じていたのっていつ頃からですか?

羽生:プロの世界に入ってからそういうのは感じ始めたってところはあって、最初プロを目指していた人たちが奨励会っていう、野球でいう2軍みたいな所に入るんですけど、空気・雰囲気が違うんですよ。

年齢制限とかもあるしどんどん辞めてく人もいるんで「遊びで楽しくやってた雰囲気と全然違うな」て子ども心ながらに感じたっていうのはありましたね。それは誰かに教わったっていうよりも、そのとき・その場の雰囲気、っていう感じが最初。

藤田:初めての名人戦のときに感じたわけではない?

羽生:そうですね。名人戦のときは、もともと将棋の世界は家元制度だったので、名人位ってものに対する特別な気持ち、想いっていうのがそういう舞台にもすごく色濃く反映されていて。私は初めて出たときでタイトル戦はかなりたくさん見てましたけど、テニスでいうウィンブルドンみたいなものなんで、そこは特別な場所っていう感じは確かにありましたね。

藤田:19歳のときに初タイトル?

羽生:そうです。将棋の世界って下剋上じゃないですけど、そのとき私は60位くらいで竜王獲って、いきなり1位で、翌年負けたんで(笑)。浮き沈みが激しい。

藤田:この頃の常識的にありえた話なんですか?

羽生:そうですね、そういうのの出始めの頃というか、20代とか若い世代の人たちが段は低いんだけど挑戦して行ってタイトルを獲る、っていうのが出始めの時期ですね。段とかクラスもあるんですけど、そういう権威がちょっと崩れかけ始めたくらいの時期。

藤田:最初から心を鷲掴みにされたんですけど、勝つ秘訣に関して精神力のことおっしゃってるんですけど「楽観はしない。ましてや悲観もしない。ひたすら平常心で」。やっぱ会社経営してて厳しい時期があったんですよ。会社が乗っ取られそうな時期。それを乗り越えられた秘訣は何ですかって聞かれると、「じっと耐えるしかない」と言うんです。

羽生:私、それ書いてありますけど、その気持ちいつもできるわけでもない。やっぱり実際のところは始まるときはそういう気持ち・平常心でと思いますけど、だんだん試合の対局が煮詰まってきたらなかなか難しいんで。かなり気持ちの揺らぎとか感情の浮き沈みとか、そういうのはありますね。

藤田:精神力みたいなものはだんだん強くなってきたんですか?

羽生:年齢が上がるほど、精神力・メンタル的な部分は上がるんじゃないかなと思って。

藤田:同感です。羽生マジックとか言われてますけど、繰り返し王道・本筋を貫くことが非常に大事だと、この本でおっしゃってますね。

羽生:結局、将棋の世界ってお互いの手の内を知り尽くして勝負をしてるんですよ。一回奇襲かけて勝つことはできるんですけどその一勝だけの話なんで。10~20年、そういうスパンで見たときにはそういうやり方は全然意味をなしてない。正面からぶつかって行くっていうのはすごい大事なんじゃないかなと。

藤田:たとえば社会とか会社に置き換えても、僕も会社を経営してて奇襲とか通じるのは本当に短的な話で、むしろそのあとのダメージのほうが大きい。長期的に続くものですから。

羽生:周りから信頼されることがすごく(大事)。たとえば同じ競争してても信頼されてるかどうかっていうのはすごく大事なことで。それがないと、一気に奪われたりとかいうのが結構あるんで、そういうものはすごく大事なんじゃないかなと思うんです。

藤田:周りの信頼とか、応援されてる状況っていうのが、会社経営とか仕事においてもすごくプラスになると感じるんです。その状況作るのは地味な積み重ねしかない。何か秘策でもないかと思いがちですけど。本当地味な信頼、日々の積み重ねですね。

羽生:そうですね。でも見る人は見てるというか、本当に評価してくれる人はちゃんと評価してるっていうところは、どんな世界でもあるんじゃないかなっていうことは思いますね。今一生懸命やってるんだけど結果が出ないっていうのはよくあって、その間をうまく耐えられるかどうかっていうのは……。

藤田:メンタルタフネスの問題。仕事も振り切れるかどうか。

「怖さ」に踏み込んで初めて見える風景がある

藤田:羽生さんて天才というか、頭がむちゃくちゃいいんだろうなっていうイメージが僕はあったんですけど、ガラッとイメージが変わったのが「波に乗れるかどうか、そこの波を見つけて勝負ができるか」というようなことをおっしゃられてます。勝負師ですよね。これ全部読んで一貫して感じるのが「勝負師」。こんな真面目な風貌からは想像がつかないような。

羽生:(笑)。そういう世界に身をおいてしまったんで、そうなってきてるっていうところはありますよね。でも将棋の棋士になって損したとまでは思わないですけど、実感としてあるのは、なかなか喜怒哀楽を素直に出せないっていうのはあるんですよ。

藤田:僕もです(笑)。将棋もやってたんですけど、麻雀にすごいはまったときに、心の揺れを見透かされないように。

羽生:能面のように?(笑)

藤田:能面になっちゃうんで(笑)。

羽生:そういうのをだんだん表わしづらくなる、っていうのはありますね(笑)。

藤田:本当にいい人そうなんだけど「勝負師はいかに相手が嫌がることをやるかというのが勝負」って書いてますが。

羽生:アマチュアの頃にやってたのは、ただ自分の指したい手を指してただけなんですよ。

でもプロを目指してくると、いかに相手の指したい手を指させないようにするか、動き・狙いを封じるかってことを「手を殺し合う」って言うんですけど、そこにすごく重きを置いてくる。うまく相手に手を渡すっていう感じなんですよ。手を渡して「もう好きなようにやってください」ていう。

藤田:AかBか迷ったときに、Cにして渡しちゃうみたいなこと書かれてて。

羽生:そうですね、それが一番うまいやり方というか。「これで来たらこう来るよ」て、うまく相手に手を渡して、そこで選んでもらって、また次の手を決める。それずっとやってるとだんだん他力思考・他力本願じゃないですけど、そういう感じにはなってきますよね。

藤田:経営でも競合にやりたいことやらせない・嫌がることをやる・ミスを誘発して顧客を作った、そういういわばやらしい戦略、事業戦略っていうんですけどそういうのを感じるときがあるんです。

羽生:ここぞっていうときに踏み込めるかっていうのはすごく大事なことで。メンタルな面からいうと年齢が上がってくると、その点はうまくできるんですけど、最後決めのことになると、「前こんなことやって失敗した」「こんなことやってしくじったな」ていうのが脳裏によぎってなかなか踏み込めない(笑)。

あともうひとつは年齢が上がると「これをやっとけばそこそこ平均点で、まあまあいいところは絶対行けるだろう」ていうこともだんだんできるようになってきてしまう(笑)。それをずっとやってると、リスクを取らなくなってしまうのもすごくよくあるんです。

若いときは何にも考えないで、怖いもの知らずにどんどん突っ走って行けるんで、それがかえって勢いを生んだり、ものすごい大きな流れを作ったりできるんですけど、それが自然に思慮深く・賢くなるというか。だんだん経験を積んでくると、そういうところは抑え気味になる。

藤田:僕24歳で会社作ったんですけど、ろくに計画もなく始めて、わけわかんないからできた。経験があったらできなかったなって。

羽生:たとえば最悪のこととか、危機管理としてこういう場面のときにはこうしよう、ああしようとか考えてるのは大事なんです。でも悪いことも、実際起こるのはたったひとつだけのことなんで、あまりたくさん想定しすぎちゃうと危機管理よりももっと大事なものを見失ってしまう。それが故に失っているっていうのは結構ありますよね。

藤田:僕もそうなんですけど、経験を積んだのでパッと見てダメだとか、失敗経験が思い浮かんじゃう。でも若者が言うのに可哀相だって思うんですけど、一回これで失敗したのにまた同じことするわけにいかないと思ったりして。そういうのに打ち勝つみたいなものはありますかね?

羽生:怖いっていう気持ちがあるのはしょうがないんですけど、そういうのに踏み込まなきゃ見えない景色ってありますよね。つまり、手堅く・普通にやっているだけでは見えない、それこそ伸るか反るかっていう状況に踏み込んで、初めて見える景色。そういうのを見たときに初、めてやりがいとか感じるんじゃないかなと思うんです。

成し遂げたっていう感覚とか経験があるかどうかってすごい大事なんじゃないかなと。そういうのがあると多少ピンチとかつらい場面でも、これくらい踏ん張れば・頑張れば・耐えればまた次あるっていうふうに思えるんで。

藤田:経験がときとしてネガティブな選択になるっていうのは、本当に思い知らされるというか。

※続きはこちら!「知識と経験を捨てろ」羽生善治が語る30代・40代の“強み”の活かし方

決断力 (角川oneテーマ21)

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