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ザ・チョジェ・リンポチェ師 インタビュー(全3記事)

「幸福と快楽は同義ではない」ダライ・ラマ法王のNo.2が現代人に説く、幸せの定義

西澤ロイの頑張らない英語。このラジオは、英語が上達しない原因を根本から治療するイングリッシュ・ドクターの西澤ロイ氏が、英語の効果的な上達法・学習ノウハウ、英語を使って活躍している方のインタビューなどを伝える番組です。今回のゲストは、ダライ・ラマ法王のNo.2といわれるザ・チョジェ・リンポチェ師。普通の人生を送ってきた彼は、ある日突然ダライ・ラマ法王により、偉大な高僧「ザ・チョジェ」の生まれ変わりであると認定されます。それによって、彼の人生は大きく変わることに。そんな彼が私たちに「幸せとはなにか?」について語ります。(この記事はイングリッシュ・ドクター西澤ロイ公式ブログから転載しました)。

どうしてそのポジションまで辿り着けたと思いますか?

西澤ロイ氏(以下、ロイ):あなたのことを、選ばれたごく一部の人だとか、幸運なだけだと妬む人もいるかもしれません。

ザ・チョジェ・リンポチェ師(以下、リンポチェ師):チベットでそうなのかは分かりませんが、大部分の世界ではそう考える人もいるでしょう。

ロイ:振り返ってみて、どうしてそのポジションまで辿り着けたと思いますか?

リンポチェ師:はい、たぶん幸運だったのだろうと思います。全員に起こるような出来事ではありませんから。私は大勢の中から選ばれて手紙が届き、お前は聖人の生まれ変わりだと言われました。それは多くの人には起こらない出来事です。でも、なぜか私には起こったのです。一体なぜなのでしょうか?

運なのかもしれません。私は運が良かったのでしょう。その後、それによって私の人生は大きく変わりました。私は別の方向に向かっていたのですが、ダライラマ法王が私のことをエネルギー的に選んでくださり、「そっちではなくて、こっちを行くんだ」と言ってくださったのは、ある意味で幸運なのです。

私を新たな道に導いてくださったことは非常に名誉であり、光栄なことです。私はいつも、過去のどんなカルマの影響なのだろうと考えます。

この幸運を仏教的には「カルマ」と呼ぶ

リンポチェ師:一般的な視点では「幸運」と呼びますが、仏教的には「カルマ」と呼びます。過去生において、私が何かをしたのかもしれません。また、何かが起こって欲しいという祈りがあったのかもしれません。祈りは非常に強力ですから。

手順としては、まず祈ったら、その後は行動に移す必要があります。最初に意図や願いが必要なのです。でも、ただ願うだけではなく、行動が重要です。これは偶然と呼ばれるのかもしれませんが、前世の私は1960何年かに中国の刑務所で亡くなりました。

彼は政治犯として逮捕され、4年後に刑務所で死亡したのです。いろんな話を聞きました。同時期に収容されていた数名に直接お会いしたのです。前世の私は背が低くて、他の囚人らと楽しくしていたそうです。今世では背が低いことが気に入らないから、祈っていたそうです。来世では背が高くなるように。

そして彼は祈りつつ、冗談を言っていたそうです。来世の私が背が高くなったことを、あなたは見たり聞いたりして知るだろうと。そんなことを言っていたそうです。そして同様に、彼は学校を卒業していないのです。ハランバという学位を持っていませんでした。

また、僧院でもあまり勉強することができませんでした。彼はこう言ったそうです。「私は学問をきちんと修められなかったことが残念です」「だから祈るのです。次の人生では、学問を納め、学位を取りたいのです」と。

これらの、彼が言い、そして祈った物事の多くが実は、私の人生で実現しているのです。信じるか信じないかという話になってしまいますが、私が今世でしたことではなく、前世でしたことのおかげなのかもしれません。

人生における苦難をどう受け止めるべきか

ロイ:人生において一番大変だったことや、一番もがいた経験を教えてください。

リンポチェ師:一番もがいたことや大変だったことですね。ふーむ。そういう場面はたくさんあると思います。人生は苦難の連続ですから。もがく場面はたくさんあります。勉強をしていても、仕事をしていても、もがくわけです。とにかくたくさんあります。

だから、一番大変な経験と言われても分かりません。一般的に言うと、人生には大変なことがたくさんあります。だから、あなたがそれらの苦難をどう受け止めるかが大事なのです。

同じ苦難であっても、狭い心で見ると、小さいはずの苦難がとても大きく、巨大に見えます。例えば、私が1本のペンを見ていたとしましょう。もしちょっと離れたここから見ると、小さいですよね。距離が離れるほど、小さく見えます。

でも、目の近くに持ってくると、どんどん大きく見えるのです。私が瞑想や精神修行をしているからなのかもしれませんが、もし大変な状況がやってきた時に、私は「まあ、この状況も永遠には続かない」と思うのです。

また、生死がかかるような場面でもありません。だから次に、苦難の中でもいつも良いことを見つけるようにします。苦難が悪いものとは限りませんから。まず、苦難やチャレンジが人生の中に起こります。そのようなチャレンジは、他人によって与えられたり、今までとは違った状況・環境から与えられることが多いです。

でも、そのような難しい状況は、あなたを強くしてくれます。いや、自分を鍛えるために、苦難を利用すべきなのです。苦難に対する私の考えはそのようなかんじです。だから、苦難が来た時には、私は挑戦します。

もちろん、うまく行くこともあれば、行かないこともあるでしょう。でも、少なくとも挑戦し、その苦難の中で、良いことを見いだそうと努力するのです。

ラジオ番組「めざせ!スキ度UP」のコンセプトをどう思うか?

ロイ:このラジオ番組「めざせ!スキ度UP」(毎週木曜夜8時)には3つのテーマがあります。英語、数学、人前で話すこと。とくに日本人にはこれらが嫌いな人が多いんです。もし、何かにうまくなろうとしたら、まずそれを好きになろうというコンセプトについてどう思われますか?

リンポチェ師:それは大事なことだと思います。好きなことをやり、やっていることを好きになる。それはスローガンみたいなものですね。まず、好きなことをやる。そして、何でもいいからやっていることを好きになる。この2つが組み合わされば、よりクリエイティブになれ、物事もうまく行きやすくなります。

逆に、やっていることが好きになれなければ、よい結果は出ません。やっていることが楽しめなかったり、好きだと思えないならば、良くないエネルギーと、良くない結果を生み出してしまいます。

ですから、やらなきゃいけない嫌なことでも、好きなところを見つけようと努力し、好きになる方法が見つけられるとよいでしょう。それは自分のためにも、その他いろんなことのためにもよいことです。

嫌いなことを好きになるには?

ロイ:もし、今やっていることが大っ嫌いだった時に、好きなところを見つける第一歩は何でしょうか?

リンポチェ師:大嫌いだけど、やらなければいけないということは、おそらく生活のために必要なのでしょう。それは、その「嫌いなこと」のおかげで生活ができる、ということです。もしなかったら、生活が非常に厳しくなる。

ちょっと古い表現ですが、それがあなたに「パンと寝床」を与えてくれているのです。そう考えたら、嫌いだという気持ちが薄まるかもしれません。「よし、食べるためにこれをしなきゃいけないんだな」とか「これのおかげで食べられる」と。

ロイ:そうしたら、感謝が生まれるかもしれませんね。

リンポチェ師:そうです。100パーセント良くないことなどないのですから、そうやって、少なくともちょっと肯定的に見ることができるでしょう。また、嫌だけどやらなければならないのは、責任があるからということも多いでしょう。

だから、目的に適っているのです。何らかの目的に。そういう風に考えるだけで、まあ、好きになることまではできなくても、嫌いではなくなるかもしれません。

幸福=快楽だと誤解してはいけない

ロイ:人はどうすれば幸せになれるのですか? 「幸せ」とはなんでしょうか?

リンポチェ師:その質問に答えるには、数日かかるかもしれません。いや、一生かもしれません。私たちはそれを過去生では学べず、今回の人生でもまだ分かっていないのです。もしかしたらまた、次の人生でも分からないかもしれません。

幸福というのはとても大きな問いだと思います。幸福とは何か? 基本的に、幸福というのは快楽ではありません。

われわれは、幸福を快楽だと思ってしまいがちです。もしくは、「夢の国」にいるような、常に楽しく笑ったり歌ったりしているようなものだと考えてしまいます。幸福とはそのようなものとは限りません。むしろ「満足」に近く、満たされたり、“足るを知る”ことと関係があります。

例えば、何かに対する感謝の気持ちを感じる。どんなものでも良いのですが、感謝の気持ちを持った時に、私たちは幸福を味わいます。感謝の気持ちが芽生えた時、あなたはどのようなことを感じるでしょうか?

「非常にありがたい」「本当にありがとうございます」。そのように思う時に感じているもの。それが実は幸福なのです。ですから、快楽ではないのです。むしろ、満たされることに近い何かなのです。

しかし、幸福について誤解をしてしまっている人も多く、快楽のようなものだと思ってしまっています。幸福を、笑うことや騒ぐこと、大声を出すことと勘違いしてしまったりします。それが唯一の幸福の形だと思ってしまいがちですが、そうとは限りません。

みんな幸せになれます。みんな満たされることができます。幸福というのは精神的な状態であって、身体的な状態ではありません。精神的に、もし満たされていれば、どこにいても幸福になることができます。何も持っていなくてもいいのです。

仮に物質的にさまざまな不自由があったとしても、もし誰かが精神的に満足しているならば、それは幸福なのです。ですから幸福というのは物質的なことでも、快楽のことでもありません。精神的な状態なのです。

「大丈夫だ」と思えることは実は幸せ

リンポチェ師:この精神状態では、オープンマインドと言いますか、心が大きく開いているのです。私はこのことをいつも「大丈夫な状態」と呼んでいます。

心が「大丈夫だよ」と言っているようなものだからです。これは、幸福であることの表現の一種です。「私は大丈夫」という精神状態になれるのは、心が満たされているからです。

お釈迦さまは時々、人差し指と親指で輪をつくります。これは世界的にもOKだというサインですよね。このサインを出しながら弟子に教えていらっしゃったのです。まあ、これは私の解釈であって、経典に書かれているわけではありませんが、私は個人的に、お釈迦さまのその手を見ると「良かった、大丈夫だと仰っている」と思うのです。

ですから、もしそのような精神状態になったら、もし「自分は大丈夫」だと心から感じて思うことができたなら、それは幸福な状態なのです。

リンポチェ師の今後の人生について

ロイ:今後、どのように生きていこうとお考えですか?

リンポチェ師:私はすでに望むように生きることができていると思っていますので、それを続けていきます。ちょっと大切なことなのですが、私は頭も心もオープンにして生きる方法を学んできました。

しかし、そのオープンであることに、限界はありません。すでに開いている頭も心をオープンなままにするだけでなく、ここからさらに開いて、もっと開き続けていきたいのです。限界はないのですから。

まるで空がどこまでも続くのと同じことです。この宇宙には限界がないのと同様に、私はどこまでも開いていくことができます。ですから私は常に、頭と心を開いて、開いて、開き続けていくのです。

ロイ:質問は以上です。本当にありがとうございました。

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