
2025.02.12
職員一人あたり52時間の残業削減に成功 kintone導入がもたらした富士吉田市の自治体DX“変革”ハウツー
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坂茂氏(以下、坂):実は、僕は高校を卒業してアメリカへ行ったので安藤(忠雄)さんを知らなったんですけど、僕が通うクーパー・ユニオンの図書館に「SD」という日本語の雑誌が置いてあって、安藤さんの作品が紹介されていて。僕が見たことない建築でびっくりして、それで日本に帰ったときに安藤さんに会いにいった記憶があるんですね。
この後85年に、まだ安藤さんがそれほど有名じゃなかったときに、アメリカ巡回展を企画しまして。安藤さんは、学生だった僕にそんなこと頼むのは、もしかしたら問題じゃないかと思ってその前年に様子を見にニューヨークへ来られたんですよ。
今でも忘れない、そのときJFKエアポートに安藤さんを迎えに行ったら、こんな小さいカバンを持ってきて。他に預けてるんだと思って取りに行こうと思ったら「これだけだ」って。1週間なのに小さなカバンだけで来られて。
2人でレンタカーを借りてルイス・カーンのExeter Libraryなどいろいろを見に行きました。2人でツインルームに泊まって(笑)。
(会場笑)
そのころの思い出といったら、安藤さんは毎朝起きて腕立て伏せをしてるんですよ。それで、僕もまねして今もホテルで腕立て伏せしています。そういうストイックな人です。食べ物にはあんまり興味ないようです。
僕は当時安藤さんの建築がすごく好きで、アメリカで展覧会したり、同時にいろんな大学で安藤さんの講演会を仕掛けたりしました。
最初、僕の大学のクーパー・ユニオンでやっていただいたときに、今と違ってパワーポイントじゃなくて、コダックのスライドだったんです。スタッフにそのスライドの操作をさせたんですけど、フォーカスが悪くて、だんだん安藤さんが怒りだしてきてですね。
とうとう大阪弁で、うしろにいるスタッフにまくしたてて大声で怒鳴りはじめたんですよ。それでみんな、あっけにとられていたら、安藤さんが僕に「今なんで怒ってるか訳せ」って言うんですよ。
「いや、安藤さん、訳さなくてもだいたいみんなわかってると思いますよ」って言って。それで僕はもう安藤さんの通訳をやるのがイヤになって(笑)。次にコーネル大学に行ったときは、プロの日本人女性の通訳を雇ったんです。
でもその人、建築のことなにも知らなくて、安藤さんが一生懸命「ル・コルビュジエ」だとか「コルビュジエ」と言うのに、彼女はわからないから全部スキップするんですよね。それでまた安藤さん、だんだん怒りだしてきて、機嫌悪くなって......。
(会場笑)
まあ、そういうことで安藤さんとは今でも親しくさせていただいています。
伊東(豊雄)さんは、もともとそんな親しくなかったんですけど、最近お会いしました。あとは、レム・コールハース。やっぱり磯崎さんのすごいところは、今は世界を代表する建築家になっているけど、当時は誰も知らない建築家たちに仕事を与えたこと。
安藤さん、レム・コールハース、それから僕の先生だった、今はアメリカを代表する建築家になったリカルド・スコフィディリオとエリザベス・ディラーというクーパー・ユニオンの先生だった人ですね。
彼らも「ネクサスワールド」で建築作品をはじめてつくったんですね。それから、ポルザンパルクとかね。まあ、ポルザンパルクはちょっと有名だったかな。あと、スティーヴン・ホール。とにかく当時まだ仕事がない建築家たちに日本で仕事を与えた。それから、このあいだ新国立競技場をとったけどあとからダメになった、ザハ・ハディッドも、実は彼女を発見したのも磯崎さんなんですよ。
1983年に「香港ピーク」という国際コンペがあって。それで彼女を拾い上げて。実はザハ・ハディッドはレム・コールハースの弟子なんですよ。
ぜんぜん建物を建てた経験がないけれども才能のある建築家というのをピックアップするのが磯崎さんはすごくうまい人です。
それと、磯崎さんがすごいのは、絶対にそういうことで人に恩を売らないんですよ。だから、「くまもとアートポリス」にあたって彼はそういうこと一切関係なくやってるんです。
最近、コンペでもそうですけど、僕は日本で悩んでることがあるんです。やっぱ日本人って、スクールとか、どこの事務所に勤めていたかで仲間をつくって、コンペのときに審査員をやって仕事を与えたり、それを返してもらったり。ものすごく、ハードルが高くて。
僕も、国際コンペは勝てるんですけども、日本ではそういったスクールやネットワークに入ってないんで、なかなか……。日本だけじゃないかもしれないけども、日本はコンペでスクールやネットワークに属していない人が入っていくのには、そういうことがものすごく弊害になってるなと。
その点、磯崎さんは、自分の磯崎アトリエにいた人をかわいがって育てあげて仕事を与えて、ということを一切しないんですね。本当に世界のことを考えて、能力のある人間に仕事を与えている。しかも、それらの建築家がまだぜんぜん無名な頃にそういうことをしていた。本当にすごい。
あんまりこんなこと言っちゃいけないんですけれども、僕は実はプリツカー賞の審査員を、賞もらう前にやってたんです。それで、毎年誰かを推薦しろと言われます。実は去年、磯崎さんを推薦したんですね。
本当はもっと早くもらっているべき人なんですけれども。(石山氏に)あなたの映画を見てるときに、もともとわかってたけど、やっぱりつくづく痛感したんですよね。
磯崎さんが、実はどれだけ世界の建築界、とくに80年代に大きな影響を及ぼし、いろんな建築家にチャンスを与えたか。そしてその人たちが一流建築家に育っていった。そういう意味で、建築界に対しての影響力や貢献度ってものすごく高いな、と。僕も再度、「磯崎さんを見直すべきだ」ということでプリツカー賞を推薦したんですね。あなたのビデオも送って。
これからわからないですけども。残念なことに今は、若い学生に聞いても磯崎さんの名前を知らない人が増えてきていて、がっかりなんです。それぐらい建築界にとっては重要な人だ、という気がしますね。
石山友美氏(以下、石山):1年間、磯崎アトリエにいらっしゃったときに、「P3会議」があったとおっしゃっていましたけど、磯崎さんはそのとき、どういうことを言ってらしたか、記憶にありますか?
坂:いや、磯崎さんは、当時からもう世界でいろいろな建築をつくってましたんで。全部シルクスクリーンの綺麗な版画にまとめて、プレゼンテーションして。磯崎さんはね、戦い方はうまくわかってるんですよね。アーティスティックなところで、すごく作戦を見せてですね。ある意味では、欧米の人たちのアカデミックすぎる建築のディベートから、自分をどう守るか、どう自分を主張するかっていうことがわかってて。
僕も、クーパー・ユニオンの先生だったピーター・アイゼンマンで苦労したのは、やっぱり建築のディベート。生産的でもないし、言葉遊びなんですよ。そういうことが盛んにされていた時代で。欧米中心って言いましたけど、アメリカの当時活躍してた建築家は今はもうみんなダメになってる。ピーター・アイゼンマンももう活躍していないし。
安藤さん、伊東さんは、はじめは小さな住宅しかつくってないんで、欧米の建築家からけなされてたんですよね。「あんな住宅、わけのわかんないものつくって」と。でも、その人たちが、今は世界で注目されて活躍している。その当時、批判してた人たちっていうのは、もうみんな活躍していません。
石山:映画でも扱った部分なんですけれども、その「P3会議」で安藤さんがプレゼンテーションをしたのは、「住吉の長屋」という小住宅で、非常に有名な住宅なんですけれども。それを、プレゼンテーションしたとき、レオン・クリエさんという建築家が、皮肉の拍手をずっとし続けたという逸話があります。私もその本の記録を読んでいると、本のページの半分ぐらいが、クラップ、クラップ、クラップという綴りで覆われているという。
坂:軽蔑の拍手ですよね。レオン・クリエっていうのは、ポストモダンの人で、スケッチがすごくうまくて。彼は、イギリスを代表するジェームズ・スターリングの事務所で、ジェームズ・スターリングのパースを手書きでぜんぶ描いてたんですよね。それくらい絵を描くのが上手で。建築も少しつくりましたけどね。もうすごい皮肉を込めた批判家ですよ。
石山:その当時の建築の様子を知っている方に聞くと、やっぱりすごい事件だったというふうにおっしゃっていて。当時はネットもなく、情報がどういうふうに伝わっていくかというと、噂話が噂話を呼ぶというかたちでした。レオン・クリエが皮肉の拍手をしたというのは、建築業界のなかでは有名な話だったんですかね?
坂:でも、もう彼も消えちゃいましたよね。
石山:レオン・クリエも、そうですね。しかし、当時はかなり勢いのあった若手の建築家でした。その彼にある種、世界の洗礼を受けたということではないのか、と思うのです。そのときの悔しさみたいなものが、すごくバネになってるんじゃないかなと思うんですけれども……。
坂:あのね、別に、それをバネにする必要があった建築家じゃないんですよ、彼らは。ただ自分とのスタンスの違いを感じてたから、独自のものをつくり続けてるっていうことで。
磯崎さんはもっとどっぷり彼らと直接戦うようなスタンスだったけれども、この2人は「戦う」というのとはちょっと次元が違うなと。良い意味で割り切って、関係なくやってたということだと思います。それはよかったと思いますよ。対等にやろうと思ってたらもうダメになったんじゃないかな、って気はしますよ。
石山:その「P3会議」のことをコールハースさんにうかがいに行ったとき、私もある種ショッキングな発言だったんですけれども……当時の伊東さんや安藤さんの様子を表現して「日本人にはオーラがある」という話をするんですね。それで、「オーラがあって説明をしないからこそ、日本人の建築家は今までずっと飽きられずに来れたんだ」というような発言をしていました。
それは、日本人のプレゼンテーション能力やコミュニケーション能力を、ある種皮肉っぽく語っておられるんですけれども。坂さんは、そういったことはどういうふうにお感じになられますか?
坂:やっぱりね、プレゼンテーション能力という意味ではたしかに日本人は、英語の問題だけじゃなくて劣るところはあると思います。
それから、僕はアメリカで教育を受けて、今は日本の大学で教えているんですけれども、日本の教育で思うことがあって。一番違うなと思うのは、アメリカは人種や、違う文化、違うバックラウンドを持ってる人たちを説得しなきゃいけないから、学生時代からプレゼンですごくロジカルな説明をきちっとしていかなきゃいけないんですよね。
ところが日本の学生を見てると、突然ここにカーブがあって、学生に「このカーブどうやって決めたの?」と言ったら、「なんとなく」とか、「これがかっこいいと思って」とか。あるいは模型をつくっていたときに、上にドームが乗ってるので、「このドームの直径どうやって決めたの?」って言ったら、「東急ハンズで売ってたからこれにしました」ってなんの疑問もなく言うんです。
(会場笑)
坂:それで、僕が1つひとつ学生のプレゼンテーションで、「これはどうして? これはどうして?」と聞いても、日本の学生は答えられないんですよ。ロジックを詰めてものを考えてないから。
それで困った先生が助け船を出して、「どうして自分のセンスで設計しちゃいけないんですか?」って僕に言ってきたんですよ。自分の学生を守るために。
僕が言ったのは、「センスというのは生まれつきのものだから、学生時代に鍛える必要はとくにない。学生時代にやらなきゃいけないのは、論理の構成や、いろんなコンセプトを築き上げること。それらは訓練が必要なことだから、ちゃんと説明していかなきゃいけないし、なんとなくセンスでかっこよくつくるということでは設計は終わりにはならないんだ」と言った思い出があります。
日本の建築の教育も、最近ちょっと変わってきましたけどね。北山恒さんが、横浜国立大学に良い学校つくったりしていて、少しずつ欧米のやり方を学び、プレゼンテーションを重視する教育になってきましたけど。これまではそういう意識がぜんぜんなかったですね。
だから、例えば、安藤さんの住吉の長屋にしても、伊東さんの作品にしても、きっちりと欧米の人達が理解できる説明がつかない。あるいは日本では説明する必要がない。日本人は、同じ人種でみんなわかってる。あるいはそれは理解するべきだ、と日本人が勝手に思ってるから、あまり説明しようとしない。そういうことを、プレゼンテーション能力がないというような言い方をしているんだと思いますけど。
それは事実だと思いますけども、でも本当は建築というのは、説明しなきゃいけないものじゃないと思うんです。公共建築は一般大衆でも理解できなきゃいけないものだと思うんです。だからそういう意味で、正式にはちゃんとロジックで説明しなきゃいけないけども、説明しなきゃわからない建築ではダメだと思います。
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