2024.12.03
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福岡伸一氏(以下、福岡):この「包み包まれる」の解釈をめぐるところがこの本の1番の難所で、年輪が時間を刻んでいる、つまり、これまでの時間を包み込んでいるということは比較的簡単にわかるんですけれども、年輪を見たときに、そこから時間が湧きだしている、つまり年輪の側から環境にもう1つ作用が及ぼされているというのがすぐにはわからないところだったんです。
そのことを一生懸命池田先生と論じました。先ほど柴村さんが言われたように、西洋哲学的な時間の考え方は、「利己的遺伝子」ということを言ったリチャード・ドーキンスという人の本(『虹の解体』)の中に非常に如実に現われています。それは、懐中電灯みたいなもので過去と現在と未来をずっと照らし出している、その光の点が時間の流れだと彼は言ってるわけですよね。
「点の集合として、時間がずっとある線上を動いているのが我々の時間だ」というふうに言っているわけです。これはまさにロゴス的な時間の考え方であり、時間は点の現在という時刻の集合というふうに、そしてそれがずっと動いているという西洋哲学の時間の考え方があるわけですね。でも、西田の中にある時間というのはそういったものとは違うし、生命が実際に行っている時間というのもまた違うんですね。
生命における時間というものは、点じゃなくて、厚みというかボリュームの大きさがあるんです。そしてそこにはすでに過去も含まれているし、未来のこれから行われるべきことが現在の時点に含まれている。つまり「次の合成を行うために、現在が分解されているということがすでに予定されている」という意味で、これを「先回り」というふうに私は呼んでいます。つまり時間というのは空間的な広がりがあって、それが続いているから我々は常にこう円環的に進んでいけるわけですね。
西田先生は中々ずるくて、いわく言い難くなると「絶対」って言うんです。だから「矛盾」じゃなくて「絶対矛盾」とか、これは普通の「現在」じゃなくて「絶対現在」というふうに言うんですね。「現在」とか「矛盾」というものを超えて、そこに西田先生が「絶対」と付けたその「絶対」というのは一体何なのかというのを一生懸命解き明かすことが大事だったわけです。
だからこれは言葉によって西田先生が言った言葉を解き明かすという作業なので、ある意味でロゴスの戦いではあるんですけれども、そのためには現在のロゴスが記述していることではなくて、できるだけもともとの自然のピュシスを語るための新しいロゴスを作っていかなければいけない。
池田先生が最初におっしゃったようにピュシスの中にもロゴスがある。我々が世界をとらえているロゴスの中にもロゴスがある。でもできるだけピュシスのロゴスに近づこうとするという、その行ったり来たりのある種の往復運動の中に哲学的行為もあるし科学の行為もあるんじゃないかなと思うのですが、池田先生、そういうことでいいですよね?
池田善昭氏(以下、池田):「ピュシスのロゴス」というのは隠れてしまうんですよ。隠れてしまうと私たちには見えないですよね。まさにヘラクレイトスの「自然は隠れることを好む」です。どんなに私たちの目の前で出会っても、隠れた姿が現れているものについて、明らかにすることはできません。ただ、隠れているということを認めなければならない。
先ほどの「非連続の連続」でも申し上げましたけれども、全て「個」であるとすると、みな連続していないはずなんです。連続していないはずなのに、例えば社会というものが成り立つ時に、そこに1つのルールができたり、調和ができたり、1つのまとまりというものが生まれてくる。
個と全一。西田の場合は全体の一、「全一」といいます。それから「個多」といいますが、全一と個多というものを分けて、矛盾している、と。どんなに個をまとめても全体にはならない。そういう個が多数集まっても本当の意味で全体というものはできない。一方、全体というものは、それを個に分けて理解することができない。こういう全体の「一」というものと個物の「多」というものは、私たちにとっては、絶対矛盾なんです。しかし、自己同一でもある、と。
これは体のことを考えますと、全部、細胞は一つひとつ違う形で、無数の、何兆という細胞がいろんな形で存在していながらそれぞれが違っています。しかし同時に1つの体として機能している。矛盾していながら自己同一、全一であって個多である、個多であって全一であるという、こういう魔訶不思議なことが起こっています。私たちは全一を見ていると個多というのは隠れてしまう。個人個人を見ていると全一は隠れてしまう。お互いに裏側に回ってしまって、逆の背中ですから見えないわけです。
だから「自然はよく隠れることを好む」といったのは、まさに絶対矛盾だからです。絶対矛盾。したがって、西洋哲学では絶対矛盾というのを理解することはできませんでした。そのため、先ほどお話ししましたように、アポリアを残して未だに解けていない。西田のような考え方ができない。それは先ほどの「ロゴスとピュシス」の問題でもお話しいただきましたけれども、人間のロゴスというものは、自然の持っているロゴスとは全然違うからです。あくまでも人間のロゴスで自然を解こうとしているから、西洋哲学は失敗してしまったわけです。
西田の偉大さというのは、私が思うに人間のロゴスを頼らなかったことです。ピュシスになりきって、ピュシスの立場でそのまま矛盾は矛盾として認めようという立場なんですね。だから絶対矛盾の自己同一というような洞察は西洋哲学ではできません。
しかし、西洋近代という時代は、いままさに乗り越えられなくてはならない。「脱近代」と盛んに言われていて、未だに近代という枠組みの中から新しい時代が生まれてこない。それは先ほどもお話ししたとおり、西洋哲学が行き詰まっちゃっているんです。自然科学も行き詰っています。
この機会にぜひみなさんにお考えいただきたいのは、自然というものは絶対矛盾を持っているということです。
(自然が)隠れて見えないということは、ちょうど逆ざまになってるがゆえに見えない。表と裏があるものは裏が見えないのと同じように、矛盾しているものは理解できないし、見えない。しかし、西田哲学の偉大さというのは、それを丸ごと、絶対的に矛盾しているまま、そのまま1つのものとして認めよう、としたこと。そういうふうに開き直るというか、ピュシスに徹底していくということ。それは人間のロゴスを捨てるわけですよね。
私は西洋哲学を勉強してきたのですが、西洋哲学にはどうしても解けない問題があります。他者問題とか個体問題とか心身関係論とか。まさに心身関係論というのは絶対矛盾なわけなんですけれども、そういう自然のありようというものを人間のロゴスに合わせて理解するということ自体が非常に不合理なわけです。自然は自然のまま、矛盾は矛盾のまま、受け止めるしかないというのが西田哲学の素晴らしいところではないかと思っております。
福岡:こういうふうに考えると、みなさんの理解の助けになるんじゃないかなと思うんです。今、AIがものすごく発展していてそのうち人間の知性もAIによって凌駕されてしまうと言われることがありますね。さらに、全ての人間の脳細胞が行っていることがコンピューター上に置き換えられると、AI自身が人間を凌駕した存在になってしまうという、シンギュラリティがくるとも言われていますよね。
でも、私はそんなことは絶対に起こらないと思うんです。それはまさに「ロゴス対ピュシス」であって、我々の人間の体、生命というのはロゴスではなくてピュシスそのものであるからです。
これは坂本(龍一)さんともお話したんですが、人工的な都市の中で隔離されたマンションや家に住んで、完全なエアコンディションの中で生活していて、環境を全てコントロールできていると思っている人間の、最もコントロールできていないことは何かというと、自分自身の生命です。
自分自身がいつ生まれてきていつ死ぬのか。いつ病に倒れてどういうふうに回復するのかということは、絶対にコントロールできないんです。それはピュシスだからです。AIができることはロゴス的なことだけであるわけです。時間を直線的に考えて、その点と点を結びながら、そこにある種のロジックを作ってアルゴリズムを進めていく、そういったことはAIは得意なわけです。
だからビッグデータの中から最適解を選んだり、最も適するものを個人個人に割当てたりするのは得意です。そういうロゴス的なロジックならばAIはできるし、必ず人間を凌駕していくので、将棋とか囲碁は、やがてコンピューターによって、既に進んでいますけど、負かされてしまう。
でも、人間の生命のピュシス的なあり方というのは、絶対にAIには真似することはできない。それはなぜかというと、そこには池田先生もさんざん言われているように、ピュシスには絶対矛盾的な相反することが同時に起こるということが含まれているからです。AIは、自らを壊すことはできないし、全く無関係な点を結び合わせることもできない。同時に何か多発的に無関係なものを結び合うこともできないわけです。
でも生命はまさにそれを相反するように絶え間なく行っているわけですよ。そういう意味で、AIができることというのは非常に限られているし、AIにはロゴス的なことしかできない。でも我々に残された最もピュシス的な自然というのは、我々の生命体の在り方そのものであるわけで、これはAIがとってかわることは決してないと私は思っています。
だいたい時間もいい感じになりました。哲学者とは中々対話にならないんです。
(会場笑)
福岡:世間話が入り込む余地がないので、それぞれが言いたいことを言いましたので、後はフロアの方から何かご質問を受けるという感じでいいんではないでしょうか?
柴村登治氏:福岡先生、池田先生、どうもありがとうございました。
(会場拍手)
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