2024.12.19
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司会者:名優をお迎えいたしましょう。大きな拍手でお迎えください。『海辺のリア』主演の仲代達矢さんのご入場です。
(会場拍手)
それでは一言、本日ご来場いただいた、たくさんのみなさまへご挨拶をいただけますようよろしくお願い申し上げます。
仲代達矢氏(以下、仲代):こんばんは。お忙しいのにこんなに集まってくださってありがとうございます。役者の仲代達矢でございます。今度の『海辺のリア』で主人公(兆吉)の役をやらせていただきました。84歳になりまして、末期高齢者というように。どうぞ、今日はよろしくお願いいたします。
(会場拍手)
司会者:間近で名優を見ることができる。こうしたイベントで、当代官山スタジオは来館者の方との距離が近いということが売りでございますので。
それでは、いよいよ来週より公開されます、今、目の前にポスターもご用意してございます『海辺のリア』。ついに完成して公開を迎えます。
先に見させていただきましたが、素晴らしい映画でした。このパンフレットの中でも語られているのですが、アニメやお笑いや、もっと言えばCGを多用したハリウッド映画もいいですが、こうした映画があってもいいのではないか。見ると、人生がすごく豊かになるのではないだろうか。本当にそう思いました。
仲代:ありがとうございます。
私は60年間映画役者で、演劇もやってきて、いろいろな作品に出ているのですが、今度の小林政広監督はですね。どうも私・仲代達矢が認知症になったらどうなるであろう、と。そういった狙いが多少あったのでしょう。監督とは話していませんが、どうもそんな感じがするのです。
僕が小林監督とご一緒したのは『春との旅』。それから『日本の悲劇』に続いて今回が3作目ですね。
司会者:監督のコメントの中で「仲代達矢を丸裸にしたい」とあるように、今回の主人公は仲代さんの俳優人生が大いに反映されているようですね。
仲代:そうですね。あまり自慢はできませんが、私は60年の間に約160本の映画に出ております。しかし、今度の『海辺のリア』はですね、初めて遭遇したような……私は、どんなに評判が良くても、前の作品と同じような役はやりたくないという大変へそ曲がりな役者でして。いろんな役をやってきましたが、初めて遭遇した映画ですね。
司会者:遭遇する前に、脚本を読まなければいけない。最初に渡された脚本をみての印象がありましたら。
仲代:アニメもいい、ベストセラーもいい。そういった素晴らしいものは、今いっぱいあると思いますが。小林監督というのは、私が関係した『春との旅』『日本の悲劇』、今度の『海辺のリア』。すべてオリジナルなのですね。
司会者:そうですね。
仲代:昔の監督は、オリジナル作品を書かなければいけないということがありました。私が若い頃はそうした時期があったのですよ。その私が一番小林監督を買っているのは、やはりオリジナルを書いていることですね。これはやっぱり素晴らしい。
脚本を読みましたら、いやぁー初めての経験だなぁと思いました。それで後はもう、小林監督、スタッフ、キャスト、私、共演者といったメンバーで一所懸命に作るのですが。問題はお客様がこの映画を観て、どう感じるのかなぁということが第一ですね。
司会者:そのお客様というのが、10人いれば10通りの感じ方があってもいい映画だということですよね。それは素晴らしいことだと思います。説明が一方通行で「はい、これでおしまい」という映画ではないということですよね?
仲代:はい。それで、これを作ったら20代の青年には当たるのではないかと思ったところから企画が練られていて。そして当たることを中心にして映画作りをしている作品も多少はあるのではないかなと思うのですが。
司会者:たくさんございます。
仲代:そうした意味でも、この小林監督の『海辺のリア』は、お客様一人ひとりが考えているいろんな感想があってもいいといった感じに作られていますから。もちろん「こんな老人の映画はいやだ」とおっしゃる方もいるかもしれません。でも、若い人もそのうち老人になりますので。
司会者:全員一緒です。
それでは次にですね、印象的な主人公の名前について、ちょっと確認させてください。桑畑兆吉。兆吉(ちょうきち)と書いて「ちょうきつ」と読む。それは脚本通りですか?
仲代:そうですね。私、最初は兆吉(ちょうきち)と脚本にふりがなをしていたのですが、実は「ちょうきつ」という。
司会者:その名前というか苗字。桑畑はかつての名作で、とある名俳優が演じた役柄の名前です。これにピンとくれば、日本映画ファンと言えます。桑畑という役名の侍が1人いました。それは仲代さんが出演された映画です。どの作品かは、実際に映画を観ていろいろ考えて突き止めてください。
その名前を考えたことには、仲代さんはまったく関わっていないということですか?
仲代:そうですね。でも、この老いが老いを全うしていく。老いも楽しい。老人も愉快だと。全うする時に、やっぱりこれを小林政広は喜劇として捉えようとしているのですね。そこで桑畑だという。シャレのつもりで。
司会者:印象的なのは、今回の舞台は「海辺」です。これはオールロケで撮っているわけですよね? あの海は日本海? 金沢七尾市の海岸。仲代さん、これは勝手知ったる演劇堂に近い海岸でいいのですか?
仲代:この映画はですね、私が30年前から能登半島のお世話になっておりまして。先ほど仰いましたように、能登演劇堂という演劇専門のホールがあるのです。この映画は全部、能登半島で撮りました。その海岸が多い。
司会者:そうですね。いい海岸ですね。
仲代:千里浜と言いまして、車も通れる。海辺が広いのですね。なかなか狭くできているようですが、80%くらいは千里浜というところで撮りました。
司会者:1カ所ロケというかたちですね、ほとんど。
仲代:そうです。あとは能登島などでも撮りましたが。ファーストシーンはトンネルから出てくるのです。まぁ、老人ホームから逃げ出すのですが。なにか放りかけて、自分の履いている靴まで投げ出して、裸足になったのですよ。最後まで裸足です。ところが千里浜というのは、砂がすごく熱いのですよ。
司会者:時期は、ちょうど1年前の今頃ですか?
仲代:そうですね。
司会者:では、「靴は履かないで」というのは監督からの指示じゃなくて?
仲代:全部投げ出してくれと。あとは、最後まで熱い砂浜の上を歩いて、という。そうすると、熱いから飛び跳ねているような演じ方になってしまう。
司会者:それで前へ前へと進んでいたのですね。
仲代:まぁ、年のわりにははやく。
司会者:この『海辺のリア』を見ていただけるとわかると思いますが、本当に早足で歩かれていますから。ちょうど1年前ということですから、あのパジャマ姿に黒いコート。ロケ中は暑かったのですか? 寒かったのですか?
仲代:暑かったです。あのコートは脱いでおりません。最後、海に入るまで。
仲代:役者は必ず台本から役に入っていくわけですが、約10ヶ月前に小林監督が声をかけてくれました。
台本に関してはとてもおもしろいので「はい、やらせていただきます」と伝えました。1ページ目に「これは仲代達矢の映画です」と書いてあります。「ですから、共演者の方もスタッフもよろしくお願いいたします」と。そうなると、私、すごく責任感を感じるのですよ。私がうまくいかなかったら、この映画は……。
だから本当に懸命になって、1ヶ月で全部暗記しました。
司会者:さすがですね!
仲代:ですから、台本さえできていれば、役者はどんなに長い物語でもできるのですね。
昔は黒澤明先生や小林正樹先生など、台本は約2ヶ月前にできておりました。1ヶ月で読むのです。全部暗記して、それからリハーサルですよ。1ヶ月。それで本番に入るから。先輩である三船(敏郎)さんもセットに台本を持ち込まない。私もまったく持ち込まない。それだけ昔の映画は準備期間があった。制作に時間をかけたということですね。
今、台本が遅いものです。時代劇なんか台本を見ている時に「本番いきまーす」などと言ってしまうような作品もあります。
司会者:今回の桑畑兆吉さんは認知症を患っている。認知症の演技というのは、やはり難しいものなのですか? 難しさというのはある程度パンフレットにも書いてありますが。
仲代:実は、認知症について、医学的には私もわからないのです。テレビなどを見ていると、この薬を飲むと認知症にはならないとか。
まぁ、80歳を過ぎている役者が、そのうち固有名詞を忘れて、「あぁ、あの人なんだったかなぁ」ということはしょっちゅうあるのですが。本当をいうと認知症のことはわからないのですよ。わからないから、もう無茶苦茶やればいいかなと思いまして。
時代劇での侍というのもやっぱり、わからないなりに1つの役を作り上げるわけでしょう。
司会者:そうですね。
仲代:仲代達矢のための映画だということと、認知症でというお話で、「もうどうぞ、やりますから。どこからでも撮ってください」といった感じで、撮りました。
司会者:では、かつて『恍惚の人』での森繁さんや、『花いちもんめ。』での先輩である千秋実さんなどはとくに参考にされず、そのままドーンという感じですか?
仲代:私は、映画や舞台ではわりとシャープな役や悪役などをやるのですが、本当はもやぁーっとしてましてね。もう、80歳を過ぎたからこんなことも分析して言いますが、私のあだ名は「もや」と言いまして、なにを考えているのかわからないなと。なんだかもやぁーっとしてるのが私の本心なので、それをただやっただけです。
ただですね、(兆吉は)元役者ですから、最後にシェイクスピアの『リア王』のセリフが出てくるのですが、これだけは懸命になって覚えました。
司会者:その覚え方ですが、セリフを全部毛筆で紙に書いて壁に貼り、それをひたすら読んで覚える。このパンフレットにも、その書かれたセリフというものが載っています。そうしたかたちで叩き込んでいったというのは、昔からですよね?
仲代:そうですね。私はもともと不器用な役者でして、演劇も、映画も、テレビも、人の10倍くらいは努力を重ねないといけないのです。だから、昔からそうですね。40歳過ぎた頃から、毛筆で書いていると、なんとはなしに身に入るような気がしまして。
それで極端な話、私の寝室にわーっと貼ってあるわけです。そうやって覚えていくのですが、寝室の壁が足りなくて天井まで貼り付けて覚えているうちに、そのうち寝ちゃうのです。そうすると夢の中にまでですね、セリフが追いかけてくるわけですよ。「イヤーーーーーー!」と言って飛び起きた経験もありますが。
司会者:それだけ入ってきているということですよね。
仲代:そうですねぇ。だから、役者というのは、覚えたセリフを今初めて思い出したアドリブのように言う。そうしなきゃいけない。俳優学校時代に先生方から教わったのですが。全部入れておいて、初めて「アドリブで言う」というセリフの言い方がいいと叩き込まれましたから。未だにその後やってましたからね。ちょっとこういうことは、楽屋口で喋っちゃいけないのですが。
司会者:それはパンフレットに載っているので、本当にそうやって覚えているのだなぁということが今回わかりました。
ただ、今回はさらに認知症の演技です。役者の場合、相手がいてそのリアクションがあるという噛み合わせの演技がありますよね。ところが今回難しいのは、一方通行で仲代さんがセリフを言う。その噛み合わせに最も苦労したのが黒木華さんだと思うのですが。あの黒木華さんの演技は本当にすごいですよ! 今までの彼女のイメージがガラッと変わりましたからね。
仲代:今仰ったように、役者は2人出ているとキャッチボールなのですね。こちらから球を投げると、向こうがその球を受けて。それから向こうが投げると、こちらが受けるという。こうした関係で芝居は成り立っているのです。
しかし、今度の桑畑さんは一方通行でしょう。自分の生んだ娘なのに「あんた、どちらさん?」みたいなことを言われると、黒木さんはもう、いくら突っ込んでも突き放されるんだよね。あれは大変な演技だったと思います。
絡み合ってやるのは、阿部(寛)さんにしてもそうですよ。だから、それを見ている周りの共演者も大変だったと思います。
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