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是枝裕和監督と考える映画術 「Road to the World」(全4記事)

是枝裕和監督のテクノロジーとの付き合い方--フィルムとデジタルの違いは「カメラを回している瞬間の唯一性」

2016年10月に、アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」が開催されました。プログラム「Road to the World」では、世界でも高い評価を受ける映画監督・是枝裕和氏が、若き日本人クリエイターが海外で活躍するための映画術を語りました。

是枝監督が考える短編の作法

別所哲也(以下、別所):世界を目指す方法論というのがいくつか具体的に出てきましたけど、僕らの映画祭も、アメリカのアカデミー賞公認ということで短編というかたちではつながりがあるわけですけど、ぜひ是枝監督にうかがいたいのは、短編の作法というのは、監督自身も、短編・ショートフィルムというものをどうとらえているのか。観てもらう機会もそうですし。

今日も前半はみなさんが撮ったものを、短編としてとらえるのか、あるいは長編を撮りたいからどうなのかっていうことも含めて議論というかアドバイスをいただいたんですけど。

是枝裕和氏(以下、是枝):難しいよねえ。シネカノンがシネアミューズを作ったとき、まあ結果的につぶれちゃったけど、李さんがあの時に考えていたのは、短編をきちんと上映する劇場っていう発想だったの。それで長編の前に必ず国内外を問わず短編の秀作を上映していたのね。そこから長編の作家を育てていきたいっていう意識があって。

本来はそういう機会があって、長編を撮る前の登竜門として日本国内の映画興行の中で位置を占められてくると、きっとお金を出す方もいきなり長編に大きなお金を出すよりも、短編で作家の持っているポテンシャルを確認した上で次を組むというほうが、リスクが少ないから出しやすいと思うんだけど、一般的にはなかなかまだそういうかたちにはなっていない感じがしますよね。

別所:違ったアングルからいうと、21世紀に入って興行のかたちとか作り方とかの選択肢が増えたので、僕は超短編も超長編もどちらもありだと思うんですけど、是枝監督はどうお考えですか?

もちろん作品を配給する上では80分から120分以内くらいの長編というのシステムに乗せやすいとか、あるいはハリウッド的にはストレッチムービーというんですけど、物語を引き延ばして、いろんな要素をぶち込んでマーケティングして、トム・クルーズが主演って決まっていればアイデアをつくっていくっていう作法もあるじゃないですか? 

是枝:もちろんいろんなバリエーションがあって、さっきも言ったように多様であるべきで、それは映画を生き物として考えた時でも、同じ尺のものばかりが作られるというのは間違っているし、みんなどの映画も2時間弱で収まるわけがないと思うんだけど、意外と僕はそこに適応してしまっている自分もいて、発想がだいたい120分くらいかなっていう脚本を書くような体になってしまっているという。

別所:それは台本のページでいうと何ページぐらいですか? シーン数でもいいですが。

是枝:100です。

別所:100ページ?

是枝:100シーンかな。

別所:100シーン100ページ?

是枝:100ページはいかないんじゃないか? 今書いている脚本がちょうどA4で90枚100シーン。それがたぶんもうちょっと長い2時間20分くらいかな今。

別所:そこからちょっとづつ?

是枝:削ってくか、このまま押し切るかせめぎ合いをしています。

別所:(笑)。なるほど、そのあたりもインサイドストーリーが聞きたくなっちゃうところではありますけど。

逆に言うと、あえて短編にこだわった言い方をしますけれど、15分にしかならないなっていう作品だと、やっぱり物語として映像化するのには、落ちていってしまうんですかね? 無理やり長くするかそのシーンを無理やりぶち込むかハリウッドでストレッチしていくか。

(会場をさして)彼らがアイデアをぱっと思い浮かんだ時にどうするべきなのか。このアイデアをぶち込みたいんだけど、なにかと合わせ技にするしかないかと。そうするとちょっとずつ濁ってきますよね。純度が。

是枝:そうですね。ただ短いままだと商業ベースにのりにくいというのはしょうがないよね。状況としてはね。

別所:そうなってくると監督の中にしみ込んだ、トレーニングされたというか、あえて長い間の経験の中でいう、100ページですか? 100シーン? それぐらいの中にどういう物語性を作っていくのかということを考えるってことですか?

是枝:でもはっきり言っている監督もいるよね。「映画とは90分で語れる話を語るのが映画だ」って。最近あるラジオ番組でしゃべんなくちゃいけないから、ロバート・ベントンの『クレイマー、クレイマー』って名作を見直したんですけど、あれ90分ちょっとなんですよ。それでまったく無駄がない。

非常に複雑な1組の夫婦の話を100分以内で語りきっているというのを見せられると、自分の作っている120分ちょっとのものも、もっとシェイプできるんじゃないかなって思ったりもする。だから映画って90分で語れるんじゃないかってどこかで思っている自分もいます。

フィルムとデジタルの画質以外の違い

別所:なるほど。ちょっとテクノロジーの話も聞きたいんですけど、是枝監督の映画はやはりフィルムにこだわっているところがありますか? それとも映像の技術っていうと今日もデジタルカメラがずっと回ってますけど、このイクイップメントというか道具って自分の武器だと思うんですけど、その辺に関してはどのようにとらえていますか?

今、映画の世界は、ドローンとか、VRとか、360度映像とかいろんなことをいう人がでてきていますし。

是枝:どれも使ったことないなあ。ドローンも使ったことないんですよね。

別所:それは興味はあるということですか? それとも道具に手を出す必要はないなって思っている感じですか? チャンスがあればって感じですか? 

是枝:作品によっては使ってみようかなってぐらいですよね。フィルムも使えなくなったらどうしようかなみたいな。新しいものにすぐにいかないんですよ。最後にいくんですけど。

フィルムはまだ違う気がするなあ。どう思う? (会場の監督たちに向かって)フィルムで撮った映画と、デジタルで撮ってDCP(デジタルシネマパッケージ)上映の映画って。

質感という曖昧な言い方をあえてしちゃうけど、現実に違うなと思っているので、撮れる間はフィルムで撮りますけど、経済的なことを考えると非常に贅沢。フィルムをあきらめれば撮影が1週間延ばせますって言われるとやっぱり悩みますけど。

別所:やっぱりここにいる映像作家のみなさんはなかなかコストの面でもフィルムで全部撮って現像して編集して、となかなかいきつけない中での選択肢としてデジタルというのもあるかもしれないし、もうデジタルネイティブで、「デジタルでいいじゃない」って言う人たちもいると思うんですけど。

例え方がわかんないんですけど、それは油絵にこだわったり水彩画・水墨画にこだわるみたいな、そういう、映像によるタッチなんですか? それとも服飾でいうとシルクしか使いたくないとか、どういうフィルムにこだわるというのは、やっぱり映ったものですか? 質感ですか?

是枝:質感が1つ。もう1つは、不自由なんですよ、フィルムの方が。現場が不便なんですよ。不便なことが良かったりするんですよね。カメラが重いんですよ。悪くないんだよな、重いものが現場にあるって。すごい精神論になっちゃうけどね。お祭りには重たい神輿がいるじゃない。みんなで担がないといけないものが中心にあってさ、そこにみんなの意識が集中してるっていうのはお祭りとしては正しい在り方じゃない。

別所:緊張感とか緊迫感とか求心力みたいなもんですか?

是枝:でも、今言いながら違うなって思っちゃった(笑)

別所:(笑)。なんですかそんな!

是枝:それは僕がテレビからスタートしてるから。テレビのカメラはどんどん軽量化して軽くなって僕でも(カメラを)回せるようになったから、スタッフが少人数でも僕もドキュメンタリーを撮れたんですけど。そのメリットとデメリットもあるでしょ。映画もやっぱりねえ、カメラがあってねえ。

別所:それは裏メッセージでいうと、今来ている人たちに対してもあえて不自由なところに飛び込んで行けってことですか? 深読みしすぎですか?

是枝:画質は前提として、デジタルで撮ったとするでしょう。カットかけるでしょう。すぐ再生できるじゃないですか。それでほぼ完成に近いクオリティでその場で観られるでしょう。そうするとカメラを回している瞬間の唯一性みたいなものがなくなっちゃう。

カメラマンのリー・ピンピンと仕事したときに思ったんだけど、フィルターワークとレンズのセレクションによって今どういう絵ができてるかってのは、モニターを出しているんだけど彼の頭の中にしかないの。みんなはそれを想像しながら現場にいて、上がってきて「あっこういう絵だったんだ!」ってみんな初めて気づくのね。

彼は後処理でいじらない人だから現場で撮ったものがすべてなんですよ。だからあとから赤を調整するとか、青を抜くとかほとんどしなかったんですよ。僕らには見えてないけど、(彼は)「もうすることはない、できてる。今のカットでOKだ」って。かっこいいなあって思っちゃった。単純に「かっこいいなあカメラマン!」って。

別所:撮ったものを想像できる力っていうか、やっぱりそれをもってないと。

是枝:今撮っているものを、見えているものとは違うものとして想像しながら現場にいるってことが、たぶんその時間を特別なものにすると思っているんだけど、デジタルになってモニターがでるとスタッフの半分はその前に張り付くことになるんですよ。そこでチェックができちゃうから。

別所:そうですよね。さっきから出ている空間の把握能力ってあるじゃないですか、芝居も監督もスタッフもね。奥行とか見てないでモニターばっかり見てたら。

是枝:そうなんですよ、でもどうしてもモニター前にいる時間が長くなっていってしまう自分もいて。ちょっと集中力が欠けていたりすると、チェックしてもう1回みたいなことってあるじゃないですか。そうするとそのときの集中力に、信頼感がなくなってくるんだよな。

OKって言う自分が不安になるみたいな感じ。チェックしますっていっちゃうみたいな。それが果たして便利になったのか、映画にとってそれはどうなんだってのは常に悩むところなんですけど。

別所:これはもう映画道の世界ですね。チェックしますって言うか、OKって言えるか。監督として。

是枝:そうなんだよね、カメラマンのリーさんみたいに「今のでOKだ」っていうふうに監督がカットかけた瞬間に言えればいいんだけど、そうじゃなくなっていくことの良さ悪さってのがデジタルにはあるなっていう感じです。

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