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Frank Stella Black Paintings | Minimalism | LittleArtTalks – YouTube(全1記事)

アートへの反逆 作家性を捨てた芸術家の挑戦

フランク・ステラは、アメリカを代表する芸術家の1人です。彼はミニマル・アートの第一人者として後世に多大なる影響を与えています。彼の作品の特徴は、徹底したミニマリズムにあります。ミニマリズムとは日本語で「最小限主義」とも訳され、無駄な装飾を廃した究極のシンプルさを求める考え方です。1960年代にアメリカで全盛期を迎え、以後、旧来の芸術的思想との衝突をしつつも現在まで受け継がれてきています。YouTubeのアート系チャンネル「Little Art Talks」。今回は、フランク・ステラと彼が活躍したミニマリズムの世界を旅します。

フランク・ステラとミニマリズム

カリン・ユエン氏:フランク・ステラは、マサチューセッツ州で生まれたアメリカの芸術家です。プリンストン大学にて歴史の学位を取得し、その後1958年にニューヨークに移住します。この当時のアメリカでは、抽象表現主義が全盛期を迎えており、ジャクソン・ポロックが、雑誌『LIFE』において4ページにわたる特集を組まれるほどでした。

彼は「ドリッピング」という技法で有名です。

巨大はキャンバスを床に広げ、キャンバスの至るところに絵具を滴らせ、跳ね飛ばし、叩きつけます。それは、ハチャメチャで、ど派手で、直情的で、混とんとして見えます。ポロックの作品は、フランツ・クラインなど、その他の抽象表現主義者たちと同様、若い頃のステラに多大な影響を与えました。

しかし、ステラがニューヨークを訪れる頃には、抽象表現的な絵画に強い反抗心を覚えるようになります。その代りに彼は、バーネット・ニョーマンの作品やジャスパー・ジョーンズの『標的』ような平坦さに惹かれるようになります。

ステラは、絵というよりも単なるモノ(物体)ともいえる作品を生み出していきます。そこには、芸術家自身の身体面も感情面も含まれません。ステラは、絵画とは、「絵具ののった平面である。それ以上でも以下でもない」といいます。ステラの名を世に広めたのは、「ブラック・ペインティング」シリーズです。

初めてこの作品を見た人は、おそらく戸惑いを感じるでしょう。ぱっと見は、ものすごく単純に見えます。絵を構成するものは、非常にシンプルです。意図的に配置された平行な黒いストライプ。黒いエナメル塗料。通常よりも分厚いキャンバス。

どのような意図でこの作品が作られたか、どのような思考プロセスを経てこのような決定がなされたのか、一見して理解することは困難です。力強くストイックで、そして少し冷たい感じや、感情を排除するような感じを受けるかもしれません。

この「ブラック・ペインティング」シリーズは、ステラが、家庭用の刷毛を用いてフリーハンドで描きました。

そのため近くで表面を見ると若干の不規則さを見ることができます。しかし、抽象表現的な絵画に見られるような大げさな動きはありません。

手書き感は極力削除されており、どこが始まりでどこか終わりなのか、どのような動作なのか、うかがい知ることはできません。ただそこにあるのは、線のみです。

ステラは、このストライプを「規則正しい法則」と呼び、「一定の割合において、幻想的な空間を絵画から引き出す」といいます。きっちりと引かれた黒のストライプは、キャンバスの平面性を引き立て、見るものにキャンバスは「絵具ののった平面である」と認識させます。

これは非常に重要なポイントです。なぜなら、絵画とは「三次元的な空間を映し出す窓である」、または、「現実世界の投影である」という広く知られた常識と真っ向から対立する考えだったからです。これは、ルネッサンス時代から続く、絵画の常識でした。

通常のキャンバスが薄い窓のような性質をもつのとは対照的に、分厚いキャンバスを使用することにより、より物体らしさを強調しました。これは明らかに唯物的、つまり、絵具とキャンバスを、ただ絵具とキャンバスとしてのみ捉えます。絵画と彫刻の境界線を曖昧にするような、再現的な絵画や幻想的な絵画とは全く異なるものでした。

受け継がれるミニマリズムの魂

このような流れは、のちにミニマリストなどと呼ばれる芸術家たちに引き継がれていきます。彼らは、ベニヤ板、鉄くず、電球など、アート素材以外の材料も活用しました。

単一性、幾何学的形状、そして産業資材の利用などが特徴として挙げられます。

前時代の表現主義的な芸術家たちと比較すると、その匿名性は大変おもしろいです。ミニマリストたちは、暗示的な関連性、象徴性、精神的超越の示唆などをできるだけ避けています。

また、自己表現主義や幻想表現も、極力排除しました。

芸術家の手書き感、思考プロセス、美的感覚など、知りうるサインが何もありません。

ミニマリストたちは、作者らしさを極限まで排除することに力を注ぎました。そうすることで、表面に見える以上の「内側」に存在する意味はない、という感覚を生み出します。なぜなら、意味というのは、見るものの反応によって存在するのですから。

1960年代の後半には、ミニマリズムは勢いを失っていきます。多くの芸術家たちが方向転換していくなか、芸術の進む道としては誤りであると考える多く人からの批判を受けることになります。もっとも影響を与えたものが、1967年アートフォーラムにて発表された、マイケル・フリードのエッセー『芸術と客体性』です。

この中で彼は、ミニマリズムの流れは、モダン芸術において重要なターニング・ポイントであると認めると同時に、その方向性に疑問を呈しています。彼が言うには、ミニマリストたちは、芸術作品を生み出しているわけでも、芸術の本質に関して政治的・観念的思想を持つわけでもない。

三次元的空間で、アート素材以外の物体を組み合わせ、それを「アート(芸術)である」と主張するのであれば、それは、芸術である必要はありません。フリードは、「芸術は芸術であり、物体は物体である」と主張します。

ミニマリズムは、いくつかの流れに枝分かれし始めます。その最大の遺産はポストミニマリズムという大きな広がりを見せます。カリフォルニアにおいては『光と空間』の運動が盛んになりました。

そして、ランド・アートは全米で大きな人気を博します。

「ミニマリズム」が提起した問題に呼応して、偏心抽象画やその他の様々スタイルに発展を遂げました。

ミニマリズムというのは、起こるべきして起きた運動の1つでした。いずれにせよ、誰かが推し進めざる得ないものです。しかし、そこから発展しようがない、という意味では、怖いものもあります。

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