2024.10.01
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カリン・ユエン氏:禅は、今この瞬間に表出する普遍的な真理に重点を置いたため、画僧が寺院のために描くことができる題材の幅を広げました。これには、有名な禅の修行者や想像上の風景画などが含まれます。特定の寺院と結びついた絵師は、様々な種類の素材を、様々な様式で描く技術を習得できたのです。
東福寺の画僧の吉山明兆(きつさんみんちょう)は多芸な活躍を見せました。この大きな絵画『大涅槃図』は、釈迦の死を描いた水墨画であり、その死を記念して毎年2月に掲げられました。
1408年に制作されたこの画は、伝統的な様式と処理をしていますが、いくぶん自由な筆遣いが見られます。外郭の線は多様な太さの筆で描かれ、年老いて衰弱した仏陀の弟子たちの顔は、影によって肉付けされています。全体的には単色ではなく、黒やさまざまな肌の色調に対して原色の赤がアクセントとして用いられています。
禅画には2つの種類のがあります。ここでは2つの明兆の手による絵画を例にしてみましょう。
1つは、道釈画(どうしゃくが)と呼ばれ、1421年に白い衣の観音像が描かれた『白衣観音図』です。もうひとつは、詩画軸(しがじく)といい、1413年に描かれた風景画です。
道釈画は伝統な画題で、仏陀にまつわる題材を描写するものです。これは、霊的な内省や啓示のような主観的な経験を伝達することを目的としています。主題となった観音菩薩は、禅宗の偉大な修行者でもありました。つまり、神秘主義を取り払い、実用主義そして現実主義へと、禅宗の価値は変化していったのです。
観音は、くだけた格好で洞窟の中に座り、海のかなたを見つめています、この観音菩薩像は、優雅で飾り気のない衣をまとい、金の装身具で身に着け、美しく物憂げな女性の姿で表されています。彼女の神性は、頭につけた冠と霧の中に完璧な円を描く光背のみで暗示され、岩の一部の角度から見ることができます。
この像は観音像の女性化のひとつの道しるべとなるもので、この傾向は大陸では早くから始まっていますが、このような絵に描かれることで、ほぼ完成を遂げたことになります。これ以降、憐みに満ちた観音菩薩は、美しい寡婦の姿で表現されました。
誌画軸は、一種の風景画であり、単色の想像上の風景と詩を、掛け軸の中で組み合わせたものです。
この制作は、中国の前例を辿ることができます。中国の教養あるエリートたちは、長いこと詩と書によって自己表現してきました。唐王朝の時代になると、感情や主題の表現方法として、あるいは特定の出来事を記憶する手段として、書のような筆法で風景画を描かれ始めました。
宋王朝時代は、文人官僚による文人画の黄金時代であり、文化的には禅宗と非常に近くにありました。禅宗は、中国の禅(Chan)派に由来することを思い出してみてください。中国の画僧は、禅宗の思考と実践として、個人的な筆法によって単色の山水図を描きました。
宋との交易の使節団は宗教の教義を輸入しただけでなく、多くの絵画や文物をもたらし、これらは、禅の寺院や幕府のために仕事をした日本人の芸術家たちに大きな影響を与えました。画題の影響だけでなく、色彩の使用にも影響がありました。大和絵は強く鮮明な色彩を使用するのに対し、中国に倣った禅画は、一般的には、白と黒の単色か、あるいは単色のグラデーションで描かれました。
黙庵は、鎌倉で僧侶に任命され、禅宗の知識を完璧なものにするため中国を旅しました。彼の掛け軸『四睡図』は、寒山とその友人である拾得、そして僧である豊干と虎が熟睡している姿を描き出しています。
禅宗の行者である寒山と拾得は、7世紀に寺院の厨房で働いていました。この2人は、何ものにもとらわれない魂という禅の概念を体現しています。豊干という僧侶は、虎を従えその上に拾得を持ち上げて乗せようとしています。
灰色の中間色の、かなり広い筆の跡が体部分に用いられ、細かい筆跡は顔の表情に用いられています。そして、濃い墨汁が、靴や帯、頭髪などの細部に用いられています。この場面からもたらされるのはほんの短い説明のみです。淡白な一塗りが、傍らの岩を暗示していて、人物像の手前の海岸線を暗示しています。また、濃い一筆が、木の枝や幹、そして川の岩の線に用いられています。筆致は、それぞれ意図的に要素の暗さや大きさに応じて選ばれています。
相国寺という禅宗の寺院と交流のあった3人の重要な画僧についてお話ししましょう。如拙(じょせつ)、天章周文(てんしょうしゅうぶん)、雪舟等揚(せっしゅうとうよう)です。
周文は、如拙の弟子であり、等揚は周文の弟子でした。如拙の『瓢鮎図』は、室町時代の絵画の転換点になりました。この道釈画の上部には、31の賛がそれぞれ異なる詩人によって書かれています。それらのひとつは、この絵画が「新しい様式」であることを謳っています。
前景には、ひとりの男が小川のほとりに立ち、小さな瓢箪を手にし、大きな痩せた鯰を見ています。中景には霧が満ち、背景の山々は遠くに見えます。この「新しい様式」とは、絵画平面における、中国風の深い空間の奥行きを指しています。また、この画は禅の公案でもあり、悟りに到達する助けとなるような、思考上の課題であると考えられています。
つまり礼拝者に、滑りやすい鯰をいかにして瓢箪で取ることができるか、1つのなぞ解きを提起しているのです。
天章周文の『竹斎読書図』は、学者が竹林の中に隠れながら勉学に励む姿を描写しています。
上部には、長い導入部と5つの短文による記述があり、これらはそれぞれ異なる人物によって書かれています。建物は藁ぶきの屋根と大きな窓があり、そこでは学者が本のようなものを持っているのが見えます。家に近寄ってみると、頂には1本は真っ直ぐでもう1本は曲がった、2本の松を生やした切り立った崖があります。
塗りの濃淡と、短い筆致の繰り返しによって装飾的な効果がもたらされつつ、自然の要素が描写され、空間に説得力のある印象を与えています。作品は宋時代におなじみのモチーフをいくつか順ぐりに使用し、これらのモチーフは詩画軸では一般的なものです。学者と侍者が橋を渡り、窓から書を読む学者が見え、地面近くでは舟で魚釣りをし、遠くに寺院建築が見えます。
また、交差する松の木が中心的なモチーフであり、ほとんどの要素がその周囲に配置されているのは、南宋画の夏珪によってしばしば用いられた舞台装置です。夏珪は足利将軍をはじめとする、日本人の収集家たちによって高く評価されました。これらの風景は、京都周辺で目にするものではなく、理想化された想像上の中国の風景です。
おそらく、この時代の最も知られた芸術家は雪舟等揚です。彼は後に京都から山口に移動し、そこで大内氏と知己を得ます。大内氏の経済的な援助を受け、中国に旅行し、新しく設立された明王朝の都の北京に赴きました。そこで、南宋王朝初期や元王朝の作品だけでなく、同時代の明の風景画を学びました。
彼が日本に戻ると、非常に多くを追求した画家となりました。特長的な風景画のひとつに、『秋冬山水図』の冬景図がありますが、これは四季山水図の一部であるといわれています。
この風景画は、中国の南宋の風景画のモチーフを使用しつつも、日本人による独創的な画境に到達したひとつの証でもあるのです。
下部右側には、水際に生えた2つの木のモチーフによって、観者の視線は空間の背後に導かれ、そこでは対角線に走る階段を、ひとりの幅広の縁取りのある帽子かぶった男が登っていき、その先には寺院伽藍があります。
彼が歩き回っている丘と、寺院建築を取り囲む背景の山々は、冷たい氷の大地の中における、暖かなオアシスのように見えます。前景には、田畑と共に岩や木々が横切って濃い筆致で描かれ、一方遠く離れた山々は、灰色の空に外郭の線を引かれたのみです。上方には切り立った絶壁が霧の背後から霞んでみえます。
この雪舟による風景画は、『破墨山水図』と呼ばれ、筆致は自由にそして素早く、墨汁が闊達に用いられます(注:破墨とは淡い墨を重ねながら、立体感を出す技法)。一見簡単そうに見えますが、相当な技術を必要とします。驚くほど省略された手法ながら、雪舟は、水際の土地や、大きな木々、背後の高い山々を暗示し、船に乗って岸に近づいていく2人の像や、旗が竿にかけられている村の家の居酒屋まで、構図の中に含んでいるのです。
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