2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
石川善樹氏インタビュー(全1記事)
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――石川さんは予防医学の研究者としてマインドフルネスに関わられていますが、マインドフルネスを知ったきっかけを教えてください。
「マインドフルネス」という言葉、概念を知ったのはハーバード大学に留学していたときです。病院における、がん患者に対してのマインドフルネスの実践に立ち会ったんです。それは、患者さん自身が、がんの痛みに対する向き合い方を変える、というトレーニングでした。
もちろん痛み自体を取り除くことはできないけれど、自分の注意を、痛みに集中させないようにコントロールするんです。意識が痛みに集中すると、やはり痛いんですよ。でも、注意の向け方を変えることによって緩和することができる。
このように、注意の矛先をコントロールして、その瞬間に意識を集中させることが、マインドフルネスなんですね。
自分自身の実践、という意味ではもっとさかのぼることができるかもしれません。私は中学時代に仏教系の学校に通っていて、そこで毎週金曜日の朝に坐禅をしていましたから。もっとも、坐禅や瞑想はマインドフルネスの要素とはいえ、そのものではありません。
――たしかにマインドフルネスというと、瞑想や宗教との関連を思い浮かべる人が多いと思います。
マインドフルネスは、マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・カバット・ジン教授が開発した、禅から思想や宗教色を分離した「マインドフルネス低減法」のメソッドがベースになっています。瞑想や宗教を連想するのは、仏教の要素がテクニックとして入っているからでしょうね。
しかし、マインドフルネスは科学的なメソッド、「ベースメソッド」といいますが、これが確立されている点で、宗教とはまったく異なったものです。
またマインドフルネスは、科学的なメンタルトレーニング法でもあります。しかし、従来のメンタルトレーニング、たとえばポジティブ・シンキングのように考え方そのものを変えるものではないんです。個人の考え方を変えるのは無理だ、ということがだんだんわかってきて。そうではなく、注意の向け方、矛先を変えよう、ということなんですね。それをすることによって自然と思考も変わってくる。
情報がいまほど多くなかった時代には、心のトレーニングはとくに必要なかったことかもしれません。いまは情報があふれかえっていて刺激が多く、注意が乱れやすい時代です。だから、どこに注意を向けるかということにすらトレーニングが必要になってきたともいえます。
――テニス界最強のジョコビッチ選手もマインドフルネスを取り入れているそうですが、メンタル面はプレーに影響を与えていると思いますか?
「影響を与えている」どころではないでしょう。トッププレーヤーになればなるほどメンタルの差が勝負を分けますから。とくにテニスのように試合時間が長いと、プレー中にいろんな感情が湧きあがります。喜びも怒りも、勝負にとってはどれも危険な感情なんですね。喜びであってもサッと忘れなきゃいけない。そのためにもマインドフルネスはとても有効だと思います。
――Googleやインテルといった最先端企業でも社員研修に採用していると聞きます。石川さんご自身もGoogleの研修を受けたことがあるそうですね。何か変化を感じましたか?
まず、無意識的だった自分のいろんな行動や感情に気がつくようになりました。
私には、研究者として「新しい学問を創造する」という大きな目標があり、以前の私は、その目標を実現するための進展がない1日を過ごすと「今日も何もできなかった」という感情にとらわれて、それを口癖のように言葉にして発していました。無意識に、です。
そんな毎日に充実感や満足感はありません。まるで不満を見つけるために朝起きているかのようでしたね。
しかし、研修を受けてマインドフルネスを実践していくうちに、自分のそうした感情に気がついて、日々の不満や苦しさの原因がわかった。私は、達成が非常に難しいことに、1日の満足の基準を置いていたんですね。そこで、1日の満足を違う点に見いだそうと考えて、「毎日必ず勉強すること」を満足の基準にすることによって、感情を変えることができたのです。
また、イラッとしたり喜んだりしたときに、ちょっと待てよ、この感情は何に対する感情なんだろうとか、そういう注意を払うようになりましたね。
要するに私たちは、無意識に「やらされている」ことが多いんです。その意味では「脳の奴隷」だともいえる。脳には「扁桃体」という部分があって、不安や恐怖などの情動を司っていますが、この扁桃体が王様のように振る舞っています。マインドフルネスはその支配から抜け出して目の前で起こっていることに気づこうというもので、「気づきのトレーニング」ともいわれています。
――監修者として、この本の特徴をどうとらえていますか?
この本で紹介されているマインドフルネスのための53のエクササイズは、即効性があるし、手軽にできるところがいいですね。「姿勢を意識する」とか「木々に目をとめる」など、ふだん無意識的にやっているようなことに対して意識を集中して、注意を向けてみませんか、といっているわけです。とても実践的だし、押しつけがましくないところもいい。
これまでのマインドフルネス関連本は、坐禅をしようとか日記を書こうとか、あらためて始めるには時間がかかって面倒なことをすすめるものがほとんどなんですね。こういうことは「忙しいからできない」となりがちで、ちょっとハードルが高い。
加えていうと、他の本は「感謝しましょう」とか、ポジティブなことばかり強調するものが多いんですが、この本の著者は「イヤだという気持ち」や「いらだつ心」といったネガティブな感情にも目を向けようといっています。「喜怒哀楽」には、良し悪しじゃなくてそれぞれに役割がありますから、そういう意味でもバランスがいいですね。
――「怒」や「哀」という感情からは、できるだけ離れたい気もしますが。
たとえば100歳まで生きるような人は、若いときに苦労した人が多いといいます。喜びが多くて苦労が少ない人生が決していいわけではなくて、いろいろあったほうがいい。病気から学ぶことだってあるんです。
――本書の読み方や使い方について、読者にアドバイスはありますか。
一気に読み進めてしまわないほうがいいかもしれませんね。それぞれのエクササイズには「WEEK1」から「WEEK53」とありますが、「日めくりカレンダー」ではなく時間をかけて「週めくりカレンダー」をめくるつもりで、一つひとつをじっくりと実践してみると良いと思います。さきほどもいったように、エクササイズとしてはとても簡単なものばかりですから、負担になることもないでしょう。
普段の無意識的な行動も、注意の向け方を変えると新しい発見があります。その気づきがまさに、マインドフルネスなんですね。
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