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「わたし、あのとき離婚を考えていたの」と夫に伝えてみたら。(全7記事)

寂しさに気付けない夫、自分に復讐する妻–離婚危機を脱した2人の「正しい距離」

河本晃&ここの夫妻が、離婚を考え、乗り越えるまでの経緯を正直に語ったイベント「『わたし、あのとき離婚を考えていたの』と夫に伝えてみたら。」。インタビュアーを務めるのは、AV監督・二村ヒトシ氏です。本パートでは、参加者からの質問を募りますが、会場の興味はこれまで聞き役に回ることの多かった晃氏に集中。寂しさを感じなかったのか、そもそもなぜ結婚したのか、河本夫妻の関係において、オット側の思いを知ることができます。最後に、いろいろな問題を乗り越えた今、お互いに感じる思いを晃氏、ここの氏双方から伝えます。

人に相談できないことに寂しさはなかった?

二村ヒトシ氏(以下、二村):質問、もう1人いきましょう。

質問者:ここのさんとか二村さんもおっしゃってたんですけど、お二人は気持ちを言語化できている方で、晃さんはまだモヤモヤしてたり、言葉にならないことも多いんだろうなと思います。

そこは1つすごくブランクがあるところで、例えば自分の世界でお仕事が充実していて、家族に入ってこないというのもなんとなくわかるんですけど。

単身赴任で海外に行って、俺のグチを聞いてくれよみたいな、寂しさとかそういうのは(なかったのか)。別に1人で解決できちゃったんですか? それともお友達がいたとか。

河本晃氏(以下、晃):いや、その辺はあんまり人に物を相談しない性質というか、自分で解決するというか。弱みを見せるのが苦手。

多分、母親との関係性が影響してると思うんですけど、ずっと母親に甘えるということができなかったんですよ。嫌な対象なので。人に甘えるということができない性質で48年生きてきたので、言えないです。友達にもそうだし、妻に対しても言えなかった。

今は少しづつ手放せているので、多少は甘えられると思うんですけど、(元々の)性質はあるので、甘え下手なのは変わらないです。生まれ持ってのものと育ってきた環境、両方が掛け合わさってる。

男性的な生き方の人は、自分の寂しさに気が付けない

質問者:それは、自分のなかで完結されてる?

二村:まとめるような、解説みたいなことを言いますけど、男ってね……。これは性別上の男じゃなくて、男性に生まれても女性に生まれてもジェンダーが男性側の人。「男」的生き方をしてしまう人っていうのは、自分の寂しさに気付けないんですよ。今、自分が「寂しい」ということが認識できない。

:そう。寂しいと思ってない。

二村:かといって、無理やり外部から「あんたは寂しいはずだ」って言語で注入されると、へそを曲げるしね。そういうことかなと思います。

晃さんには僕の本を読んで、過大評価していただいて。二村は「さらけ出せてる」とおっしゃっていただきましたが。僕は甘えるのがうまいんですよね。好きなんですよ。僕も母親との関係において相当な問題があるんだけども、甘えるということはできていた。僕は本質的に、甘えることは恥ずかしいとは思ってないです。たぶんアダルトビデオという、世間からしたらどうかと思える職業に就いたこととかも関係あるんですけど、そういうことが恥ずかしいとは思ってないんですね。

そういう特質は持っている。でもその一方で、さっきもちょっと話しましたけど、晃さんと同じように30代は本当に家に帰らなかったし、妻や自分の寂しさには気がつけてなかった。本を書かせてもらったことで自分で気付けたことも多いし。

あとは晃さんが言ってくださった「自分がコテンパンにされる部分」というのは、一緒にこの本を作ってくれた女性のライターさんや、女性たちの力を借りて、やっと自分を壊すことができたというのはあります。

会場から素朴な疑問……、晃氏はなぜ結婚したのか?

二村:まとめに入っていいのかな? 皆さんのほうからもうちょっとありますか? 我々と話したいこととか。あとお1人で。

質問者:ためになる話をありがとうございました。晃さんにちょっとお聞きしたいんですけど。シンプルに、なんで結婚したのかなって僕は思ったんですね。

というのは、マラソンを走られたあとに「家族ってどういうことだろう?」、「自分の役割って何だろう?」と考えたとおっしゃってたんですけど、結婚する前はどういうふうに考えていたのかなと。

僕は未婚で、そういうところがわからないのでなかなか結婚できなくて(笑)。マラソンが終わって初めて考えたのかな? いや、結婚前にそういうのは考えるんじゃないのかな、と。

(会場笑)

僕はそういうのを考えられないので、あんまり結婚にピンとこなくて独身なんですけど。結婚前にどういう心境があって、結婚を決意されたのかなというのに興味があって。

:そこは浅いというか、何かええな、みたいな(笑)。すいません、まったく言語化できてないですけど(笑)。

「ええな」の流れですけど、彼女が風邪をひいて会社を休みました、見舞いにいきました。そしたら、付き合ってる彼が見舞いにくるということでお父さんがいました。(普段は)浴衣を着てる人って聞いてたんですけど、いきなり背広を着てネクタイして待ってはって。

二村:外堀を埋められたってことで、よろしいですか? 落とし穴に落ちたみたいな(笑)。

:「どうぞよろしくお願いします」、「はい、よろしくお願いします」って言うて。ここのとはええ感じやったし、ほかの人も別にいないし……。

河本ここの氏(以下、ここの):そうだったの?(笑)。

(会場笑)

:そんなもんなんですね。結婚って勢いがないとできないって話がありますけど、正直その通りで。

考えてしまうと結婚できない!?

でも、そういう結婚の仕方がいいのかはわかりません。今おっしゃったように、それこそ家族を作るというのはどういうことなんだろうとか、自分はどう育ってきてとか、自分らしさっていったい何なんやろうとか……。

付き合って結婚するかはわからないにしても、そういうことを自分と向き合って、パートナーがいるんだったらその人と会話してということ自体は、めっちゃ大事やと思うんです。

(自分はできなかったから)反省。結婚から20何年かかってようやくたどり着くよりは、早めにそういう話をね。

二村:断言しますけど、早い時期に結婚した男というのは、僕も含め晃さんも含め、結婚する時に何も考えてません。我々はそうしてきて、我々のほうが独身の方より偉いという気持ちはまったくないんですけど、どうしてもいろいろ考えちゃうから結婚しにくくなってるよね、今の若い人は。

どっちがいいかっていうと、僕は思想的には少子化上等で。もっと、みんなアダルトビデオを見て、できれば無料動画ではなくダウンロードするかDVDを買ってください(笑)。女性も、よくない恋にハマるくらいなら、もっとジャニーズなりBLなりを消費して、と思ってるんですが、そう思いながらも実は今度、川崎貴子さんと一緒に「もうちょっと男女は結婚してもいいんじゃね?」という活動を始めようと企んでるんですけど。

確かに、恐ろしいことですよね。考えずに勢いで結婚した後で、こういうことが起きる。でも僕は、考えずに結婚してから苦しんで、結婚相手と対話して、自分のインナーチャイルドと出会って、そこから大人になっても全然遅くないとも思う。だから、どっちでもいいと思うんですよ。若い頃に結婚しても、しなくても。そこは縁です。

ただ「切実に結婚したいのに、できなくて、いつまでも時間だけがダラダラ経ってしまう」ということもある。それはそれでまた別の問題が……。ごめんなさい、この話は長くなるので、あとでお酒でも飲みながら(笑)。

質問者:すいません(笑)。ありがとうございました。

二村:でも、おっしゃってることはよく分かります。独身のあなたがこの話を聞いていて、そこに疑問を持ったのはすごくわかります。

苦しみの結果、気付くことや得たものも多かった結婚生活

ここの:ただ、私が思うのは……。いろいろありました、いろいろあってここにいるわけですけど、やっぱり求めてたんだと思うんです。こういう苦しみ、長くかかった苦しみを求めていたかって聞かれると、そこは「いえいえ、求めてませんよ」という感じで答えると思うんですけど。

二村:苦しみは求めてなかったと思うけど、苦しみの結果として「気付くこと」は無意識に求めていた。

ここの:そうなんです。だからこれに出会ったんだろうな、という。哲学っぽくなっちゃうんですけど。

二村:無駄になってないってことですよね。

ここの:はい。そういうふうに、今はすごく思うんです。だからこそ、結婚してもしなくてもどちらでもいいと思うんだけども、して得られる感覚もあると思うし、しなくて得られる感覚もある。でも、どうなりたいかってことだけは、求めないとやってこないのかなと。

私は20年もかかってしまったわけですけど、その20年の間ずっと泣いてたかっていうとそうではないし、それなりにそのフェーズで楽しいことだってあったわけで。ただ、全般を占める苦しいものものが多くなってきたのが最後のほうで、「こんなことがあってね」というだけなんですけど。

結局、やっぱり家族とか夫婦とか、子供にも恵まれたので子供を含めた家族というかたちを、私はすごく求めてたんだと思います。だからこそ模索したし、苦しんだし。でも、求めていたからこそ抜けられたんじゃないかなと思ってます。

質問者:ありがとうございます。

昔のことは言いっこなし

二村:でもここのさん、悟りを開かれたわけじゃないですよね(笑)。今は抜けられたとは言っても、生活しているとまだいろいろとぶつかることもあるんじゃないですか?

ここの:もちろん、お互いが話している時にイラッとくる瞬間がどうしてもあるわけで。

:あるよ(笑)。

ここの:出てきますよね。出てくるし、ほら、やっぱりという感じ……。あの時もこうだったけど、今回もこうだよねという、芋づる式にいらない感情が湧いてきたりするんです。それも含めて、これから先に進むためには過去の負の感情を切らなきゃダメだよねと気づいて自分で決めました。昔のことは言いっこなしねって。

今回みたいな場では、教材としていくらでも昔のことを言うけども、昔の感情を断ち切って以来はそこにあんまり感情は乗ってこない感じ。あんなことあったよね、こんなことあったよねって言いはするけれども、ムラムラと湧き起こってくる感情というのはあんまりない。

ああいう人もいたね、くらいの感じで自分を(見るように)決めたって感じ。自分が幸せになるために不要な感情だと思ったから。

それを徐々にやっていくことによって、トレーニングというんですかね? 前は1キロしか走れなかったのが2キロ走れるようになって、3キロ走れるようになって、なんだか知らないけど10キロ走れるようになったというようなのを積み重ねていく。

そういうことによって関係性、コミュニケーションというのができるようになってきた感じですかね。

自分の人生に復讐するために、相手を憎んでしまう時

二村:僕が思うことなんですけど……、人間って、恋愛とかセックスを、欲望のためにしているように見えるんですけど、実はそうではなくて。結婚というのは人生の充実ためにしているようで、仕事っていうのは生きるために収入のためにしているようで、実はそうではなくて。

じゃあ何のためにかっていうと、感情を味わうために、むりやりやっているというか。あの人が好きだから恋愛をしているって、意識では思い込むけれども、じつは、ある感情を味わうべくしてやっている。

そこに心というか、魂という言い方をするとインナーチャイルドみたいなことになって抵抗があるかもしれないけど……。どんな言い方をしてもいいんですけど、僕は本のなかでは「心の穴」って言い方をしてますが、心の誤作動が起きている。

感情を味わうためにそれをやっていて、楽しいな、おもしろいな、人生っていいなという感情ならいいんだけど、人間って得てして「自分の人生への復讐」をしがちだよね。だいたいにおいて人を憎んだり、例えば一番しんどかった時のここのさんは、晃さんを憎んだと思うんだけど、その憎しみっていうのは、実は晃さんをやっつけたい、殺したいために憎んでるんじゃなくて、自分の「いままで」を憎むために晃さんの存在を使ってるっていうか、自分の人生に復讐をするために憎んでる場合があって。

これが、すごく貧しい境遇に生まれたりとか、最初から体に障害があったりとか、そういう場合だと、そのことに復讐をするために世を拗ねたり、あるいは頑張って逆境をはねかえして、よい人生を手に入れる人もいる。

人生に復讐するために実際に自分自身を傷付けてる人も多くて。わかりやすいじゃないですか、そういう復讐って。終わると気がすんだりするし。わかりやすいから、周りから「あの人は復讐してるね」って応援されたりすることも。

復讐をやめることができた、ここの氏の場合

ところが……。こういう言い方は本当に言葉を選ぶんだけど、ここのさんにしても晃さんにしても、今の日本の世の中では、世間から見たら割とうまくいってると思われがちで、何不自由ないと言われてしまう立場で。でも、それなのに人間って、復讐をしている。そこには他人には見えない、親との関係や、あるいは社会との関係がある。

恵まれて育った人って、自分が「じつは復讐してる」ってことに気がつけない、普段は。敵がうまく設定できないというか。だから、なにがなんだかわからなくなって、夫婦だと「相手のせい」にして離婚してしまう、みたいな。

ここの:こんなに恵まれてるのにって、思うんですよね。

二村:それもすごくある。なぜ私は恵まれているのに苦しいんだろうと思って、また自分を責める、自罰的になるということがある。でも「多くの場合、人間は、なにかに復讐するために生きている」ので、それに気がつければ、そういう悲しい人生をやめられる。

でも、そう簡単にはやめられないよね。だから気がすむまでやるしかないんだけど、割とある時期に気がすむんですよね。そうすると結構、楽しい方向に(向かう)。

ここの:底をつくというか、気がすむというか。私はちょうど10年くらい前からランニングを始めて、フルマラソン走り、最後はトライアスロンっていうアイアンマンのやつに出たりしてるんですけど、あの時ってすごく癒やされてたんですよ。

二村:肉体的に自分をいじめることで?

ここの:それもあるかもしれないですけど、むしろ達成感というものがわかりやすく得られるので、(夫婦の)関連性のなかで得られなかった達成感が見事に出てくるんですよ。頑張ったら頑張ったで、ちゃんと出てくる。頑張らなかったら、いつまでたっても出てこない。こんなにわかりやすい。今から思えばですけどね。

当時はレースを一生懸命頑張ることによって、埋められないものを自分のなかで埋める感じでしたね。それは、今から見ると復讐のためにレースに出てたかもしれなくて。

二村:何かをやっつけるためにやってたんだ。

ここの:今はスポーツをやってる自分がすごく楽しくて、同じようにやってるんですけども、その時とは全然違う。

二村:動機が違うんですね。

ここの:そういうことなんでしょうね。

二村:ありがとうございました。

晃氏から最後に。妻は人生の同志として大切な存在

二村:もう、みんなで片付けをしないといけない時間になっているので(笑)、最後に一言ずつ。

今日の話が「やっぱり夫婦っていいな」ってオチだと受けとられると、僕はつまんないと思っていて。パートナーとかじゃなくても、なんでもいいから、寂しさを癒やすかたちってあると思うんですけど。あらゆる人間が、親に「心の穴」を空けられる時点で寂しさを植えつけられる。寂しさというものが人間の本質だと言ってもいい。

男にしてみたら、自分が寂しいことに気付ける、それを白状できる場が必要。既婚者なら、奥さんとちゃんと対話することでそれができれば、いちばんいい。

「寂しさ」と同列に、さっき「罪悪感」と「被害者意識」という話があって。今日はそこまで深掘りできなかったんですけど、多くの人が共感する話だと思う。

:生きてる意味って何か、という話になるかもしれないんですけど……。家族ってチームなんですけど、目的は何か、どこを向いてるのか、非常にわかりづらい。身近すぎて。なんですけど、「自分らしさ」というものにに本当の意味でちゃんと向き合うためにいる同志、人生の同志なんだろうなと。

それまでは、好かれてるから嬉しいとか、離れてるから寂しいとか、こういうところはいいけどこういうところは嫌いとか……。感情的に出る部分は今もあって、カチンとくる部分もあるんですけど、彼女が同志みたいに思えると、またちょっと違う。

家族って何なのかという答えがポンっとあるわけではないんですけど、でも何かはあるんだろうな、と。縁があってこういう人生を一緒に生きているということは、何かあるんだろうなと思ってる。なので、同志としてすごく大切にしたいなとは思ってますね。

二村:お二人の距離が適正になった?

:そうですね。

夫婦が向き合うのではなく、同じ方向を見るようになり……

ここの:よく言われちゃう言い方かもしれないんですけど、お互いで向き合って見つめあうより、お互いが同じ方を見るようになる。

二村:サン=テグジュペリの言葉でしたかね。それも「恋よりも、愛を」ってことですよね。(注:『人間の土地』の一節。「愛するということは、お互いに顔を見合うことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだ」)

ここの:そうなんです(笑)。本当に、向き合うより同じほうを見るようになると思いました。そういう感じになってるな、なってきてるんだろうな。あと、ここまできたら昔のようには戻らないだろうな、と。ここまできて、昔の状態に戻る必要はまったくないし。

二村:このお二人というのは1つの例であって、別に皆がそれを目指すべきだというのもちょっと違う。皆さんがそれぞれ、自分の気がすむまでやるしかない。

ここの:自分が、これでいいって思えるようになったら、どんなかたちでもいい。離婚しようがなんだろうが、全然いいのかなと。

二村:許せば夫婦仲が戻るよ、みたいな、ありふれた話ではない。

ここの:そう。もしかしたら、とんでもないですけど、これから同じ光景を見ていくなかで、やっぱり別れたほうがいいかもしれないってことが、あるかもしれないので。

二村:そうそう。全然ある。

ここの:そんな先のことは、わからないですけどね。

二村:というわけで、ありがとうございました。お二人に拍手を!

(会場拍手)

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